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23 彼女のプライド

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(sideアギット)


 
 イヴリンの(五)
 手作りごはん(七)
 味がない(五)
 肉は生焼け(七)
 野菜は硬め(七)

 ……アギット、心の俳句(短歌)。




「……イヴリンでも苦手な事があったのですね。」

「……面目もございませんわ……馳走すると言っておきながら……。」

 
 イヴリンの手料理が完成したのは、調理開始三時間半後だった。一体、どんな豪華な手料理が出てくるのかと楽しみにしつつ、俺は空腹に耐えかねて、精霊用の菓子をこっそりとつまみ、耐えた。

 が、結果は短歌の通りだ。

「もう、口になさらないでくださいませ、今からでも街へ食べに……。」

 こんな時、恋愛脳の育ちの良いイケメンは、“大丈夫、食べるよ、君が頑張って作ってくれたんだから、それだけで美味く感じるよ”とでも言い、爽やかに平らげるのかもしれないが、俺には無理だ。

「そうですね! 街へ行きましょうか! せっかくですから、夜のラウリルアへでも! 夜景が綺麗だと聞きますし!」

「……はい……片付けますので、少しお待ち下さいませ。」

 彼女なりに精一杯頑張って作ってくれたであろう料理達は、まさに今、作った本人の手によって片付けられようとしていた。

「イヴリン! ちょっと待ってください! 私に考えがあります。」

 俺はキッチンを借り、イヴリンの料理達を一つの大きな鍋にぶち込んだ。
 そして、カットトマトの缶詰と水、ハーブと塩コショウとコンソメを入れ、蓋をして火にかけ煮込む。

 イヴリンの料理は味がなくて、生焼けで、火がよく通っていないだけだ。つまり、しっかりと火を入れて味をつければ食べられるはずである。

「このまま20分くらい煮込んで、味付けをしてから食事に行きましょうか。」

 また精霊に菓子を分けてもらうか。

「アギット様、お料理出来たのですか?」

 いや、料理などしたことはない。

「兄達とキャンプをしたり、仕事で野営をしたりした時に、料理が出来る者がいないと、何でもかんでも鍋に入れて煮込むしか出来なかったのです。大丈夫です、それなりに食べられますから。明日の朝には美味しいスープになります。」

「……私の料理は男性だけの野営料理以下だという事ですわね……。」

 え、そういう意味ではなかったのだが……。

「イヴリン、気にしないでください! 料理なんて出来なくても生きて行けますよ!」

 ……ん? そうは言ってみたが、どうやらキッチンの片付けも出来ていないようだ……。頑張って調理した形跡がものすごく残るキッチンとなっていた。

「っ! 出来るようになってみせますわ! そのように、頭からまるで才能が無いように言わないでくださいませ!」

 いや、だから、そういう意味ではなかったのだけど……。
 やけに今日はネガティブ思考だなイヴリン……どうしたのだろうか。

 この感じになったイヴリンには何を言っても駄目モードだ。話しを変えたほうがいいな。

「……煮込んでいる間に、キッチンも片付けましょうかね。」

「……私がいたしますので、アギット様は座ってお待ち下さいませ。」

「二人でした方が早く終わりますよ。そうだ、イヴリンはスープのアクをとって下さい。」

「……はい。」



 その後、精霊のポータルでラウリルアの街へ行き、食事をして、港の夜景を見に行った。

 それは、アレクの自慢話しで聞いたデートコースだった。

 ……くそ、なんだか面白くないが、助かったぜアレク。

 でも、肝心のイヴリンの元気がない。せっかくの美しい夜景を楽しめていないようだ。



「イヴリン、まだ気にしてますか?」

「……いいえ? 先ほどのお料理美味しかったですわね。やはり食事は美味しい方が生活が豊かになりますので、もっと料理を学びたいな、と考えておりました。」

 元気が無いように見えたのは、ポジティブな方に考え事をしていたからだったようである。

「なら、私も協力します。味見役でも何でも。」

「結構ですわ、辺境伯家のご子息に毒見・・なんてさせられませんもの。」

 味見と言ったのだが、何故か毒見になっているのか……。先ほどから、何故か言葉に棘があるな……俺、何かしただろうか。

「気にしないで下さい、私達の仲ではないですか。」



「……アギット様、度々“私達の仲”とおっしゃいますが、私達はなんの仲でもございません。あの夜の事で責任を感じてくださっているなら、あれは貴方と知らずに行った行為ですので、お気になさらないで下さい。」

「……え?」

 今、なんと言った? あの夜・・・

「イヴリン、あの夜・・・とは?」

仮面舞踏会マスカレードの夜の事ですわ。アギット様だったのでしょう?」

「っ! わかっていたのですか?」

「私、そこまで鈍感ではございませんので。アギット様がお気づきかは定かではありませんでしたが、以前、この髪の色の人間を私以外には見た事も会った事もないとおっしゃいましたし、貴方は、オスマンサスで初めて対面した際すでに、私のこの髪の色でお気づきだったのでは?」

「……っ」

 なんと答えるのが最善かわからず、言葉に詰まってしまう。

「お互い、顔も素性も知らずの事でありましたし、私の立場上お気遣い頂いたのかもしれませんが、見知った女性の初めてをご自分が、と、その件で責任を感じられてこれまでのように私に構われるのでしたら、本当に結構です。平民となった今、私の純潔など大した問題ではございません。」

 なんだ、何が起きている?
 このままだとまるで……。

「アギット様、私はもう貴族籍を捨てました。貴方様と今後どうなる事もございませんので、本当にもう構わないで下さいませ。」

 どうしてそんな話しになるんだ。
 荷物だって持ってあげたのに……失敗した料理もリメイクしたし……役にたっただろ俺……。

「イヴリン、落ち着いて……ひとまずここでこんな話しは……」

 周りには、夜景を前にいちゃつく恋人達で溢れているというのに、何故か俺達は別れ話のような雰囲気に……。

「そうですわね、御屋敷までお送りします。」

「え?」


 イヴリンはそう言って、ポータルをオスマンサスの屋敷に繋ぎ、ポイっと俺を捨て置くように去ってしまった。


 一体、どうなったんだ?

 つまりイヴリンは、俺があの夜、彼女の初めてを奪ったから、責任を感じていると……それで突然顔を見に来たり、荷物持ちをしたり、料理の味見をしていると思ったという事か?

 だが、何故それであんなに怒っているんだ?

 俺が気付いていて、黙っていた事は、気を遣ったと言う事で納得しているようだった。

 では、なんだ?

 自分の料理が下手だったから、行き場のないやるせなさと、恥ずかしさとで、全てを遠ざけたくなったのか?
 ……そういう時ってあるよな。わかるわかる。

 イヴリン、プライド高いからなぁ。
 
 
 まぁ、しばらくはそっとしておくか……。
 ネーロに聞きながら、彼女が落ち着いたであろう頃、また話しに行こう。

 

 あ、スープ……イヴリン、自分で味付け出来るのかな……。
 

 しかし、俺は彼女の頑固な性格を忘れていた。
 
 彼女はあれ以来、徹底して俺を遠ざけようとし始めたのだ。

『悪いなアギット、イヴリンが自分の事をお前に報告するような真似はやめろ、と言ったとノワールがな。俺も釘をさされた。連れても来るな、とも言われている。』

「なんだよそれ! どれだけ意地っ張りなんだ! ただちょっと料理が下手だっただけで、どうして急にそんなに扱いが変わるんだよ!」

『俺は知らん、人間は人間同士でなんとかしろ。ドラゴンを巻き込むな。』

 
 何なんだよ、俺が何したって言うんだよ!
 これだから、女ってわけわからなくて嫌なんだ!





 でもなイヴリン!
 こんなに俺の感情を揺さぶる女性は君だけだ! その理由に、さすがの俺も気付いたぞ!

 突き放されてみて、もう会えないと思って、やっとわかった。

 俺は……常にイヴリンの安否が心配で仕方ない。他の男といたと聞けば面白くない。
 彼女の為ならじゃがいもだって掘るし、荷物だっていくらでも持つ。嫌われてるけどノワールの存在だって受け入れる。
 料理が苦手なら、俺が料理を覚えたっていいと思った。前の日の夜に残ったスープを一緒に朝食に食べたい。

 夜には彼女と同じベッドで彼女の香りに包まれて眠りたい。

 イヴリンと一緒にいたい。話しがしたい。顔が見たい。笑顔が見たい。心で繋がりたい。


 イヴリン、俺は君が好きだ。
 
 
 
 
 
 
 気持ちに気付いたからには、覚悟しておけイヴリン!
 
 俺はどんなに突き放されても、振り向いて貰えるように頑張るからな!


 ……そうと決まれば……まず俺がすべき事は一つだ。

 彼女との間にある壁を……境界線を無くす。


 
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