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36 ピンチ
しおりを挟む茶色の瞳は子犬みたいにシクシクと濡れている。
「良かった、サノビィス上手く逃げられたの?」
「うう、はい゛~~。でも、もうご自分を犠牲にするのはやめて下さい~~~~。」
あれ?サノビィスってこんなキャラだっけ?もっと冷静沈着な大人びた子供って感じがしてたんだけど?子犬に見える。茶色の瞳なんかまさにそれだ。チワワか?いや、ポメ?いやいや、柴かも?
「いいねっ!『危険察知』スキル、捕まえるの大変だったよ。」
そしてやたらと元気なホトナルがサノビィスの後ろに立っていた。髪も瞳も明るいオレンジなので、とても好青年に見えるが、コイツがハンニウルシエ王子に二重血判押させた所為でこんなに苦しんでいるのだ。全く悪気ゼロでよく笑ってられるな!
「サノビィスはどこで捕まったの?」
ヨイショと上半身を起こすと、サノビィスが手伝ってくれた。サノビィス良い子だな。
「あ、はい。水を飲もうと厨房に近付いたところを……。この人が急に現れて僕を捕まえたんです。」
サノビィスのスキルは『危険察知』だ。どうやって気付かれずに捕まえることが出来たんだろう?
俺がホトナルを見上げると、オレンジ色の瞳がニコッと笑う。
「私もスキル持ちなんですよ。私は『瞬躍』というスキルなんですが、とても早く移動することが出来るんです。お二人をこの城に拉致したのも私なんですよ~。」
あのね、それ嬉しそうに言っちゃダメだから。自分が誘拐拉致犯と聞いて感心する人いないから。サノビィスが引いちゃってるよ。
「そうですか。僕の『危険察知』はスキル相手だと働かない場合があるのでとてもいいスキルをお持ちなんですね。」
サノビィスがちょっと悔しそうだ。
俺に至っては『複製』なんでスキルの悔しさが分からない。
ホトナルが食事と着替えを用意してくれていたので、着替えてお腹を満たすことにする。
サノビィスは先に食べたというので、救助が来るまでここに隠れていることにした。
「どのくらいで殿下達が助けに来てくれるでしょうか?」
「うーん、3日程度かなと思ってるけど……。」
これは漫画知識だけど、いくらルキルエル王太子殿下の『絶海』でも、軍隊を連れて移動となるとそんなに早く用意は出来ない。
ん?ということは漫画の中でも『絶海』で移動していたということになるのか。
スキルで移動してサクッとハンニウルシエ王子を倒しちゃったから記憶になかった。
兎に角あの漫画は主人公ラビノアの恋物語だったんだよなぁ。真っ先に助けに駆け付けて抱き締めたのもルキルエル王太子殿下だったしね。
そこからまぁ殿下の独壇場っぽかったし。
はっ!てことはまさか真っ先に来るのルキルエル殿下じゃないよね!?
それはちょっと…。あの人目力強くてなんか気後れしちゃうんだよなぁ。
むしゃむしゃとパンを食べながら考えていると、遠くでドンッという音が響いた。
「うおっ!な、何!?」
「え!?」
俺とサノビィスが驚く。
「あ、来たんですかね?」
ホトナルだけがのんびりしていた。
天井からパラパラと土埃が落ちてくる。音はかなり遠くから聞こえてきた気がしたけど、衝撃が大きいのか天井が少し崩れてきて怖い。
ここ半地下だし出た方がいいのかな?
「え?俺達がここに来てからどのくらい経ってますか?」
ルキルエル王太子殿下との晩餐後に連れ去られて、血判押されて寝込んで……、どのくらい寝込んでたのか分からない。
「丸一日程度でしょうかね?今は夜です。」
半地下の部屋の所為でわからなかった。一日?早いね。そんなに早かったはずないんだけどな?
「ちょっと見てきますね。直ぐに向こうと合流した方がいいと思うので、着替えてて下さい。」
ホトナルがそう言って出て行ってしまったので、俺は急いで着替えた。
まだ食べ終わっていない。
齧っていない大きめのパンを一つとって、縦に真ん中を割って開いていく。その中に焼いた肉と付け合わせの野菜を挟んで、かけてあったタレをスプーンで垂らしていった。
「うーん、味が薄かったらやだなぁ。あ、野菜サラダの野菜も入れるか!ドレッシングもかかってるしいいかも!」
俺は即席サンドイッチを作った。
「……………騎士とはそのようにして食べるのですか?」
「え?分かんないけど。」
サノビィスが不思議そうにサンドイッチを見つめているので、はいどうぞ、と口元にサンドイッチを持っていく。
「え?」
「味見していいよ。」
サノビィスはえ?え?と迷いながらも一口齧った。
「お、おいひぃです。」
貴族の子供とはいえサノビィスは元孤児だ。躊躇いなく齧ってくれた。多分生粋の貴族は齧らないんだよなぁ~。
俺もバクッと食べる。
おお、思いのほか美味しい!
「ぁ、僕が齧った後なのに……。」
「気にしない、気にしない。」
そんなやりとりをしていたらホトナルが帰ってきた。
「やっばいですね!城壊れるかも!二人来てますよ。黒銀騎士団長ともう一人老騎士です。顔は存じ上げませんが『剣人』ソマルデさんですよね!?」
ホトナルの鼻息が荒い。
この人ほんとスキル好きなんだな。なんで顔知らなくてもソマルデさんって分かるんだろ。
「今更だけどスキル持ちなのに他国に来て良かったのかな?」
「有事の際は見逃されますよ。だいたい僕達は無理矢理拉致されたのですから。その救助となれば来て当たり前です。」
なんだ、良かった。
ところでこうやって話している間も、物凄い轟音やら破壊音やらが聞こえてくる。
揺れも凄いし天井パラパラだし、早く出た方が良さそうだ。
「あ、私が連れて行くので掴まって下さい。」
ホトナルが手を出す。
俺はサンドイッチを持ったままホトナルの手を握った。
サノビィスは俺のサンドイッチを持った腕に掴まる。
「行きますよ~。」
気の抜けた掛け声と共に、俺たち三人はその場から消えた。
トンッと着いたのは暗く広い部屋だった。
あれ?ここ最初にハンニウルシエ王子と会った謁見の間?前会った時は燭台やシャンデリアに煌々と灯りが点いていたけど、今は全て火は落としてあり暗い。
「ゲッ。」
ホトナルがしまったとばかりに慌て出した。
「主従契約を無視して離反出来ると思ったのか?いくらその方面の研究者とはいえ無理があるんじゃないか?」
壇上の裏側にあるカーテンからハンニウルシエ王子が出てきた。
「ホトナル……、まさか。」
「えっ違う違うっ。多分契約書の中に私の『瞬躍』を使って呼び出すという内容があるのかも……。私が見た時は無かったんですけどね。」
「契約書はちゃんと読んでからサインするものだよ。」
ホトナルはちゃんとしましたよぉと半泣きだ。
この様子なら嘘をついたわけでも無いようだ。ハンニウルシエ王子が一枚上手だったってことか?
さっきまで聞こえていた轟音も、この謁見の間では微かに聞こえる程度になっている。
近くに連れて行ってもらうはずが遠のいた。
「もう一度…、……う゛っ…!」
「ホトナル!?」
ホトナルが俺が手を握り直した。スキルで違う場所に行こうとしたのだろうが、突然呻き出す。
主人であるハンニウルシエ王子の許可なしにスキルを使おうとしたら、激痛が走るとでも契約書に書いてありそうだな。
暗闇の謁見の間に無数の黒い手が現れる。
ハンニウルシエ王子のスキルだ。
「サノビィス、下がってて。」
俺にくっついていたサノビィスを苦しげに膝をついたホトナルの側に付かせる。
ハンニウルシエ王子の戦闘シーンってどんなだったっけ?
黒い手が無数に巻きつき、やって来た騎士達を絡め取る。
勿論ルキルエル王太子殿下、黒銀白銀騎士団長全員がその場にいる。その場っていうか、この場所?
この謁見の間のような…。
なんで漫画の内容通りになるんだろう。
となると、三人と騎士達が来る前はラビノアとサノビィスがピンチだったはずだ。
黒い無数の手はラビノアの衣服を脱がしてたような……。ビリビリーーーと。
ビリビリ~~~~っと!!
「うわっ、それ勘弁。」
突然ヒエッと飛び退いた俺に、ハンニウルシエ王子は怪訝な顔をする。
そして俺に黒い手が襲いかかってきた。
今俺にあるのは手に持っているサンドイッチだけなのに!
走って逃げたがサノビィスとホトナルを置いて行けないので、謁見の間を逃げ回った俺はすぐに捕まってしまった。
「うぐっっ!」
釣り上げられた俺は、ハンニウルシエ王子の元に運ばれて宙にぶら下がる。ギリギリと首を絞められて息が止まりそうだ。
サンドイッチは落としてしまった。
「さて、ホトナルはとぼけたが、貴様の血判の相手はかの有名なエジエルジーン・ファバーリア侯爵なのだろう?貴様の国で俺のスキルに対抗できる人間など限られている。」
そんな旦那様有名人なんだぁ。
『黒い手』って固有スキルって話だったけど、実は凄いスキルなのかな?
「……ぐぅっ……、もう、そこまで、……来てる。投降を……!」
手も足もギリギリ締め付けてきて痛い。
「投降しても一緒だ。仮に捕虜になったとしても我が国が俺に身代金を払うはずがない。それに俺は負けない。」
ハンニウルシエ王子が俺の首に触れてきた。
親指で顎に触れ、唇に触れる。
ゾワゾワっとする触り方やめて欲しい。
「こんなののどこがいいんだ?」
失礼な!
睨みつけても細目だから威力ないんだよなぁ。あと苦しい……!
「二重血判をする程のものがあるのか?どう思う。ホトナルよ。」
ホトナルは激痛が止んだのか普通に座り込んでいたが、ハンニウルシエ王子の問い掛けに慌てて立ち上がった。まだ顔色が悪く、サノビィスが立ち上がるのを手伝っている。
「スキルは珍しいと、思います。…………『複製』ではありますが、殿下と同じ固有スキルと同等ではないでしょうか……。」
ハンニウルシエ王子はふぅんと考える素振りをする。いい加減俺を降ろして欲しい。
王子の目が俺を見つめた。
「ふん。」
鼻で笑った。そして俺の左足がボキンと音を立てる。
「ーーーーーーっつ!!?」
痛い…………!
左足首を折られたのだ。
「俺と同じ?ではこいつのスキルの使用条件を言え。」
ホトナルがグッと喉を詰まらせる。
「言え。それがお前の利用価値だろうが。」
「……………っ!おそらく、一度手に触れて視認する必要があると思われます。そして複製自体にも時間制限があるのではないでしょうか………。でなければ戦闘時の武器だけでなく、消耗品とも言える道具や食料、他には貴金属宝石など、生み出せるはずですが、それをやる素振りは一切ありません。複製し時間が経てば消えるのではと……。本来の『複製』は極軽量の物をもう一つ生み出す力ですが、既存の力を超えた為にそのような制限が生まれたと考えます。」
言いにくそうにホトナルが説明する。
ハンニウルシエ王子は黒い手で吊り上げていた俺を無造作に落とした。
「……っグゥ!」
落ちてまた黒い手に拘束される。
一度離れて戻ってきたハンニウルシエ王子の手には抜き身の剣が握られていた。
「では、こうやっても複製出来るのか?」
俺の肩にグサリと刺さる。鈍色に輝く剣は俺の肩に深々と刺さっていく。
「っっっ!」
「叫ばんな。意外と拷問の訓練でも受けているのか?」
「お、おやめ下さい!!」
ホトナルが叫ぶがハンニウルシエ王子は動じない。
左足は痛いし肩も痛い。悲鳴はあげたいのに、なんで俺は我慢してしまうのか。
「まぁ、いい。折角の珍しいスキルだったが帰属出来んのなら無い方が良い。」
ズプンと無造作に剣を引き抜かれ、焼けるような痛みが走る。血がドクドクと流れるのが分かった。
引き抜かれた剣は俺の胸の上にきた。
やばい、刺される。
そうは思っても何も複製出来るものがない。ホトナルが先程言った説明は正解だった。なんとも使い勝手の悪いスキルなんだ。
ああ、ダメだ。
窓の外から入る光だけの薄暗い部屋の中には、無数の黒い手と剣を構えるハンニウルシエ王子がいる。
なんだ………。これ、漫画と場面似てるじゃん。
こんなとこだけなんで同じなのか。
まだ言うけど、どうせならラビノアの恋愛の方を見たかった。
あ、でもそれだと俺は離婚されてソフィアーネの刺客に殺されるのかな?そして旦那様が闇堕ちしてしまう。
血が流れ過ぎて視界が鈍ってくる。
その前に俺がここで死んでしまうかも………。
それは、ダメだ。旦那様と何も話していない。
ハンニウルシエ王子の剣が俺に突き立てられようとしている。
「…………ハァ………、だん、なさま……。」
呟いて、くる衝撃に備えたけど、痛みはやって来なかった。
遅れてやってくる刃と刃が弾けるカン高い音。
そっと目を開けると、闇のような漆黒の騎士服を着た旦那様が、ハンニウルシエ王子の剣を弾いていて俺を庇うように立っていた。
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