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「えっ……」
今度は動揺が顔に出た。いい匂い、だなんて言われるとは全く思っていなかったのだろう。

「汗臭くないかな。気にはしてるんだけど」
「そんなことないです」

エレベーターという、密室でボソボソと会話する私達の声が少し目立つ気がする。他の人たちに聞かれるのも何だか違うので、自分の口を星宮さんの耳元に近付けた。

「私、この匂い好きです」
目を見開いた彼と目が合った。と同時に、エレベーターの表示が20階に到着したことを示した。

「じゃ、失礼します」
「あ、待って」
営業用の微笑みを浮かべてエレベーター内の人の隙間を掻き分け外に出た。

何故か星宮さんも20階で降りた。
「星宮さん?」
「唯ちゃん、俺……」
星宮さんは懐に手に入れると名刺入れを取り出した。

こないだもこの人はジャケットを着ていた。ノーネクタイではあるけど、未だ残暑厳しいこの季節にジャケットってしんどくないのだろうか?

「これ、俺の名刺」
「あ……私、名刺はプライベートでは持ち歩いてなくて」
「いいから。受け取るだけ受け取ってよ」
名刺を切らした時のような居心地の悪さを感じながらも、星宮さんの名刺を受け取った。

『社員行政書士・マネージャー 相続パートナーズ代表 星宮りょう』と書かれた名刺をまじまじと見る。

「裏に俺の番号とLINEのID、書いてあるから。連絡してくれないか」
「私……星宮さんに結構なこと、言いましたけど……」
何度でも言う。私はこの人をセクハラ痴漢男扱いした女だ。
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