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07 目覚め

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 チュンチュン、というの小鳥のさえずる声にアンネリーゼはゆっくりと覚醒し、重い瞼を持ち上げた。
 
 懐かしいリビアングラド王国の自室の天蓋に、ふかふかのベッド……お気に入りのアロマの香り。

 アンネリーゼのための目覚めの一杯を用意してくれている、懐かしいエラの気配まで……。
 
 ──あぁ、あれは全部悪い夢だったのね。

 アンネリーゼは勝手知ったる様子のエラの気配に、その姿を確認することなく、声をかける。

「……ねぇ、エラ……私、すごく長い、嫌な夢を見た気がするわ……」

「王女様、お目覚めですか? ……お身体はいかがですか?」


 心配そうなエラの声に、アンネリーゼはホッとすると同時に、本当にすべて夢だったのだと思い、涙が溢れた。

「ぐすっ……エラ……良かった……ぐすっ……夢で、本当に良かった……ぐすっ」

 アンネリーゼは幼い子供のように両手を目元にやり、わんわん泣く。

 ──しかし……。
 


「……ん? 起きたのか?」


 アンネリーゼのすぐ横から、男の声がした。

 驚き、恐る恐る声の方に視線を移せば、涙で視界がかすみはしているが、ハッキリと見える──黒髪の男が裸でアンネリーゼの隣で横になり、眠そうにあくびをしている。


「っきゃ――!」

「っ! っうるせぇな! 静かにしろ!」

「っむぐっ! ──!」

 魔法なのか、突然口が塞がれ、アンネリーゼは声が出なくなる。

 さらに、アンネリーゼは自身の身体に違和感を感じ、視線を下に移せば──そこには一糸まとわぬ自分の身体があった。

「──っん゛……?! ΧΟΔ#っ!!」

 その事態に、アンネリーゼはさらに叫ぼうとした。


 ──何?! っ誰か! ……っこの人は誰なの?! どうして私は裸なの!? 何故この男性も裸なの?!

 すぐさまエラがアンネリーゼにバスローブをかけると、彼女はすぐにそれを羽織り、前を合わせ、キュッと細い腰に紐を結ぶ。
 
 バスローブを着込み少し落ち着いたアンネリーゼの様子を確認した男は、のそりと頭をかきながらベッドから降り、窓辺で両腕を上へあげ、身体を伸ばしている。

 ──良かった、下穿きは履いていたのね……。

 アンネリーゼは全裸だったが、男は半裸であり、それだけでもアンネリーゼはホッとする。


 そして、伸びを済ませた男が、パチンッ──と指を鳴らすと、アンネリーゼの頭の中に夢であってほしかった記憶が鮮明に思い出された。
 
 と、同時に、やはり現実だったか、と再び胸が痛む。






「……貴方様は悪魔公爵様でしたのね、奇声をあげてしまい、大変失礼いたしました……」

 だが、アンネリーゼは色々とおかしい事に気付いた。
 
 今、彼女はかつての“クリスタル城”の自分の部屋となんら相違ない場所にいる。
 さらには、死んだはずの……その亡き骸を確認したエラまでもが、笑顔でそこにいた。

「ですが……何故城が……エラが……っ? これは一体……」



「いいか、説明してやるから、よく聞け──」

 悪魔は早口にアンネリーゼに説明を始める。

「まず、俺は悪魔だが公爵などではない。アスモ様と呼べ。次に、この城は俺のチカラで復元した。……次、その侍女含め、この城で死んでいた人間達は大体俺の配下となった。つまり、その侍女は悪魔だ。……次、お前とこの城で起きた事は大体その侍女達から聞いたから、説明は不要だ……」

「次……いいか、ここからが大事だぞ? ──俺は意識を失った召喚主であるお前のために、頼まれてもいないのに、ここまで色々と手厚くしてやった後に、気付いてしまった。やり過ぎた、とな」

 アンネリーゼは、目の前でペラペラと説明を始めた“アスモ様”の話の内容を理解する事に必死だった。

「と、いうわけで、報酬が欲しい、もしくは今ここで任務完了で帰りたい、以上だ」

 ポカン、とするアンネリーゼに、助け船が登場する。

「王女様、つまりアスモ様は、“頑張ったから、ご褒美が欲しい、お礼を言われたい”とおっしゃったのですよ」

 エラは困惑するアンネリーゼに、懐かしい笑顔で心を落ち着かせてくれた。

「エラ……本当に悪魔になったの? だって悪魔になるには──」

 エラは、アンネリーゼの手を握り、言葉を遮るように首を横に振った。

 ──悪魔になるには、つまり魂を悪魔に渡したと言う事だ。

 魂にも意志が宿っているため、魂は勝手にどうこうできない。悪魔を召喚して死亡した時などは、召喚した悪魔に渡さねばならないが、そういった例外以外は、天へ昇り輪廻に加わり別の人間に生まれ変わる事が出来るとされている。

 しかし、悪魔に魂を渡した場合、悪魔としてその後もずっと生まれ変わる事なく悪魔として仕事・・をこなし続けなければならないと言われていた。

「王女様、この城のほとんどの者達が、アスモ様の問いかけに対し、例え悪魔となったとしても王女様をお側で見守る事を選びました……皆んなですよ、凄い事です。ですから王女様、生きてください、我々がアスモ様に習い、誠心誠意お仕えいたします」

 アスモの問いかけ、とは、悪魔としてアスモの配下となるか、それとも天に召されるか、というものだ。

「……エラ……っそうだわっお父様は? お母様とお兄様も悪魔になったの?!」

 アンネリーゼのその問いは、エラではなくアスモが答えた。

「外にいた三人は“悪魔に魂は渡せない”と言って天に召された。まぁ、王族らしい選択だと思うぞ。それに、首無し悪魔も、首だけ悪魔も不気味だしな」


 また両親と兄に会えるかと、一瞬でも淡い期待を抱いたアンネリーゼだったが、アスモの言葉を聞き、彼らの選択を誇らしく思う事にした。

「……そう、でしたか」

「だが、お前には生きて欲しいと、自分達はリビアングラドとして、いつまでもお前と共にある、と言っていたぞ」

 両親達からの言付けを聞き、アンネリーゼは再び涙が溢れた。エラに握られた手に、ポタポタと涙の粒が落ちる。

「っ……あ、ありがとうございます、両親達の最後の言葉を教えてくださって……」

「王女様……」

 エラは、アンネリーゼを抱きしめる。




「……ところで、俺への報酬はどうなった? 任務完了で帰っていいか? 城の配下達は置いて行ってやる」

「行かないでください! まだ私の“復讐”は済んでいません!」

「……」

 アスモは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「そうだっ──“契約期間は復讐を遂げるまで”だったからな、覚えていたか」

「もちろんですわ! アスモ様の知恵とおチカラをお借りして、必ずやモルダバインとローコモンを破滅させてやります……ユリウスとヘレーネ達は必ずこの手で死をもって償わせるのです」

 アンネリーゼは、涙を拭い、顔を上げ、アスモをジッと見た。

「いい目だ……なら、悪魔の本領発揮といきますか」

 アスモはアンネリーゼに手を差し出し、アンネリーゼはその手をとり、固い握手を交わす。

「よろしくお願いいたします、アスモ様」

 復讐をするというアンネリーゼに、エラは少し心配だったが、アスモのチカラがあれば問題ないと考え、二人の握手にパチパチ、と拍手を贈った。





「なら、ここまでの報酬をくれ、俺、褒められて頑張るタイプなんだ」

「もちろんです、報酬はどのように……」

「“さすがアスモ様、とっても嬉しいです、ありがとうございますっ”と言って、キスしてくれ」
 
 と、アンネリーゼの真似をしてセリフを言った後、“ほれっ”とばかりに、アスモはアンネリーゼに自分の頬を向けた。

「……ふふっ、そんな事でよろしいのですか?」

「いい、頬でなくともいいがな」

 アンネリーゼは、なんと可愛らしい悪魔なのかと思いつつ、このキスに決意表明を兼ねる事を決めた。
 アスモの両頬に手を添え、グィっと顔を正面に向ける。


「ならば、報酬として正真正銘の乙女である私のファーストキスをお受け取りくださいませ」

 そうひと言告げ、アンネリーゼはアスモの唇に自分のそれを重ねた。

「──っ!?」

 チュッと、軽く触れるだけの可愛らしいファーストキスだった。

「……俺の唇を奪うとは、なかなか肝のすわった女だな、良し、名を名乗る事を許す」

「ありがとうございます……私は、アンネリーゼ・リビアングラドでございます、どうぞアンネ、とお呼びくださいませ」

 アンネリーゼは淑女の礼をとる。

「よしアンネ、今後も度々報酬をくれたら、俺も頑張っちゃうかもしれない」

「承知いたしましたアスモ様」



 こうして、沢山の疑問は残るが、亡国の王女アンネリーゼと悪魔の王の一柱であるアスモの、復讐劇が始まろうとしていた。
 
 
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