上 下
36 / 37

36.創られ、芽吹いて

しおりを挟む
「あれから1日経ってる。ここは布田ふだってとこにある病院。谷原たにはらの家の近くだ」

「面倒かけてごめんね」

「大丈夫大丈夫♪ バランスよく分担したから」

 滋田しげたさんがフォローを入れてくれる。ありがたい反面、僕の血の気はみるみる引いて。

「すっ、すみません!」

「あェッ!? いやいや! ホント、割と楽しかったから! なっ?」

 滋田さんは兄さん達に同意を求めつつ、起き上がろうとした僕をそっと戻した。

 いい香りがする。甘いウッディな香りだ。月並みだけどグレードの高さを感じた。細かなところにまで気を配れる心の豊かさと余裕。そういったものを感じ取ってのことなんだろう。

「……んで、お前が寝てる間に刑事が来たわけだが」

「っ!」

「安心しろよ。もう話しはついてる。疑われることはねえよ」

「本当に?」

 にわかに信じがたい。

「入れ替わりのこと、話してないんだよね?」

「ああ」

「だったら、僕らが谷原さんの家にいた理由は? どう説明したの?」

 谷原さんは悪名高いゴシップライターで通っている。そんな人の家に遠方から、それも人目を避けるように早朝から訪れていたんだ。不審に思わないはずがない。

「…………」

「…………」

 沈黙が訪れる。状況から察するに理由の用意はある。だけどそれは、安易に口に出来ない。奏人かなとにとって、とても重たい内容なんだろう。

「あ~……良かったら俺から話そうか?」

 手を上げたのは滋田さんだった。すごく遠慮がちに。一方で、嬉々としているようでもあった。

「……いえ。俺から話します」

「そっ、そう?」

 奏人は溜息混じりに返した。とてつもなく嫌な予感がする。

「俺は滋田さんと付き合ってる」

「……は?」

「そういうことにした」

 頭が追い付かない。目が回る。何がどうしてそうなったのか。

「そうすっと辻褄つじつまが合うんだよ。それこそ腹立つぐらいにな」

 奏人が語った筋書きはこうだ。

 ――奏人と滋田さんは、半年ほど前から交際をスタートさせていた。

 きっかけは僕の弟子入り。これまで頑なに帰国を拒んでいた滋田さんが、僕の申し入れをあっさりと快諾。これに焦った奏人が滋田さんに猛アタックをしかけて、遠距離ながら交際をスタートさせた。

 公表せずにおいたのは、両親への挨拶が済んでいなかったから。結果、その配慮が災いすることになる。

 滋田さんは非公式ではあるものの、表向きにはパティシエの男性と交際していることになっていた。

 そんな滋田さんに降って湧いた熱愛疑惑。それをいち早く掴んだ谷原さんが滋田さんを尾行。奏人と滋田さんがキスをしている場面に出くわし、激写するに至った。

 だけど、谷原さんは記事化を見送った。自殺に追い込んでしまった例の女優さんと奏人を重ねてしまったからだ。

 若さゆえの過ち。そう解釈した谷原さんは、奏人に忠告をするべく自宅に招いた。僕がその場にいたのは、奏人のただならぬ様子を心配して付き添っていたから、とのことだった。

 筋は通っている。でも、やっぱりまだ足りない部分がある。

「あの状況は? どう説明したの?」

「谷原の自殺願望については包み隠さず話した。改心させたけど、それなりに手こずった。双方の怪我はその時に負ったものだってな」

「……そう」

「どうだ? 完璧だろ?」

 これは皮肉だ。対象は自身。所謂自虐だ。頷くわけにはいかない。僕は首を左右に振って返した。途端に奏人の表情が歪む。

「言っとくけど、もう手遅れだからな。自己満で掻き回すような真似だけは止してくれ」

「嫌だ」

「ナオ………」

 兄さんが案じてくれる。ちゃんと具体を挙げないと。

「しんどいだろ?」

「っ」

「これがお前の罰だ」

 奏人が描いた筋書き通りに動く。奏人や滋田さんに非難が向いたとしても、僕はそれを黙って見ていることしか出来ない。設定上、

「……そんなのって……」

「お前もお前でしんどい思いをするんだ。だから、

「これのどこが対等なの?」

「堂々巡りだな」

 何と言われようと僕の主張は変わらない。本当にもう打つ手はないのか。

「話題を変えよう」

「そうだな」

 滋田さんが同調してくれる。僕らを気遣ってのことだろう。

「という訳で、アニキと滋田さんは外に出てください」

「うん。……えっ? ……え゛っ!? ちょっ!? えっ!?」

 兄さんは苦笑いだ。疑問を呈さないあたり、兄さんには既に話しを通してあるのかもしれない。

「こっからはアンタらには関係ない話になるんで」

「だそうなんで、飯でも行きませんか?」

「えぇ~?」

「近くに美味くて評判な蕎麦そば屋があるらしいですよ。そこ行きましょう」

「っ! 蕎麦好き! 好きだけど……んぅ~……」

 滋田さんの目が留持るもちさんに向く。

りょうは? 何でOK――」

「気ィ遣ってやってるつもりなんですけど」

「へっ?」

「病院、苦手なんでしょ?」

 滋田さんの目が大きく見開く。

 言われて改めて思い出す。滋田さんの過去――孤独な子供時代を。

 生まれつき心臓が悪く、10歳で手術を受けるまではずっと病院暮らしだったらしい。楽しい思い出もある一方で、寂しい思いも沢山したんだろう。だから求める。んだ。

「あぁ……っ。………もう……好き……っ!!」

 滋田さんは破顔した。恍惚とした眼差し。纏う雰囲気は熟れた桃みたいに瑞々しく、甘やかで。

「え……っ?」

 まさか。

「はいはい。じゃあ、さっさと――」

「ああ! 待って待って! その前に、これだけ尚人なおとに伝えさせて」

 気を引き締める。どんな言葉がきてもしっかりと受け止めよう。お腹に力を込める。

「俺はその……本気だから」

「…………っ」

 やっぱりそうなんだ。

「偽装からのスタートだけど、いつかは本当の恋人になれるよう頑張るつもり」

「どうして……ですか?」

 考えるよりも先に疑問を口にしていた。奏人は憎しみを、滋田さんは負い目を感じていたはずなのに。

「奏人の愛に感動したんだ。……いや、そんな綺麗な言葉じゃないな」

 滋田さんは少し思案した後で、はにかんだ。

「羨ましかったんだ。本当に」

 滋田さんの目が僕に向く。その目は驚くほどに無垢で、真っ直ぐで。

「同時に愛したいとも思った。奏人のことを、思いっきり! 全力で!!」

 甘くて爽やかな笑顔が奏人に降り注ぐ。

「……あほくさ」

「へへっ」

 奏人は目を伏せて唇を引き結んだ。その表情は肯定とも否定とも取れて。

『ナオのこと頼みましたよ』

『君は? 本当に…………の?』

『……あんなふうに……で、……正直……。だから……』

 おぼろ気な意識の中で聞こえてきた奏人と留持さんの会話。あれはもしかしたら。

『ナオのこと頼みましたよ』

『君は? 本当に[いいの?] [滋田さん、たぶん本気だよ? まさか応えるつもりな]の?』

『……あんなふうに[]で、……正直……[――――です]。だから[――――]……』

 こんなふうなことだったのかもしれない。けど、未だ真意の部分は掴めずにいる。立場が定まらない。僕はどうしたら。

「もちろん、無理強いはしない! 奏人は今回の件で責任を感じてて、別れたがってるってことにしたから! 奏人の方から俺に甘えたり、周りのみんなにアピールする必要はないんだ」

 別れたがっている奏人を、滋田さんが必死に引き留めようとしている。そんな構図にしてくれたんだろう。

「だから、っていうのも変な話なんだけどさ……頑張らせてほしい、です」

 眩しくて力強い。一方でか弱くもある。愛すること、愛されること。その両方を渇望しているからか。

 その割に必死さや、焦りみたいな感情は伝わってこない。ただひたすらにキラキラしている。僕にはそれがすごく不思議で。

「話し終わり! よーし! 頼人よりと、行くぞ! 蕎麦だ蕎麦!!」

 兄さんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた後で、何かを噛み締めるように深く、深く頷いた。

「蕎麦久しぶりだなぁ~。ん~、楽しみだ!」

「……ご馳走させてもらってもいいですか?」

「えぇ~? いいのォ? 俺、そういうの遠慮なく乗っかっちゃうタイプよ?」

「ぜひ乗っかってください! もうホント、マジで!!」

「??? おっ、おう!」

 楽し気な2人を見送る。部屋には奏人、留持さん、僕の3人だけが残った。

「尚人」

 留持さんが口を開いた。壁から背中を離して僕に向き直る。

「まずは一言謝らせてほしい」

 盗聴の件だろう。僕は「いえ」と否定の声を上げる。

「あれは僕のせいです」

「違う」

「えっ……?」

「全部、知ってた」

 喉が渇く。

「内通者は僕」

 留持さんが言っていることの意味がまるで分からない。

「君を裏切ったんだ」

「……うっ、嘘だ……」

 咄嗟とっさに否定の声を上げた。信じられなかった。どうしても。絶対に――。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

バイバイ、セフレ。

月岡夜宵
BL
『さよなら、君との関係性。今日でお別れセックスフレンド』 尚紀は、好きな人である紫に散々な嘘までついて抱かれ、お金を払ってでもセフレ関係を繋ぎ止めていた。だが彼に本命がいると知ってしまい、円満に別れようとする。ところが、決意を新たにした矢先、とんでもない事態に発展してしまい――なんと自分から突き放すことに!? 素直になれない尚紀を置きざりに事態はどんどん劇化し、最高潮に達する時、やがて一つの結実となる。 前知らせ) ・舞台は現代日本っぽい架空の国。 ・人気者攻め(非童貞)×日陰者受け(処女)。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

白薔薇を唇に

ジャム
BL
極道の家に生まれた蘭(16歳)は、世話係である矢島(30代)の事が大好きだが、矢島の過ぎる過保護には ついイライラしてしまい、素直になれない・・。が、矢島が過保護にならざるを得ない理由は8年前に起きた誘拐事件のせいだった。当時の事を蘭はよく覚えてはいないが、その事件に矢島が捕われている事を知っていた。そんなある日、蘭は駅で拉致されかける・・。 R18 ヤクザ x ツンデレ坊ちゃん 溺愛 一途

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...