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★☆☆☆
「ロードリック様、おはようございます」

彼の腕枕で目覚めるなんて贅沢だなぁって思うけど嬉しい。彼は僕が挨拶しても横になったまま起きる気配がなかった。
彼から離れようとしたけど、眠っているのに僕を抱きしめてきたから抜け出すことができなくて、まるで恋愛小説みたいな朝だった。
彼の鋭い目は今は閉じられ、薄く開いた口からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
「ロードリック様、朝ですよぉ」
本当はもう少し眺めていたいけど朝ごはんを作ってあげたいから僕は彼の腕から抜け出て起き上がる。そして朝食の準備を始めるために床に足をつけた時、腰に腕が回ってきた。

「っ!」

驚いている間に後ろで動いているのを感じ、完全に体を抱きしめられた。お腹に彼の腕が周り、肩には彼の顎が置かれた。
「おはよう」
彼は僕の肩の上であくびをしながら挨拶をしてきた。首筋に彼の髪が当たってくすぐったい。

「ロードリック様、おはようございます。今から朝ごはん、作りますね」

「ああ、頼む」

そう言ってくれたけど体を離してくれる気配がない。どうしようって思っているとカーテンを閉めた窓から軽いノックの音が聞こえた。

「アレックスしゃま~?おりましゅか~?」

つたない発音で僕を呼ぶのは、えーっとブランクお父様の使い魔のマセッタだ。同時に僕を抱きしめるロードリック様の腕に力が込もった。

「アレックス。危険だ。俺の張った結界が破られている」

「大丈夫ですよ。あれは僕のお父様達の一人、ブランクお父様の使い魔なんです」

僕はロードリック様の腕の中で身じろいで彼の腕の中からポンッと抜け出した。そしてカーテンを全開にして窓を開けると黒い鳥が入ってきた。

「おはようございます!アレックスしゃま~」
「おはよう、マセッタ」
僕は手を差し出すと鳥の姿でぴょんと飛び跳ねて手に乗った。

「今日はどうしたの?お父様からの伝言かな?」

「はい!アレックスしゃまにお届け物でしゅ。こちょこしょっと優しく外してくだしゃいな」

マセッタは細い足を上げて、そこにくくりつけられた紙を僕が外してあげた。

「アレックスしゃま~!もーすぐでちゅね~」

え?もうすぐってなんだろう?そう思いながら紙を開くと……

「アレックス。まだか」


後ろから近づく気配がしていたと思ってはいたけどロードリック様が僕を捕まえるように窓枠の下側に手をついた。彼は眉を寄せ、唇を尖らせてこちらの肩の上から僕に届いた紙を覗き込んだ。まるで子供が拗ねているようで僕は思わず笑ってしまった。
僕が笑うとさらに彼が拗ねた顔になったので紙を広げて見せた。

『本の月、第一週の灰の日に伺います』

たった一行の手紙だけどマセッタが届けてくれるのはブランクお父様の手紙だ。そしてこのお父様が動くと他のお父様もほぼ同じように動き出す。


「ロードリック様、お父様達が来月に来るみたいです」

僕は太っているからちょっと無理して振り返ってロードリック様を見上げた。

「良かったな」

優しい声色でそう言ってくれた彼には悪いんだけど実はちょっと面倒って思っている。

「んーんー」

でもそう言う訳にもいかないし、ちょっと手を動かすと空気を読んだマセッタが飛んで行った。
ちょっと憂鬱な気持ちを晴らしたくて彼の胸に飛び込んで抱きつくと優しく受け止めてくれた。

「うちは客を迎える茶器もないからな。ご両親をもてなすために今度一緒に買い物へ行こう」

すると僕のお腹の虫が鳴いて空腹を訴えだした。

「それより先にキミの朝食を準備しないといけないな」

僕のほっぺがぷにっとつままれ、ロードリック様は楽しそうに笑ってくれた。
心の中で「ごめんなさい。でもボクが頑張るよ」って謝った。

★☆☆★

今日もロードリック様はお仕事。僕は今日も家事を頑張る。
つもりだったんだけど戻ってきたマセッタがとっても申し訳なさそうに僕に言ったんだ。

「アレックスしゃま~、お腹がすきまちた」

「あ、お父様からご飯、持たせてもらってないの?」

「あい~、アレックスしゃまのところへ急いで行って帰ってきたらご飯だよ、といわれたでし」

うー、ひどい。マセッタみたいに従順な使い魔は拾い食いなんてしないから『ご飯がほしいなら急いで仕事しろ』ってこき使われちゃう。お腹が空くのは可哀想だって言ったら『使い魔なんてこき使わな損やし、悪魔はそういう考えが普通やで』ってアモンも言っていたけど、だからって……。

「マセッタ。パパからのお手紙の返事を出すから、手紙を持ってきたお礼を兼ねてパンでも食べて待ってて」

「よろちいいんですか?やったーなのでしゅ」

僕は台所から取ってきたパンとミルクをマセッタにあげると彼は嬉しそうに鳴いて、すぐにパンに嘴を突っ込んで食べ始めた。

僕は小さな紙に「謹んでお受けしました」と書き、食事が終わってうっとりしてるマセッタの足にくくりつけた。

「ふはー……こんなに柔らかいパンがあるなんて……」

「人間界のパンって美味しいよね。また来たら食べさせてあげるよ。だからこの手紙をお父様に渡してね」

「はいでし。おまかせくださいませ」

鳥だけど恭しくお辞儀をして窓から飛んでいったマセッタ。
空を見上げてあんな風に飛べたらいいなあって思ったことがいっぱいあったけど羽があっても逃げれないんだよなあって同じくらい考えたことを思い出した。

☆☆☆

「アレックス」

名前を呼ばれて体を揺すられた。
マセッタが帰った後、落ち着かなくって家中の窓まで掃除をして、三時のオヤツを食べ後に眠くなってソファで横になったんだ。
目を開けるとロードリック様のお顔があった。

「ひゃっ!?」

壁の時計を見ると時間はもうすっかり遅くなっていた。

「お、おかえりなしゃい、ロードリッックしゃま」

帰ってくるまでになにも用意出来てない。失敗したことを怒られる怖さで舌がうまく回らない。
彼は困った顔をして僕へ小さな瓶を差し出した。

「……お土産だ」

彼の手には小さな瓶に入った金平糖があった。そして僕が受け取ると大きな手が頭を撫でてくれた。

「今日はどこかへ食べに行こうか。ずっと家でばかりだったからな」

「いいんですか?僕、ちゃんとできなかったのに」

「それを言うならキミに任せてばかりで俺のほうが家のことをできていない。これからはたまに二人で外食しよう」

彼は僕の手を取ると立ち上がらせてくれた。

「じゃあ、僕、急いで準備してきます」

嬉しくって金平糖の入った瓶を胸に抱きながら、僕は急いで自室に戻った。
★☆☆★
「ロードリック様、今日は何処へいくんですか?」

彼が運転してくれる魔車は自動で明かりがつき、暗い道を照らしながら進むすごい魔車だ。

「今日は町の南にあるレストランに行こうか」
僕が答えると同時にロードリック様が前を見ながら言った。
「あ、あの……ロードリック様、僕、ジャケットもネクタイも着てないですけど」
僕は気まずい気持ちでモジモジしてしまった。最初はちゃんとスーツを着ていたんだけど「そんなに堅い格好をしなくても大丈夫だ」と言われて今度はちょっとおしゃれな服にした。
レストランに行くなら最初の格好で良かったじゃないか。ドレスコードを守らなきゃお店に入れないのに。だけど彼は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「高級なレストランじゃないから心配しなくていい」

「そうなんです、か?」

魔界では周囲に合わせて着飾っていた。学校の制服はもちろん、ドレスにネックレス。スーツにピカピカの革靴。
魔界で一番の高級娼婦と言われるお母様と貴族のお父様達の子供だから当然僕もそういう目でみられる。しかも魔王様の愛人になるために育てられていたし、窮屈に感じていたけどドレスコードから外れると怒られるから怖かった。

「アレックス、ファミレスは嫌だったか?」
「……僕の格好じゃレストランに入れないのに、って思って……ロードリック様だけスーツ着ててずるい」

お仕事のスーツのままだけど……ちゃんとジャケットとネクタイってドレスコードを守ってる。

「ファミレスだからもっとラフな格好で良かったんだが、着替えるのも面倒でスーツのままにしたんだ。そこまで怒ると思わなかった。キミに合わせるべきだったな。すまない」

ロードリック様が謝ってくれた。でもなんだか内容が、変。
むーっとやるせない気持ちでほっぺを膨らませてしまった。

「アレックス、今度はドレスコードがしっかりした店へ行こう。予約もしておく。マナーも勉強しなおすから機嫌をなおしてくれ」

「怒ってないですから気にしないでください」

でもやっぱりむーっとしてしまう。信号というのが赤になって止まる。彼は困った顔をして僕の頭を撫でてくれた。
「機嫌をなおしてくれないのか?ファミレスにもステーキがあるぞ。好きだったろ?アイスクリームもケーキもあるから……」

僕の顔を覗き込みながらロードリック様が眉尻を下げて困ったような顔をした。その顔でアイスやケーキと言うのがおかしくって僕は笑ってしまった。

「アレックス?」

「ごめんなさい、だってロードリック様が困り顔でアイスやケーキがあるよって言うから」

あはははって笑いながら彼を見ると彼も口元を緩ませて微笑んでいた。
そうしているうちに魔車はレストランに到着した。駐車場には数台の車が止まっていて、今から行く人や帰る人が歩いていた。
女性はドレスを着ていないし、男性はスーツの人もいるけどTシャツの人もいた。

「ロードリック様、もしかしてここはよく来る場所なんですか?」

レストランなのにご近所に行くような格好で僕は不思議だった。

「ん?ああ……よくではないが、たまに来る店だ」

僕はなにか勘違いしてる?服の心配はなくなったのに、理由は自分で分からないけど不安になった。
僕達は車から降りてレストランの入り口へ向かって歩きだした。
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