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02 一年前

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 ──さかのぼる事、一年前。
 
 
「王女様、とてもお綺麗です」

 侍女のエラは、アンネリーゼにとっても、この国にとっても大事な日となる今日のために、数日前から準備にとりかかり、今朝は早くからせっせとアンネリーゼを美しく磨き上げてくれた。
 
「ありがとうエラ! ユリウス様は私の事を気に入ってくださるかしら……」

「もちろんです、リビアングラド王国の王女様といえば、“クリスタル城に住まう雪華の妖精”と噂されているのですよ? 気に入らない理由がございません。ご安心ください」

 アンネリーゼの不安を取り除いてくれるような優しい笑みを浮かべ、エラは鏡台の前に座る彼女を励ましてくれる。

 ──エラは昔からアンネリーゼの側にいてくれ、どんな時でも彼女の味方で居続けてくれた女性だ。自分を飾ることなく、全てをさらけ出す事ができる大事な存在だった。


「その噂の出どころは、お父様とお兄様達だとわかっているんだから。全く、身内の贔屓目もここまで来ると恥ずかしいわ」

 プラチナホワイトの髪にブルーの瞳をしたリビアングラド王国唯一の王女であるアンネリーゼが17歳を迎えた今日……“クリスタル城”とも呼ばれるこの美しい王宮で、誕生日を祝うパーティーが開かれる。






 
 そして同時に、彼女の婚約者となる予定の隣国、モルダバイン王国の第二王子であるユリウス・モルダバインとの初めての顔合わせを控えていた。

「ねぇエラ、ユリウス様は金髪にブルーの瞳なんですって。私よりも三つ歳上でいらっしゃるから、きっととても大人よね……もう少し大人っぽいお化粧のほうがいいかしら」

 仲の良い両親を見て育ったアンネリーゼは、たとえそれが政略結婚であったとしても、自分達が愛し合うことができれば、幸せになれると信じて疑わなかった。

「今のままの自然なお姿で十分です。間違いなく、王子様も王女様に一目惚れなさいますよ」

「そうだといいのだけれど……はぁ、どんな方なのかしら──」

 そして、まだ見ぬ未来の夫の姿に想いを寄せる彼女の誕生日パーティーが始まる。







「はじめましてアンネリーゼ王女、ユリウス・モルダバインです。ようやくお会い出来ましたね」

 アンネリーゼの手を取りスマートにその甲にくちづけるユリウスに、アンネリーゼの方が頬を染めてしまう。
 そんな彼女を見たユリウスは、『可愛らしい』と言って、優しく微笑んだ。……その笑顔に、アンネリーゼは彼との幸せな未来を想像したのだった。


 ──金髪にブルーの瞳の優しげな私の王子様。








 アンネリーゼとユリウスはそのまま正式に婚約し、結婚が決まった。

 リビアングラド王国の王女であるアンネリーゼと、モルダバイン王国の第二王子の婚姻は、双方に利がある政略結婚だ。


 リビアングラド王国は、卓越した産業技術を有し、様々な資源の加工技術や医療技術、知識を持つ先進的な国である一方で、風土には恵まれておらず、作物の栽培には適していなかった。

 そんな彼女の国とは正反対に、モルダバイン王国は、作物の栽培に向いた風土であるが国民は農夫ばかりで産業とは程遠い出遅れた国であったため、この二つの国は、婚姻によりお互いを補い合う事ができると期待してのものだ。


 婚約期間を経て、アンネリーゼはモルダバイン王国の王子妃として王宮入りをし、その際にリビアングラド王国から沢山の様々な分野の技術者達を指導者として伴った事で、モルダバイン側から大変歓迎される。


 ──しかし。

「アンネリーゼ、紹介しよう」

 王宮に着いたその日、数日後に結婚式を挙げ神に誓いをたて彼女の夫となるユリウスが、一人の女性を連れてアンネリーゼの前に現れた。

「私の恋人・・のヘレーネだ、彼女もこの王宮に住んでいるから度々顔を合わせる事になるだろう、この国の事でわからない事があればヘレーネを頼るといい」

「……恋人?」

 アンネリーゼは聞き間違いかと思い聞き返す。

「ああ、私はヘレーネを愛している。アンネリーゼ、君と私は政略結婚だろ? 不貞さえしなければ、王子妃として贅沢して暮らすといい。初夜も君の所には行かないから、安心して休んでくれ」

 ──政略結婚、だから何? ……不貞さえしなければ? 自分は恋人がいるのに? 私は駄目だと言うの? いいえ、問題はそんな事ではないわ。


「ユリウス、さすがに可哀想よ。まだ17歳の女の子に……アンネリーゼさん、よければ私を姉だと思って頼ってくれていいわ」

 ──自分の夫の恋人を、姉だと思え? ……馬鹿にしているの?


 アンネリーゼは目の前の二人が何を言っているのか理解できなかった。

「……この国では、結婚した男女に別の恋人がいる事が普通の事なのですか? 私の国では妻は夫だけを愛し、夫も妻一人を愛する事が常識でした」

「もちろん、モルダバインでも同じよ」

 なぜかユリウスではなく、その恋人のヘレーネが笑顔で答える。

「本当ならばヘレーネを妻に迎えたかったのだが、この国の王子として、私は君と結婚しなければならなかった。愛する人はヘレーネただ一人だ」

 平然と言い放つユリウスに、アンネリーゼは目眩がした。

 ……。


「つまり、私は国の為に仕方なく娶ったお飾りの妻であり、ユリウス様のお気持ちはヘレーネさんと夫婦であると……そう、おっしゃりたいのですか?」

「そのとおり、理解が早くて助かる」

 悪びれる様子もないユリウスと、アンネリーゼを見下すヘレーネに、怒りにも似た感情が込み上げてくる。

 ──結婚式を挙げる前で良かったわ。


「ユリウス様、着いたばかりですが、私は連れてきた技術者達全員と国へ帰ります。この結婚はなかった事にいたしましょう」

 アンネリーゼは、両親のような相思相愛の夫婦になりたかったのだ。こんな結婚……いいや、結婚とは言えない関係など耐えられないと、ユリウスに申し出た。


「……今更そんな事が出来るわけないだろうアンネリーゼ、子供のような我が儘を言うな」

「私の名前を呼ばないでくださいませ」

 アンネリーゼはユリウスを睨む。

「アンネリーゼさん、少し落ち着いて? ね? 貴女の国も、モルダバインの作物が必要なのでしょう? この結婚はね、一国の王女として、国の為の結婚なの」

 小馬鹿にしたようなヘレーネの言葉に、益々腹がたつアンネリーゼ。そんな事はわかっている。政略結婚の意味も自分の役割りも、彼女はきちんとわかっていた。

「作物であればモルダバインでなくとも他の国からの輸入でなんとでもなりますわ。ですが、リビアングラドの知識と技術は代わりのない宝です、私がこんな仕打ちを受けるとわかれば、リビアングラドの国王陛下は許さないはずです。……私の侍女を呼びますので、お引き取りください」


 アンネリーゼの言葉に、ヘレーネとユリウスは困ったように目を合わせた後、ニヤリ、と嫌な笑みを浮かべた。


「……せっかく仲良くしてあげようと・・・・・・・思っていたのに……残念だわ」

「アンネリーゼ、君は私と結婚するんだ」

 先ほどの穏やかな口調と表情から一変し、二人はまるでそれが本性かのように自然に、邪悪な表情に変わった。

「結婚なんてしないわ! 私は国に帰ります! エラ! 入ってきて!」

 アンネリーゼは控えているはずのエラを呼んだが、何度呼んでも彼女が部屋に入って来る事はなかった。


 ──その理由は、その場でユリウスの口から笑いながら告げられる。
 ……アンネリーゼの連れてきた侍女達は皆、強制的に国に帰されており、連れてきた技術者達はすでにあちこちに派遣されていたのだ。


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