君、終の夜に会いたること

いくま

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第4話 高津名、君を助けたること

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「お前が奇襲で兵を動かさなかったことを理由に源一族みなもとのいちぞくへの処罰は軽くしたが筆頭であるお前の官位剥奪と出家だけは避けることができなかった」
「ああ、そうだな。お前を裏切った罰と受け止め、こうして末路を迎えようとしているよ」

「私が出兵する前、高津名たかつなから不審な噂話を聞いたのだ。私が指揮する藤原家の本隊を奇襲する作戦があるようだと。だから奇襲に備えて武器を構えて進軍する事で討ち返すことができたのだ」
「運命が味方するものだな……」
「高津名に藤原家本隊への奇襲を伝えたのは誰なのか?」

 二人の間に沈黙が訪れる。

 飢え、喉の乾き。
 意識は朦朧として、もはや何も答えることができない。
 紙を擦るような私の呼吸音と
 ゆっくり静かな時沙の呼吸音。

(沈黙で答えが届くのだろうか?)

 ボンヤリと考えていると目の前が暗くなる。
 月明かりを隠すように人影が私を覆う。
 影から伸ばされた両手が私の首を掴む。
 締められる苦しみを感じるほどの感覚は残されていなかった。

(時沙よ。最後はお前の手で死んでいくのだな)

 緋色の瞳から雫が落ち、
 私の枯れた頬を濡らす。

「一人で抱えて逝くつもりか?
 そんなことは赦さないぞ」

「何も抱えていない……
 君が知っている事実が、全てだ」
「嘘だ!!」

 不思議と時沙の両手の温もりが首を伝わって全身を巡り、身体が熱くなっていくような気がした。

 緋色の瞳に見惚れ、引き寄せられていく。

(時沙。私の大切な友よ……
 君の幸せの為ならば……)

 覆う影は大きくなり唇に柔らかい温かさを感じると、私と一体となった。

「環。鈍い私を赦してくれ……
 これからは君と一緒に……」

 あまりに急激な血流の集中によって身体が激しく波打ち、残されていた力を放出して果てた後、気力で保たれていた糸が切れて意識が遠のいていった。


――遠い昔の『夢』をみた
  掌から零れ落ちる沙のような『夢』を


「遅いぞ、時沙!早くしないと蛍が眠ってしまう!!」
「待てよ、環。足元が暗くて思うように進めないんだ……」
「泣き言云うなよ。蛍が見たいと云い出したのはお前だろ?」
「そうだけどさー。まさかこんなに暗いところを歩くなんて思ってもみなかったよ」

 12歳くらいの少年二人が都の外れの小川を歩いている。空は曇り、風は無い。月明かりがないので気弱な少年が躓いているようだ。

「ほら、手を出せよ。繋いで歩けば転ばないだろ」
「二人して転ぶだけかもよ」
「俺が転ぶわけないだろ!」

 藪の中からカサカサと音が聞こえる。地を這うモノが接近したと思うと気丈な少年が叫び声を上げていた。

「くっ!何かに噛まれた!!」
「どうした、環!?大丈夫か?」
「たぶん、蛇だ……
 大きさや色は見えなかったが……
 意識がおかしい。
 マズいかもしれない……」
「どこを噛まれた!?教えろ!」

 気弱な少年は気丈な少年を横たわらせて着物を解くと太腿の噛まれた場所を確認し、傷跡を懸命に吸い上げ毒を出そうとしていた。

「うぅっ!痺れが強くなってきた」
「毒を吸い出すまで我慢しろ!」

 気弱な少年は夢中になって気丈な少年の太腿を掴み口づけをしていく。唇を押し当て強く吸っては毒を吐き出すが、子供の力では思うように吸い出せず苦戦している。

「あぁぁ、すまない時沙。お前にこんなことをさせるなんて、俺は……」
「良い!気にするな!!それよりも何か話し続けろ!毒が回って意識が飛ぶぞ!」

 段々と血液が集まり集中していくのか、毒のせいで腫れ上がったものが更に大きくなろうとしていた。

「んん、はぁ……
 時沙!俺はお前のこと……」
「環?俺が何だって?」
「うわっ、何だこれ!何かが来るぅっつ!!」

 気丈な少年はまだ続く朦朧とした意識の中で初めて感じる虚脱感に打ち拉がれ、倒れたまま動けなくなり痙攣している。
 気弱な少年が懸命に毒を吸い出してくれたおかげですっかり吐き出されたようだ。

「はぁはぁはぁ、すまない時沙。俺が助けられるなんて」
「環、お前は俺の唯一の友達だ。失うわけにはいかないんだよ」
「友達……、か」
「ああ、友達だ」

 気丈な少年は両の手で顔を覆い隠し、気弱な少年は彼の頭を撫でて慰めているようだった。

「あそこに花が見えるだろう?」
「すまない、まだ感覚がフワフワして意識がハッキリしないから分からないんだ……」
「ニリンソウの花が咲いているんだ。一輪は俺、もう一輪はお前。二輪で一つの花。それが俺たちさ」

「ならば俺はお前の側にいても良いのか?」
「ああ、もちろんだ!」
「お前に仕えたい。ずっと……」

 手を取り合う二人の少年たちの間を
 蛍が飛んでいく。
 幾重の光に包まれて少年たちは霞んでいく。


――溢れる沙は落ち続けていたが、
  『夢』の終わりを見る前に
  私は其処から遠ざかっていった……

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