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VSノイシュ

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 一か月後、面会する日がやってきた。

 あたしの準備は万全だ。コンタクトレンズをして黒目になり、髪も黒く染め直してポニーテールにした。

 バイトの面接に来たのは、全員で100人近くだ。9割近くの人間が、貧困を理由としてきている。今の職場に不満があるもの、ギルを殺そうと企んでいるものもいる。

 しかし、ギル側も、嫌われていることは自覚されているらしい。ドアの向こう側から、機械探知機のゲートをくぐらされている人間の声が聞こえてくる。

『最悪、ワイヤーが引っかかってしまうなんて。どうやって言い訳しよう』

『すごい、このゲート、優秀すぎる。まさか靴の留め具が引っかかるなんて』

『嘘、ボディチェックされるなんて聞いていない』

 使用人により刃物などを持っていないがチェックもしているみたいだ。

 思考が読めるから、検査室へ行く前に気がついてよかった。

 一番小さな信号機と、毒針を持ってきたが、それも引っかかる可能性が高いから捨てた方がよさそうだと判断して、それらをトイレのゴミ箱に捨てた。




 検査が終わると集団面接が始まった。5人ごと個室に集められ、執事らしき男に簡単にこれから始まることを説明された。他にも審査員らしい7人の使用人が目の前にいる。何故か部屋の奥の方には、つまらなそうに読書をするギル・ノイルラーと数人の護衛が待機していた。

 Xは、この中にいるのだろうか。まあ、いい。全員の思考回路を読みまくっていけばわかることだ。

『かわいいい子はいるかな』

『かわいそうに。ここにいる奴らから死人が出るだろうな。ギルがどんなにひどい奴か知らないんだろうな』

『絶対に私がメイドになって家族を養わないと』

『あー、どうせ私なんて選ばれないんだから早く帰りたい』

『いい男はいないかな。早く見つけて養ってもらいたい』

『ギルって、女を大量虐殺したとかあるけれど、大丈夫かな。ああ、金は欲しいけれど、殺されるなんて嫌だ』

 ああ、もう。うるさい、うるさい、うるさい。

 耳を塞いでしゃがみこんでしまいたい衝動に駆られる。

 どいつも、こいつも似たようなことばかり考えていて、つまらないんだよ。どっかにメシアのことを考えている奴とかいないわけ?

『……ノイシュ』

 名前を呼ばれた気がして、はっとする。

 今、誰かあたしのことを考えていなかったか。それとも、同じ名前をした別人だろうか。

 一体、誰の思考回路だろう。あちらの方にいる男性なのか。

『はじめまして、ノイシュ。僕がXだ』

 今度は、意識を声の方へ定めていたため、さっきよりも明確に聞こえた。

 誰?どこから声は流れてきた。

 あたりを見まわす。あっちの男か。いや、今、聞こえてきた声はさっきの男に比べて低かった。

 そして、こちら側をまっすぐ見つめるエメラルドグリーンの瞳。そう、あの位置からの距離なら、さっきのように聞こえる。

 つまりXの正体は……ギル・ノイルラー。

 そんなバカな……。どうして彼が独裁者を殺している?

 今のは、聞き間違いだろうか。

 しかし、頭の中で先ほどの声がする。

『僕は、ギル・ノイルラー。みんながXと呼んでいる人間だ』

 なぜXが自己紹介をしている?

『他のことをしながら、僕の話を聞いてくれ。心を読める君がここにくることは知っていたよ』

 そうだ。あたしがノイシュであることは、まだ悟られていないはずだ。だから、他のメイドと同じように振るまおう。

『君はきっとどうして僕がXだと考えているだろう。その答えは簡単だ。僕は実はギルではない。ギルの魂に入った別の人間だ。だから、ギルとは性格が全然違う』

 なるほど。道理であのレイヴンが見つけられなかったわけだ。

 しかし、こんな風に語りかけられるなんて、ギルは、私の声がきこえるのだろうか。

『僕は、君を殺そうと考えた。けれども、心を読める君を殺すのは難しいと気がついた。だから、殺すことは諦めた』

 いや、たぶん私の考えていることは、聞こえないだろう。もしも、聞こえているのなら、きっと私のことを殺していた。きっと、今、私の考えていることを予想して頭の中で語りかけているのだ。

『ノイシュ。君は、この世界を変えたいと思わないか』

 まるで洗脳するように優しく語りかけられる。

『この世界は間違っている。独裁国家、植民地、戦争、奴隷制……そんなもので多くの人を苦しめている。僕は、この世界を平和で明るい国にしたい。僕ならできる。この汚れた世界のシステムを新しくできる』

 それは、魅力的な計画だ。この世界は、ひどい部分が多すぎる。

『もちろん僕も独裁国家のトップだ。悪側の人間である僕は、全てが終わったら死のうと思っている。それまで、僕がXであることを誰にも言わないで欲しい』

 つまり、ギルは、自分のことを黙っておけと私にお願いしているわけね。どうせ心が読める私にばれるくらいなら、最初から、打ち明けお願いするとは予想外だわ。アティス様ほどではないけれども、頭がよさそうだ。

『君は、違う世界を見てみたいと思わないか』

 でも、残念ね。確かに、たいていの人間なら、あなたの言ったとおりに行動するだろう。だけど、こっちは家族を人質に取られているの。帰ってアティス様に報告してしまえば、あんたの負けね。

 他のメイドに交じって歩き出そうとした時、不意に床が消えた。



 え……。



 気がついた時は、ドンドン下へと落ちていく。

 自分だけじゃない。この部屋にいるメイド全員が落ちていく。


「きゃああああああああああ!」


 周囲から、甲高い悲鳴が次々と聞こえる。


 このまま死ぬのかと不安に駆られた瞬間、ドスンと音がして藁の上に着地した。

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