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十二章

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『あっ、姉さん。昨夜は料理用意できなくてすいませんでした。親父に会う為に夜行バスで東京に向かったもので・・・・・・・えっ、美紀がですか・・・・・・・スマホへの連絡も取れないし、家族へも連絡はないんですね・・・・・・・分かりました。今県警に来ていますので、大神に居所を確認してもらいます。分かりましたらすぐに連絡します』
 朝比奈はゆっくりと通話を切った。
「誰からの電話だ。美紀さんがどうかしたのか」
 大神が続けて尋ねた。
「電話の相手は姉さんで、美紀が裁判所に行ったっきり戻ってこなくて、連絡が取れない状態だそうだ。裁判所を訪れているのは間違いないが、その後の足取りが分からない。勿論、家族や思い当たる人物に連絡を取ったようだけど、今のところまだ何の情報もないとのことだ。ちょっと嫌な予感がするんだ。悪いけど、防犯カメラをチェックして裁判所からの行動を探ってくれないか」
 最悪な状況を想像して肩を落とした。
「ちょっと待てよ。まさか、美紀さんが事件に巻き込まれたってことはないよな」
 朝比奈の考えを読んで尋ねた。
「美紀が直接関与している可能性は無いと思う。多分俺に対しての何かのメッセージかもしれないな」
 もしそうであれば落ち込んではいられない、やられたらやり返す『絶対許さない、トラベルバスター』と心の中で誓を立てたその時、再度朝比奈のスマホが着信音と共に見知らぬ電話番号を表示した。
『はい、朝比奈ですが・・・・・・ああっ、今朝封筒に入ったものが送られてきましたが、それが・・・・・・・えっ、美紀をですか・・・・・・・・・分かりました、それをそのまま持っていけば戻していただけるのですね・・・・・・・・・美紀に危害は加えていないのですね。声を聞かせてくれませんか・・・・・・・場所はどこですか・・・・・・・・・名古屋港にある第5倉庫ですね・・・・・・・勿論警察に知らせずに持って行きますよ。今から車で向かいますので、1時間程掛かります・・・・・・・・・では』
 朝比奈は悲壮な表情で通話を切った。
「おい、まさか・・・・・」
 すぐに大神が尋ねた。
「美紀が誘拐された。名古屋港の第5倉庫に、この前県警捜査1課の俺宛に送られてきた郵便物と交換とのことだ」
 スマホを持つ手に力が入っていた。
「その郵便物が目的なのか。お前今持っていないだろ、家に帰っていたら1時間では行けないだろ」
 話の内容について確認した。
「ああっ、それなら大丈夫だ。余程焦っているってことだが、俺とお前がマブダチだということは知らないからこんな大胆な事件を起こしたのただろうな」
 北川の顔が頭に浮かんだが、すぐに消えていった。
「大袈裟に車何台もで乗り込むことはできないな。特にあの港地区は建物も少なく、車の行き来が良く分かり犯人の目にも付き易いから、簡単に近づくことは危険だな。一体どうするつもりでいるんだ」
 大神は指定された倉庫の状況を想像して尋ねた。
「取り敢えず現地へと向かう車を借してくれないか。そして、怪しまれてはいけないから、応援はお前と川瀬刑事だけでいいよ。ただ、一応拳銃を携帯して現地に近づいたら、2人とも後部座席に身を隠して少し時間を空けてから突入してきてくれ」
 そう言うと、勢いよく立ち上がり2人で出口へと向かい、大神と川瀬は拳銃を携帯して朝比奈の運転する車で港区の倉庫へと向かった。車内では、今回の事件のことを一から整理し脅迫してきた犯人像についてや、現場で想定されるあらゆる事柄を話し合い、指定された場所に近づくと、一旦車を止め、大神は助手席から後部座席へと移った。
「本当にお前1人だけで行くのか?相手は拳銃を持っている可能性もあるんだぞ」
 指定された倉庫に近づくと大神が心配気に尋ねた。
「相手が指定した郵便物を確認するまでは、危害を加えることは無いと思う。そうだな、念の為にお前の拳銃を貸してくれないか」
 少し考えてから後部座席に向かって右手を伸ばした。
「えっ、朝比奈さんが拳銃をですか、それは不味いですよ」
 川瀬が即座に反応した。
「仕方ないな」
 大神は胸元のホルダーから拳銃を取り出して朝比奈に差し出した。
「SIG P220か、S&W М29 いわゆる44が良かったなぁ。まぁ、そんな威力のある銃は日本では採用されないよな。でも、一応本物みたいだな」
 拳銃を手にした朝比奈の言葉に大神は微笑むと、川瀬はそのさりげないやりとりに驚き、2人の顔を交互に見た。
「それでは行きますか」
 朝比奈は第5倉庫の前に車を止めると、ゆっくり歩いて入口に向かい大きく第5倉庫と書かれた扉のノブに手を当てるとカギは掛かっていなくて、ゆっくりと時計回りにノブを動かして扉を開けた。薄暗い倉庫内は窓から入るライトの光を頼りに、音を立てずに摺足で奥へと足を進めていった。
「女性に手を掛けるとは、悪人の中でも風上にも置けない人間ですね」
 ガムテープで口を塞がれ目には黒いアイマスクをされ、椅子に縛り付けられた美紀の顳かみに銃口を当てた黒覆面の男に声を掛けた。
「1人で来たんだろうな」
 朝比奈の言葉を完全に無視して本来の声ではないのであろう低い声で確認した。
「人質の命が第一ですから、指示に従って1人できましたよ。どうせ、その窓から見ていたのでしょ」
 聞き覚えのある朝比奈の嫌味を込めた言葉に美紀が反応した。
「電話で話したように、誰にも話していないだろうな」
 念を押して問い掛けた。
「信じるか信じないかあなた次第ですが、ちょっと用事があり東京に行っていましたので、あなたからの電話がなければ気付きませんでした。兎に角、人命に関わりますのでポストを確認して慌てて駆けつけました。因みに、僕に何が送られてきたのか、ご存知なら教えていただけませんか」
 ジャケットの内ポケットから、大神と川瀬が拳銃を取りに行っている間に、鑑識の知人に用意してもらった封書を黒覆面の男の前に差し出した。
「こちらに向けて投げろ」
 封書を見て命令した。
「それはどうでしょう。あくまでも人質との交換との条件ですよね。と言っても、最初から僕たちを無事に返すつもりはないでしょうけれどね」
 朝比奈の言葉に美紀は緊張の為か体が震えた。
「それが分かっていて、どうしてのこのこやって来たんだ」
 朝比奈の言葉に呆れながら尋ねた。
「最大の目的は彼女を助け出すこと。もう1つは犯人のあなたの正体が知りたかったという好奇心ですかね」
 封書を内ポケットに戻して言った。
「無事に帰れないと分かっていてもですか」
 首を左右に振って言い返した。
「FBIの捜査官に大野さんや井上さんまで、警察に自殺として処理させようとして企んだのに、まさかここで2人とも射殺する訳にはいかないでしょう。射殺体であれば流石に警察も馬鹿じゃないから、あなた達に辿り着く可能性もありますからね。それに、こう見えても、柔道、空手は有段者ですし、合気道は師範代なんですよ。ボクシングも少したしなんでいますから、あなたとのタイマンなら負ける気はしませんよ」
 鋭い目で黒覆面の男を睨み付けると、その言葉に反応して覚悟を決めたのか、美紀の顳かみに当てていた銃口を朝比奈に向け、今度はその動作を待っていたのか、朝比奈は後ろの腰あたりのベルトに挟んであった拳銃を右手で抜いて素早く安全装置を外して発砲の姿勢を取った。
「お前一体何者なんだ」
 朝比奈が拳銃を差し出したことに動揺していた。
「Go ahead make my day」
 朝比奈はドスの効いた声で答えるとしばらく睨み合いが続き、黒覆面の男はゆっくりと息を吐き銃口を下げ、その瞬間に別の入口から入っていた川瀬刑事が駆け出し、黒覆面の男に近づいて身柄を確保するとすぐに覆面を剥がした。
「やはり、西村警視正でしたか」
 覆面をはがされふてぶてしく睨み付けた男の顔を見て、大神と川瀬は驚きの余り固まってしまったが、朝比奈は納得顔で答えた。
「えっ、朝比奈さんは分かっていたのですか」
 川瀬は落ち着いて話す朝比奈に驚いていた。
「犯人に警察関係者が居るのは大神も感じていただろ。それも、色々な事件や拳銃の不正購入を企てることができる人物。それに、以前にも話したかもしれませんが、僕はサヴァン症候群の影響で、一度あった人間は写真のように記憶できて、例え覆面をしていても身長や体型は勿論、いくら変えていても声などから断定する能力があるようなんですよ。付け加えれば、愛知県警の警察官であれば、僕と大神が親しいことは分かっているはずですよね。彼は地元に戻って間がなく、そのことを知らなかったのでしょう」
 朝比奈は美紀に近づきながら答え、アイマスクと口に貼られたガムテープをゆっくりはがしながら『ゴメンな』と耳元に囁いた。
「それにしても、警視正が犯人とは・・・・・・・」
 西村の腕を掴みながら川瀬が肩を落とした。
「川瀬さん、警察に戻ったらすぐに警視正のスマホを解析してもらってください。それから、大神は美紀のことを頼む」
 拳銃を返して大神に美紀を預けた。
「おい、お前はどうするんだ」
 朝比奈の依頼に問い返した。
「これからもう一仕事、山場が待っているからな。悪いけど、このまま車を借りるぞ」
 そう言うと、朝比奈は倉庫の出口へと向かった。
「班長、今回は上手くいきましたが、素人の朝比奈さんに拳銃を貸しても良かったのですか。もし発砲して警視正や彼女に怪我をさせていたら、大変なことになっていましたよ」
 西村に手錠をはめながら尋ねた。
「その時はその時、結果はどうであれどんな処分を受けるつもりでいた。ただ、俺はそれが一番良い方法だと思ったし、全く躊躇もなかったよ。川瀬さんは、朝比奈がアルバイトでお金が貯まると海外へ行くのを知っていますよね」
 そう話しているとパトカーのサイレンが近づいて来た。
「ええ、年に何度か1人で出掛けていますよね」
 中々まとまった休日を取れない自分の立場を省みて、気ままに旅していると少し羨ましく思っていた。
「実は観光が目的ではなく、海外での柔道の大会と拳銃による射撃大会に参加する為なんだ。あいつはハワイに知り合いがいて拳銃を預けていて大会に参加しているんだが、いつも上位にランクされていて昨年は俺が貸したSIG P220とほぼ同じSIG P320で準優勝しているよ。だから、こいつが撃つ素振りをしていたら、右手か右肩は確実に負傷していただろう。西村さん抵抗しなくて良かったね」
 うな垂れる西村に追い打ちを掛けた。
「あの、優作が犯人に向かって『Go ahead make my day』と英語で話していたのですが、どんな意味なんですか」
 解放された美紀が大神に尋ねた。
「ああっ、アメリカ映画の『ダーティーハリー』で最高のヒットを記録した第4作で、人質に銃を突きつける強盗と主演のクリントイーストウッドが演じるハリーキャラハン刑事が対峙する場面で使われた台詞なんですよ。これは、映画史に残る屈指の名台詞と言われているのですが、英語独特のニュアンスに満ちていてなかなかすんなりとは和訳できずに、翻訳者によって様々な風に訳され、劇中の場面とハリー刑事の性格を加味し『さあ、やれよ、できるものなら』『やってみろよ、俺を楽しませてくれ』『さあ撃てよ、望むところだ』などでしょうか」
 優しく丁寧に説明した。
「それでどうなったのですか」
 内容は勿論、映画の存在さえ知らない美紀は、恐る恐る尋ねた。
「映画内ではハリー刑事の性格や噂は勿論知っていたので、抵抗しないで投降したんだ。朝比奈は美紀さんをどうしても助けたいと思って放った台詞だったんじゃないかな」
 大神が微笑むと、美紀は朝比奈の気持ちを察してゆっくりと頷いた。そして、それを待っていたように高橋刑事を先頭に捜査1課の刑事が押し寄せて、西村の顔を見てそれぞれに驚いていた。そして、暫くすると朝比奈は、黒田大臣の事務所に車を着け、受付で姉の事務所を差し出して面会を依頼していた。
「お時間は取れないそうで、お帰りいただくようにとのことです」
 受付の女性は黒田へ確認を取った後、内線電話を握ったまま朝比奈に声を掛けた。
「先生、令状をお持ちしてもいいですけれど、その前に一度会っていただきたいのですが」
 朝比奈は彼女の受話器を取り上げて話し掛け、その言葉に黒田は渋々承諾した。朝比奈は、お茶の接待を遠慮することを伝えて部屋へと1人で向かった。
「私を脅すとはいい度胸だな。それで、今日はどんな用事なのかね」
 部屋に入ってきた朝比奈に不服そうに尋ねた。
「僕がここに来たことで、おおよそ想像はついているのではないですか。それでなければ、いくら僕が令状をちらつかせても、怒って追い返したでしょうからね」
 ズカズカと部屋に入るとソファに腰を下ろした。
「さて、何のことかさっぱり分からないな。君と会う気になったのは、何か面白い話が聞けると思ったからだよ」
 黒田は自分のデスクの椅子から立ち上がると、朝比奈の目の前に腰を下ろした。
「あなたにとって面白い話かどうかは分かりませんが、是非聴いていただき間違っている所は訂正して頂ければ幸いです。まず、一連の事件の発端は、FBIの捜査官の殺害事件でした。犯人は外資系の『ニューランドリー』に勤める北川龍一で、殺害の動機は警視庁に納入された北川と政府による『М360SAKURA』の不正取引。元々本物でも高額の値を付けて、貴重な国民の税金を使い購入して中抜きをしてたのに、まさかモデルガンを買わせるなんて、相当度胸がありますね」
 左右に何度も顔を振った。
「モッ、モデルガンを政府が買ったって・・・・・・まさか、そんな馬鹿なことがあるか。証拠はあるんだろうな」
 顔を赤らめて怒鳴るように言い放った。
「まぁ、凶悪な犯罪が少ない治安の良い日本で、警察官が発砲する機会は殆んどありませんからバレないと思ったのでしょうね。実際、港区の麻薬取引で犯人が拳銃で抵抗しなければ、応援に駆け付けた警察官が発砲し暴発することはなかった。でも、慌てたあなた達は、暴発したモデルガンを本物に取り替えて事件を隠蔽し9ようとしましたが、残念ながら気付いた人間がいまして今頃は県警だけでなく、警視庁でも大騒動になっているはずですよ。
モデルガンであることまでは捜査できていなかったかもしれませんが、FBIの捜査官があなた達の関係を調べていることを察知したのでしょう、機会があれば事件と分からないように処分したいと考えて準備していた北川さんに、弁護士のパラリーガルと訪れたカフェバーでそのチャンスが訪れた。常時持参していたフグ毒であるテトロドトキシンをコーヒーに入れることに成功して、実際に所轄は病死として処理するところでした」
 黒川の表情の変化を確認しながらゆっくりと語った。
「はははっ、もし君の言っていることが本当だとすれば、私に何か報告があるはずだが、そんな連絡は受けてはいないよ」
 自分にも言い聞かせていた。
「まさか犯人に報告する訳が無いでしょう。それに、僕がここにやって来たことで、察しが付いているのでは無いのですか。事の初めは、あなたと北川さんによる不正取引でした。拳銃の暴発事件に、フリーライターの大野さんが不審を抱いてお二人の関係を怪しみ、たまたま彼の友人であった秘書の井上さんに連絡を取り、あなた達の事について調べ上げた情報や、その他の脱税や裏金などの悪行についての情報を、大野さんに渡したのでしょう。その事に気付いたあなたは、大野さんを襲い殺害してその身を焼いた。そして、その情報を流していた井上さんにも気付き、色々な罪を押し付ける目的と口封じの為に、自殺に見せ掛けて殺害してしまった。しかし、それらの事実を突き止め、証拠の情報を大野さんから渡された人物、そう僕のことを嗅ぎつけて、彼女を誘拐して証拠品とその命を奪うことを、手下であった西村警視正に依頼した。まぁ、自供するでしょうが、大野さんや井上さんの殺害も西村警視正によるものでしょう」
 鋭い視線で黒田を見た。
「そんな・・・・・・」
 法務大臣に対して非礼な態度、どう威厳を持って言い返そうかと考えていた。
「そう、先生は東大の法学部を出られているのですね。それではあなたに最期の言葉を送らせてもらいます『Go ahead make my day』・・・」
 右手の人差し指と親指で拳銃を示して黒田に向けたその時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「名古屋地検特捜部の『窓辺二郎』と申します。只今より査察を行います」
 黒のスーツに帽子をまとった男性が令状を黒田に指し示した。
「窓辺さん、そちらの取り調べが済んだら、愛知県警に身柄を渡してください。殺人教唆の疑いが非常に高いものですから」
 朝比奈の言葉に承知しましたとばかりに大きく頷いた。
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