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九章

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「大臣、お客様が応接室でお待ちです」
 黒田が事務所に戻ると受付嬢が近づいて声を掛けた。
「えっ、誰だね」
 思い当たる人物を思い描きながら尋ね返した。
「はい、予約は入っていませんが、弁護士事務所の方だということで、先生にお会いできるまで何時間でも待つとも言われ、それで無下にお断りすることができなくて、秘書の井上さんに相談して応接室でお待ち頂いていたのです」
 女性は申し訳なさそうに答え、預かっていた名刺を黒田に差し出した。
「まぁ、仕方ないな。直ぐに帰ってもらうので、私の分のお茶は用意しないでもいいと伝えてくれ」
 名刺を受け取ると不機嫌な表情になり応接室へと向かった。
「先日はありがとうございました」
 姿を現した黒田とその秘書に朝比奈は立ち上がって頭を下げた。
「それで、今日はどの様なご要件なのでしょう」
 座る様に進めて目の前に腰を下ろした。
「先日は姉が居ましたので話せなかったのですが、今回の事件捜査に当たって店内の全ての人について調べた様なのですが、残念ながら亡くなった男性との接点は見当たらなくて、その場から立ち去った北川さんが関与している可能性が高くなったのです。しかし、色々な手段を講じたのですが、未だ居所が分からない状態です。そこで、黒田先生ならば北川さんと連絡が取れるのではないかと、失礼ながらこうして伺わさせていただきました。どうでしょう、現在の居所を教えて頂けないでしょうか」
 早速、確信を突いた質問を浴びせた。
「確かに北川君とは親しくしてもらってはいるけれど、残念ながらあの日を最後に連絡が取れなくなり、今は何処に居るのか私にも分かりませんね。そんなに知りたいのでしたら、警察に行かれた方がてっとり早いのではないでしょうか」
 眉間に皺を寄せて答えた。
「勿論、警察にも相談はしてみたのですが取り合ってもらえなかったのです。東大の法学部を出ていても、頭でっかちで融通が効かなくて困りますね。だけど、北川さんは日本政府との繋がりのある外資系の『ニューランドリー社』に勤められていらっしやる。直近の商談では、法務省の管轄である警視庁に納入されたS&W社『SAKURA』М360Jは7千5百丁があるのですよね。法務大臣である先生と親しい人物が取引相手である、会社に勤めていたのは偶然だったのでしょうか。まぁ、僕には調べる術がありませんので、今のところは僕だけの想像なんですけど、実際はどうなんでしょうね・・・・・・あっ、今日こうして伺ったのは、その話もなのですが先生か元防衛大臣であり、次期内閣では法務大臣から防衛大臣に返り咲くとの話も出ているようですので、是非お聞きしたかったのですが、自衛隊はあくまでも専守防衛の立場から、攻撃を受けた場合に対して戦闘を起こすことになっていますが、現実に有事に至っては自衛隊は米軍の指揮下に入って戦闘を行うのでしょうか」
 朝比奈は真面目な表情で尋ねた。
「自衛隊の全ての活動は、米軍の共同対処を含めて、日本国憲法やその他の国内法等に従って、我が国の主体的な判断の元に行われるものであって、自衛隊及び米軍はそれぞれ独立した指揮系統に従って行動する様になっている。従って、有事においても自衛隊が米軍の指揮下に入ることは決して有り得ない」
 何を言い出すんだと思いながらも持論を述べた。
「まぁ、表向きはそうなっているのでしょうね。しかし、実際に日本区域において紛争が起こった場合、日本の外務省が編纂した『日本外交文書』では、同盟国である米国が判断した場合は、警察予備隊及びその他の全ての日本国の武装した組織は、米国政府が日本国政府と協議した後に指定する最高司令官の指揮下に置かれることになっています」
 朝比奈は左の顳かみを叩きながら答えた。
「それはあくまでも協議の上のことだ」
 少しトーンを上げて言い放った。
「それではもう1つ。日米行政協定第24条の規定では、新安保条約として日本と米国との間には、日本が他国から攻撃を受けた場合は、共同して反撃をすることになっていますが、もし仮に反撃の相手が中国であった場合、本当に米国は対応してくれるでしょうか。反対に、沖縄などにある米国保有の基地が攻撃された場合には、日本の自衛隊は攻撃するのでしょうか」
 普段思い描いていたことをぶつけてみた。
「それはあくまでも仮定の話ですよね。まぁ、そんなことは有り得ないとは思いますが、条例に従って施行されるでしょう」
 若造が大臣相手に質問するんじゃないぞとばかりに、不快感が滲み出ていた。
「有り得ないと云う割には、防衛費の倍増を掲げて何世代も前の古くなった武器を、米国の言い値で買わされるのでしょ。どうせ費用を出すのであれば、国内に目を向けることが重要ではないですか。まぁ、先生はご存知だろうとは思いますが、日本が開発したジェットエンジンが驚く程の進化を遂げています。将来、日本の技術が世界の空を支配するとも言われています。簡単にご説明しますと、ジェットエンジンとは、吸い込んだ空気を圧縮し燃料と混ぜて燃焼させ、そこから発生したガスを後方に勢いよく排出することで推力を得ます。その推力の値はエンジンが吸い込む空気の量と排気速度の積なので、排気速度が早くなる程推力は大きくなります。今現在、日本が開発したジェットエンジンは前モデルの約3倍となり、世界で活躍する精鋭の戦闘機のエンジンと同等の性能を持つことになります。第5世代の最新鋭のジェット機を日米で制作する際にも、日本はこのエンジン技術が無かった為に、作製に対して主導権を米国に握られてしまいましたが、このエンジンが開発できたことにより、機体や勿論あらゆる箇所に使用する特殊金属の技術においては、日本が世界の最先端を走っているので、最も軽量なステルス戦闘機を作ることが出来るわけです。軍用技術は戦闘機だけでなく、今まで1度も敵艦に魚雷を命中させたことのない潜水艦に比べ世界一の潜水艦とその技術を有し、空母『イズモ』は世界一の規模と戦闘能力を持っています。それなのに政府は防衛費を増税して、型落ちの余り役に立たない兵器ばかりを相手の言い値で買い付けして、相手業者からバックマージンを要求するなんてことをするつもりじゃないですよね。東京オリンピックや大阪万博でも企てたように、中抜きするのは得意でしょうからね。大臣にも心当たりがあるのではないでしょうか、昔からパーテイー券などについてノルマがあり、多く集めた議員には差額をキックバックするシステムが存在することを。定職にも就かずに時間はたっぷりあり、これでも顔だけは広いですので、興味が有りますし色々な手を使って調べようと思います。あっ、でも、余りでしゃばると、目の前に起きた様に殺害されてしまうのでしょうか。でも、犯人に伝わるのが可能であれば、毒を盛るなんてセコイ手段は取らずに、正々堂々と向かってこいって言いたいですね。ああっ、失礼しました、先生には関係ないことですね」
 そう口にしたが、鋭い視線を黒田に向けた。
「いくら最高検察庁の次席検事の子息とは言え、定職にも就けない人間に意見をされるとは随分と見下されたものですね」
 黒田は睨み返した。
「親父のことは関係ありませんよ。確かに、定職には就いていませんが、アルバイトで稼いだ金額はありますからそれにたいしての所得税も支払っています。それに、物を買えば消費税も掛かりますし、住民税もしっかり払っていますよ。偉そうに話されますが、先生の給与や旧通信費の文書通信滞在費、そうそう政党助成金だって我々の国民の税金から支払われています。今回の選挙でも、国民の皆様の為に是非当選させてくださいなんて宣っていますが、先生を含む国会議員は本当に国民の為に働いているのでしょうか。国民の半数以上が反対している万博を自分たちの懐ろを肥やす為に推進したり、国民はインボイスも導入されて収入の半分を税金として徴収されるのに、国会議員は実体のないパーティーを開いて資金集めに勤しんでしっかり溜め込んで、それが指摘されれば修正すれば許され、国民は一円でも間違えれば脱税として重加算されたり罰せられる。何かといえば、国民に選ばれた特別な人間だと胸を張る。全国民ではなく、ほんの一部の人間だけに選ばれたのだと思いもしないでね。先生はどの様な資格をお持ちでしょうか、しばれた限りでは国家資格は何もお持ちでないようですね。つまり、あなたも大臣や国会議員の肩書きがなければ、只の爺いと言う事を忘れないでくださいね。天皇陛下の姪子さんと結婚して米国へ渡った男は、ニューヨーク州の弁護士資格を得るのに3年も掛けていますからね。それも、不正をしなければ合格できない程、僕は定職には就いていませんが国家資格は両手の指を使っても足りないくらいに持っています。本当に、今の国会議員に国を任せても良いのか、途方に暮れていますよ」
 日頃の鬱憤が口から次々と発しられた。
「それは私に対しての侮辱的な発言、名誉毀損として受け取ってもいいですね」
 顔をほんのり赤らめて言い返した。
「えっ、一般論として話したのですが、先生も該当するのですか。それに、名誉毀損の該当事由についてご存知無いのですね。名誉毀損罪、刑法230条は、事実を摘示し公然と人の評価を低下させた場合に成立するものです。法定刑は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金ですが、先生を名指しで誹謗中傷した訳ではありませんので、侮辱罪にも該当しないと思います。訴えられても構いませんが、こちらには敏腕弁護士が付いていますので、よく検討してください。それでは又」
 朝比奈は怒り心頭の黒田を前に立ち上がり、振り向くこともなく出口へ向かいさっさと部屋を出ると、閉めた扉の向こうで黒田の怒鳴り声が聞こえたが、全く気にしないで事務所を出た。アルバイト先の店の開店時間まで少し時間があり、また先程の会話の中で自分が発した言葉がふと頭に浮かんでその事を確認する為に、大野友美さんに連絡して事務所で会うことになった。
「お邪魔します」
 朝比奈が声を掛けて事務所の扉を開けると、書類等が散乱する室内に大野友美が唖然とした表情で立っていた。
「あっ、朝比奈さん」
 振り向いて声を発した。
「ああっ、やっぱりこうなっていましたか」
 そう呟くと、朝比奈はポケットからスマホを取り出して大神に連絡を取った。
「あの、先日伺った時はパソコンがあったと思うのですが、ここから持ち出してはいないですよね」
 話し終えると友美に尋ねた。
「いえ、パソコンもですが、書類など何も手を付けていません」
 朝比奈の質問の意図が分からず戸惑いながら答えた。
「それでは、気付いていたことで構いませんので、失くなっているものがないか確認してもらえませんか」
 部屋にある棚の書籍などに手を当てながら質問を続けた。
「ちょっと待ってください」
 友美は机の一番上の引き出しに目を移した。
「あっ、この机の引き出しの中にはいつも名刺入れがあり、スマホやパソコンに入力を終えた名刺が入っていたのですが、名刺ごとなくなっています」
 友美は指で示して朝比奈に答えた。
「名刺か・・・・・・・犯人は目的の探し物を見付けたのだろうか?」
 朝比奈がそう呟くとサイレンの音が近づいて来て、暫くすると大神を先頭に事務所の中に鑑識と思われる捜査員が入ってきた。
「おい、俺は捜査1課の人間でお前の御用聞きではありません。事件を呼び寄せることは認めますが、まさか窃盗事件まで呼び寄せるようになってしまいましたか。それに今俺は、コソ泥の相手をしている暇はないのですが」
 大神が不満げに朝比奈に言い放った。
「こちらがこの事務所の所有者の妹さんで、大野友美さんだ」
 大神の言葉をスルーして友美を手で示して紹介した。
「それで・・・・・」
 頭を下げるとそう答えて一応手袋を取り出してはめた。
「お兄さんの大野和夫さんはフリーのライターで、港区で起きた銃撃事件について調べていたんだ。そして、今は行方不明になっている。本人が居ないから詳しくは分からないが、少なくともパソコンと名刺が持ち去られている」
 机を示して答えた。
「ちょっと待てよ。まさか、銃の暴発事件の取材をしていたってことなのか。でも、どうしてそれをお前が知っているんだ」
 怪訝な表情で朝比奈を見た。
「まぁ、それは込み入った事情があってな。それより、俺の想像が間違っていれば良いのだけれど、この事務所の主人である大野和夫さんのDNAを検出して欲しいんだ」
 朝比奈は給湯室を指差した。
「えっ、DNAを検出して何と照合させるつもりなんだ・・・・・・まさか」
 大神は朝比奈の意図を察して言葉を詰まらせ、朝比奈はゆっくりと頷いた。
「あっ、そう言えば、捜査1課のお前宛に郵便が届いていたぞ。まさか大野さんに嘘を教えたんじゃないだろうな」
 大神は友美の視線を気にしながら話題を変えてポケットから封書を取り出して朝比奈に差し出した。
「あっ、いや、これはちょっとした誤解で・・・・・・」
 朝比奈は素早く封書をブレザーの内ポケットに入れた。
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