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16 ラビノアの光

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 ソマルデさんの動きが一瞬止まった。止まったというか、入れていた力が一瞬抜けたというか………、表情がスンと無表情になった。
 それでも動いてくれるソマルデさん。
 俺達は固まってラビノアの所に集まっていたので、ソマルデさんがルキルエル殿下を庇うのもまた一瞬だった。

「……ふっ!ふははははっ!!いい配下をもったではないか!!」
 
 あわわわわっ!?ソマルデさんが代わりに打たれてる!てか、俺が頼んじゃった所為だけど!!
 でも狙いは合ってるはず!?
 だってウルウルと涙を浮かべて、ラビノアの顔が悲痛に歪んだ。
 本当は殿下が打たれた時になるはずなんだけど仕方ない。
 ごめんないぃ!ソマルデさん!!だってラビノアってばソマルデさんの腕を離さないんだもん!

「…やめっ、やめて下さい!ソマルデさんを打たないで!!」

 ハラハラと涙を浮かべながら、スヴェリアン公爵を睨みつける主人公ラビノア。
 ここ本当はルキルエル殿下だったんだけど……。ラビノアと上手くいってないのかな。
 
 ラビノアの身体がふわっと光りだす。
 スキル『回復』を使っているのだ。スヴェリアン公爵が打ち付けるたびに、ソマルデさんの身体に傷が増えていく。
 殿下もそうだけどソマルデさんも、一言も呻き声一つ上げない。膝をつく事なく、冷静な瞳でスヴェリアン公爵を睨み付けているだけだ。
 ラビノアは傷付いていく姿に涙を流し、荒れ狂う感情と共にスキルの威力を増していく。

「いやっ!止めて!!いやあぁぁーー!」

 ラビノアの『回復』が地下牢全体に広がった。
 ミゼミの『隷属』を跳ね除け、全員の身体の拘束を解いていく。

 良かった、これで漫画の通り………。
 
 ユンネはホッと息を吐いた。だって話が進んでるようでズレてるから、なんとか元に戻そうと思ったのだ。
 そう安堵して、息を吐いた。

「……ふぅ……………。」
 
 息を吐いて、パキンと音が響く。
 なんの音?
 漫画の中にはこんな破裂音無かった。ここは主人公ラビノアが『回復』によってミゼミの『隷属』を解いてしまい、全員身体の傷を治してしまうシーンだった。

 パキッ………、ピキ、ピキ…………。
 
 ????………………?………………っ!……!?
 なんだろう?なにか、…ダメだ、これはダメ。

 これ以上は、壊れてしまう!

 なにが?何を…?

 よく分からないけど、酷い焦燥と痛みが心を押し潰す。
 光を放つラビノアを見た。
 『回復』の力を使っているラビノアは光り輝いている。涙で濡れた青い瞳は綺麗で、何故か目を見開いて俺を見ていた。

 フラリと身体がかしいでいく。
 なんでこんなに痛いのか。

「………ユネ君!!」

 ラビノアは叫んだ。ラビノアだけ俺を見ていたけど、倒れていく俺は皆んなを見ていた。
 皆んなラビノアを見ている。
 美しく綺麗なラビノアを。
 その光景は漫画のシーンと一緒だ。
 『回復』という稀有な力で皆んなを癒すラビノアは、誰からも愛されている。
 そうだ、そのシーンを見て俺は良いなと思って読んでいた。
 生まれながらの美しい見た目と、誰も真似できない特別な存在。
 物語の主人公。
 
 ユンネの身体がグラリと落ちる。
 ゴトンと頭の中に響く音は、自分の頭が地下牢の石畳にぶつかる音なのか、それとも過去を思い出す音なのか。
 ユンネの意識は暗闇の中へ落ちていった。











 ゴトンーーー……、ゴトン、ゴトン。
 ハッと目を覚ますと、自分は吊り革を握って電車の中にいた。
 もう片方の手は鞄を握っている。
 なんだろう?
 凄く長い夢を見ていた。
 頭がズキリと痛む。毎日夜更かしして漫画を読む所為か、寝不足が酷い。
 ふう、と息を吐くと電車のガラス窓に自分の姿が写った。チビで小太りで冴えない狸顔の自分が。
 ヨレヨレで大きいサイズのスーツは似合っていない。
 背が低いのに横幅はあるから、サイズの合う既製スーツが少ないのだ。袖と足の長さを合わせて切るしかない。だからスーツはいつもブカブカだ。
 いくら眠いからって朝から立ったまま寝るなんて……。
 最近事務所の雰囲気が悪いから、ついついストレス発散に漫画やゲームに逃げてしまっていた。
 
 昨日は良いところで終わっていた。
 果たして主人公ラビノアは誰を選ぶのだろうか。ルキルエル王太子殿下?エジエルジーン黒銀団長?アジュソー白銀団長?

 朝からそんな事を考えながら出勤したから、つまらない事であんな事になったのだ。
 陰でオタク、キモいと言われているのは知っていた。
 でも本当の事だし、俺は平和に働いてお給料貰えれば良かった。
 昼休みは休憩室で一人机に着いて食べていた。いつも近くのお弁当屋さんで買ってくるやつだ。安いし早いし美味しい。
 食べながら、次はいつ配信されるかなぁってアプリを開いた。壁側の端っこに座っていたから、誰かが後ろに立つなんて思ってもいなかったし、今まで近付いてくる人間もいなかった。
 だから油断して開いてしまった。
 もっと気をつけたらよかった。

「うわぁっ、そんなの見てるんですかぁ?」

 後ろにはいつもコピー用紙入れろとか、頼まれた雑用を出来ないと断って平気で俺に回してくる事務員の女の子がいた。
 髪は毎日綺麗にセットして、爪を塗って化粧をしている子だ。
 何かとこの子は俺に面倒くさい仕事を回してくる。
 コテコテに作られた顔面は、漫画の中の登場人物に比べると汚く感じた。

「本当にオタクなんですねぇ。その年でヤバくないですかぁ?なんか開いてるのすっごくキラキラした絵なんですけどぉ!?」

 そう広くもない休憩室に、彼女のキンキン声が響いた。
 集まる人達。普段喋りもしない人達に囲まれて、俺の携帯はとられて、何を普段見ているのかと履歴をあさられた。
 止めて止めて!
 必死に取り返そうとしたけど、背の高い社員に奪われてしまい取り返せない。
 身体をつけるなと嫌がられた。
 
 その後も午後から散々で、作ってくれと言われた見積書が違うとか、請求書の金額が間違ってるとか怒られ続けた。
 大して多くもない事務所の人達の白い目が増えていく。
 金額も内容もあんた達がコレで作ってと言って来た通りに使ったのに、何でそれが全部俺の間違いにされているのか。

 夜遅くに帰り、暗闇の中白い画面を見つめて綺麗な絵を眺める。
 まさかこの漫画を読んでいるのを会社の人達に知られるなんて思わなかった。
 俺の事なんて興味もないくせに、嫌味を言う為なら何でも知ろうとするんだなぁ。
 別にこんなの慣れている。
 友達も同じような人間ばかりで、また週末になったら愚痴に付き合って貰えばいい。
 会社は会社だ。働いてお金を貰えればそれで良い。
 転職とかは考えない。
 この歳で会社辞めて、就活なんて無理だし。

 布団の上に座り込んで、白い画面を見る。
 スッ、スッと指を動かして画面を流していく。カラーなんか色鮮やかで背景とかも花とかも描かれてて上手だなと思う。
 綺麗な絵……。
 綺麗な主人公。美しい登場人物達。
 俺がこの中にいるとしたら誰だろう?
 ワトビ副官?いや、良い人すぎる。それにこの人は騎士団の副官になるくらい優秀な人だ。
 じゃあミゼミ?最後死ぬし…。でも忌み嫌われるようなスキルでも、誰も持たないような『隷属』を持って特別感がある。
 通り過ぎの通行人?
 ただの町の人?
 それとも……、黒銀騎士団長の悪妻とか?
 名前もない嫌われ者。
 そうだな、もし俺ならそんな悪い事出来ないから、きっとコレは冤罪っていう裏設定になるんだ。
 悪妻は冤罪きせられて離婚される。
 そうしたら、俺ならこれ幸いと悪妻は死んだ事にして消えてしまおう。そしてスキルを隠して平民のフリして田舎でスローライフ送るんだ。

 目が疲れたな………。
 寝不足続きで眠たい。目が痛くて頭痛がする。
 ギュッと目を瞑って、眠たい目をまた開く。
 目覚ましをかけておかないと朝起きれない。

 そう思ったけど、手に持っていたはずの携帯が無かった。
 
「あれ?なんで?俺の携帯は………。あれ?」

 そこは真っ暗で、俺の周りだけほんのり明るかった。
 そして目の前には俺がいた。
 いや、正確には悪妻ユンネが立っていた。
 
「……………目が覚めた?」

 喋りかけてきた。
 よくよく見ると俺の手はユンネの手になっている。
 なんで?さっきまでの丸い短い指で漫画のページを送っていたはずなのに。
 ペタペタと身体を触り見下ろすと、俺はユンネになっていた。

「ここ、どこ?」

 尋ねたけど目の前のユンネは少し微笑んで答えてくれなかった。
 キョロキョロと見回しても何もない。
 またユンネの方に目を向けると、ユンネの前にはガラスの壁がある事に気付いた。大きなヒビが入り、少し欠けて穴が空いていた。

「これ、何?ガラス?」

 触れると冷たい感触がした。
 これ以上触ると壊れそうに感じて手を離す。

「…………まさか主人公のスキルで壊されちゃうなんて思わなかった。」

「え?これラビノアの『回復』で壊れたの?」

 尋ねるとユンネはゆっくりと頷いた。
 今の俺もユンネだけど、目の前にいるユンネと俺はかなり違うように感じた。並んで立っていても雰囲気で別人だと分かると思う。
 多分彼は本物のユンネなんだろう。
 何でそんな所にいるの?ここはどこだろう?

「もう帰った方がいい。」

 本物のユンネはそれだけ言うと背を向けた。

「え!?っ待って!君は本物のユンネなんだよね!?どこに行くの?俺と変わろうよっ!旦那様とは離婚しちゃって平民のユネとして生きようよ!ソマルデさんも、あ、目が覚めたら一緒にいてくれてる人なんだけど、手伝ってくれるよ!?」

 慌てて引き止める為に叫んだ。
 割れそうなガラスに手を付けれないのがもどかしい。
 本物のユンネが立ち止まった。そして不思議そうに振り返る。

「君はファバーリア侯爵を旦那様と呼んでるの?」

 本当に不思議そうに聞かれてしまった。
 え?おかしかったかな?ソマルデさんは旦那様って呼ぶって言ったら笑顔でいいですねって言ってくれたんだけど…。
 だって自分の夫を爵位で呼ぶもんなの?貴族ってそんな感じ?

「え………、う、うん。そうだけど、違った?」

 自信無くす。間違っちゃったかなぁ~。あ、でも旦那様呼びは心の中とソマルデさんの前だけだから、まだ訂正は効く!
 本物のユンネは緩く首を振って否定した。

「いや、いいんじゃないかな。そのまま君は自由に生きると良いよ。俺はここでずっと最後まで寝てるから。」

 本物のユンネの奥に寝床らしき物が現れる。大小様々なクッションの山と布団。
 
「最後!?待って、ほんとに待って!そんな所で寝ないで一緒に起きようよ!て言うかここどこだよ!?」

「ここは、ユンネの中だよ。君はもう起きると良い。今のユンネなら生きていけるかもしれないね。」

 ユンネが柔らかく笑った。
 ほわっと優しく手を振る。でもその笑顔はどこか悲しそうだ。

 待ってっと叫ぶが声が出ない。
 いっその事そのガラスの壁を破れば良かったのかとも思ったけど、それはやってはいけないのだと何かが叫んでいた。
 
 破ってはいけない。
 起こしてはいけない。
 
 なんで?何故?
 それは誰の意思?

 ……………だって、それは……。





 

 「んうぇ……?」
 
 変な声を出して俺は目を覚ました。










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