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26 怪しい動き

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 その後、亜久里さんの運転で四人一緒に自宅へ戻ると、家を出る時に停まっていた場所に鷹羽先輩の車はなかった。
 
 母に聞いたところ、私が車で出てから三十分ほどして、ものすごいエンジン音を轟かせて、いなくなったという。
 
「恵那の車が出てから、三十分もいたんですか? ……すぐに帰ってくると思って、待ってたのかもしれないな」
 
 亜久里さんが神妙な面持ちで呟く。
 
 
「……次、また来たら、問答無用でストーカーだって言って警察に連絡しちゃおうか」
「それいいわね、そうしましょうか」
 
 私と母が、そんな提案をしていると、亜久里さんは冷静に言った。
 
「警察も、被害届を出せだのなんだと、なかなか面倒ですよ? ご近所にいらぬ詮索をされてしまいますしね、それは最終手段にしましょう……ただでさえ、俺と亜里真の出入りでご近所さんは興味津々なようでしたから……すみません……」
 
「「……そうなの?」」
 
 私も母も全く気付いていなかった。
 
 ご近所とはいえ、この辺は一軒一軒が結構離れているので、そんなに交流もなく、私も母も全く気にしていなかったのだが、どうやら亜久里さんと亜里真さんは、度々ごみ捨て等で出くわすご近所さんにジロジロ見られたり、娘さんの旦那かと聞かれたりしたのだという。
 
 幸い、同じ顔なので亜久里さんと亜里真さんは一人の人間だと思われていると思う、と言っていた。
 
 でも、我が家には亜久里さんと亜里真さんとで、別々の二台の車が停まっている。見ている人は見ているだろうから、何も知らない人からすれば、どんな関係か気になっていることだろう。
 そこにパトカーでも来た日には……確かに面倒だ……。
 
 
 
「恵那、頼むから頭にきても、絶対に一人で鷹羽翔と対峙しないでくれ」
「もちろん、いたしません!」
 
 できればこちらもそれは願い下げである。
 
「何かあれば俺と亜里真に連絡すること」
「わかりました!」
 
 それは約束できないけど、わかったと言っておかないと平行線なので、了承しておく。
 
「それと……また来るようなら、車とナンバーの写真を撮っておいてくれ、家の中からこっそりでいいから」

「写真? 家の中からは無理なんじゃ……ん? ……あ、そうだ! あの位置なら、防犯カメラに写ってるかも、ね、ママ!」
「ああ、そんなものもついてたわね!」
 
 
 この家を建てた時、業者に言われるがままに父が防犯カメラをつけていた事を思い出し、早速私達は録画映像を確認することに。
 
 ラッキーな事に、なかなかいい感じにハッキリと写っていた。
 それどころか、鷹羽先輩が何時に来て、車から降りたり乗ったりと、挙動不審な行動をとる様子や、何時に帰って行ったのかもわかったので、いざとなればコレを迷惑行為の証拠とできる。
 
 私は、向こうの出方次第では裁判でも何でもして、絶対に鷹羽先輩には子供たちの親権もやらないし、認知を申し出てきても断固拒否するつもりだ。
 
 
「そうだ、ママ、亜久里さん、もしね、万が一どこかで鷹羽先輩に出くわして、論と鈴について聞かれたら、私の子である事は絶対に偽りたくないの、だから、そのまま父親の事も聞かれたら……」
 
 論と鈴を自分以外の子だとは絶対に偽ったりしたくない。
 だとしても、事実とはいえ、父親が鷹羽先輩だとは絶対に本人には言いたくない……しかし、父親について曖昧にすればするほどに、鷹羽先輩に己の子である可能性を持たせてしまうことになりかねない気がして心配なのである。
 
 
 
 
「その時は、恵那さえよければ……俺の子だと……柳 亜久里の子だと言って欲しい」
 
「……え?」
「まぁ!」
 
 私の驚いた声にかぶせて、母の歓喜の声がその場に響いた。
 
「伝えてある通り、俺は出会った頃からそうなりたいと思ってるから……恵那と論くん鈴ちゃんさえよければ、今すぐにでもそうなりたいくらいだ」
 
 それはそうだが、亜久里さんてば、母がいるこの場でそんな事を言うなんてズルい。
 また外堀から埋めようとしている。
 
「……それはもっとよく考えてから……気が変わると悪いし……」
 
「そう言うと思った、だから、俺はこれから先、気が変わっていない事を証明するためにも、何回でもプロポーズし続けるよ、覚悟しておいて」
 
 亜久里さんは私の頭をポンポンとしながら、笑顔でそう告げた。
 
「っきゃ! ヤダ、亜久里くんたら素敵だわぁ~、私が言われているみたいで照れちゃった! ……恵那、あまり勿体ぶらないで、ほどほどにして、素直になるのよ?」
 
 私よりも母の方が心が乙女である。
 
「うん……ちゃんと私は私で考えてるよ……」
 
 
 
 
 
 とはいえ、実は……私、誰にも言っていないのだが、結婚したとしても佐久間の姓でいたいのだ。
 
 一人っ子である私は、もしもいつか結婚する事になれば、嫁に行くのではなく、婿を取りたいと考えていたのだ。
 しかし……恋人である亜久里さんは、双子とは言え長男で、柳グループの後継者だ。
 
 姓が変わるのはよろしくないだろう……。
 
 タイミングだけを考えれば、子供達が小学校に上がるタイミングなどが、籍を動かすのなら一番いいのだろうけど、私の戸籍に入っている論と鈴を亜久里さんの戸籍に移すには、恐らく手続きはそう簡単ではない。
 家庭裁判所かどこかを通す必要があったはずである。
 今から動いて間に合うかどうか。
 
 子供たちは、このまま亜久里さんや亜里真さんと一緒に過ごす時間が増えれば増えるほどに二人に懐き、信用もするだろう……それを、親の恋愛感情ありきの曖昧な関係は絶対によくないことはわかっている。
 
 どうしたものか。
 
 
 ○○●●
 
 
 鷹羽が恵那の家に現れたあの日から数日、数週間とが経過するも、鷹羽が再び現れる事はなかった。

 
「……弟よ……鷹羽は一体、何がしたかったのだろうか? あの日、あんな風に待ち伏せまがいなことをして、会えずじまいだったのに、突然引くとは思えないのだが……」

「本当だよね、俺もそう思ったけど、もしかすると、興信所かなんか使って調べさせて、子供がいる事も俺達が一緒に住んでることも知って諦めたとか?」
 
「そうであればいいんだが……なんかスッキリしないというか、あの男の印象からして、良からぬことを考えているような気がしてならない」

「俺も俺も……でも実際、恵那さんにも子供たちにも接触してこないって事は、鷹羽が知りたかったことはどこからか情報を入手して、さらに俺達が同居してる以上、現実的に手は出せないと思ったんじゃないかな……」

「……うーん……」
 
 亜久里は思った。
 鷹羽がなにかやらかしてくれさえすれば、自分たちも直接的にそれなりの制裁を加えることが出来るのだが、相手が動かないことには、今のようにひたすら警戒して過ごすほかなくなる。
 常に警戒して過ごすというのは、まったくもって疲れることであり、ストレスが溜まるのだ。
 
「まぁさ、今回のことがあったからこそ、兄さんは結婚もしてないのに恵那さんと同じ家で生活できてるんだから、ある意味鷹羽に感謝しなくちゃね」

「うるさい、お前もだろ」

 
 兄弟は、会社でそんな会話をしていたのだった。
 
 
 
 
 
 その夜……。
 
 佐久間家の父将臣に続き、一番最後に帰宅した亜里真は、玄関に置きっぱなしの封筒に目がとまった。
 
「ただいまぁ~……アデルさーん、玄関に封筒が置きっぱなしでしたよぉ」

「あら、そうだったわ、いやね私ったら……お仕事の人がいらっしゃっておいて行ったのにそのままにしちゃってたのね、ありがとう亜里真くん、おかえりなさい、今日もお疲れ様ね」
 
「いえいえ、ここに置いておきますね……」
 
 亜里真はそのままアデルのいるキッチンのカウンターの一番端に置いたのだが、ふと、封筒に書かれている企業名が気になった。
 
「……アデルさん、この封筒の会社が仕事相手なんですか?」
 
「ええ、2週間くらい前かしら? 突然連絡を頂いてね、今度、手軽に食べれるフランス料理のチルド食品を開発するんですって、それで私にアドバイザーを頼みたいって」

「フランス料理のチルド食品……アドバイザー……そういう仕事はよくあるんですか?」
 
「ええ、たまにあるわよ、料理の監修とか」
 
「そう……ですか……」
 
 アデルと亜里真の会話を、論と鈴とテレビを見ながら聞いていた亜久里は、難しい表情をしている亜里真が気になり、声をかける。
 
「おかえり、どうかしたのか?」
「ああ、兄さん……ただいま……ちょっと気になって……」
 
 亜里真は、そのまま亜久里を廊下に連れ出した。
 
「今の俺とアデルさんの会話聞いてた?」
「ああ、聞いてた……それでお前の表情が気になったんだ」
 
「あのさ……封筒が“ひよこ食品”だったんだよね……ひよこ食品って、鷹羽フーズの子会社だろ?」
 
 亜里真の言葉に、亜久里はスマホから会社のクラウドにアクセスし取引先企業情報を確認する。
 
「……っ! 本当だ……」
「偶然だと思う? 二週間前に突然だろ? なんか……嫌な予感しかしない」
 
「よく気付いたな……」
「国内は俺の管轄ですからねっ」
 
 亜久里は、ひとまずその場は亜里真に着替えてくるように言い、子供達を寝かしつけた後で、アデルに話を聞いてみることにしたのだった。
 
 
 
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