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45話 予想していなかった裏切り シャルロットSIDE
しおりを挟む「おや、聖女シャルロットじゃないか。もしかして馬車を使いたいのか?」
ニタニタといやらしい笑いを顔に浮かべ、司教は私に話しかける。
(さっきは私を突き飛ばしておきながら、何を言っているのかしら! 本当に嫌な男だわ……)
隣にはいつも私に食事を運ぶ怪我をした男も立っている。この男もなぜかニヤニヤと私を見て、気持ちが悪い。でももうこの二人に会うことはないわね。教会の前にいる平民達の相手は、あなた達がするといいわ。
私は顎を上げフンと鼻で笑い、二人を見下すように見つめる。
「そうですわ! わたくしはもう王宮に帰ります! 今すぐ馬車を用意しなさい!」
(何を言われたって私はもうここを出ていくの。こんな所大嫌いよ!)
少し身構えつつ、それでも強気でそう命令すると、司教はニヤリと笑った。まるでその言葉を待っていた様な満足気な顔に、嫌な予感がする。でもそんなこと考えている暇はないわ。私は一刻も早く王宮に帰らなくては。
「ああ、もちろんだ。もう準備はできているぞ」
ニンマリと笑って司教が顎をしゃくると、隣の男はうなずき私を案内し始める。裏通りの細い路地には誰もいない。私はさっさと馬車に乗り込むと、二人に挨拶もせずにドアをバタンと閉めた。
「オーエン殿下によろしく伝えてくれ」
外から司教の言葉が聞こえたけど、返事なんてするものですか。私はこの大嫌いな場所から離れたことで、ようやくほうっと息を吐いた。
(それにしてもひどい格好だわ……)
転んだからドレスは泥だらけ。あの女ともみ合いになったから髪もボサボサ。でももういいわ。むしろ私がこれだけ傷ついているのを見たら、さすがにオーエン様も優しく慰めてくれるだろう。
それにこれ以上悪いことなんて起こらないはず。そう思っていたのに。
「うっ! なによ、この匂い!」
王宮へ進む道中、窓を閉めているのにも関わらず悪臭が鼻をツンと刺激してくる。そっと外を見てみると、ほとんどの家は壊れ、そこらじゅう泥まみれだ。なんともいえない臭さに吐きそうになる。
(きっと平民達が汚したのね! こんなに臭いなら教会に集まっていないで、片付けるべきだわ!)
そう考えていると、さっきの教会での光景が頭に浮かんできた。私をニセモノだと蔑み、あの女を本物の聖女だと褒め称える平民たち。今思い出してみても、腹立たしい。
「う、うう、く、悔しい……!」
初めて感じるみじめな気持ちに、ボロボロと涙があふれる。頭の中はスカーレットへの憎しみでいっぱいで、顔を思い出すだけでギリギリと歯が鳴る。馬車の中じゃなきゃ、手当り次第物を投げつけたい気分だ。
(悔しい悔しい悔しい! 私こそが聖女として国民に持て囃されるべきなのよ!)
そうすれば私を馬鹿にする貴族達だって、きっと尊敬するはず。そう思っていたのに。現実はスカーレットが大国カリエントの王子と婚約し、聖女としても認められている。反対に今の私はどうだ。
オーエン様には冷たくされ、婚約も発表してくれない。社交界では馬鹿にされ、平民にすらニセモノだと責められている。私は泥だらけのスカートを強く握りしめると、キッと前を睨んだ。
「もう、聖女はいいわ! あんなのいらない! 私にはオーエン様がいるもの。きっとこの頑張った姿を見たら、すぐに認めてくださるわ!」
あんな薄汚い国民に愛されなくてけっこう! 私は王妃となって、贅沢に暮らすのが合っているのだわ。そう考えると少しずつ気持ちが晴れてきて、王宮が見えてきた頃にはすっかり機嫌も良くなっていた。
「オーエン様がすぐに会ってくださるといいけど……」
そう不安になったのは、王宮の様子がおかしかったからだ。人も少なく、全体的に荒れている。しかしいざ中に入ってみると、すぐに迎えの侍女が待っていた。しかもオーエン様は私に会ってくれるという。
(ああ! やっぱり私のことを受け入れてくれるのね!)
私が汚れているせいか案内された部屋はとても質素だけれど、それもどうでもいい。早くお風呂に入っていつもの綺麗なドレスを着て、お茶やお菓子を食べたいわ。そうね、オーエン様と甘い夜を過ごすのもいい。
私がそう考えていると、部屋の扉が開きオーエン様が入ってきた。
「オーエン様!」
久しぶりに見る彼は、私を見てにっこりと笑った。やっぱり許してくれたんだわ。だってこんなにボロボロになるまで頑張ったのですもの。
私は急いでオーエン様のもとに駆け寄る。すると急に彼の顔がサッと冷たい表情になり、私の目の前に騎士の槍が飛び込んできた。
「きゃあ!」
突然現れた武器に驚いた私は、そのまま尻もちをついてしまう。するとまた別の騎士がオーエン様の背後から出てきて、私を後ろ手に縛り始めた。
「な、なにをするのですか! オーエン様! 助けてください! この者達が私を――」
(なぜ私を縛るの? さっきまでのあの笑顔はなんだったの?)
なにひとつわからず、私はオロオロとするだけで体が固まってしまった。それでも助けを求めるようにオーエン様を見上げると、彼はニヤリと笑って声を張り上げた。
「シャルロット! おまえは自分を聖女だと陛下を騙し、民を混乱に陥れた! 一国の王を騙した罪は重い! よって禁固刑に処す!」
「な、なにを言って――! お父様! お父様を呼んでください!」
禁固刑という罪状を聞いても、頭に入ってこない。だって私に聖女になれと言ったのは、あなたなのに。私はそれを証明するため父の名を呼んだけれど、それを聞いたオーエン殿下の顔はさらに醜く歪んだ。
「君の父親は先に牢屋にいるぞ。仲良くそこで過ごすんだな」
「え……?」
ハハハと大声で笑うオーエン様は、もう私のことを見ていない。彼はくるりとこちらに背を向け、カツカツと音を立てて部屋を出ていく。残ったのは私と、私の体を押さえている騎士だけ。
「ほら、立て!」
「いや! な、なんで……? どうしてなの!」
私のその言葉に誰も答える人はいない。私は彼が出て行った扉を、ただ呆然と見ているしかなかった。
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