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そんな声で呼ばないで
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「みぃ!」
男にしては少し高めで、でもどこか柔らかい。
猫の鳴き声のように俺を呼ぶそれは、大抵厄介事を連れてくる。
「やっとつかまえたー!」
止まることなく歩き続ける俺の腕にするりと自分の腕を絡めてきたそいつは、案の定ろくでもない表情をしていた。
「なんだよ」
既に諦めの境地に達しつつも一応嫌そうな表情は作ってみる。
「みぃくんにー折り入ってーお願いがありまっす!」
ニコニコと人好きのする笑顔。
大抵の人はこの笑顔に絆されるんだ。でも俺は知ってる。この笑顔が一番性質が悪いってこと。
「聞きたくない」
「あのねー明後日の夜なんだけどー一緒に行ってほしいところがあるんだ!みぃは、バイト無い日でしょ。19時には授業終わるよね。ゼミ室まで迎えにいくから」
形ばかりの抵抗はもちろん華麗にスルーされ、一方的に話が進む。
お願いって言葉の意味を知ってるか?
お前のそれはお願いじゃなくて強制だろ。
いや、知ってた。わかってたさ。
こいつに捕まった時点で抵抗も反論もすべて無駄なんだ。
「じゃぁ、また明後日にねー。あ、そうそう。一ヶ月前から、みぃと僕は恋人同士ってことになってるから」
後半は耳元に口を寄せて、小声で囁く。
「よろしくね!愛してるよ!」
チュッと頬に口付けて、軽やかに手を振るとすぐに派手な友人たちの集団に合流する。
楽しそうな笑い声が響く。
いやまて。
聞き捨てならないことを残していった。
「えっおいまて、優唯……!」
慌てて追いかけようとするが、華やかな集団は既に遠い。
あいつは何て言った?
俺とあいつが恋人同士?
男同士だぞ?いやそこじゃない。いやそこもだけどそうじゃない。
恋人同士ってことになってる、ってなんだ。
誰にだ。どこに対して「そうなってる」んだ。
「嫌な予感しかしない……」
思わず呟いた言葉は強い風に吹き飛ばされていった。
「三塚。お前、あの時任優唯と付き合ってるってマジなの?」
「遅刻してきた第一声がそれなのか」
昼もとっくに過ぎた3限目の半ば。
講義室の後ろの扉からそろりと入ってきた友人、佐高凌士は俺の隣の席に座るなりそう尋ねてきた。
「そもそもお前らって何で知り合いだったわけ?あんっなに目立つ派手な人気者とさ、オレらみたいな研究しか出来ませんみたいな理系オタクとじゃ接点なくない?ていうか、どっちから告ったの?お前童て」
「うるさい。ちょっと今は黙っててくれ」
立て続けに質問を投げつけてくる佐高をとりあえず黙らせ、今日何度目かのため息を吐く。
一昨日の優唯の問題宣言から約二日間。
直接聞いてきたのは佐高が初めてだったが、あちこちから視線が飛んできているのを感じていた。興味が7割、敵意が3割といったところか。
「なんであんな奴と」なんてよくある陰口も聞こえてきた。
俺は人付き合いが苦手で口下手な上に、表情にも乏しいらしく愛想がないため、友人も少ない。話す相手といえば佐高を含めた所属ゼミのメンバーくらいだ。そんな俺と、綺麗な顔立ちに明るい人柄で誰からも愛されるようなあいつが付き合うだなんて、男同士だとかいう以前の問題だろう。
釣り合わないにもほどがある。
いやそもそも、俺たちは付き合っているわけじゃない。
「恋人同士ということになっている」だけなのだ。何故なのかは全くわからないが、とにかくあいつが、時任優唯が、なんらかの理由でそういうことにし始めたのだ。急に。
だから、俺を見られても、俺を睨まれても、俺に聞かれても、どうしようもないのだ。
むしろ俺だって知りたい。
というか、あの宣言からたった二日だ。
それでどうしてこんなに広がってるんだ。
「はぁ……」
さらにひとつため息をついて、俺は眠気を誘う教授の声に耳を傾けた。
「で、佐高はどこから聞いたんだ?」
空き時間を潰すために移動したゼミ室で、俺は佐高に問いかけた。
有難いことにいまは俺たち以外に誰もいない。
「オレは小宮からメッセがきて知ったんだけど、小宮は時任が大講堂ででかい声で話してるの聞いたって。それで広まったんじゃね?」
佐高の答えに俺は頭を抱えた。
確信犯以外の何者でもない。
とにかく優唯は俺と付き合っているということにして、それを広めたいらしい。
「そんで、結局マジなの?ガセなの?」
なんだかんだ優しい佐高は、問い掛けに心配が含まれている。
「あぁ……まぁ一応、本当だけど」
佐高には、否定してあのやり取りを教えても良かったのだが、優唯の意図がわからないため、とりあえず素直にあいつの行動に従うことにする。
脈絡は無いが馬鹿では無い優唯のことだ。
なにかあるのだろう。
「ふーん?なんか大変だなお前も。てかさ、ほんと、お前なんで時任と知り合いなの?結構前から喋ってる姿見るし不思議だったんだけど」
改めて問われ、俺は優唯との出会いを思い返す。
「猫がさ……」
「猫ぉ?」
そう、猫がいたんだ。
入学して間もない頃だ。
地元から都会に出て来て、何もかもが新鮮で面白くて、俺は、らしくもなく浮かれていたんだと思う。
自炊をしてみようかと近くにあるスーパーへ行った帰り道、住んでいるアパートの手前に猫がいた。野良じゃなくて、たぶんどこかに飼われてる三毛の猫。
なんてことないその猫に、なんとなく興味を惹かれて、「にゃあ」、なんて声をかけてみた。
まだ体の小さいその三毛猫は、俺に怯えることもなく「みぃ」と返してきた。
返事が来たことが嬉しくて、しゃがみこんで猫に近づく。
「あ、ちくわ、食う?」
安さに釣られて買ったちくわだったが、これなら猫も食べれるんじゃないか、なんて思った。
「知らない人からご飯をもらっちゃダメなのにゃー」
「うわっ」
背後からの思わぬ回答に、驚いて体勢を崩す。
その急な動きに猫が驚いて逃げていく。
「あー行っちゃったー。僕のせい?ごめんね?」
振り返るとそこにいたのは、天使。
かと思った。いや、かわいい子どもではなくれっきとした成人男性ではあるようだが。
夕日に照らされて金色に輝く髪に透き通るような白い肌、細い体、中性的な雰囲気はまるでこの世ならざるものといった様子だ。
「同じ大学の人だよねー?なんかみたことある。あ、僕は時任優唯って言うんだ。よろしくねー!」
天使は、その雰囲気に圧倒されている俺を気にすることなく、勝手に自己紹介をしてきた。同じ大学だったらしい。見たことがあると言われたが、生憎俺は全然知らない。
「俺は、三塚郁斗、です。理工学部の一年で」
「あーわかったー!俺の隣の人だー。みぃくんかぁーよろしくよろしくー」
「えっ隣なのか?」
思わず出たタメ口を気にすることもなく、時任優唯は、笑顔でうんうん頷いている。
確かに隣人は同じ大学の学生だと大家のおばさんが言っていたが、姿を見かけたことはなかった。
こんな綺麗な人間があんなアパートに住んでいるとは、不思議な気分である。
「まぁ……よろしく。で、その、みぃくんてのは」
まさかとは思うが。
「え、みぃくんでしょ。み、つか、い、くとくんの頭をとってみぃくん。猫みたいだね!かーわいい」
にっこりと人を惹き付ける笑顔で言い放った。
これが、俺と優唯の遭遇だった。
「え、それだけ?」
話し終えたところで、佐高は即座に突っ込んできた。
「ただのお隣さんと偶然喋る機会があったってだけじゃん。そんだけであの美人と付き合えんの?オレはてっきり、轢かれそうになった猫を救おうとして一緒に轢かれそうになった時任を救ったヒーロー三塚くん!かっこいい!みたいな展開でもあるのかと……そうか……まぁ、人生何が起こるかわかんねぇな……そうか……」
一人で勝手に期待して落胆している佐高の気持ちはとてもよくわかる。
俺自身も未だに謎なのだが、たったあれだけの世間話程度の遭遇から、優唯は何かと俺に構うようになった。理工学部の俺と法学部の優唯は、基本的に授業も活動範囲も重ならない。それなのにどうやってあの広い学内で見つけるのか、毎日のように優唯は俺に声をかけ、授業に巻き込み、サークル活動とやらに引きずられ、飲み会に連れ出された。
正直迷惑でしかなかった。そうして優唯に絡まれたところで、俺は積極的に人と関わる方でもなかったし、優唯の周りは所謂陽キャばかりで全く馴染めなかったのだ。いまでも優唯の友人たちの顔と名前は一致しない。もちろんだが、出会って2年が過ぎた今でも友人と呼べる人は増えていない。
俺にとっては、ただ、優唯と過ごす時間だけが積み重ねられていった。
「みーいーくん!」
本日最後の授業を終え、ゼミ室で一息ついた途端にこれだ。
どこで待っていたのか、タイミングが良すぎる。
「お疲れ様ー!さぁ、デートの時間だよー」
ゼミの面々が興味津々で流れを見守っているのがわかる。いたたまれない。
「ではみなさん!みぃくんはお借りします!」
わざわざ皆にそう宣言して、俺の腕をとる。
何故かゼミのメンバーは拍手で見送ってくれた。
「で、どこいくんだ?」
俺の腕に自分の腕を絡ませたまま、優唯はずんずんどこかへ歩く。
なんとなくこの方向は、駅だろうかと予想を立てる。普段、飲み会などで集まるときにも駅の付近にある繁華街へ向かうことが多い。結局また何かの飲み会だろうか。
「んーとねー…美味しいもの食べる!」
「おい、優唯。なにが美味しいものを食べるなんだ。いや、さすがにこれは」
料亭。
高級料亭だ。
テレビの中でしか見たことがない、日本家屋の和室に女将さんが挨拶に来るような。
政治家や有名人が会談や密会で使うような。
駅から電車に乗せられ連れてこられた先がここだった。個人の表札と間違えるほどの小さな看板だけで、一見して店とわからないそこに躊躇いなく優唯は入ろうとする。
いや、美味しいのは間違いないだろうが、俺はこんなところに入れるような服装でも懐具合でもない。
「まぁまぁまぁまぁ」
引き留めようとする俺を、どこにそんな力があるのか、逆に引っ張る勢いで引き戸をくぐる。
お待ちしておりました、なんて女将に迎えられ、こちらでございます、と案内された和室にいたのは上品な夫婦。
優唯とともに現れた間抜け面の男に不審そうな視線を向ける。そりゃあそうだよな。
「父さん、母さん。紹介するね。僕の恋人の、みぃくんです」
くらり、と視界が揺れたのは優唯が俺の腕を引き寄せたからか。
優唯の放った言葉は、すぐには理解されなかったらしく、二人は人形のように固まったままだった。
「と、言うことで。僕はこの彼と一生を添い遂げる予定なので、」
「優唯。悪ふざけはやめてちょうだい。時間の無駄です。あなた、自分の立場はわかっているでしょう?西園寺のお嬢さんが不満だというなら、他を探します。馬鹿なことをしていないで、はやく座りなさい」
言い募る優唯にやっと理解が及んだのか、母親が冷たく遮る。冷静に諭しているようでその目は怒りに満ちているのがわかる。もちろん、俺に対してだ。
「ふざけてないよ。もちろん嘘でもない。西園寺の子がどうとかじゃなくて、僕はみぃくんしかいらない。だから、ごめんね。諦めて」
言うが速いか、優唯は俺の腕を掴んだまま、来た道を引き返す。
一瞬、黙っていた父親の表情が悲しそうに歪んだのが見えた。
「優唯!」
悲鳴のような母親の声が聞こえる。
「優唯!戻りなさい!優唯!」
呼ぶ声は続くが、追いかけてくる気配はない。優唯は決して足を止めようとせず、走り出しそうなほどの速足で店を飛び出した。
いつの間にか、腕を掴んでいた手は俺の掌まで落ちていて、自然、手を繋いで進む格好になる。
「おいっ優唯……!」
男が二人手を繋いで人混みをすり抜ける様子はなかなかに滑稽だろうと思う。通り過ぎる人たちが振り返る。
駅に着く頃には疲れたのか、緊張していたのか、優唯の呼吸は荒くなっている。少し前に乗ってきた電車に再び乗り込み、来た道を戻る。
アパートに帰り着くまで、優唯は一言も話さなかった。
ジーンズに引っ掛けたカラビナを外し、慣れた手付きで鍵を開ける。
玄関を入って正面に洋室、左側に小さなキッチン、当然だが間取りは俺と全く同じだ。
「とうちゃーく!さぁ美味しいご飯、食べよっか」
人好きのするいつものあの笑顔で振り向く。
「いや、ご飯て…え?…ああ…」
そういえば、美味しいものを食べるとかなんとか言っていたような気がする。
間の抜けた声しか出せない俺を放置して、優唯はさくさくと手を洗い冷蔵庫から食材を出す。
「え、いまから作るのか?」
「ふっ…ふふっ……ちょっ…あははは」
何故か優唯は笑い出す。
何がそんなにツボにはまったのか、冷凍のエビを片手に笑っている。
どうしていいのかわからない俺はただ立ったまま眺めている。間抜けだ。
「いや…ははははっ…だって…あははっ」
「なんだよ」
あまりに優唯が笑うものだから少しばかりむっとしてしまう。
そんなに笑うことがあっただろうか。
「ごめ…ははっ…だってさ、まずはご飯のことなんだ、と思ったらなんかおかしくて。さっきの、親のこととか聞かないでいてくれるんだね」
それは。
「とりあえず何か食べてからと思って…話は後からでも出来るし…」
いろいろなことが起こりすぎて、すぐに問い詰められるほど整理がつけられなかっただけだ。
腹を満たせば落ち着いて考えられるのでは、という安直な己が恥ずかしくなる。
「優しいね、みぃくんは」
優しいとかじゃない。
人より考えるのが遅くて、言葉が出ないだけなのだ。
「さぁて!ビストロユウイの開店でーす!!お兄さん、ご注文は?」
また、否定する間もなく、優唯のペースで話が進んでしまう。こうして意にそぐわない印象を持たれるのは俺にとってはいつものことだ。
自分の考えを、気持ちを、伝えるのが遅い。そうして、勝手に誤解される。
「えー?なになにー??魚介をたっぷり使ったペスカトーレをひとつ……はぁい!かしこまりましたー!」
俺の悩みなど気持ち良いぐらいに無視して、優唯は一人でどんどん進めていく。鍋を扱う優唯の手付きは思いの外慣れている。もしかして普段から自炊してるのか。
ぼんやりしている間にペスカトーレは出来上がり、これまた予想と違って綺麗に片付いた部屋で空腹を満たす。
綺麗に片付いた、というよりは極端に物が少ないのかもしれない。そういえば、優唯の部屋に来たのはこれが初めてだ。
大学内外で連れ回されることはあったし、俺の部屋に押しかけてくることはあったが、俺が優唯の部屋に来たことはなかった。
「僕ってさ、結構いい家柄の一人息子なんだよね」
トマトソースの良い匂いに誘われ、いただきます、と遠慮なく食べ始めた俺をにこにこと見つめながら、優唯は言う。
「子どもの頃からそりゃあかわいがられてさぁ。溺愛っていうの?欲しいなんて言わなくても全部揃ってるの。おかげで、あんまり欲がなくなったんだよねぇ。恵まれた人はもっともっとって欲深くなるかと思うじゃん?それはさ、自分が欲しいとおもったものが、簡単に手に入ったときなんだよ。欲しいなんておもってないのに全部揃ってたら、そもそも欲しいって感覚がわかんないんだよねぇ」
皿の上のパスタを食べるでもなくフォークでつつきながら、ひとりごとのように話す。
「そのせいかもだけど、全然わがままじゃないし横暴でもないし、すごく素直な子だったんだよねぇ。親に反抗したことなんてないし。悲しませるようなこともしたことない。大学で一人暮らしはしてるけど、定期的に実家にも帰ってるし。なーんていい子なんだろうなぁ僕って」
優唯の表情はわからない。
俺はただ、黙々とパスタを食べる。
優唯の顔を見るのが怖い。
きっと、こういうときは何かを期待されているのだ。なにか、気の利いた言葉を返すことを。
優唯の気持ちが軽くなるような、優唯の心を救えるような、なにか、そんな。
でも、俺にはそれが出来ないから。
落胆する優唯を見たくない。
「……ふっふふふ……っあははははっごめんごめんっあははっ」
いたたまれない気持ちでパスタを食べる俺の耳に、笑い声が入ってくる。
ちらりと視線をあげると、腹を抱えて笑う優唯がいた。
「おい」
「いやほんとごめんね。大丈夫、わかってるよ。みぃくんが気の利いたこと言えないなんてさ。僕はさ、ただ知っていてほしいだけなんだ。哀れみも同情も慰めも励ましも、なんにもいらないからさ。ただ、みぃくんに僕のことを知っていて欲しい。だから、聞いてくれるだけでいいんだよ」
いつものようにニコニコとした人好きのする笑顔で、どこか寂しそうに優唯は言う。なにが恵まれていて、なにが不幸かなんて、俺にはわからない。
そもそも、自分のことすらよくわかってないのに、他人のことなんてわかるはずもない。
それでも、なんとなく、ほんの少しだけ、優唯がなにかと俺に関わってくる理由は見えた気がした。
「お前、俺を壁かなんかだと思ってるだろ」
「ふふっ壁って言うよりは樹かなぁ」
「あんまり変わらないだろそれ」
結局、俺ばかりが楽になった気がして釈然としないが、優唯がいいのならそれでいい。
自身もパスタを食べ始めて、我ながら美味しい!とかなんとか自画自賛している。
「まぁ、そんなわけでさぁ。一生に一度、最初で最後の反抗ってやつをやってみたかったんだよねぇ。あんな親だったら僕が男の恋人連れてったら発狂するだろうなって。なかなか面白かったね!」
朗らかに笑っているが巻き込まれたこっちはたまったもんじゃない。
「樹の役割を超えてると思う」
不満を込めて優唯を睨み付けても特に堪えた様子はない。それどころか、またも笑い出して「樹の役割は受け入れるんだ」とかなんとか言っている。嫌味に決まってるだろ。それさえもわかっていて笑ってるのかもしれないが。
とことん、優唯にはかなわないらしい。
「……でもお前、大丈夫なのか。あんな嘘ついて……」
買って出た後片付けを済ませて手持ち無沙汰になったところで、ようやく冷静さを取り戻した俺はさすがに不安になってきた。
あの時の母親の様子は相当に怒っていたと思う。ちょっとした悪ふざけでした、では済まされないのではないか。というかこの状態で優唯は今後あのご両親とどう関わるつもりなんだ。
「ああ~全然大丈夫だよ。別に嘘じゃないし。そもそも僕って恋愛対象男なんだよねぇ。だから大丈夫だよ!」
あっけらかんと言ってのける。
「いや何がだよ。どこがどう大丈夫なんだ。ご両親を勘違いさせたままっ」
「みぃ」
優唯が抱き付いてくる。
「僕はさ、本当にみぃくんのことが大好きだよ」
俺より少し背の低い優唯の髪が鼻を擽る。ふわふわの猫毛。綺麗に色を抜いた金髪。
「おまえ、なに」
「本当に、ずっと好きだった。だからさ」
顔を上げた優唯と視線が合う。
柔らかい感触がした。
「一回だけでいいんだ」
また、キスをされる。
深くなっていく。
縋り付くようなそれを拒否できずにただ受け入れる。
「おねがい」
お前のお願いは、お願いじゃないだろ。
狭いベッドの上で向かい合う優唯の肌は暗い中でも白くて壊れてしまいそうだと思う。
求められるがままにキスをして、触れて、なぞる。
「んっ……は……みぃくん……っ」
その度に溢れる優唯の声は熱を帯びて艶めく。
自分でやるから、と後ろを解し始めたその姿は直視出来ないほどに艶かしい。
「っ……ぁん……っんぅっ」
声を堪えるその様子も、なにもかも、すべてが響いて中心が熱くなってくる。
やばい。
なんだよこれは。
「ぁっ……んっ……そろそろ、いける、かな……っ」
言いながら俺を見た優唯は、悪い顔で笑う。
「ふふ……みぃくんガチガチだね……入るかな」
「おいっまて」
嬉しそうに俺の中心に絡める指先を慌てて制すと、すぐさまキスが降ってくる。
「ゆっくり、するね?」
そのまま押し倒した俺の上にゆっくりと腰を下ろす。中心に添えられた指先の感触が生々しい。
「んっ……っあ……みぃくん」
ゆっくりと、熱く狭い中に呑み込まれる。
ヤバい。
「ぅんっ……あっ、はぁっ……んっ」
美しい顔の眉間に皺が刻まれる。苦しそうなのに、どうしてこんなに妖艶なのか。
「あっん………入っ、た……?」
俺を見下ろして笑うこの男は悪魔か。
「うごく、よ……っん……みぃくんの………イイ、ね」
ゆるゆると腰を動かされると吸い付くような刺激に一瞬でイきそうになる。
ヤバい。
ぼんやりした頭を奮い立たせ、意識を強く持つ。
こんなの、逆に拷問じゃないか。
白い肌に汗が浮く。荒い息と甘い声。顰められた眉とは対照的に緩んで少し開いた唇。
絶え間なく与えられる快感とあまりにも煽情的な光景に、こっちは意識を保つのに精一杯だったというのに。
「あっあっ……んぅっ、みぃ、ん……んっ、おっきいっ……ぁっ……んっ」
おい。
「おまえ、」
「えっ」
優唯の腰を掴んで動きを止めさせる。体を起こし向かい合う。
「えっみぃくん?……ぁんっ?!」
戸惑う優唯を無視して掴んだ腰を思い切り落とす。
「えっなにっあっひあぁっ」
「俺だって我慢の限界があるんだ」
「やっぁんっ、まっ、あぁっ……だめっ……ぁんっ」
自分のペースで自分の好きなようにグッグッと腰を押し付けると、優唯は一際高い声で鳴く。
「みぃっ……んぁっだめっ……んぅっイっちゃぅ……からっ……まっ……あぁっんっ」
いつもの余裕なんて消え去って、快感に喘ぐ姿は余計に俺を煽る。
先走りを零す優唯の中心を一瞥して、遠慮なく腰を動かす。正直俺もギリギリだった。
「ひぁっあぁっだめっ……イくっ……やぁっ……みぃっ」
「俺も……っ」
「あっ……もう……みぃっ……っ……ぁあっ……みぃっ……ひあぁぁっ!んぅっ!」
「うあっ……っ……くっ……」
一層強い締付けとともに高い声を上げて優唯の先から白いものが飛ぶ。
次の瞬間には俺の中心も爆ぜた。無理だろ。
一気に脱力した体を抱きとめる。
体を入れ替えて優唯をベッドに寝かせると、瞑った目から涙が溢れたように見えた。
「はっ……はっ……みぃ、くん……ずるいよ……っ」
荒い呼吸の合間に、俺への苦情。
「いや、さすがにこれは自業自得だろ……」
あれだけ煽っておいて、ただで済むと思うのが間違いだ。
と、いうか。
「ここまでしたんだから、覚悟は出来てるんだろ」
俺の言葉にうっすらと開けた目で不思議そうに見つめてくる。
いやもう最後まで付き合ってもらうしかないからな。
「まだだって話」
「えっ……んぁっ?!ぁんっ……えっもしかして」
まだ入れたままのそれをぐっと動かしてやれば、困惑と同時に焦りの表情が浮かぶ。
「ぼく、イッたばっか……っ」
「奇遇だな、俺もだ」
「やぁっ……みぃ、ほんとっ……ぁんっ、んっ」
優唯の反論は強制的に封じる。裏腹に素直な中はしっかりと絡みついてきて、俺の快感を煽る。
ずるいのはお前だろ。
「ひぁっ、みぃ……ぁんっ、みぃっ……んっんっ……ぁあっ……」
次第に聞こえてくるのは、俺を呼ぶ声と甘い甘い鳴き声だけになった。
二度目にイッたとき、優唯にとっては何回目だったのだろう。
くったりと力の抜けた優唯にキスをすると、弱々しくも舌を絡めてくる。
深いキスに満足した様子で、優唯は意識を手放した。
「いやぁまさかまさかだよねぇ」
慌てて身支度をする俺に向かってニヤニヤと悪い笑顔で声が飛んでくる。
「みぃくんがあそこまで雄になるとは、さすがの僕もびっくりだよ!性欲なんて無さそうだから、勃つかなぁって心配だったけど。そんな必要なかったねぇ。あの強引さとエッチさには惚れ直しちゃったなぁ。あー思い出すだけで鼻血出そう」
「お前、うるさい!」
優唯に起こされた俺は、一限の授業が必修であることを思い出し飛び起きたのだった。着替えと荷物のために一旦自分の部屋にも戻らないといけない。
当の優唯は午後の授業しかないとかで、いまだベッドの上にいる。
「俺、もう行くから……あー……優唯、大丈夫か」
なにがとは言えず、曖昧に問うた俺に、いつもの笑顔で優唯は答えた。
「大丈夫だよ~もう幸せいっぱい!って感じ。ありがとう、みぃくん。気をつけてね」
手を振る優唯に見送られ、部屋を出る。
「で?珍しく遅刻寸前で駆け込んできた三塚くん、昨日の首尾は上々って感じ?」
佐高が確保してくれていた席に滑り込み、ほっと一息ついたところで、興味津々の声がかかる。
「いや、ちが、べつにそんな、な………いや、違」
なにもない、と言いかけて、いや何もなかったわけでないと思い返ししどろもどろになってしまう。
「えっなに?!なんかあったの?!」
「声がでかい!」
飛び上がる佐高の動きと声に教授と学生の視線が集まる。
「すんませーん……で?どういうこと?なにがあった?」
へらっと笑って誤魔化した佐高は小声で詰め寄ってくる。適当に受け流しておけば良かったのに無駄に過剰反応してしまった自分が憎い。嘘がつけない。
かと言ってどこまでどう話したものか。優唯の個人的な事情を勝手に言いふらすわけにもいかないし、なんだかんだ心配してくれてたのだろう佐高を無碍にするわけにもいかないし、と結局また黙り込んでしまった。
「まぁあれだよ、オレは別に三塚が困ってなきゃなんでもいいんだよな。だからさ、無理に話さなくていいよ。そんかわり、これだけ教えて。……ヤッた?」
良いやつだな、と思いかけたのに最後の一言で台無しだ。呆れてため息をつく俺に訳知り顔で頷く。
「いや、皆まで言うな。わかってるぞ……そうか、お前……オレを置いていったんだな……」
仲間だと思ってたのに、とかなんとか呟く佐高を無視して、授業に意識を戻す。
実のところ否定も出来ないし、昨夜のことを思い出すと恥ずかしさで居た堪れなくなる。
「そんで、今朝は二人して仲良く全力ダッシュって感じか?青春してやがるなぁ」
「そんなことしてない。だいたいあっちは今日、午後からだけらしいし」
しつこく絡む佐高に苛立ちを隠さず返すと、不思議そうな顔で聞き返してくる。
「えっ法学も一限必修じゃなかったっけ?てか、今日午前てだいたい必修あるだろ?だからいっつも食堂激混みじゃん」
言われて初めて気付く。
よりによって週の真ん中水曜日、その午前中に各学部の必修科目が詰め込まれていて、ほとんどの学生が出てこないといけない。だから、食堂はいつも満席に近かった。もっと考えて講義計画立てろよな、とよくゼミ生で愚痴っていたものだ。そういえば。
じゃぁあいつはなんで。
ただのサボりか?有り得ない話ではない。一回くらい抜けたところであいつの顔の広さなら、出席も講義ノートも簡単に手に入るだろう。
そう思ったものの、どこかでざわざわとした胸騒ぎがある。良くない予感がする。
そして、こういうときばかり、俺の予感は的中するのだ。
この日を境に、優唯は俺の前から姿を消した。
「なんか卒業って感じしないな」
卒業式を終え、学位記を片手にゼミ室へ向かう佐高が言う。
「まぁ、俺もお前も進学だからな。すぐ修士の授業始まるし」
就職組の同期たちは、寂しさからか達成感からか開放感からか、涙しているものも多かった。だが、進学組、ましてや同じ大学の院に進学するものにとっては、ただの儀式にすぎない。
「オレ、三塚が進学するとは思わなかったな。手堅く就職すると思ってた」
佐高に言われて、苦笑いを返す。
自分自身もまさか修士に進むとは思っていなかった。一年半前までは。
これは、ただの未練だ。バカらしいほどに情けないただの未練だけで、各方面に無理を言って社会に出るのを2年遅らせることにした。
この場所に少しでも長く残っていたかった。
「……辞めてから、ちょうど一年?早いよなぁ」
佐高が見上げた先は、法学部棟だ。
優唯が両親に反抗したあの日、驚くほど綺麗に優唯は姿を消した。授業を終えて帰ったときには明かりはついておらず、チャイムを押しても反応がない。
どこかに行ったのかと隣で待てど暮らせど帰って来る気配がない。翌日も同じだった。
大学では姿を見かけず、アパートにも帰って来ない。避けられているのか、と落ち込みかけた俺は、出くわした大家のおばさんから優唯が退居したと教えてもらった。
まさにあの日、俺が大学に行ったすぐあと、連絡があったのだと言う。実家に帰ることになったから、と。そう聞いてしまえば、俺に出来ることはなく、現実を受け止めるしかなかった。
優唯の精一杯の反抗期は終わったのだ。俺はただの樹でしかなかった。
それから半年後くらいだろうか。優唯が退学したという噂を聞いた。
俺にはもう何も出来ないんだとわかっていながら、どこかでまた会えるのではないかと期待しているのは事実で。未練たっぷりにこの場所に居座って、まだあの猫に似た声を探している。
「あっ三塚、ここにいた」
佐高と二人、なんとなく浮ついた構内を散歩して、結局たどり着いたのはゼミ室だった。あとで教授も来ると聞いているしみんなで写真の一つも撮るか、と考えていたところにドアが開いて、覗いた同期の表情が明るくなる。
「えっオレは?!」
無視されたと思った佐高が情けない声をあげると、同期は違う違うと手を振る。
「そういうことじゃなくて、三塚にお客さん」
意味が一瞬わからなかった。
卒業式にゼミ室まで訪ねて来るような知り合いはいない。
招かれるまま外に出ると、同期の横に立っていたのは、仕立ての良いスーツを着た壮年の男性。
知り合いではない。
「三塚郁斗くん、だね」
戸惑う俺に差し出された名刺を見て、言葉を失う。
時任孝之。優唯の父親だ。あの時の料亭で一度だけ見た表情が蘇る。
固まる俺にいろいろと察したらしい同期と佐高はゼミ室を使え、と明け渡してくれた。
小さなテーブルを挟んで、優唯の父親と向かい合う。どこか窶れた雰囲気がする。
「突然こんなところにきてすまない。でも、君のことは名前と学部しか知らされてなかったものだから」
「いえ……その……」
それ以上の言葉が出ない。聞きたいことはたくさんあるはずなのに。なにをどう聞いていいのか、聞いてもいいものなのかさえわからない。頭が真っ白になるとはこういうことか。
「優唯が君を振り回してしまったようで、申し訳ない。ただ、君にはとても感謝している。私も、優唯も」
穏やかに話す父親の言葉を黙って聞くことしか出来ない。
「本当に、君のおかげで優唯は幸せだったと思う。いや、恥ずかしながら、私たちはなにも知らないんだが。あいつがそう言っていたからそうなんだと思う。……」
父親の言葉が止まる。
沈黙が流れる。
何を言葉にしていいのかわからない俺に、言葉を探すように口を開きかけては閉じる父親。
どれくらい無言の時間が流れたのか。
「……あの、優唯さん、は」
かろうじてそれだけ絞り出した俺に、父親の表情が曇る。
「……昨年末に……。年は越せなくてね……」
父親が来た時から、どこかでうっすらと悟っていたのかもしれない。相変わらず言葉は出なかったが、涙も出なかった。
ただ、絞り出すように話す父親の声は、ひどく遠くで聞こえていた。
「意外と近いもんだな」
都内の中心からさほど離れていない墓地。用が無くて実際には来たことがなかったが、思っていたより近い。
1週間前、卒業式の日に現れた父親によって、優唯の死を知らされた。数年前から抱えていた病気が急性転化したらしい。
名前だけは聞いたことのあるその病は、慢性のうちは薬で何とかなるが移行期を経て急性転化するとどうしようもないという。余命は持って半年。優唯に連れられて両親に会わされたあの日、あの夜のあった日、その数日前に急性転化が疑われていたそうだ。優唯は半年間しっかり粘ったらしい。
父親から聞いた話はもっと詳しく具体的だったと思うが、俺の頭の容量を超えていたのだろう。ざっくりとした内容しか頭に残っていない。
ああ、やっぱりあいつの行動には意図があったんだなと思いつつも、結局優唯の思惑はなんだったのか、願いは叶ったのか、俺にはわからないままだ。
父親のメモを見ながら、墓地の中を進む。
『優唯が、必ず墓参りに来るように、と君に伝えてほしいと言い遺していた』
その言葉だけがやけにはっきりと残っている。
いやもう少しなんかこう、ないのか。もっと気持ちのこもった言葉とか、手紙とか、物とか。
思わず苦笑いしてしまう言葉は、それでもあいつの最期の言葉らしい。
日当たりのいい一画に時任の名を見つけ、花を供える。
手を合わせて思いを馳せる。
――みぃ
少し高めの柔らかい声。
「みぃ!」
すぐ傍で聞こえた声に慌てて振り返る。
まさか。
「優唯?」
「みぃ!」
二度目の声は足元から。
「……ねこ……」
人懐こくすり寄る小さな猫。力が抜けて膝をつく。
明るい茶色の子猫だ。日に当たって毛は金色に輝いている。
「みぃ」
甘えるように鳴く。
「……くそっ……その声で呼ぶなよ……」
手を伸ばすと躊躇いなく飛び込んでくる。
金色の毛がしっとりと濡れていく。
それを嫌がる気配もなく、子猫は腕の中で大人しくしている。
そのまま、ずっと俺のそばにいてくれた。
男にしては少し高めで、でもどこか柔らかい。
猫の鳴き声のように俺を呼ぶそれは、大抵厄介事を連れてくる。
「やっとつかまえたー!」
止まることなく歩き続ける俺の腕にするりと自分の腕を絡めてきたそいつは、案の定ろくでもない表情をしていた。
「なんだよ」
既に諦めの境地に達しつつも一応嫌そうな表情は作ってみる。
「みぃくんにー折り入ってーお願いがありまっす!」
ニコニコと人好きのする笑顔。
大抵の人はこの笑顔に絆されるんだ。でも俺は知ってる。この笑顔が一番性質が悪いってこと。
「聞きたくない」
「あのねー明後日の夜なんだけどー一緒に行ってほしいところがあるんだ!みぃは、バイト無い日でしょ。19時には授業終わるよね。ゼミ室まで迎えにいくから」
形ばかりの抵抗はもちろん華麗にスルーされ、一方的に話が進む。
お願いって言葉の意味を知ってるか?
お前のそれはお願いじゃなくて強制だろ。
いや、知ってた。わかってたさ。
こいつに捕まった時点で抵抗も反論もすべて無駄なんだ。
「じゃぁ、また明後日にねー。あ、そうそう。一ヶ月前から、みぃと僕は恋人同士ってことになってるから」
後半は耳元に口を寄せて、小声で囁く。
「よろしくね!愛してるよ!」
チュッと頬に口付けて、軽やかに手を振るとすぐに派手な友人たちの集団に合流する。
楽しそうな笑い声が響く。
いやまて。
聞き捨てならないことを残していった。
「えっおいまて、優唯……!」
慌てて追いかけようとするが、華やかな集団は既に遠い。
あいつは何て言った?
俺とあいつが恋人同士?
男同士だぞ?いやそこじゃない。いやそこもだけどそうじゃない。
恋人同士ってことになってる、ってなんだ。
誰にだ。どこに対して「そうなってる」んだ。
「嫌な予感しかしない……」
思わず呟いた言葉は強い風に吹き飛ばされていった。
「三塚。お前、あの時任優唯と付き合ってるってマジなの?」
「遅刻してきた第一声がそれなのか」
昼もとっくに過ぎた3限目の半ば。
講義室の後ろの扉からそろりと入ってきた友人、佐高凌士は俺の隣の席に座るなりそう尋ねてきた。
「そもそもお前らって何で知り合いだったわけ?あんっなに目立つ派手な人気者とさ、オレらみたいな研究しか出来ませんみたいな理系オタクとじゃ接点なくない?ていうか、どっちから告ったの?お前童て」
「うるさい。ちょっと今は黙っててくれ」
立て続けに質問を投げつけてくる佐高をとりあえず黙らせ、今日何度目かのため息を吐く。
一昨日の優唯の問題宣言から約二日間。
直接聞いてきたのは佐高が初めてだったが、あちこちから視線が飛んできているのを感じていた。興味が7割、敵意が3割といったところか。
「なんであんな奴と」なんてよくある陰口も聞こえてきた。
俺は人付き合いが苦手で口下手な上に、表情にも乏しいらしく愛想がないため、友人も少ない。話す相手といえば佐高を含めた所属ゼミのメンバーくらいだ。そんな俺と、綺麗な顔立ちに明るい人柄で誰からも愛されるようなあいつが付き合うだなんて、男同士だとかいう以前の問題だろう。
釣り合わないにもほどがある。
いやそもそも、俺たちは付き合っているわけじゃない。
「恋人同士ということになっている」だけなのだ。何故なのかは全くわからないが、とにかくあいつが、時任優唯が、なんらかの理由でそういうことにし始めたのだ。急に。
だから、俺を見られても、俺を睨まれても、俺に聞かれても、どうしようもないのだ。
むしろ俺だって知りたい。
というか、あの宣言からたった二日だ。
それでどうしてこんなに広がってるんだ。
「はぁ……」
さらにひとつため息をついて、俺は眠気を誘う教授の声に耳を傾けた。
「で、佐高はどこから聞いたんだ?」
空き時間を潰すために移動したゼミ室で、俺は佐高に問いかけた。
有難いことにいまは俺たち以外に誰もいない。
「オレは小宮からメッセがきて知ったんだけど、小宮は時任が大講堂ででかい声で話してるの聞いたって。それで広まったんじゃね?」
佐高の答えに俺は頭を抱えた。
確信犯以外の何者でもない。
とにかく優唯は俺と付き合っているということにして、それを広めたいらしい。
「そんで、結局マジなの?ガセなの?」
なんだかんだ優しい佐高は、問い掛けに心配が含まれている。
「あぁ……まぁ一応、本当だけど」
佐高には、否定してあのやり取りを教えても良かったのだが、優唯の意図がわからないため、とりあえず素直にあいつの行動に従うことにする。
脈絡は無いが馬鹿では無い優唯のことだ。
なにかあるのだろう。
「ふーん?なんか大変だなお前も。てかさ、ほんと、お前なんで時任と知り合いなの?結構前から喋ってる姿見るし不思議だったんだけど」
改めて問われ、俺は優唯との出会いを思い返す。
「猫がさ……」
「猫ぉ?」
そう、猫がいたんだ。
入学して間もない頃だ。
地元から都会に出て来て、何もかもが新鮮で面白くて、俺は、らしくもなく浮かれていたんだと思う。
自炊をしてみようかと近くにあるスーパーへ行った帰り道、住んでいるアパートの手前に猫がいた。野良じゃなくて、たぶんどこかに飼われてる三毛の猫。
なんてことないその猫に、なんとなく興味を惹かれて、「にゃあ」、なんて声をかけてみた。
まだ体の小さいその三毛猫は、俺に怯えることもなく「みぃ」と返してきた。
返事が来たことが嬉しくて、しゃがみこんで猫に近づく。
「あ、ちくわ、食う?」
安さに釣られて買ったちくわだったが、これなら猫も食べれるんじゃないか、なんて思った。
「知らない人からご飯をもらっちゃダメなのにゃー」
「うわっ」
背後からの思わぬ回答に、驚いて体勢を崩す。
その急な動きに猫が驚いて逃げていく。
「あー行っちゃったー。僕のせい?ごめんね?」
振り返るとそこにいたのは、天使。
かと思った。いや、かわいい子どもではなくれっきとした成人男性ではあるようだが。
夕日に照らされて金色に輝く髪に透き通るような白い肌、細い体、中性的な雰囲気はまるでこの世ならざるものといった様子だ。
「同じ大学の人だよねー?なんかみたことある。あ、僕は時任優唯って言うんだ。よろしくねー!」
天使は、その雰囲気に圧倒されている俺を気にすることなく、勝手に自己紹介をしてきた。同じ大学だったらしい。見たことがあると言われたが、生憎俺は全然知らない。
「俺は、三塚郁斗、です。理工学部の一年で」
「あーわかったー!俺の隣の人だー。みぃくんかぁーよろしくよろしくー」
「えっ隣なのか?」
思わず出たタメ口を気にすることもなく、時任優唯は、笑顔でうんうん頷いている。
確かに隣人は同じ大学の学生だと大家のおばさんが言っていたが、姿を見かけたことはなかった。
こんな綺麗な人間があんなアパートに住んでいるとは、不思議な気分である。
「まぁ……よろしく。で、その、みぃくんてのは」
まさかとは思うが。
「え、みぃくんでしょ。み、つか、い、くとくんの頭をとってみぃくん。猫みたいだね!かーわいい」
にっこりと人を惹き付ける笑顔で言い放った。
これが、俺と優唯の遭遇だった。
「え、それだけ?」
話し終えたところで、佐高は即座に突っ込んできた。
「ただのお隣さんと偶然喋る機会があったってだけじゃん。そんだけであの美人と付き合えんの?オレはてっきり、轢かれそうになった猫を救おうとして一緒に轢かれそうになった時任を救ったヒーロー三塚くん!かっこいい!みたいな展開でもあるのかと……そうか……まぁ、人生何が起こるかわかんねぇな……そうか……」
一人で勝手に期待して落胆している佐高の気持ちはとてもよくわかる。
俺自身も未だに謎なのだが、たったあれだけの世間話程度の遭遇から、優唯は何かと俺に構うようになった。理工学部の俺と法学部の優唯は、基本的に授業も活動範囲も重ならない。それなのにどうやってあの広い学内で見つけるのか、毎日のように優唯は俺に声をかけ、授業に巻き込み、サークル活動とやらに引きずられ、飲み会に連れ出された。
正直迷惑でしかなかった。そうして優唯に絡まれたところで、俺は積極的に人と関わる方でもなかったし、優唯の周りは所謂陽キャばかりで全く馴染めなかったのだ。いまでも優唯の友人たちの顔と名前は一致しない。もちろんだが、出会って2年が過ぎた今でも友人と呼べる人は増えていない。
俺にとっては、ただ、優唯と過ごす時間だけが積み重ねられていった。
「みーいーくん!」
本日最後の授業を終え、ゼミ室で一息ついた途端にこれだ。
どこで待っていたのか、タイミングが良すぎる。
「お疲れ様ー!さぁ、デートの時間だよー」
ゼミの面々が興味津々で流れを見守っているのがわかる。いたたまれない。
「ではみなさん!みぃくんはお借りします!」
わざわざ皆にそう宣言して、俺の腕をとる。
何故かゼミのメンバーは拍手で見送ってくれた。
「で、どこいくんだ?」
俺の腕に自分の腕を絡ませたまま、優唯はずんずんどこかへ歩く。
なんとなくこの方向は、駅だろうかと予想を立てる。普段、飲み会などで集まるときにも駅の付近にある繁華街へ向かうことが多い。結局また何かの飲み会だろうか。
「んーとねー…美味しいもの食べる!」
「おい、優唯。なにが美味しいものを食べるなんだ。いや、さすがにこれは」
料亭。
高級料亭だ。
テレビの中でしか見たことがない、日本家屋の和室に女将さんが挨拶に来るような。
政治家や有名人が会談や密会で使うような。
駅から電車に乗せられ連れてこられた先がここだった。個人の表札と間違えるほどの小さな看板だけで、一見して店とわからないそこに躊躇いなく優唯は入ろうとする。
いや、美味しいのは間違いないだろうが、俺はこんなところに入れるような服装でも懐具合でもない。
「まぁまぁまぁまぁ」
引き留めようとする俺を、どこにそんな力があるのか、逆に引っ張る勢いで引き戸をくぐる。
お待ちしておりました、なんて女将に迎えられ、こちらでございます、と案内された和室にいたのは上品な夫婦。
優唯とともに現れた間抜け面の男に不審そうな視線を向ける。そりゃあそうだよな。
「父さん、母さん。紹介するね。僕の恋人の、みぃくんです」
くらり、と視界が揺れたのは優唯が俺の腕を引き寄せたからか。
優唯の放った言葉は、すぐには理解されなかったらしく、二人は人形のように固まったままだった。
「と、言うことで。僕はこの彼と一生を添い遂げる予定なので、」
「優唯。悪ふざけはやめてちょうだい。時間の無駄です。あなた、自分の立場はわかっているでしょう?西園寺のお嬢さんが不満だというなら、他を探します。馬鹿なことをしていないで、はやく座りなさい」
言い募る優唯にやっと理解が及んだのか、母親が冷たく遮る。冷静に諭しているようでその目は怒りに満ちているのがわかる。もちろん、俺に対してだ。
「ふざけてないよ。もちろん嘘でもない。西園寺の子がどうとかじゃなくて、僕はみぃくんしかいらない。だから、ごめんね。諦めて」
言うが速いか、優唯は俺の腕を掴んだまま、来た道を引き返す。
一瞬、黙っていた父親の表情が悲しそうに歪んだのが見えた。
「優唯!」
悲鳴のような母親の声が聞こえる。
「優唯!戻りなさい!優唯!」
呼ぶ声は続くが、追いかけてくる気配はない。優唯は決して足を止めようとせず、走り出しそうなほどの速足で店を飛び出した。
いつの間にか、腕を掴んでいた手は俺の掌まで落ちていて、自然、手を繋いで進む格好になる。
「おいっ優唯……!」
男が二人手を繋いで人混みをすり抜ける様子はなかなかに滑稽だろうと思う。通り過ぎる人たちが振り返る。
駅に着く頃には疲れたのか、緊張していたのか、優唯の呼吸は荒くなっている。少し前に乗ってきた電車に再び乗り込み、来た道を戻る。
アパートに帰り着くまで、優唯は一言も話さなかった。
ジーンズに引っ掛けたカラビナを外し、慣れた手付きで鍵を開ける。
玄関を入って正面に洋室、左側に小さなキッチン、当然だが間取りは俺と全く同じだ。
「とうちゃーく!さぁ美味しいご飯、食べよっか」
人好きのするいつものあの笑顔で振り向く。
「いや、ご飯て…え?…ああ…」
そういえば、美味しいものを食べるとかなんとか言っていたような気がする。
間の抜けた声しか出せない俺を放置して、優唯はさくさくと手を洗い冷蔵庫から食材を出す。
「え、いまから作るのか?」
「ふっ…ふふっ……ちょっ…あははは」
何故か優唯は笑い出す。
何がそんなにツボにはまったのか、冷凍のエビを片手に笑っている。
どうしていいのかわからない俺はただ立ったまま眺めている。間抜けだ。
「いや…ははははっ…だって…あははっ」
「なんだよ」
あまりに優唯が笑うものだから少しばかりむっとしてしまう。
そんなに笑うことがあっただろうか。
「ごめ…ははっ…だってさ、まずはご飯のことなんだ、と思ったらなんかおかしくて。さっきの、親のこととか聞かないでいてくれるんだね」
それは。
「とりあえず何か食べてからと思って…話は後からでも出来るし…」
いろいろなことが起こりすぎて、すぐに問い詰められるほど整理がつけられなかっただけだ。
腹を満たせば落ち着いて考えられるのでは、という安直な己が恥ずかしくなる。
「優しいね、みぃくんは」
優しいとかじゃない。
人より考えるのが遅くて、言葉が出ないだけなのだ。
「さぁて!ビストロユウイの開店でーす!!お兄さん、ご注文は?」
また、否定する間もなく、優唯のペースで話が進んでしまう。こうして意にそぐわない印象を持たれるのは俺にとってはいつものことだ。
自分の考えを、気持ちを、伝えるのが遅い。そうして、勝手に誤解される。
「えー?なになにー??魚介をたっぷり使ったペスカトーレをひとつ……はぁい!かしこまりましたー!」
俺の悩みなど気持ち良いぐらいに無視して、優唯は一人でどんどん進めていく。鍋を扱う優唯の手付きは思いの外慣れている。もしかして普段から自炊してるのか。
ぼんやりしている間にペスカトーレは出来上がり、これまた予想と違って綺麗に片付いた部屋で空腹を満たす。
綺麗に片付いた、というよりは極端に物が少ないのかもしれない。そういえば、優唯の部屋に来たのはこれが初めてだ。
大学内外で連れ回されることはあったし、俺の部屋に押しかけてくることはあったが、俺が優唯の部屋に来たことはなかった。
「僕ってさ、結構いい家柄の一人息子なんだよね」
トマトソースの良い匂いに誘われ、いただきます、と遠慮なく食べ始めた俺をにこにこと見つめながら、優唯は言う。
「子どもの頃からそりゃあかわいがられてさぁ。溺愛っていうの?欲しいなんて言わなくても全部揃ってるの。おかげで、あんまり欲がなくなったんだよねぇ。恵まれた人はもっともっとって欲深くなるかと思うじゃん?それはさ、自分が欲しいとおもったものが、簡単に手に入ったときなんだよ。欲しいなんておもってないのに全部揃ってたら、そもそも欲しいって感覚がわかんないんだよねぇ」
皿の上のパスタを食べるでもなくフォークでつつきながら、ひとりごとのように話す。
「そのせいかもだけど、全然わがままじゃないし横暴でもないし、すごく素直な子だったんだよねぇ。親に反抗したことなんてないし。悲しませるようなこともしたことない。大学で一人暮らしはしてるけど、定期的に実家にも帰ってるし。なーんていい子なんだろうなぁ僕って」
優唯の表情はわからない。
俺はただ、黙々とパスタを食べる。
優唯の顔を見るのが怖い。
きっと、こういうときは何かを期待されているのだ。なにか、気の利いた言葉を返すことを。
優唯の気持ちが軽くなるような、優唯の心を救えるような、なにか、そんな。
でも、俺にはそれが出来ないから。
落胆する優唯を見たくない。
「……ふっふふふ……っあははははっごめんごめんっあははっ」
いたたまれない気持ちでパスタを食べる俺の耳に、笑い声が入ってくる。
ちらりと視線をあげると、腹を抱えて笑う優唯がいた。
「おい」
「いやほんとごめんね。大丈夫、わかってるよ。みぃくんが気の利いたこと言えないなんてさ。僕はさ、ただ知っていてほしいだけなんだ。哀れみも同情も慰めも励ましも、なんにもいらないからさ。ただ、みぃくんに僕のことを知っていて欲しい。だから、聞いてくれるだけでいいんだよ」
いつものようにニコニコとした人好きのする笑顔で、どこか寂しそうに優唯は言う。なにが恵まれていて、なにが不幸かなんて、俺にはわからない。
そもそも、自分のことすらよくわかってないのに、他人のことなんてわかるはずもない。
それでも、なんとなく、ほんの少しだけ、優唯がなにかと俺に関わってくる理由は見えた気がした。
「お前、俺を壁かなんかだと思ってるだろ」
「ふふっ壁って言うよりは樹かなぁ」
「あんまり変わらないだろそれ」
結局、俺ばかりが楽になった気がして釈然としないが、優唯がいいのならそれでいい。
自身もパスタを食べ始めて、我ながら美味しい!とかなんとか自画自賛している。
「まぁ、そんなわけでさぁ。一生に一度、最初で最後の反抗ってやつをやってみたかったんだよねぇ。あんな親だったら僕が男の恋人連れてったら発狂するだろうなって。なかなか面白かったね!」
朗らかに笑っているが巻き込まれたこっちはたまったもんじゃない。
「樹の役割を超えてると思う」
不満を込めて優唯を睨み付けても特に堪えた様子はない。それどころか、またも笑い出して「樹の役割は受け入れるんだ」とかなんとか言っている。嫌味に決まってるだろ。それさえもわかっていて笑ってるのかもしれないが。
とことん、優唯にはかなわないらしい。
「……でもお前、大丈夫なのか。あんな嘘ついて……」
買って出た後片付けを済ませて手持ち無沙汰になったところで、ようやく冷静さを取り戻した俺はさすがに不安になってきた。
あの時の母親の様子は相当に怒っていたと思う。ちょっとした悪ふざけでした、では済まされないのではないか。というかこの状態で優唯は今後あのご両親とどう関わるつもりなんだ。
「ああ~全然大丈夫だよ。別に嘘じゃないし。そもそも僕って恋愛対象男なんだよねぇ。だから大丈夫だよ!」
あっけらかんと言ってのける。
「いや何がだよ。どこがどう大丈夫なんだ。ご両親を勘違いさせたままっ」
「みぃ」
優唯が抱き付いてくる。
「僕はさ、本当にみぃくんのことが大好きだよ」
俺より少し背の低い優唯の髪が鼻を擽る。ふわふわの猫毛。綺麗に色を抜いた金髪。
「おまえ、なに」
「本当に、ずっと好きだった。だからさ」
顔を上げた優唯と視線が合う。
柔らかい感触がした。
「一回だけでいいんだ」
また、キスをされる。
深くなっていく。
縋り付くようなそれを拒否できずにただ受け入れる。
「おねがい」
お前のお願いは、お願いじゃないだろ。
狭いベッドの上で向かい合う優唯の肌は暗い中でも白くて壊れてしまいそうだと思う。
求められるがままにキスをして、触れて、なぞる。
「んっ……は……みぃくん……っ」
その度に溢れる優唯の声は熱を帯びて艶めく。
自分でやるから、と後ろを解し始めたその姿は直視出来ないほどに艶かしい。
「っ……ぁん……っんぅっ」
声を堪えるその様子も、なにもかも、すべてが響いて中心が熱くなってくる。
やばい。
なんだよこれは。
「ぁっ……んっ……そろそろ、いける、かな……っ」
言いながら俺を見た優唯は、悪い顔で笑う。
「ふふ……みぃくんガチガチだね……入るかな」
「おいっまて」
嬉しそうに俺の中心に絡める指先を慌てて制すと、すぐさまキスが降ってくる。
「ゆっくり、するね?」
そのまま押し倒した俺の上にゆっくりと腰を下ろす。中心に添えられた指先の感触が生々しい。
「んっ……っあ……みぃくん」
ゆっくりと、熱く狭い中に呑み込まれる。
ヤバい。
「ぅんっ……あっ、はぁっ……んっ」
美しい顔の眉間に皺が刻まれる。苦しそうなのに、どうしてこんなに妖艶なのか。
「あっん………入っ、た……?」
俺を見下ろして笑うこの男は悪魔か。
「うごく、よ……っん……みぃくんの………イイ、ね」
ゆるゆると腰を動かされると吸い付くような刺激に一瞬でイきそうになる。
ヤバい。
ぼんやりした頭を奮い立たせ、意識を強く持つ。
こんなの、逆に拷問じゃないか。
白い肌に汗が浮く。荒い息と甘い声。顰められた眉とは対照的に緩んで少し開いた唇。
絶え間なく与えられる快感とあまりにも煽情的な光景に、こっちは意識を保つのに精一杯だったというのに。
「あっあっ……んぅっ、みぃ、ん……んっ、おっきいっ……ぁっ……んっ」
おい。
「おまえ、」
「えっ」
優唯の腰を掴んで動きを止めさせる。体を起こし向かい合う。
「えっみぃくん?……ぁんっ?!」
戸惑う優唯を無視して掴んだ腰を思い切り落とす。
「えっなにっあっひあぁっ」
「俺だって我慢の限界があるんだ」
「やっぁんっ、まっ、あぁっ……だめっ……ぁんっ」
自分のペースで自分の好きなようにグッグッと腰を押し付けると、優唯は一際高い声で鳴く。
「みぃっ……んぁっだめっ……んぅっイっちゃぅ……からっ……まっ……あぁっんっ」
いつもの余裕なんて消え去って、快感に喘ぐ姿は余計に俺を煽る。
先走りを零す優唯の中心を一瞥して、遠慮なく腰を動かす。正直俺もギリギリだった。
「ひぁっあぁっだめっ……イくっ……やぁっ……みぃっ」
「俺も……っ」
「あっ……もう……みぃっ……っ……ぁあっ……みぃっ……ひあぁぁっ!んぅっ!」
「うあっ……っ……くっ……」
一層強い締付けとともに高い声を上げて優唯の先から白いものが飛ぶ。
次の瞬間には俺の中心も爆ぜた。無理だろ。
一気に脱力した体を抱きとめる。
体を入れ替えて優唯をベッドに寝かせると、瞑った目から涙が溢れたように見えた。
「はっ……はっ……みぃ、くん……ずるいよ……っ」
荒い呼吸の合間に、俺への苦情。
「いや、さすがにこれは自業自得だろ……」
あれだけ煽っておいて、ただで済むと思うのが間違いだ。
と、いうか。
「ここまでしたんだから、覚悟は出来てるんだろ」
俺の言葉にうっすらと開けた目で不思議そうに見つめてくる。
いやもう最後まで付き合ってもらうしかないからな。
「まだだって話」
「えっ……んぁっ?!ぁんっ……えっもしかして」
まだ入れたままのそれをぐっと動かしてやれば、困惑と同時に焦りの表情が浮かぶ。
「ぼく、イッたばっか……っ」
「奇遇だな、俺もだ」
「やぁっ……みぃ、ほんとっ……ぁんっ、んっ」
優唯の反論は強制的に封じる。裏腹に素直な中はしっかりと絡みついてきて、俺の快感を煽る。
ずるいのはお前だろ。
「ひぁっ、みぃ……ぁんっ、みぃっ……んっんっ……ぁあっ……」
次第に聞こえてくるのは、俺を呼ぶ声と甘い甘い鳴き声だけになった。
二度目にイッたとき、優唯にとっては何回目だったのだろう。
くったりと力の抜けた優唯にキスをすると、弱々しくも舌を絡めてくる。
深いキスに満足した様子で、優唯は意識を手放した。
「いやぁまさかまさかだよねぇ」
慌てて身支度をする俺に向かってニヤニヤと悪い笑顔で声が飛んでくる。
「みぃくんがあそこまで雄になるとは、さすがの僕もびっくりだよ!性欲なんて無さそうだから、勃つかなぁって心配だったけど。そんな必要なかったねぇ。あの強引さとエッチさには惚れ直しちゃったなぁ。あー思い出すだけで鼻血出そう」
「お前、うるさい!」
優唯に起こされた俺は、一限の授業が必修であることを思い出し飛び起きたのだった。着替えと荷物のために一旦自分の部屋にも戻らないといけない。
当の優唯は午後の授業しかないとかで、いまだベッドの上にいる。
「俺、もう行くから……あー……優唯、大丈夫か」
なにがとは言えず、曖昧に問うた俺に、いつもの笑顔で優唯は答えた。
「大丈夫だよ~もう幸せいっぱい!って感じ。ありがとう、みぃくん。気をつけてね」
手を振る優唯に見送られ、部屋を出る。
「で?珍しく遅刻寸前で駆け込んできた三塚くん、昨日の首尾は上々って感じ?」
佐高が確保してくれていた席に滑り込み、ほっと一息ついたところで、興味津々の声がかかる。
「いや、ちが、べつにそんな、な………いや、違」
なにもない、と言いかけて、いや何もなかったわけでないと思い返ししどろもどろになってしまう。
「えっなに?!なんかあったの?!」
「声がでかい!」
飛び上がる佐高の動きと声に教授と学生の視線が集まる。
「すんませーん……で?どういうこと?なにがあった?」
へらっと笑って誤魔化した佐高は小声で詰め寄ってくる。適当に受け流しておけば良かったのに無駄に過剰反応してしまった自分が憎い。嘘がつけない。
かと言ってどこまでどう話したものか。優唯の個人的な事情を勝手に言いふらすわけにもいかないし、なんだかんだ心配してくれてたのだろう佐高を無碍にするわけにもいかないし、と結局また黙り込んでしまった。
「まぁあれだよ、オレは別に三塚が困ってなきゃなんでもいいんだよな。だからさ、無理に話さなくていいよ。そんかわり、これだけ教えて。……ヤッた?」
良いやつだな、と思いかけたのに最後の一言で台無しだ。呆れてため息をつく俺に訳知り顔で頷く。
「いや、皆まで言うな。わかってるぞ……そうか、お前……オレを置いていったんだな……」
仲間だと思ってたのに、とかなんとか呟く佐高を無視して、授業に意識を戻す。
実のところ否定も出来ないし、昨夜のことを思い出すと恥ずかしさで居た堪れなくなる。
「そんで、今朝は二人して仲良く全力ダッシュって感じか?青春してやがるなぁ」
「そんなことしてない。だいたいあっちは今日、午後からだけらしいし」
しつこく絡む佐高に苛立ちを隠さず返すと、不思議そうな顔で聞き返してくる。
「えっ法学も一限必修じゃなかったっけ?てか、今日午前てだいたい必修あるだろ?だからいっつも食堂激混みじゃん」
言われて初めて気付く。
よりによって週の真ん中水曜日、その午前中に各学部の必修科目が詰め込まれていて、ほとんどの学生が出てこないといけない。だから、食堂はいつも満席に近かった。もっと考えて講義計画立てろよな、とよくゼミ生で愚痴っていたものだ。そういえば。
じゃぁあいつはなんで。
ただのサボりか?有り得ない話ではない。一回くらい抜けたところであいつの顔の広さなら、出席も講義ノートも簡単に手に入るだろう。
そう思ったものの、どこかでざわざわとした胸騒ぎがある。良くない予感がする。
そして、こういうときばかり、俺の予感は的中するのだ。
この日を境に、優唯は俺の前から姿を消した。
「なんか卒業って感じしないな」
卒業式を終え、学位記を片手にゼミ室へ向かう佐高が言う。
「まぁ、俺もお前も進学だからな。すぐ修士の授業始まるし」
就職組の同期たちは、寂しさからか達成感からか開放感からか、涙しているものも多かった。だが、進学組、ましてや同じ大学の院に進学するものにとっては、ただの儀式にすぎない。
「オレ、三塚が進学するとは思わなかったな。手堅く就職すると思ってた」
佐高に言われて、苦笑いを返す。
自分自身もまさか修士に進むとは思っていなかった。一年半前までは。
これは、ただの未練だ。バカらしいほどに情けないただの未練だけで、各方面に無理を言って社会に出るのを2年遅らせることにした。
この場所に少しでも長く残っていたかった。
「……辞めてから、ちょうど一年?早いよなぁ」
佐高が見上げた先は、法学部棟だ。
優唯が両親に反抗したあの日、驚くほど綺麗に優唯は姿を消した。授業を終えて帰ったときには明かりはついておらず、チャイムを押しても反応がない。
どこかに行ったのかと隣で待てど暮らせど帰って来る気配がない。翌日も同じだった。
大学では姿を見かけず、アパートにも帰って来ない。避けられているのか、と落ち込みかけた俺は、出くわした大家のおばさんから優唯が退居したと教えてもらった。
まさにあの日、俺が大学に行ったすぐあと、連絡があったのだと言う。実家に帰ることになったから、と。そう聞いてしまえば、俺に出来ることはなく、現実を受け止めるしかなかった。
優唯の精一杯の反抗期は終わったのだ。俺はただの樹でしかなかった。
それから半年後くらいだろうか。優唯が退学したという噂を聞いた。
俺にはもう何も出来ないんだとわかっていながら、どこかでまた会えるのではないかと期待しているのは事実で。未練たっぷりにこの場所に居座って、まだあの猫に似た声を探している。
「あっ三塚、ここにいた」
佐高と二人、なんとなく浮ついた構内を散歩して、結局たどり着いたのはゼミ室だった。あとで教授も来ると聞いているしみんなで写真の一つも撮るか、と考えていたところにドアが開いて、覗いた同期の表情が明るくなる。
「えっオレは?!」
無視されたと思った佐高が情けない声をあげると、同期は違う違うと手を振る。
「そういうことじゃなくて、三塚にお客さん」
意味が一瞬わからなかった。
卒業式にゼミ室まで訪ねて来るような知り合いはいない。
招かれるまま外に出ると、同期の横に立っていたのは、仕立ての良いスーツを着た壮年の男性。
知り合いではない。
「三塚郁斗くん、だね」
戸惑う俺に差し出された名刺を見て、言葉を失う。
時任孝之。優唯の父親だ。あの時の料亭で一度だけ見た表情が蘇る。
固まる俺にいろいろと察したらしい同期と佐高はゼミ室を使え、と明け渡してくれた。
小さなテーブルを挟んで、優唯の父親と向かい合う。どこか窶れた雰囲気がする。
「突然こんなところにきてすまない。でも、君のことは名前と学部しか知らされてなかったものだから」
「いえ……その……」
それ以上の言葉が出ない。聞きたいことはたくさんあるはずなのに。なにをどう聞いていいのか、聞いてもいいものなのかさえわからない。頭が真っ白になるとはこういうことか。
「優唯が君を振り回してしまったようで、申し訳ない。ただ、君にはとても感謝している。私も、優唯も」
穏やかに話す父親の言葉を黙って聞くことしか出来ない。
「本当に、君のおかげで優唯は幸せだったと思う。いや、恥ずかしながら、私たちはなにも知らないんだが。あいつがそう言っていたからそうなんだと思う。……」
父親の言葉が止まる。
沈黙が流れる。
何を言葉にしていいのかわからない俺に、言葉を探すように口を開きかけては閉じる父親。
どれくらい無言の時間が流れたのか。
「……あの、優唯さん、は」
かろうじてそれだけ絞り出した俺に、父親の表情が曇る。
「……昨年末に……。年は越せなくてね……」
父親が来た時から、どこかでうっすらと悟っていたのかもしれない。相変わらず言葉は出なかったが、涙も出なかった。
ただ、絞り出すように話す父親の声は、ひどく遠くで聞こえていた。
「意外と近いもんだな」
都内の中心からさほど離れていない墓地。用が無くて実際には来たことがなかったが、思っていたより近い。
1週間前、卒業式の日に現れた父親によって、優唯の死を知らされた。数年前から抱えていた病気が急性転化したらしい。
名前だけは聞いたことのあるその病は、慢性のうちは薬で何とかなるが移行期を経て急性転化するとどうしようもないという。余命は持って半年。優唯に連れられて両親に会わされたあの日、あの夜のあった日、その数日前に急性転化が疑われていたそうだ。優唯は半年間しっかり粘ったらしい。
父親から聞いた話はもっと詳しく具体的だったと思うが、俺の頭の容量を超えていたのだろう。ざっくりとした内容しか頭に残っていない。
ああ、やっぱりあいつの行動には意図があったんだなと思いつつも、結局優唯の思惑はなんだったのか、願いは叶ったのか、俺にはわからないままだ。
父親のメモを見ながら、墓地の中を進む。
『優唯が、必ず墓参りに来るように、と君に伝えてほしいと言い遺していた』
その言葉だけがやけにはっきりと残っている。
いやもう少しなんかこう、ないのか。もっと気持ちのこもった言葉とか、手紙とか、物とか。
思わず苦笑いしてしまう言葉は、それでもあいつの最期の言葉らしい。
日当たりのいい一画に時任の名を見つけ、花を供える。
手を合わせて思いを馳せる。
――みぃ
少し高めの柔らかい声。
「みぃ!」
すぐ傍で聞こえた声に慌てて振り返る。
まさか。
「優唯?」
「みぃ!」
二度目の声は足元から。
「……ねこ……」
人懐こくすり寄る小さな猫。力が抜けて膝をつく。
明るい茶色の子猫だ。日に当たって毛は金色に輝いている。
「みぃ」
甘えるように鳴く。
「……くそっ……その声で呼ぶなよ……」
手を伸ばすと躊躇いなく飛び込んでくる。
金色の毛がしっとりと濡れていく。
それを嫌がる気配もなく、子猫は腕の中で大人しくしている。
そのまま、ずっと俺のそばにいてくれた。
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