上 下
39 / 98

39 憶えてたんですね

しおりを挟む

「あのオレンジ頭の人を助けて欲しいんです。」

 そうユンネは飄々と訴えた。
 訴えられたルキルエルは赤い瞳をスッと細める。
 前までは確かにどこか遠慮していた表情が、太々しくなったように感じる。
 エジエルジーン団長が言うには記憶を失くしていたらしいが、ラビノアの回復によって戻った為、性格に変化があったのではと言っていた。
 もともの性格は同じように感じるが、こうも印象が変わってしまうものだろうか。
 
「あれは誰だ?」

「えーと、ホトナル・ピズマーと名乗ってました。スキルを研究しているらしいです。血判でハンニウルシエ王子と主従契約を結ばされている為逆らえずにいますけど、亡命したいから口をいてくれと言ってました。」

 ルキルエルの眉がピクリと上がる。
 
「ピズマー?隣国の伯爵家のことか?三男がホトナルと言ったな。『瞬躍しゅんやく』というスキル持ちだったはずだ。」

「よく知ってますね!」

 ユンネが驚いたようにこちらを見た。
 今俺たちは戦闘から少し離れた場所で、戦う彼等を眺めていた。
 もう一度城に攻め込みハンニウルシエ王子を討つことにした。
 この国はスキル持ちを王家が独占している。隣国で対応させても良かったが、任せればハンニウルシエ王子は処刑したことにして別名で逃す可能性が高かった。
 ハンニウルシエ王子のスキル『黒い手』とホトナル・ピズマーの『瞬躍』があったからスキル持ちを易々と攫われ続けたのかと納得する。おそらくハンニウルシエ王子も国から命を受けてやっていたのだろうが、だからと言って許すわけにはいかない。
 
 今ハンニウルシエ王子と戦っているのはエジエルジーン団長だけだ。
 スキル持ち、特に戦闘特化型が戦に出てきては、その攻撃力からスキル無しの兵士では歯が立たない。
 スキル持ちにはスキル持ちを当てるしかないのだが、エジエルジーン団長の体質は最も有効だった。
 エジエルジーン団長自身にはスキルは存在しない為、最初の一撃は受けてしまうが、二回目にはもうスキル耐性がついてしまって、スキルによる攻撃が効かなくなる。
 スキル持ちにとって最も戦いにくい相手がエジエルジーン団長だった。

「………無事ハンニウルシエ王子をどうにか出来れば構わないが、戦闘に『瞬躍』で加勢されるのは困るな。」

 ルキルエルとしてもホトナル・ピズマーは欲しい人材だった。スキル研究者というところが特にいい。
 
「アジュソー団長、城を制圧できるか?あの王子は必ず手元に主従契約書を保管しているはずだ。」

 ルキルエルを守る為に側に待機していた白銀騎士団長に命じた。捕ってこい。
 命を受けてアジュソーは一礼してルキルエルの側を離れた。


 


 ユンネは隣に立つルキルエル王太子殿下をこっそりと見た。本来なら殿下も戦闘に参加して、『絶海』でハンニウルシエ王子を討ちに出ていたはずだった。
 でも今はファバーリア侯爵が一人で前に出て戦っていた。
 ハンニウルシエ王子は武人ではないのか、剣は持っていてもエジエルジーンと剣を交えることはない。戦闘は『黒い手』を使って、現れている黒い手に剣を持たせて戦っていた。本人は離れてスキルを使うだけだ。
 ファバーリア侯爵が肉薄しても、すぐにホトナルが『瞬躍』を使って移動してしまうので長期戦になっていた。
 確かにホトナルのスキルを封じるか、ホトナルとハンニウルシエ王子を引き離すしかない。
 ホトナルの手には手枷が付いていた。その手枷から伸びる鎖をハンニウルシエ王子が持っている。どうやらこの鎖で二人は繋がっている状態になるらしい。
 最初ルキルエル王太子殿下が『絶海』で沈めて殺そうとしたのを、俺がホトナルを助けて欲しいと頼んだ為、今はファバーリア侯爵一人が出ている。
 沈めてしまうと二人ともになるので出来なかったのだ。
 じゃあ通路として通っている『絶海』の中に閉じ込めたらと提案したが、それだとどこかに落ちて違う場所に出てしまい、逃げられてしまうという。

「すみません、俺がホトナルを助けて欲しいと言ったから………。」

「いや、構わない。俺はお前に借りを返せてむしろ助かる。」

「………覚えてたんですか?」

 そんな素振りは無かった。でも記憶が戻った今は王太子殿下の行動の理由も予測がついた。
 銀色の髪を靡かせながら、ルキルエル王太子殿下はニヤリと笑った。

「俺は忘れられているかと思ったぞ。」

 ユンネも少し笑い返す。
 二人は会ったことがある。
 



 王族はスキルを持つ者としか婚姻を結ばない。
 特に継承権の高い者程、徹底されて貴族の中でスキル持ちの者を厳選して探し婚約者とする。
 ユンネも子爵家の子供だ。特に次男だったので、王家が主催するスキル持ちの子供を集めたパーティーに招待されたことがある。
 子爵家とはいってもベレステ家は底辺も底辺。貧乏貴族なのでパーティーが開かれた庭園の隅っこで、早く終わらないかとボンヤリしていた。
 ユンネはこの世界が漫画の世界と知っている。
 自分がファバーリア侯爵家へ嫁ぎ、悪妻として言われてしまうことも理解しているので、このパーティーに参加しても意味がないことを知っていた。
 だからちょっと試してみたのだ。
 何かを変えれないかと。
 それがルキルエル王太子殿下への接触だった。

「折角面白いスキルを持っているのだから、攻撃だけじゃなくていろんなことが出来ないか調べないんですか?」

 王太子殿下の婚約者か側近になろうと取り巻く貴族子息令嬢の中に立つ王太子へ、ユンネは不躾に声をかけた。
 本来ただの子爵家の子供が取れる態度ではない。
 言うだけ言って無視されれば逃げよう、くらいの感覚で言ってみただけだ。
 なのにルキルエル王太子殿下は立ち止まり、赤い瞳をユンネに止めた。

「何ができると思う?」

 そんなに大きな声をかけたわけではない。なんなら他の子供達のカン高い声の方がよく響く中、ユンネの声はルキルエル王太子殿下の耳に届いてしまったらしい。

「おっ!……ええっとぉ、うーん。」

「何この子?」
「無礼だぞっ!」
「どこの家かしら?」

 口々にかけられる非難の中、ユンネは考えた。

「黙れ。」

 この時から既に気の強い気質だった王太子の、冷たい叱責に皆黙りこむ。

「たとえば、いろんな物を保存するとかぁ?」

「俺の『絶海』は水の中になるんだぞ。湿気はどうする。」

「そこは自分のスキルなんだし殿下が自分で実験しないと?俺はたんなる『複製』だもん。」

 ユンネが自分のスキルを明かすと、周りの子供達も護衛も嘲笑った。ルキルエル王太子殿下が笑った集団と護衛を煩いとばかりに睨み付ける。

「ならばお前も『複製』スキルを単なる紙の複製だけでなく使用方法を広げてみるんだな?」
 
「…………むぅ、そう言われればそうだね?」

 
 会ったのはこの時だけ。
 だがユンネのこの何気ない接触で、ルキルエルは変わった。
 己のスキルを磨き上げ、スキルの研究に没頭するようになっていった。
 つまらない人生に光を与えたユンネ・ベレステに、
王太子殿下から「この借りは返す。」という手紙が届き、当時ベレステ家に騒動を巻き起こした。



 ユンネは記憶を取り戻すと共に、この記憶も思い出していた。

「なんで俺をファバーリア侯爵に勧めたの?他にもまだいたんじゃないの?」

 それは正解だった。
 
「…………時々思う。何故そんな結論を出したのかと。これが何故か借りを返す最善に思えてしまった。結果的には最悪だったがな。」

 何故かあの時、ルキルエルはユンネ・ベレステを選択してしまった。

「ふぅん。これが強制力ってやつかな?」

「強制力?」

 ユンネは何でもないと首を振る。
 自分はそれに抗おうとして、多くの傷を負った。だからルキルエル王太子殿下はシナリオに逆らわず、ユンネ・ベレステをファバーリア侯爵に勧めて良かったのかもしれない。

「そういえば気になってたんですけど。」

「なんだ?」

「ラビノアですけど、襲いました?」

 ルキルエルが嫌な顔をする。

「するわけないだろう。研究の為に保護する目的で側に置いただけだ。」

 てっきりやっちゃった後かと思っていた。以前合同演習の時にアジュソー団長が手を出そうとして怒っていたので、殿下だけはラビノアに気があるのかもと思っていたけど、その後進展があるようにも見えなかったのは、単に研究対象として大事にしていただけなのか。
 これはシナリオ通りに進まなかったのかと、ユンネは不思議に思う。
 俺が転生者でシナリオを知っていながら無理矢理変えようとしたからこんな結果になったのだろうか?それとも選択肢を間違えただけだろうか…。
 後者な気もする。
 記憶を封じていた間はあんなに漫画の世界を堪能したかったのに、今は凪いだ風のようだ。
 
 ルキルエル王太子殿下と話しながら、ファバーリア侯爵とハンニウルシエ王子の戦いを見つめていた。
 オレンジの瞳が熱心にこちらを向いていることに気付く。
 
「あ………。」

 ホトナルの『瞬躍』はホトナルがタイミングを測って飛んでいる。ファバーリア侯爵との距離を一定に保つようにしていたようだが、こちらを見ていた為反応が遅れた。
 そしてそのチャンスを逃すファバーリア侯爵ではない。
 一薙ひとなぎで黒い手を切り裂きハンニウルシエ王子に急接近したファバーリア侯爵は、左手で思いっきり殴りつけた。
 そしてハンニウルシエ王子とホトナルの鎖が思いっきり引っ張られた瞬間を利用して、右手の剣で鎖を叩き切ってしまった。

「殿下!」

 ファバーリア侯爵がルキルエル王太子殿下へ叫ぶと、ホトナルの足がドプンと地面に沈む。
 しゃがんだ殿下が手を地面に突っ込み、グイッと引っ張り上げると疲れた顔のホトナルがザバっと上がってきた。
 一瞬状況を理解できずに青褪めていたホトナルが、ハッと気付いて一気に顔を輝かせだす。
 
「ま、まさかっ!ルキルエル・カルストルヴィン殿下の『絶海』!?わ、私は!入ってたんですかぁ!?」

 思いっきり本人に尋ねていた。

「そうだ。お前スキル研究者らしいな?何か目新しい成果は持ってないのか?」

 ルキルエル王太子殿下もそこらへんは気にせず、自分が気になること一直線で尋ねている。

「あ、そだっ、えぇっと、私を保護してくれたらこの二重血判と他者が上書き干渉を行った場合の結果をまとめた物をお渡しします!」

 懐に出していた紙の束をルキルエル王太子殿下に差し出していた。

「いいだろう。」

 ニヤリと殿下が笑う。

「えーーー、それもしかして俺が二重血判の上書きで苦しんでいた時のやつ?」

 ユンネが文句を言ったが、二人はその調査書に夢中になっていたので無視された。

 仕方ないのでファバーリア侯爵の方を見たら、ハンニウルシエ王子は気絶して手際良く拘束されていた。

「殿下、仰せの通りに生きたまま拘束致しました。」

 生捕りを命じられていたのか。どおりで苦戦していると思った。ファバーリア侯爵の表情は憮然としている。

「………殺したいのは分かるがコレにも使い道があるんだ。それだけ殴ったんだから良しとしてくれ。」

 引き摺るように持ってこられたハンニウルシエ王子は気絶しているのだが、顔がボコボコで元の形状が分からない。手足の向きもちょっと怖い。

「よし、そろそろ城の制圧も終わってるだろう。アジュソー団長に主従契約書を探させてるから、俺達も合流しようか。」

 ルキルエル王太子殿下はそう皆に命じた。



 ユンネはハンニウルシエ王子を見て、ふむ、と思う。本来ならこの場で死んでいた人間だった。
 やっぱり強制力とか関係なしに、俺の選択が間違っていたのかもしれないと、ファバーリア侯爵を見て苦笑した。
 もう前のように旦那様とは呼べない。
 旦那様と呼ぶ自分を見て、そんな風に呼ぶ資格はないと止めようとした自分と、ファバーリア侯爵と呼ぶ自分に結婚してるのになんで他人行儀なんだろうと不思議に思った自分が、相反して心の中にいる。

「…………………。」

 旦那様、と呼ぼうとして口を閉ざした。
 俺の話を聞いても、もう一度三重血判を押したいと言ってくれるだろうか。
 
 でもちゃんと話さなければならない。
 領地に戻ってソフィアーネの処罰が済んだら、その時はちゃんと話そう。
 その結果がどうであろうとも、今度は逃げないとユンネは心に誓った。





しおりを挟む
感想 699

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
洗脳され無理やり暗殺者にされ、無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...