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第二章
第四十四話 奴の正体は――
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幾度と無く転移を繰り返し、何とか逃げ切った俺は、脱力したように路地裏で座り込んでいた。
「マジで終わったかと思った……マジで、良かっ――ごふっ……!?」
緊張から解放された直後、急激に押し寄せて来た胸部と背中の激痛。
そして、気付けば口から血塊を吐き出していた。
「ああ、やってた、かっ……」
そう言えば、あの時強く背中を打ち付けていたな。
戦闘高揚のお陰で持ちこたえていたようだが、それが終わった事で緊張が解れ、一気に来たってとこか。
そんな状況でありながらも、なんだかんだ冷静に物事を考えられている俺は、腰のホルダーからポーションを1瓶取り出すと、口の中へ流し込んだ。
すると、あっという間に傷が癒え、激痛から解放されていく。
「ごほっごほっ……ふぅ。流石はマスターポーション。癒え難い内部の傷も、あっという間に治癒してくれる」
残った血を吐き出すと、そう言って、俺は背中を擦りながら立ち上がる。
「いやーあそこまで明確に死の気配を感じたのは初めてだ」
うん。本当に今回は死の可能性を感じたよ。
俺の戦闘スタイルの関係上、逃走方法は割と考えてあるのだが……あんな規格外な魔法師相手だと、結構綱渡りになって来る。
今後の事も考えて、転移の魔法石もいくつか用意しておくべきだなぁ……
「……さてと。にしても、あいつ何者なんだ? あの部隊を一瞬で壊滅出来るような化け物魔法師が、今まで世に出ていなかったとは、正直なとこ考えづらいのだが……」
今の所分かっているのは、銀髪で氷炎魔眼の若い男性……って感じかな。
「んーこんな特徴的なら出てきそうだが……あーでも、見た目偽っている可能性も考えられるしな……」
幻術幻影系の魔法があるこの世界において、容姿は日本ほどアテにはならない。
魔力とか魔法の適性とか祝福とか。そっちの方が、案外アテになったりする。
「分かっているのは、闇と空間かな。……うん。分からん」
元貴族として、有名どころはあらかた頭の中に入っているのだが、そこまで興味無かった以上、マイナーどこや、遠方の国々の人間に関しては、からっきしなんだよね。
「ま、イグニス経由でレイン殿下に色々と伝わっているだろうし……報酬貰う時に、さりげなく聞いておこうかな」
そう言って、俺は歩き出した。
向かう先は、冒険者ギルド。そこで休憩を挟みつつ、こっちで宿を取るって感じで。
王都で宿を取っていた都合上、勿体ないが……まあ、こんな事があった以上、直ぐにあの宿に戻るのは、流石に気が引ける。
「……ん?」
『きゅきゅきゅー!』
歩き出した途端、唐突にスライムから連絡が来た。
これは……レイン殿下だな。
「あの件について、何か知ってないか聞きに来たってところか」
突入の様子を見るとは言ってなかったが、「シンならやるだろう」てな感じの予想を立てることぐらい、レイン殿下なら容易だろう。
それにしても、随分と行動早いな。報告来てから、ほとんど時間経ってないだろ。
「ま、そういう行動の速さが、レイン殿下の強みなのかもな」
そう言ってふっと笑った後、俺はレイン殿下の所に居るスライムとの”繋がり”を強化した。
すると、そこには危機感を抱いているというのが一目で分かる表情をしたファルス伯爵子息と、危機感を押し殺したような顔をしたレイン殿下の姿があった。
「レイン殿下。どうされましたか?」
俺はその場で立ち止まると、レイン殿下にそう問いかけた。
すると、レイン殿下は即座に口を開く。
「シン。いきなり本題に入るが、”祝福無き理想郷”のアジトに送った突入部隊が壊滅した。メルティ伯爵以下、数多の犠牲を出してしまった。そして、状況を見ていたのなら、どうか知っている事を全て話して欲しい」
レイン殿下らしからぬ、一度に大量の情報投入。相当マズい事が起きたとよく分かっているが故のものだ。
俺は、その問いに淀みなく答えだす。
「はい。森の方から、大方様子は見ていました。ですが、スライムをアジト内部に突入させる前に突入部隊の残党が逃げ出したのを見ましたので、如何様にして突入部隊が壊滅したのかは、ほとんど知りません。分かっているのは、強力な闇属性の魔法の気配が地下から漏れ出ていた事だけですね」
その言葉に、レイン殿下は残念そうに目尻を下げた。
だが、俺は「ですが」と言葉を続ける。
「あの後、スライムを中に送り込みました。そして、アジト内部を探索した結果、その魔法師の顔を見ました」
「なに、本当か!?」
俺の言葉に、レイン殿下はあらんばかりに目を見開いていた。
おや? イグニス経由で顔は伝わっていなかったのか?
んーもしかしたら、その時は顔を隠してたのかもな。フード付きの外套だったし。
「はい。銀髪で氷炎魔眼の、若い男性でした。ただ、その後しくじりまして……そいつの下へ強制転移させられました」
「な……よく、無事だったな」
こちらも怒涛の情報連投。
レイン殿下もファルスも揃ってあらんばかりに目を見開き、驚いていた。
「はい。そこで、奴の手札を見たのですが、高速高圧縮の暗黒破潰と空間断絶結界。後は、相当な腕前の剣術って感じです。その後は上手い事隙を突いて、転移で逃げ出しました……報告はこんな感じですかね」
「そうか……ありがとう。シンが命がけで得てくれたその情報は、非常に価値のある物だ。お陰で――その魔法師の正体が、ほぼ断定できた」
おお、流石はレイン殿下。この情報で、もう特定できたのか。
んーにしても、レイン殿下の顔が渋いな。
何だか、「信じたくないけど、状況からしてこれしか無いんだ!」って感じの、悲痛な叫びを感じられる。
ややあって、レイン殿下が口を開いた。
「正体は恐らく、堕ちた――いや、堕とされた英雄。漆黒の魔術師ノワールだ」
「マジで終わったかと思った……マジで、良かっ――ごふっ……!?」
緊張から解放された直後、急激に押し寄せて来た胸部と背中の激痛。
そして、気付けば口から血塊を吐き出していた。
「ああ、やってた、かっ……」
そう言えば、あの時強く背中を打ち付けていたな。
戦闘高揚のお陰で持ちこたえていたようだが、それが終わった事で緊張が解れ、一気に来たってとこか。
そんな状況でありながらも、なんだかんだ冷静に物事を考えられている俺は、腰のホルダーからポーションを1瓶取り出すと、口の中へ流し込んだ。
すると、あっという間に傷が癒え、激痛から解放されていく。
「ごほっごほっ……ふぅ。流石はマスターポーション。癒え難い内部の傷も、あっという間に治癒してくれる」
残った血を吐き出すと、そう言って、俺は背中を擦りながら立ち上がる。
「いやーあそこまで明確に死の気配を感じたのは初めてだ」
うん。本当に今回は死の可能性を感じたよ。
俺の戦闘スタイルの関係上、逃走方法は割と考えてあるのだが……あんな規格外な魔法師相手だと、結構綱渡りになって来る。
今後の事も考えて、転移の魔法石もいくつか用意しておくべきだなぁ……
「……さてと。にしても、あいつ何者なんだ? あの部隊を一瞬で壊滅出来るような化け物魔法師が、今まで世に出ていなかったとは、正直なとこ考えづらいのだが……」
今の所分かっているのは、銀髪で氷炎魔眼の若い男性……って感じかな。
「んーこんな特徴的なら出てきそうだが……あーでも、見た目偽っている可能性も考えられるしな……」
幻術幻影系の魔法があるこの世界において、容姿は日本ほどアテにはならない。
魔力とか魔法の適性とか祝福とか。そっちの方が、案外アテになったりする。
「分かっているのは、闇と空間かな。……うん。分からん」
元貴族として、有名どころはあらかた頭の中に入っているのだが、そこまで興味無かった以上、マイナーどこや、遠方の国々の人間に関しては、からっきしなんだよね。
「ま、イグニス経由でレイン殿下に色々と伝わっているだろうし……報酬貰う時に、さりげなく聞いておこうかな」
そう言って、俺は歩き出した。
向かう先は、冒険者ギルド。そこで休憩を挟みつつ、こっちで宿を取るって感じで。
王都で宿を取っていた都合上、勿体ないが……まあ、こんな事があった以上、直ぐにあの宿に戻るのは、流石に気が引ける。
「……ん?」
『きゅきゅきゅー!』
歩き出した途端、唐突にスライムから連絡が来た。
これは……レイン殿下だな。
「あの件について、何か知ってないか聞きに来たってところか」
突入の様子を見るとは言ってなかったが、「シンならやるだろう」てな感じの予想を立てることぐらい、レイン殿下なら容易だろう。
それにしても、随分と行動早いな。報告来てから、ほとんど時間経ってないだろ。
「ま、そういう行動の速さが、レイン殿下の強みなのかもな」
そう言ってふっと笑った後、俺はレイン殿下の所に居るスライムとの”繋がり”を強化した。
すると、そこには危機感を抱いているというのが一目で分かる表情をしたファルス伯爵子息と、危機感を押し殺したような顔をしたレイン殿下の姿があった。
「レイン殿下。どうされましたか?」
俺はその場で立ち止まると、レイン殿下にそう問いかけた。
すると、レイン殿下は即座に口を開く。
「シン。いきなり本題に入るが、”祝福無き理想郷”のアジトに送った突入部隊が壊滅した。メルティ伯爵以下、数多の犠牲を出してしまった。そして、状況を見ていたのなら、どうか知っている事を全て話して欲しい」
レイン殿下らしからぬ、一度に大量の情報投入。相当マズい事が起きたとよく分かっているが故のものだ。
俺は、その問いに淀みなく答えだす。
「はい。森の方から、大方様子は見ていました。ですが、スライムをアジト内部に突入させる前に突入部隊の残党が逃げ出したのを見ましたので、如何様にして突入部隊が壊滅したのかは、ほとんど知りません。分かっているのは、強力な闇属性の魔法の気配が地下から漏れ出ていた事だけですね」
その言葉に、レイン殿下は残念そうに目尻を下げた。
だが、俺は「ですが」と言葉を続ける。
「あの後、スライムを中に送り込みました。そして、アジト内部を探索した結果、その魔法師の顔を見ました」
「なに、本当か!?」
俺の言葉に、レイン殿下はあらんばかりに目を見開いていた。
おや? イグニス経由で顔は伝わっていなかったのか?
んーもしかしたら、その時は顔を隠してたのかもな。フード付きの外套だったし。
「はい。銀髪で氷炎魔眼の、若い男性でした。ただ、その後しくじりまして……そいつの下へ強制転移させられました」
「な……よく、無事だったな」
こちらも怒涛の情報連投。
レイン殿下もファルスも揃ってあらんばかりに目を見開き、驚いていた。
「はい。そこで、奴の手札を見たのですが、高速高圧縮の暗黒破潰と空間断絶結界。後は、相当な腕前の剣術って感じです。その後は上手い事隙を突いて、転移で逃げ出しました……報告はこんな感じですかね」
「そうか……ありがとう。シンが命がけで得てくれたその情報は、非常に価値のある物だ。お陰で――その魔法師の正体が、ほぼ断定できた」
おお、流石はレイン殿下。この情報で、もう特定できたのか。
んーにしても、レイン殿下の顔が渋いな。
何だか、「信じたくないけど、状況からしてこれしか無いんだ!」って感じの、悲痛な叫びを感じられる。
ややあって、レイン殿下が口を開いた。
「正体は恐らく、堕ちた――いや、堕とされた英雄。漆黒の魔術師ノワールだ」
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