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八章

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 朝比奈は焼死体の事件は警察に任せることにして、県警のサイバーセキュリティ室での大野のスマホでの位置情報の確認を諦めて、毎朝新聞社に出向いて大野の調べている事件について調べることにした。名古屋支部の受付で名前を告げると、社会部の場所を教えてもらうとエレベーターを使って7階へと上がっていった。
「すみません。受付から連絡があったと思いますが、社会部の責任者の方にお会いしたいのですが」
 社会部の扉を開けると、一番近くに居た女性に声を掛けた。
「近藤部長、お願いします」
 女性は頷くと振り向いて声を掛け、1番奥に居た年配の男性が席を立って近づいて来た。
「朝比奈法律事務所から伺いました、朝比奈優作と申します」
 調査時に使用する為の朝比奈事務所の名刺を差し出して挨拶をした。
「あの、どの様なご用件でしょう」
 近藤は、朝比奈の弁護士事務所の名刺を受け取り、警戒しながら尋ねた。
「こちらに大野和夫さんが勤めていたと思いますが、当時その大野さんと親しくされていた人物をご存知でしたら紹介していただきたいのです。いま調査している事件について伺いたいことがあるものですから」
 近藤に向かって頭を下げた。
「大野と親しかった人物・・・・・・ああっ、大野の2年先輩の三浦だったかな。今は社内にいると思いますので、直ぐに確認して呼び寄せます。申し訳ありませんが、応接室でお待ち頂けませんか」
 近藤の言葉に朝比奈は頷き、先程の女性の案内で応接室で待つことになった。
「失礼します」
 ドアをノックして体格の良い背の高い男性、三浦裕司が先程部長に渡された名刺を持って姿を現した。
「お忙しいところ申し訳ありません。朝比奈優作と申します」
 朝比奈は立ち上がって頭を下げた。
「大野についてとの事ですが、どんな内容なのでしょうか」
 朝比奈の正面に座って早速尋ねた。
「あの、僕は回りくどいことが苦手なので単刀直入にお聞きしますが、港区で起きた警察官による銃の暴発事件を、大野さんに教えたのは三浦さんで間違いないですよね」
 お茶を運び終えた女性が部屋を出て直ぐに朝比奈が尋ねた。
「えっ、どうしてそのことを知っていらっしゃるのですか」
 驚きの表情で朝比奈を見詰めた。
「大野さん本人から伺ったのですが、以前勤めていた毎朝新聞社の先輩が情報源とのことでしたので、こうして事実確認の為にこさせていただきました。先程部長に紹介していただき、大野さんと最も親しかったとのことですので間違いないですよね」
 勿論、初対面で三浦は朝比奈よりも年上ではあったが、性格もあるだろうが物怖じしない態度と口調であった。
「ちょっと待ってください。彼から聞いた話では、県警の捜査1課の刑事さんに、拳銃暴発事件について再捜査を依頼したとは聞いていたけど、あなたは弁護士事務所の方ですよね。どこからその話を聞かれたのですか」
 朝比奈の思っても見ない言葉に動揺していた。
「否定しなかった僕が悪いのですが、大野さんが捜査1課の刑事だと誤解されていたようでして、そのお詫びと実際に事件について調べたことを、お話できればと連絡を取ってみたのですが、連絡が取れなくなっているのです。事務所に寄って見たところ、妹さんが居らしてとても心配されていました」
 話し終えると、ゆっくりとお茶を手にし口へと運んだ。
「そっ、そうだったのですか。私もその会話依頼連絡を取り合ってはいないので、事情は全く知らされていませんでした」
 そろそろ事件の調査状況について尋ねるつもりでいたので流石に驚いていた。
「スマホに何度連絡しても通じないし、こんなことは1度も無かったと妹さんも本当に心配していました。もし、何か連絡があったり、郵便物等が届いたら知らせて頂けませんか」
「分かりました。でもその前に、その事件についてなのですが、どこまで調べられたのでしょう。できれば私にも教えていただけないでしょうか」
「そうですね・・・・・・」
 朝比奈は少し考えてから、事件の内容を丁寧に話し始めたが、その話を聞き終えると三浦の顔が引きつっていた。
「これはまだ捜査の途中であり僕の勝手な想像も含んでいます。確固たる証拠が見つかり警察が動くことになりましたら、大野さんや三浦さんに必ず報告しますので、それまでもう少し待っていてください」
 三浦の気持ちを察して言葉を付け加えた。
「分かりました。私も彼の居場所について調べてみます」
 三浦は朝比奈からもらっていた名刺を戻しボールペンを差し出し、裏面にスマホの番号を記入して戻した。
「ところで三浦さんは事件のことは誰から教えてもらったのですか。部署は違いますが、警察の友人も詳しくは知らなかったのですが」
 最後に疑問に感じていことを三浦にぶつけた。
「通常ニュースソースについては教えられないのですが・・・・・・・事件の詳細について教えていただけるということですので、朝比奈さんにはお話します。実は、名前は言えませんが、その事件に駆り出されていた警察関係者と繋がりがありまして、事件の時に警察官が負傷したことまでは聞いていたのですが、まさか拳銃が暴発していたことまでは知らなかったようで、朝比奈さんの話を聞いて驚きました」
 情報源を告げ信用を得なければ、それ以降の情報も教えてもらえないと判断した。
「分かりました、またご協力いただくこともあると思いますので、よろしくお願いします」
 朝比奈が立ち上がり頭を下げて応接室を出た頃、黒田大臣は愛知県警の受付に立っていた。
「石黒県警本部長と会う約束をしている黒田です。取次をお願いします」
 黒田は秘書を伴うことなく1人で受付の女性に声を掛けた。
「少々お待ちください・・・・・・はい、受け溜まっております。ご案内いたします」
 女性はリストを確認して立ち上がり、黒田の先に立って本部長室へと案内した。
「黒田先生、お久しぶりです。直接会って話したいとのことでしたが、どの様なご用件なのでしょう」
 100グラム何千円もする緑茶を持って現れた女性が、立ち去るのを待って石黒が話を切り出した。
「一番の目的は今度の選挙の応援なんだけど・・・・・・他の要件でちょつと君に頼みごとがあってね。先日、市内のカフェバーで起きた男性の死亡事件なんだが、現在の状況について聞かせてもらえないかね」
 お茶を手に取り尋ねた。
「ああ、身元不明の男性の事件ですか。確か、身元が判明しないという特異性はありますが、初動捜査では事件性はなく病死の可能性が高いと報告を受けてはいますが、そう言えばその後の情報はまだ聞いておりませんね。その事件がどうかされたのでしょうか」
 そんな事件に国会議員の黒田が、どの様なこだわりを持っているのか関心が湧いた。
「いえね、その現場にたまたま私の知り合いの外資系の会社に勤める友人が居てね。勿論事件には全く関係していないのだけれど、事情聴取などで時間を取られてしまい、日本での仕事に支障をきたすことを懸念していて、事件の早期解決を望んでいるんだよ」
 鋭い眼光で石黒を見た。
「わっ、分かりました。先程もお話しているように、今のところ私の元には病死だとの報告しか入っていませんので、後で詳細を報告させます。まぁ、事件でなければ問題ありませんので、私の方でうまく処理しておきますよ」
 何かもっと重大なこと身構えていた石黒は、少し肩透かしをくらった感じではあったが、話を終えると胸を撫で下ろす事となった。
「そうか、いつも済まないね。落ち着いたら、前回のお礼を込めて席を設けるのでよろしく頼むよ」
 そう言いながら黒田は、背広の内ポケットから厚めの封筒を取り出して石黒の前に差し出した。
「申し訳ありません、ありがとうございます。そう言えば、選挙後の内閣人事では先生は防衛大臣に返り咲くとの噂ですが、本当におめでとうございます」
「流石、石黒君は地獄耳の持ち主の様だね。君だから話すけれど、今年から防衛費の倍増が決まっていて、経験豊富の私に白羽の矢が立った訳でね。今の首相は勿論だが、もし仮に政権が変わったとしても、党内で他に担当できる人間が見当たらないからね」
 自慢気に語った。
「今度は契約の桁が違いますね。トマホークなどの戦闘機に空母や原子力潜水艦などの高額の契約も、先生が防衛大臣になれば『ニューランドリー社』が今まで通り随意契約になり、税金も潤沢で濡れ手にあわ状態な訳ですからね」
 そんな話しをしていると、ノックをして西村晃警視正が現れた。
「ああっ、西村君、この度の昇進おめでとう」
 黒田が先に声を掛けた。
「ありがとうございます。これも黒田先生の御蔭だと感謝しています。先程、石黒本部長から連絡をいただき、ご挨拶でもと伺わさせていただきました」
 頭を下げて席に着いた。
「全て君の実力だよ。こちらでも色々お世話になると思うのでよろしくお願いするよ」
 石黒の顔を見た。
「ああっ、北川君が遭遇した事件のことですよね。本人からも現状について知りたいとの連絡がありましたよ。初めは単純に病死で解決するはずでしたが、亡くなった男性の胃の内容物からフグ毒で有名なテトロドトキシンだけが検出された事で、現在は他殺の可能性も考えて捜査しているのですが、店内の全ての人物を当たって見ても不審な人物は発見できず、テトロドトキシンは即効性の毒ではないことで、来店する前に毒を飲んでいた可能性で防犯カメラの再チェックをしている模様です。まぁ、その解析が終われば、事件も解決すると見ているようです。ただ、被害者の身元が不明な点に疑問を持って調べている人間がいまして、それが捜査1課の大神警部でして」
 最後は困った表情で石黒を見た。
「えっ、あの大神がか?」
 石黒も渋い表情へと変わった。
「その大神というのはどんな人物なんだ」
 2人の表情が余程気になった黒田が尋ねた。
「私の大学の後輩なのですが、一度検察庁に入庁した後に何故か辞めて、警視庁に再就職した変わり者です。ただ、問題なのは彼の後ろ盾に、最高検の朝比奈次席検事が居るとの噂があります。警視庁への配属も朝比奈検事の仕業だとも言われ、とても厄介な人物なんですよ」
 西村はロビーで会った時の大神の姿を思い出していた。
「えっ、まさか朝比奈がバックに居るなんて本当なのか」
 黒田が呆れ顔で返した。
「黒田先生は、朝比奈次席検事と面識があるのですか」
 意外な反応に西田が尋ね返した。
「朝比奈は高校、大学の同期だったんだが、学生時代から反りが合わないというのか、私にとっては性格的に言っても、色々な面で決して交わることのない邪魔な存在だった。そうか、最高検察庁の次席検事になっていたのだな。奴のことだから、何かの目的があって
警視庁に潜り込ませた可能性もあるな」
 学生時代の朝比奈次席検事の苦々しい風貌が頭に浮かんだ。
「私も気になって少し調べてみたのですが、大神の友人が朝比奈次席検事の息子で、検事を辞めた大神を只拾ってコネで警視庁にねじ込んだとの話もあります。まぁ、今回事件も、先生にはご迷惑が掛からないように処理させていただきますのでご安心ください。私、失敗はしないので」
 黒田が感じる程に西田は重要性を感じてはいなかった。
「頼もしいね。最悪のことを考えて、よろしく頼むよ」
 立ち上がると西田の肩を叩いて部屋を後にした。
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