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*2 ここは異世界、ミーヌスラジア *
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がんばります! と宣言した後、ナンパには気をつけろと口を酸っぱくして注意されてしまった。悪い男や肉食系女子の餌食にならないように、警戒心を持ってくださいね、とも。
「えぇ~……あの、俺も男……」
「関っ係、ありません! もう忘れたんですか? ミーヌスラジアでは、同性で結婚できるし、子供も授かれるんですよ! 人口の六割から七割が両性愛者なんですってば」
「そ、そうでした……」
もちろん、恋愛対象は異性だけ、同性だけ、同族だけという人もいるそうだ。
「フィルドさんっ。男を見たらオオカミと思え、ですからね!」
「はぁ……っ! はい! 分かりました」
気のない返事をしたら、一瞬にして鬼のような形相になってしまわれたので、慌てて背筋をピンと伸ばして返事をし直した。気分は、イエス、マム! っていう感じ。
お姉さんは「よしよし」と満足げにうなずいて、俺に鞄を返してくれた。
「お世話になりました」
「どういたしまして。あなたの人生が幸せなものでありますように」
「ありがとうございます」
お姉さんにお礼を言い、俺は美容室を後にした。この美容室はちょっと特殊な美容室で、移住局という公的機関のエントランスにある。あのお姉さん、元は美容師だったのだが、今は辞めて、移住局で事務職をしているらしい。美容師の仕事は、副業でやっているそうだ。
「すごい。何だろう……体がめちゃくちゃ軽い」
まるで重力から解放されたみたいだ。体も心も軽くて、ふわっふわしている。心はウキウキはずんでいるし、なんだか踊りたくなってくる。突然歌い出すミュージカルなんて、訳が分からないと冷めた目で見ていたが、歌って踊りたくなる気持ちが今なら分かる。
俺は、スバル・フィルドだー! 生まれ変われたんだー! と叫びたい。下手なステップだろうと構わないから、踊りたいし、ハッピーバースデー、俺! と歌いたい。
歌いたいけど、ここは移住局のエントランスだから、小声でハッピーバースデーを歌うだけにする。傍から見れば、変な浮かれ野郎だが、そんなことはどうでもいい。
だって、俺はめちゃくちゃ浮かれてるんだ! 新しい人生が始まるんだ、浮かれるなって言う方が無理ってもんだ。
******************
ミーヌスラジアへの移住者を募集する広告を見たとき、俺も異世界に移住して、第二の人生を始めたいって思った。
一年前の俺は、まるでボロ雑巾。なんで生きてるんだろ? なんで、生きなきゃいけないんだろって、割と本気で思ってた。橋の真ん中でぼんやりと川面を見下ろし、このまま飛び降りたら楽になれるかなって、真剣に悩んだことも数知れず。
俺は母と妹の三人家族。父も祖父母も、顔はおろか名前だって知らない。世間的には、親子三人、力を合わせて生きていかなきゃいけないんだろうけど、俺はいわゆる搾取子だった。
母は妹の奈美恵ばっかりかわいがり、俺のことは放ったらかし。そんな母を見て育ったから、奈美恵も俺のことを奴隷のように扱う。
それが日常で、当たり前すぎて、俺は離れたいと思いつつも、離れようとはしなかった。感覚が麻痺していたんだろうな。ミーヌスラジアへの移住も、移住したいとは思っても、移住しよう、とまでは思えなかった。
でも、神様は俺を見放さなかったらしい。
「見て―! あたしィ、異世界に移住できるのォ!」
キャハッと、無邪気に笑った妹へ、俺はどんな反応を返せばいいのか分からなかった。母は「まあ」と目を丸くし、「本気なの?」と渋い顔。
「本気も、本気! 日本にいたって、何にもいいことないじゃん! だったら、異世界で新しいこと始めようよ!」
「なに言ってるんだ? 異世界に行ったからって、良いことがあるとは限らないだろ?」
「はぁ~?! 何それ、何言ってんの!? 異世界に移住できるのは、選ばれた人だけなの! あたしは選ばれたんだから、いいことばっかりに決まってるでしょ!」
その自信は、どこから来るんだ? 移住を後悔する人も多いって聞くぞ? 俺が
「現実はそんなに甘くないぞ。もっとちゃんと考えるべきだ」と言えば、妹は
「うるさいな! なんで、そんなに上から目線で言われなきゃなんないわけ?! おにーちゃんのくせに生意気なのよ!」と、キレる。
いつの間にか母も丸め込まれていて、
「奈美恵が選ばれたからって、嫉妬してるの? 妹の成功を素直に喜べないなんて、冷たい人間だよ、アンタは!!」
「しょーがないよー、おかーさん。おにーちゃん、ぼっちでカワイソーなヤツなんだよ。あたしの成功が羨ましくて、ひがんでんのよ。あー、ヤダヤダ」
何を言ってるんだ。ぼっちなのは、お前のほうだろ。俺が知らないとでも思ってるのか。
何より、なんで、移住して成功したことになってるんだ? まだ、移住する権利を得られたってだけで、移住できるって決まったわけじゃないんだろ? なんだかすっげー心配なんだけど。
「えぇ~……あの、俺も男……」
「関っ係、ありません! もう忘れたんですか? ミーヌスラジアでは、同性で結婚できるし、子供も授かれるんですよ! 人口の六割から七割が両性愛者なんですってば」
「そ、そうでした……」
もちろん、恋愛対象は異性だけ、同性だけ、同族だけという人もいるそうだ。
「フィルドさんっ。男を見たらオオカミと思え、ですからね!」
「はぁ……っ! はい! 分かりました」
気のない返事をしたら、一瞬にして鬼のような形相になってしまわれたので、慌てて背筋をピンと伸ばして返事をし直した。気分は、イエス、マム! っていう感じ。
お姉さんは「よしよし」と満足げにうなずいて、俺に鞄を返してくれた。
「お世話になりました」
「どういたしまして。あなたの人生が幸せなものでありますように」
「ありがとうございます」
お姉さんにお礼を言い、俺は美容室を後にした。この美容室はちょっと特殊な美容室で、移住局という公的機関のエントランスにある。あのお姉さん、元は美容師だったのだが、今は辞めて、移住局で事務職をしているらしい。美容師の仕事は、副業でやっているそうだ。
「すごい。何だろう……体がめちゃくちゃ軽い」
まるで重力から解放されたみたいだ。体も心も軽くて、ふわっふわしている。心はウキウキはずんでいるし、なんだか踊りたくなってくる。突然歌い出すミュージカルなんて、訳が分からないと冷めた目で見ていたが、歌って踊りたくなる気持ちが今なら分かる。
俺は、スバル・フィルドだー! 生まれ変われたんだー! と叫びたい。下手なステップだろうと構わないから、踊りたいし、ハッピーバースデー、俺! と歌いたい。
歌いたいけど、ここは移住局のエントランスだから、小声でハッピーバースデーを歌うだけにする。傍から見れば、変な浮かれ野郎だが、そんなことはどうでもいい。
だって、俺はめちゃくちゃ浮かれてるんだ! 新しい人生が始まるんだ、浮かれるなって言う方が無理ってもんだ。
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ミーヌスラジアへの移住者を募集する広告を見たとき、俺も異世界に移住して、第二の人生を始めたいって思った。
一年前の俺は、まるでボロ雑巾。なんで生きてるんだろ? なんで、生きなきゃいけないんだろって、割と本気で思ってた。橋の真ん中でぼんやりと川面を見下ろし、このまま飛び降りたら楽になれるかなって、真剣に悩んだことも数知れず。
俺は母と妹の三人家族。父も祖父母も、顔はおろか名前だって知らない。世間的には、親子三人、力を合わせて生きていかなきゃいけないんだろうけど、俺はいわゆる搾取子だった。
母は妹の奈美恵ばっかりかわいがり、俺のことは放ったらかし。そんな母を見て育ったから、奈美恵も俺のことを奴隷のように扱う。
それが日常で、当たり前すぎて、俺は離れたいと思いつつも、離れようとはしなかった。感覚が麻痺していたんだろうな。ミーヌスラジアへの移住も、移住したいとは思っても、移住しよう、とまでは思えなかった。
でも、神様は俺を見放さなかったらしい。
「見て―! あたしィ、異世界に移住できるのォ!」
キャハッと、無邪気に笑った妹へ、俺はどんな反応を返せばいいのか分からなかった。母は「まあ」と目を丸くし、「本気なの?」と渋い顔。
「本気も、本気! 日本にいたって、何にもいいことないじゃん! だったら、異世界で新しいこと始めようよ!」
「なに言ってるんだ? 異世界に行ったからって、良いことがあるとは限らないだろ?」
「はぁ~?! 何それ、何言ってんの!? 異世界に移住できるのは、選ばれた人だけなの! あたしは選ばれたんだから、いいことばっかりに決まってるでしょ!」
その自信は、どこから来るんだ? 移住を後悔する人も多いって聞くぞ? 俺が
「現実はそんなに甘くないぞ。もっとちゃんと考えるべきだ」と言えば、妹は
「うるさいな! なんで、そんなに上から目線で言われなきゃなんないわけ?! おにーちゃんのくせに生意気なのよ!」と、キレる。
いつの間にか母も丸め込まれていて、
「奈美恵が選ばれたからって、嫉妬してるの? 妹の成功を素直に喜べないなんて、冷たい人間だよ、アンタは!!」
「しょーがないよー、おかーさん。おにーちゃん、ぼっちでカワイソーなヤツなんだよ。あたしの成功が羨ましくて、ひがんでんのよ。あー、ヤダヤダ」
何を言ってるんだ。ぼっちなのは、お前のほうだろ。俺が知らないとでも思ってるのか。
何より、なんで、移住して成功したことになってるんだ? まだ、移住する権利を得られたってだけで、移住できるって決まったわけじゃないんだろ? なんだかすっげー心配なんだけど。
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