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6 やっぱり主人公は可愛いね!

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 俺がユンネとして目覚めたのはちょうど漫画の物語が始まったくらいだった。
 漫画の主人公はラビノア・ルクレーという名前の男爵令息で、金髪に青い目をしたお人形の様に可愛い男性だ。年は確か二十歳だったと思う。今の俺より年上になる。
 異母姉の代わりに働かされるラビノアは、ラビィと名前を偽ってメイドとして働き、王太子と黒銀騎士団長と白銀騎士団長に次々と出会い、良い仲になっていくのだ。
 女装男子が特に挿さったことは無かったけど、あんまりにも顔が可愛いし、悶える姿が美少女でしかなかった。
 あれをみたい!生で見たい!
 せっかく漫画の世界に来たのだから、堪能したぁい!


 本日は王宮で夜会が開かれている。
 時期的に主人公ラビノアは、俺が王都に来る前に既に王太子に襲われ済みだろう。
 だが今日の夜会では黒銀騎士団長エジエルジーンと主人公ラビノアの出会いがあるはず!
 何としてでもそれを見たくて、俺は夜会の警護に志願した。
 外でいい!会場内でもなく、外の少し離れた場所のガゼボの近くがいい!
 そこに夜会で令嬢方に囲まれて辟易したエジエルジーン団長が、会場から離れた位置にあるガゼボに入り休憩していた所へ、主人公ラビノアがやってくる。
 エジエルジーン団長は戦後処理と騎士団の勤務、領地の運営と悪妻の噂で疲れ切っていた。
 青い顔で気怠きだるげに座るエジエルジーン団長に気付いたラビノアは、お茶を持ってこようかと提案する。それが初めての出会になる。

 
 カサカサと葉音をなるべく立てない様にしながら、俺はガゼボを注意深く凝視していた。
 夜会はすでに始まり中盤を過ぎた。
 ダンスを申し込まれ次々とくる令嬢方に疲れまくった旦那様が、もうすぐ来る。
 
「あの、ユンネ様?ここは離れてますしそんな厳重に警備する必要もないと思いますよ?」

「いえ、警備じゃなくて覗いてるんです。」

 俺の趣味に付き合って、ソマルデさんも一緒に来ていた。
 俺はただ旦那様と主人公ラビノアがキャッキャする所を見たいだけなので、ソマルデさんには寮で休んでていいと言ったんだけど、心配だからとついて来てくれていた。
 王宮内だし大丈夫だと思うんだけどね。

「何を………?と、…エジエルジーン様?」

 不思議そうな顔をしていたソマルデさんが先に旦那様に気付いた。
 ソマルデさんはスキル『剣人』のおかげで凄く目が良いらしい。

「あ、ホントだ。しーですよっ。」

 俺達は旦那様の様子を身を屈めて観察することにした。








 夜会は嫌いだ。そもそもパーティーという名のつくものは大嫌いだ。
 夜会に来たはいいものの、エジエルジーンは疲れて会場を抜け出して来た。
 既に妻帯者だと誰もが知っているはずなのに、秋波を送る人間が多過ぎる。
 それもこれも侯爵夫人ユンネの所為だった。
 悪妻ユンネの噂は王都にまで届き、その金遣いの荒さと毎夜行われるという乱行には誰もが眉を顰めている。
 戦争に出る前に家門を黙らせる為に無理矢理結婚した人間だったが、幼過ぎたのがダメだったのだろう。
 自分は二十三歳でユンネは十三歳だった。
 会ったのは婚姻届に署名した時っきりだ。
 直ぐに戦地に旅立ち、申し訳なさから好きにお金を使える様にと領地の権限を与えたのがダメだったのだろう。
 四年の戦争から漸く帰ってくれば、悪妻ユンネの噂は既に王都にまで轟き、俺は戦地から帰って来てことの惨状を知った哀れな夫になっていた。
 戦地ではなかなか王都の噂もましてや領地の噂まで届かない。
 領地経営も一緒に執事長のサポートを頼りに行える様にしていたのだが、ユンネはその執事長を捨て、新たな者をその地位に付け好き放題やっていたらしい。
 戦地から帰ってユンネが十八歳になったら結婚式を挙げて、仲を深めていけば良いと思っていた。だから十三歳という年齢でも良かったのだ。
 子供を作るなら戦地に赴く期間を考えると若い方が良かったのもあるし、スキル持ちの貴族である程度婚期が近い人間は、既に結婚しているか婚約者持ちしかいなかった為、ほぼ無理矢理だったが若いユンネが候補に上がって、そのまま急いで婚姻した。
 
 それがこんな事になるとは…。
 疲れてエジエルジーンは近くに見えたガゼボへと入った。
 夜会会場からはかなり離れているので、あの音楽と喧騒が掻き消えていた。

 申し込まれたダンスが多過ぎて汗をかいてしまった。
 少し湿った髪を掻き上げて、エジエルジーンは目を瞑った。

「あの、休憩ならお茶をお持ちしましょうか?」

 突然声が掛かった。
 護衛騎士や給仕で走り回るメイド達がいるのは分かっていたが、態々近付いて来て話し掛けてくるとは思わなかった。
 自分に近寄るのはユンネと別れた後の侯爵夫人の座を狙う人間くらいで、使用人達は遠巻きにしている事が多い。
 警護についている者達は夜会に来た客に用がない限り話し掛けない決まりがあるので、ゆっくりと休めると思っていたのに、話し掛けられて少々苛つきながら声の主の方を見た。
 
 そこにはハッとする程の美しい少女がいた。
 金の髪に深く青い瞳。白い頬はふっくらとして、動き回っている所為かほんのり色づいている。
 もう一度薄桃色の唇が開き、話し出そうとする姿がゆっくりと目に焼きついた。

「お疲れなら、少し軽食などもいかがでしょうか?」
 
 少女の申し出に、無意識に頷いてしまった。
 普段なら来客として来ていたとしても、黒銀騎士団長としての責務から飲食は控えている。何かあれば直ぐに動きたいから飲み食いしている余裕はない。
 ここは王宮。王族だっているのだ。
 なのに少女の申し出は甘美な誘惑となってエジエルジーンを包んだ。

 頭を下げて離れて行った少女は、直ぐに大きな盆に紅茶のセットと、パンや肉、サラダなどを盛り付けた皿と、クッキーやケーキなどを盛り付けた皿を乗せて戻って来た。
 意外と力があるようで、あの細腕でよくバランスよく持てるなと感心する。

 ガゼボの中には木材で出来た備え付けの椅子とテーブルが入っている。そのテーブルの上に、手早くお茶を淹れて俺の前に置き、軽食とデザートを置いてくれた。

「君もお茶を淹れて飲むと良い。俺は甘い物は食べない。これは君が食べてくれ。」

 普段は絶対に他人を誘う事は無い。なのにスラスラと少女を共に席に着くように促した。

「え…でも、私は仕事中です。」

「構わないだろう。ここは人もほぼ来ない場所だ。君一人が抜けても誰も気付かない。」

 明らかに年上で身分も高い自分に言われて、断りきれないと思ったのか、大人しく少女は対面に座った。
 目の前で持って来てくれた軽食を食べ紅茶を飲んでみせると、少女も漸く紅茶とデザートに手をつけた。
 少女が淹れてくれた紅茶を飲んで、何とも不思議な感覚がする事に気付いた。
 ふわりと身体が軽くなる感覚。先程までの脱力感が無くなる感覚には覚えがあった。
 これを持つ人間はあまりいない。

「君は、スキル持ちか?」

 少女はビクッと肩を震わせた。

「え?あの、えっと……。」

「だがおかしいな…。この感覚は『癒し』か『回復』のスキル効果だろう?何故メイドなんかしているんだ?君くらいの年なら何処かに嫁いでいてもおかしく無い。」

 それこそ回復系のスキルなんて珍しく使い勝手の良いスキルなのだから、例え平民でも貴族の本妻にと言われるくらいのスキルだ。ここにいるということは下級貴族の出だろうと思うし、貴族の出なら王族に輿入れしたっておかしく無い。

「……あの、スキルの事は内緒なんです。」

 少女は青い目を潤ませて内緒にしてくれと懇願してきた。

「内緒?ああ、家の事情か?確かにこのスキルなら隠す家もあるだろうが……。王族に知られれば大変だぞ。」

 スキルは生まれながらのものだ。必ず国に報告義務がある。秘匿した時点で罪に問われるし、内容によっては貴族なら爵位降格などもある。

「お願いです!何でもしますからっ、黙ってて貰えませんか!?」

 それは少女も理解しているようだった。
 必死に懇願してくる。
 その姿がいじらしく、庇護欲を掻き立てられた。

「秘密ならば黙っておく。」

 エジエルジーンの言葉に少女はパッと表情を輝かせた。だが立ち上がって近付いてきたエジエルジーンに、不思議そうな顔で首を傾げる。
 その小柄な身体の隣に座って、白く滑らかな頬を撫でた。
 何故こんなにも触りたくなるのか。
 触れて、吸い付く肌を堪能して、そして……。
 
 「あ………の?」

 薄桃色の唇がほんの少し開く。











 むぎゃあぁぁぁ~~~~!漫画のとおりぃぃぃ!
 エロい、可愛い、尊い!!
 あれで男!?どっからどー見ても女の子!
 頬撫でてる旦那様も色気あり過ぎて怖いぃぃい!

「はぁはぁ、なんてこったい!」

「何興奮してるんですか!?浮気ですよ!不貞ですよ!あれは貴方の旦那様ですよ!?」

 草葉の陰でコソコソ、コソコソ、俺達は声をひそめつつ大興奮で言い合っていた。興奮の種類は違うけど。

「でも、美し~~です!見て下さいっ、色気満載の旦那様と、一見美少女のメイドさんですよ!?あぁ~~携帯欲しかった!なんでこの世に携帯がないのか!保存したい~~~!!」

「なに訳の分からない事言ってるのです!?正気に戻って下さい!」

 大興奮の俺に、ソマルデさんは顔面真っ青で見るのを止めようとしてくる。
 目を隠さないで!
 
「あ、待って下さいっ、もう少しで、でこちゅーなんです!もう少しだけ見させてぇ~~~っ!」

 これ以上はダメですよと怒られて、ズルズルと引き摺られるようにガゼボから離されてしまう。

 あ、あぁぁぁ~~~~っ!

 無情にも俺はその場から連れ去られてしまった。








 ゾクリと首筋に殺気を感じて、エジエルジーンは少女の頬から手を離す。この殺気には見覚えがあった。
 自分は何をやっていたんだろう?
 見られては不味い人間がどうやら警護に付いていたようだ。
 この少女が愛らしいからと言って、名も知らぬメイドの隣に座って、あまつさえ勝手に頬を撫でるなんて。
 先程感じた殺気のおかげで正気に戻った。
 スッと手を離して立ち上がり、少女から距離を取る。

「すまない。酒を飲んだつもりはないのだが…。私はもう戻ろう。ここは任せても良いか?」

 ガゼボから出て振り返りながら言うと、ボゥとしていた少女は慌てて立ち上がった。

「あ、は、はい!私の方こそボンヤリして申し訳ありません!」

 あたふたと頭を下げる様子は年相応に見える。先程は何故あんなにも吸い寄せられるように魅力的に見えたのだろう?
 私は妻帯者だ。騎士団長という高潔な身でありながら、妻以外のものに手を出すなどあり得ない。
 
 今日はどうやら疲れているらしい。
 
 頭を下げ続ける少女を残して、エジエルジーンは夜会の会場に戻って行った。










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