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──21時か。今日は遅くなったな。

ここしばらく、仕事が立て込んでいた。今日絶対やらなきゃいけないことは何とか終わらせて、思い切って帰ることにした。

降りのエスカレーターに乗ってひと息つく。明日の朝イチで書類を持っていけば大丈夫だな。考え事をしていた私は、エスカレーターを降りてすぐの箇所にいるその人に気付けなかった。

「今日は遅いんだな」

その声の主が誰であるかも考えずに、反射的に振り返ってしまった。その直後、後悔した。

「てか何でLINEブロックしてんの。SMSとかダルいんだけど」

もう一生、会話する事の無い相手だと思っていた。視界に入れることすら避けたかった。

──健二だ。

ヘラヘラしながら私に近づく、この男。何で健二がここにいるの……?

「唯と連絡つかないから会いに来てやったんだよ。知ってるよ?本当は俺に会いたかったんだろ?」

どうしよう。私の背中には壁が。健二は一歩ずつ、私との距離を詰める。

動け!私の身体!

健二の相手なんてする暇はない。金輪際、一生、一秒だって無い。私の思ってた方向に脚を動かして地下鉄の駅に向かうだけ。それだけ。それだけなのに。

動かない。どうして?予想外過ぎたから?健二に対する嫌悪が強過ぎるから?

このまま動けないまま健二と会話しないといけないの?トチ狂ったこと言ってる健二との物理的距離がじりじりと減っている恐怖に、私の脳内は、身体は、支配されつつあった。
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