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エピローグ
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「俺、翔太があんなに楽しそうなの初めて見たわ」
弦はそう言った。
俺も、弦も、泣かなかった。
試合が終わって弦は俺以外の部員全員に声をかけに走った。そして寮の自分たちの部屋に帰って来てやっと、こんな話をしている。
「…俺もお前があんなキャプテンっぽいとこ初めて見た」
「嘘だろ、俺は今まで何をやって来たんだ。 傷つくわー」
弦が愉快にベッドの上を転げ回る。落ちたら面白いのに、と思ったら案の定壁に頭を打ち付けた。こんないつもと変わらない空気感が、空っぽになった俺の胸をスース―抜けていって寒い。
「終わったんだなぁ」
弦が言う。コイツに、終わったなんて言って欲しくなかった。
「まだ終わってねえだろお前は」
「……おう。 終わらせねえ」
弦には、いつまでもあのグラウンドに座していて欲しかった。ピッチャーを見て、バッターを見て、時にはランナーや審判を見てリードをする。俺ならストレスですぐ吐きそうだ。キャッチャーマスクの下に付けた弦のもう一つのマスクは、弦の、強さだった。
俺はやっぱり、弦に憧れていたのだろうか。そんなことを言ったら弦は俺に幻滅するのだろうか。
「翔太は?」
弦が甘ったるい声を出す。自信が無いのだろう。俺だって自信が無い。
「どうだろうなぁ。 少なくとも、お前と同じところではやれない」
「最後、俺の打てなかった球打ったじゃねえか」
「舐めくさられてて、球が浮いたんだよあれは」
八回裏に俺が放った打球は、外野手を超えてフェンスを直撃した。走者一掃のタイムリースリーベースだった。
つっても同じ内角ストレートでも、弦と俺に投げられたボールでは質が違う。誇る気はさらさらなかった。俺には、越えられない。
弦はぶつくさ言った後に小さく溜め息をついて、後ろが続けばな、と溢した。俺は何も言わなかった。
しばらくして、弦が俺の名前を呼んだ。その声に、俺の視界が滲む。
「野球、やめんなよ。 頼むから」
頼むからって、なんだ。頼むから、これからも一緒に苦しめってことかよ。
俺は頷いた。込み上げたものが喉に蓋をして、言葉にすることはできなかった。それでも。
弦は満足そうに、泣きながら、笑った。
弦はそう言った。
俺も、弦も、泣かなかった。
試合が終わって弦は俺以外の部員全員に声をかけに走った。そして寮の自分たちの部屋に帰って来てやっと、こんな話をしている。
「…俺もお前があんなキャプテンっぽいとこ初めて見た」
「嘘だろ、俺は今まで何をやって来たんだ。 傷つくわー」
弦が愉快にベッドの上を転げ回る。落ちたら面白いのに、と思ったら案の定壁に頭を打ち付けた。こんないつもと変わらない空気感が、空っぽになった俺の胸をスース―抜けていって寒い。
「終わったんだなぁ」
弦が言う。コイツに、終わったなんて言って欲しくなかった。
「まだ終わってねえだろお前は」
「……おう。 終わらせねえ」
弦には、いつまでもあのグラウンドに座していて欲しかった。ピッチャーを見て、バッターを見て、時にはランナーや審判を見てリードをする。俺ならストレスですぐ吐きそうだ。キャッチャーマスクの下に付けた弦のもう一つのマスクは、弦の、強さだった。
俺はやっぱり、弦に憧れていたのだろうか。そんなことを言ったら弦は俺に幻滅するのだろうか。
「翔太は?」
弦が甘ったるい声を出す。自信が無いのだろう。俺だって自信が無い。
「どうだろうなぁ。 少なくとも、お前と同じところではやれない」
「最後、俺の打てなかった球打ったじゃねえか」
「舐めくさられてて、球が浮いたんだよあれは」
八回裏に俺が放った打球は、外野手を超えてフェンスを直撃した。走者一掃のタイムリースリーベースだった。
つっても同じ内角ストレートでも、弦と俺に投げられたボールでは質が違う。誇る気はさらさらなかった。俺には、越えられない。
弦はぶつくさ言った後に小さく溜め息をついて、後ろが続けばな、と溢した。俺は何も言わなかった。
しばらくして、弦が俺の名前を呼んだ。その声に、俺の視界が滲む。
「野球、やめんなよ。 頼むから」
頼むからって、なんだ。頼むから、これからも一緒に苦しめってことかよ。
俺は頷いた。込み上げたものが喉に蓋をして、言葉にすることはできなかった。それでも。
弦は満足そうに、泣きながら、笑った。
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