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『スイーツ男子≠肉食男子?』



 なんか、ものすごい目立ってる人がいる。――第一印象が、そんなカンジ。
 事務方の派遣社員として勤め始めた会社で、周囲の人々の視線をひときわ集めている人がいた。
 営業部の吉崎さん。
 まず真っ先に、ガタイがいいから。ぱっと見、一九〇㎝はあるんじゃないかという高身長、のみならず、いかにも武道とか嗜んでます、的な、厚みのある筋肉質な身体。どこに居ても、誰に囲まれていても、常に頭一つ分は抜きん出ているのだから、そりゃ目立たない方がおかしい。
 加えて、きりっとした眉も凛々しい、ガタイの良さにも引けを取らない、それなりの男前だしね。
 なおかつ、目立つのは見た目の理由のみならず。噂で聞いた話によれば、営業成績も、部内で頭一つ分、抜きん出ているそうな。
 入社したて、かつ、業務も畑違いの私では、何がどうスゴイのかまでは詳しくわかっていないのだが……誰が行っても門前払いを食らわされる会社でも契約まで漕ぎ着けられるとか、既に同業他社と結ばれている契約を横からぶんどってきたとか、素人が聞いても『へえ~』って驚いてしまうような話が、よく聞こえてくる。――主に女性社員の皆様から。
 さぞかしおモテになってるんでしょうねえ? と思いきや、こと女性に関しては、騒がれているほど派手な交友関係は無いようで。
 ともすれば、女性が苦手なの? なんて勘違いされてしまいかねないほど、同僚の女性社員とは極めてビジネスライクな接し方しかしておらず。誰々が吉崎さんを狙って色目を使ってるだの告白しただのといった、女性側の話はクサるほど噂になるというのに、当の吉崎さん側の浮いた噂なんて一つも聞こえてこないという。――またそれがストイックだの何だのと、彼の株を上げる一理由にもなっているようだけど。
 それを、『ただ単に、仕事と色気をキッパリ分けたいタイプなんでしょ』とバッサリ切って捨てたのが、直接私に仕事を教えてくれている先輩、井藤さんだ。彼女は、既婚者ということもあるのか、どこか落ち着いた色気なんかを持っている人で、愛だ恋だと色めき立つ若い女性とは一線を画しているようなところがある。そんな彼女ならではの見解は、恋愛フィルターが掛かった女子目線のご意見なんかより、よっぽど説得力があるというもの。私も『なるほどですねえ~』なんて、激しく肯いてしまったものだ。


 ――まあ、いずれにせよ、私にはコレッポッチも関係ないしねー。


 私だって一応まだ二十代だし、そこまで枯れ切ってもいないし、今のとこ居ないカレシだって出来ることなら欲しいし、恋愛話に興味が無いといえば嘘になる。
 けど、別に相手は、そこまで目立っていてライバルも多そうな吉崎さんでなくてもいい。
 どこまでも平々凡々で男性に売り込めるセールスポイントなんて何一つすら持っていない私は、高望みなんかせず、身の丈に合った相手と平々凡々でそこそこ幸せな恋愛が出来れば、それでいいのだ。
 加えて言えば、相手が同じ職場の人でない方が、なお良い。社内恋愛なんて色々と細々としたことが面倒そうだもの。あることないこと好き勝手な噂とかも流されそうだしさ。
 だから、幾ら社内で吉崎さんが人々の耳目を集めていようとも、必要以上に関わることが無ければ、無駄な敵も作られない。大事なのは、そこだけ。
 あくまで彼は私とは別次元に居る人であって、噂に踊らされることなく私は私なりに自分の恋愛対象を探さなくっちゃ、と。
 この職場にも少しずつ慣れてきて、落ち着いてきたら合コンでもしたいなあ~誰に頼んだら良いメンツ集めてもらえるかなあ~なんて、そんなことを考え始めていた昨今だった。


 ――それが、何がどうなって、こうなった?


「頼む! 誰にも言わないでくれ!」


 こちらの足元で、そう言って床に額を擦りつけんばかりに深く土下座する吉崎さん。
 それを、顔を引き攣らせつつただ茫然と立ち尽くしたまま見下ろしている、為す術のない私―――。


 事の起こりは、ついさっきだ。
 朝、いつも通りに出勤してきた私は、どこか普段と違って朝らしからぬ雰囲気に覆われた職場の様子におののいた。
 どうやら昨日、私が帰宅した後になってから、取引先によるミスによりお得意様への納期に間に合わなくなる、という事態が発覚したそうなのだ。しかも、その“お得意様”は、当社としては絶対に失いたくない大口顧客だそうで。
 というワケで、絶対に納期割れなど起こさないよう、営業部の皆さまが中心となって徹夜で奮闘することになり、関係各所あちこちに手を回したり頭を下げたりして、ようやっと始業時間も近くなったあたりで問題解決の目途がついた、…という事情だったらしい。
 どうりで、朝も早くから営業部付近に、金曜日の終業間近かよ、ってツッコミ入れたくなるくらい疲れ切った様相の人間が勢ぞろいしているワケだ、と。そのアオリをくって駆り出されたという、やはり疲れた顔の井藤さんから事情を聞き、納得がいった。
 で、その井藤さんは、徹夜の時間外労働に駆り出されたということで、本日これから、その代休をもらって帰宅するらしい。
『申し訳ないけど中村さん、そこらへんに積み上がってる諸々、資料室に片付けておいてくれる?』
『はい、わかりました』
 二つ返事で了承し、『あとよろしくね~』『お疲れ様でした』と、ふらふら~と帰っていく井藤さんを見送ってから、まず私はデスク上に散らばった資料やらの書類を纏め、仕舞うべきものを選り分けて持てる分だけ掻き集めると、地下階にある資料室――という名の実質倉庫――へと向かった。
 ただでさえ人が頻繁に立ち入ることの無い地下階、しかも、資料室になんて、こんな朝っぱらから誰かが居るとは思ってもいなかった。
 借りてきた鍵で資料室のドアを開けると、施錠されていたというのに、皓皓と点っている電灯。
 さては昨晩のどさくさで井藤さんが点けっぱなしにしちゃったのかな…なんてことを考えながら、部屋の奥へと足を進める。確か、奥にちょっと行ったあたりに、机と椅子がセットで置いてあったはずだ。一旦そこに持ってきた書類の束を置いて、まずは仕舞うべき棚を探そう。
 わりと広い部屋が狭苦しく感じられるほど、整然と立ち並んでいる幾つもの資料棚の間をぬって、ようやく行く先に見えた切れ間から目的の場所が見えた――と同時。
 その場に誰かが居るらしいことにも気が付いた。
 ああ誰かが使ってたんだ、だから電灯も点いてたのね、なんてボンヤリと思いながら、何の気なしに棚の切れ目から顔を出す。
 ――あれ? 中に人が居る? なら、なんでドアに鍵が掛かってたの?
 その疑問に思い当たったと同時、姿を現した私に気が付いたのだろう、目的の場所で椅子に座っていた、その人とがっちり、目が合った。
『あ、お疲れ様です……』
 こちらを振り返り、頭を下げた私の姿を視界に収めるや即その人は、驚きでか目をまんまるに見開いて硬直する。――今まさに、手にしたシュークリームにかぶりつこうとしていた体勢、そのままに。
 また、その人が向かっていた机の上に何となく目を遣ると、おそらく手にしたシュークリームが入っていたと思しきカラのパックが一つ――じゃない、ぱっと見でも三つは確認できた。おまけに、机の端に追いやられていたコンビニのビニール袋は、まだ中に何か入っているらしき膨らみがあり、一切れずつ個包装されたロールケーキらしきパッケージが、口からちらりとのぞいている。
 ――どんだけ甘党だ、このひと……!
 しかし、いま私が驚くべきは、そこではなかった。
『すみません、ご休憩中だとは知らずに、失礼しました……』
 頑張って不自然ではないような笑みを浮かべ、そう言って私は、そそくさと踵を返す。――うん、資料は一旦テキトーに置いておいて、また後からちゃんと戻しにこよう。まずは逃げる、これ大事。
『ちょ、ちょっと待ってッ……!!』
 しかし、踵を返した背中から、そう引き止める声が聞こえてきた――と共に、『うわっ…!?』という呻き声と、ガシャン、どさっ、という、なにやら不穏な音までもが聞こえてきて。
 何事!? と、反射的に私も、返した踵を再び反転させていた。
 振り返った私の目に真っ先に映ったのは……座っていた椅子から転がり落ちたのだろうか、床にキスでもしてるのかという格好で這いつくばっている、こちらを向いた背中。――それこそ、まさか顔面から落っこちたんじゃないだろうな? と疑いたくなるくらいの格好で、その変な体勢の所為で、前を開けて羽織っていただけらしいスーツの上着が大きく捲れ上がって、白いシャツの背中が丸見えだ。
 しかも、床に伏せた顔面よりも前に突き出されていた手の中には、潰れたシュークリーム。強い力で握り締められてしまったのだろう、はみ出したたっぷりのカスタードクリームが、惜しげも無く握り拳の甲をデコっている。
『――あ、あの……大丈夫、です、か……?』
 目の前に広がる、何だかよくわからないがあまりの惨状に居た堪れなくなり、思わずそんな声を掛けてしまった。
 途端、がばりと起き上がり、こちらを見上げてきた、その人――吉崎さん、は。
 おもむろに両手を床に突くや、せっかく上げた頭を再び床へと向かって振り下ろしたのである。
 その姿勢は、まさに土下座、そのもので。
 そんな低い位置から、彼は叫んだ。
『頼む! 誰にも言わないでくれ!』
 とりあえず……手の中の書類を床にぶち撒けずに済ませた自分を褒めてやりたい―――。



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