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とうとう本の月、第一週 灰の日が来てしまった。
その間に4人のお父様から「この日にいくよ~」という内容のお手紙が届いたけどやっぱり「本の月、第一週 灰の日」が指定された。
僕の予想通り、当日はブランクお父様の他に6人のお父様も一緒に来てしまった。
連絡してくれずなかった残り二人のお父様は「サプライズだよ(だぞ)」と言っていたけど予想出来ていたし、まったくサプライズになっていない。
だけど僕のお母様が一緒だったことは意外だった。お父様達のご用事に忙しいお母様が付き添うなんて今までなかったのに。
お母様は魔馬車から降りるためにお父様達が敷いたレッドカーペットを大げさなくらいに褒めながら、最年長のお父様にエスコートされて家の中に入ってきた。
僕はロードリック様と二人でお迎えに出ていたのだけど、そんなお母様を見てロードリック様は驚いて鋭い目を丸くしていた。

「アレックスがお世話になっている方達だからしっかり挨拶をしておかないとね」

なんて言っていたけど、お母様の見栄っ張りが発動している気がするよ。お父様達は相変わらずお母様に首ったけみたいだし。
リビングに皆を通すと部屋がいっぱいになってしまったけど仕方ないよね。
お母様にはゆっくりできるソファに座ってもらって、ロードリック様と僕は研究所から借りた折りたたみ椅子に座る。テーブルを囲んでお父様7人に座ってもらった。
ロードリック様がお茶を人数分用意してくれて、お話がスタートする。

「はじめまして。お母様、お父様の皆様。ご挨拶が遅れましたがアレックスさんと結婚したロードリック・ヴァンヴァイドと申します」

「ロードリック、そう固くならずに。私は―――」

お父様達が順番に自己紹介をしていく。 全員が落ち着いてお茶を飲み始めたところでお母様が切り出した。

「魔王様からのお話ではロードリック様のご希望でアレックスが結婚のためにこちらの家に入ったそうですけど夜の方はいかが?」

お母様の言葉に僕を含めて全員がお茶を吹き出しそうになったけどなんとか耐えて咽せている。
お母様は淫魔だけど、僕も淫魔だけど~~~!!

「おれ、いえ、わ、わたしは魔界と人間界の停戦と和平のために人間代表としてこの結婚に望んだわけでして」

「じゃあまだ手を出していないと言うのかね?」

「アレックスはこんなにも魅惑の塊だというのに?」

お父様達の目がギラリと光る。

「あ、う、それは……」

「アレックスは純粋に育ててきたから淫魔の中でも奥手だし、旦那様も手を出しにくくなるのは仕方ないわねぇ」

お母様の援護射撃が飛んできた。けどそれじゃあ僕がヘタレって言われてるものだよお。
僕は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆うしかできなかった。指の隙間からチラッと見たロードリック様がお茶を飲むところだったけどすぐに噎せていた。そうだよね、恥ずかしいよね……っ!

「……そ、そんなことより!今日はなんの集まりなんですか!」

話を逸らそうとロードリック様は大げさに声を張り上げた。

「ロードリックよ、アレックスが人間界に嫁いでしまってからしばらく会っていないのだぞ?息子に会いに来て悪いのかね」

「……ぐっ」

ロードリック様が言葉に窮している。なんでお父様達の圧がこんなにすごいんだろう?

「しかも魔王様のためにとアレックスが決めたことだからと私達には事後報告だ。しかも知らせは結婚式が終わって随分経ってからだったよ」

僕は指の隙間からドキドキしながら様子を窺う。なんとかしなきゃと思うんだけど、どうしたらいいんだろう。

「そもそもアレックスから俺様達に相談もなく結婚など……」

「アレックスは、ご両親達の目から見れば頼りないかもしれません。言動も子供っぽいところがあります。でも彼は立派な大人です。至らない部分は夫として俺が補っていきます」

お父様の言葉を遮るようにロードリック様が口を開いた。でもその声は少し震えていて僕の心臓はドキリと跳ねた。
ロードリック様にそんなふうに思ってもらえて嬉しい。

「アレックスは俺が抱えていた仕事の問題を幾つもあっさりと解決してくれました。それに俺自身もアレックスが傍にいて、一緒に過ごすだけで癒やされるんです。彼は俺にとって無くてはならない存在です」

ロードリック様の言葉の一つ一つが僕の胸に突き刺さる。本当に、もう、嬉しすぎて泣きそうになっちゃうよ……。お父様達から夫を庇えない情けない僕なのに……。

一番上のお父様が眉を寄せて言った。

「だけどアレックス自身はこの生活に満足しているのかな?使用人の一人も雇えず、自分達で家事をする生活は不便だろう?アレックス、私の所へ戻れば不自由なく暮らせるよ」

お父様がパチンと指を鳴らすとずらりとメイド服を着た綺麗な女性が並んだ。

「彼女達の世話を受けるのが嫌なら彼等でもいいよ」

またパチンと鳴らすとスーツを着た綺麗な執事さん達がメイドさんと入れ替わって現れた。

僕自身は家事に全然不満がない。でもロードリック様には我慢させているところがあるのかもしれない。
だけど僕はもう大人だ。ロードリック様から家事は全部自分達でやろうって言われた時から僕はヴァンヴァイド家になったんだ。

「お父様、心配はいりません。僕は上手じゃないけどお料理もお掃除もお洗濯もできるんです。上手に出来たら喜んでくれるロードリック様の笑顔が見たいんです。だから使用人さん達はいりませんし、僕はこの生活を不自由だと思っていません」

お父様の顔から表情がなくなり白くなってしまった。

「じゃあ、アレックス君、お金に困っていないかい?人間の貴族でもピンからキリまである。彼は伯爵だと聞いていたけども、こんなにも小さなお屋敷で暮らすしかないのならお給料も少ないんじゃないかな?お給料が少ない夫ではアレックス君に恥をかかせるだけだよ」

すぐさま二番目のお父様が僕に向かって微笑み話しかけてきた。

「僕はロードリック様と二人で暮らしていけるお金があれば十分です。僕は働いていないのにロードリック様は美味しいお菓子もご飯も食べさせてくれるから幸せですし、恥ずかしい思いは一度もしてません」

僕の答えを聞いてお父様は両手で顔を覆ってさめざめと泣いてしまった。

「もう、お金や人なんて無粋よ。やっぱりアレックスさんの魅力を引き出すのは宝石よね!キラキラ輝く宝石に囲まれて過ごすのは素敵だと思わない?」

三番目のお父様が立ち上がってこっちに周ってきたとおもったら僕を後ろから抱きしめてくる。でもこれはいつものスキンシップで珍しいことじゃない。

「宝石ですか?アレックスの美しさと気品があれば全く必要ないものです」

ロードリック様の目つきが変わった。
ロードリック様は立ち上がって僕と三番目のお父様を見下ろしてくる。な、なんかお父様達以上の威圧感があるんだけど!

「あら~?宝石の一つや二つ、欲しいと言われなくても買ってあげるのが甲斐性じゃないかしら~?アレックスさんはこんなに可愛らしいんだもの、着飾ってあげたくないなんて愛情を疑うわ」

「あ、あの、お父様!僕、ドレスも宝石もキラキラして好きだけど男の子の格好が落ち着くんです。それになによりロードリック様が一番好きなんです!ロードリック様のお側でご飯をたべてお菓子を食べるのが幸せなんです。だからいつかお別れの日がくるまではずっと一緒に人間界で暮らしていたいんです!」

三番目のお父様の体が背中から離れたと思ったらお父様はひっくり返って床に倒れ、なぜか四番目のお父様まで頭をテーブルにぶつけてそのまま突っ伏してしまった。
五番目のお父様であるブランクお父様は笑顔が引きつっていて、六番目のお父様は絶望的な顔をして「なぜだ。なぜ人間なんだ」と一人で呟いている。

七番目のお父様が三番目のお父様を踏みつけて僕の隣にやってきて抱きしめてきた。

「アレックス君の想いは本気なんだと分かって良かったよ。魔王様の配下からアレックス君が急に結婚したという知らせを聞いて心配していたけども良い伴侶と巡り会えたんだね。安心したよ。でもお父さんは寂しいからたまに遊びに来てくれるかな?他のお父さんは放っておいていいからね?お父さんだけに会いにおいで」

「わ、わかりました?」

お父様は僕を離すとロードリック様の所へ行って同じように抱きしめた。

「アレックスをお願いするよ。不幸にしたらアレックスは必ず連れ戻すよ」

「……はい、必ず幸せにします」

ピリピリと肌を焼くような沈黙が少し間があったけどロードリック様は力強く答えていた。
一番から六番のお義父様達は、それからしばらく泣き続けていたけどお母様は「家族愛ね~」とニコニコしていた。

 僕は感極まって立ち上がる。そして一度大きく深呼吸をした。
お父様達に向かってハッキリ言うんだ!

「お母様、お父様達、今まで育ててくれてありがとうございます!たくさんお世話になりました!僕、皆の子供で幸せでした。そしてこれからは自立してロードリック様と一緒に頑張って幸せになります!これからヴァンヴァイド家をよろしくお願いします」

僕はできるだけ大きくお辞儀をした。僕の、いや、僕達の新しい門出はこうして始まるんだ。
ロードリック様が僕の手を取ったので、僕もその手を握り返して二人で並んで立つ。

お父様達が顔を上げたのを確認してからロードリック様が口を開いた。

「魔界と人間界を和平を結び、和平の象徴となるこの結婚がお互いにとって良きものになるよう努力します。俺の命にかえてもアレックスを守りぬく覚悟です!」

僕達二人を祝福するお母様の拍手が部屋中に響き渡った。なぜかお父様達は胸や喉、頭を押さえて呻いている。
……うーん、悪魔だから和平って言葉にアレルギーが出ちゃったのかな?

「うふふ。アレックスが結婚の意味をちゃんと自覚を持っているようで安心したわ。さあ、そろそろ私達は帰りましょう。新婚さんの時間を邪魔しちゃ悪いわ」

お母様の一言にお父様達は少し落ち着いたのかふらふら、よろよろと立ち上がって玄関に歩いていく。僕とロードリック様もお見送りのために玄関に向かった。
またお父様達が魔馬車に向かってレッドカーペットを敷く。これ、お母様が通るとはいえカーペットを地面にわざわざ敷く必要がないとおもうんだけどなぁ……。

「アレックス、ロードリックさんとお幸せにね」

魔馬車に乗ったお母様が手を振りながら言った。

「はい、ありがとうございます。お母様もお父様達もお元気で」

「はい。お父様達もお元気で」

ロードリック様が少し腰を折ってお辞儀をすると魔馬車が浮かび上がった。お母様は手を振り、魔馬車は魔界へと帰っていくために消えてしまう。そしてお父様達は魔界に帰るためにその場で消えてしまった。

「ロードリック様……」

「アレックス。二人で頑張ろう」

僕達はもう家族なんだ。そんな気持ちを改めて感じさせてくれる瞬間だった。
僕はロードリック様から差し出された手を取った。

「はい!」

そして僕達は二人で手を繋いでヴァンヴァイドのお屋敷へ戻っていった。
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