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番外編
3 夢のつづき〜世界樹のイタズラ〜
しおりを挟む(レイ視点)
「ねぇ……レイ……エイミー様はいつお戻りになるかな? 僕……今のエイミー様、苦手……」
エイミー様が本物のエイミー様と入れ替わり半日が経ち……マティアス殿下がそんな言葉をこぼした。
レジェンドからリタと共にエイミー様の監視を命じられ、殿下の気合いが入っていたのも、ほんの束の間だったようである。
「そうですねぇ、殿下は特にエイミー様に可愛がってもらっていましたもんねぇ……半日見ていた感じ、今のエイミー様はどんな方ですか?」
僕はこの半日、レジェンドとサムと一緒に庭の世界樹の所へ行っていたから、今のエイミー様とはあまり関わる機会がなかったのだ。
「……僕の事……“中途半端”って言った……獣か人間かどっちかにしたらって……あと、耳くらい隠せるようになれって……エイミー様は僕の耳がお好きだったのに……」
……よくもまぁ、殿下の気にしている部分を初対面でピンポイントに……。
“中途半端”だなどと……間違いなく、これまでのエイミー様ならば絶対に言わないであろう言葉だ。
「それを聞くと、本当に別人なんですね……エイミー様がよくおっしゃっていた、“萌”精神が欠如しているのでしょう、気にしなくていいですよ殿下」
僕の大事な殿下を傷つけるなんて……許せないな。
大好きなエイミー様に厳しい事を言われ、しょんぼりしている殿下の獣耳は、半分折れてしまっている。
「でも、本物のエイミー様は今の人なんだよね? ……僕達の知ってるエイミー様はユノンさんっていうんでしょ? ずっとこのままだったらどうしよう……レイっ僕ヤダよ!」
僕も嫌ですね。
イジりがいのないエイミー様も嫌ですし、ずっと不機嫌であろうレジェンドも嫌ですね。
つまらな過ぎる。
「まぁ、話しによればそうですが……ですが、我々の知るエイミー様が我々にとっての本物であり、今のエイミー様はエイミー様ではない、って事でいいではないですか? むしろ、偽物だと思えば気が楽ですよ」
「もちろんそうだけど、もし本物のエイミー様がこのまま戻ってこられなかったら? ……レイ達は、世界樹の所で何かわかった?」
「……世界樹……それがですねぇ……」
レジェンドとサムと僕とで、エイミー様の救出について話し合った結果、魂の入れ替えなど魔法では無理なので、絶対に世界樹の仕業に違いない、として、すぐさまエイミー様が植え替えた庭のチビ世界樹の所へ行ったのだ。
そして、レジェンドが樹に魔力を流しながら会話を試みるも、世界樹は応じてはくれなかった。
ヨルムンガンドかその遣いを呼び出し通訳を頼めば良いのだろうが、今はどこにいるかわからない。
そんな状況にしびれを切らしたレジェンドが、なんと、チビ世界樹の前にとんでもない豪炎をチラつかせ、“燃やすぞ”と言わんばかりに脅したのである。
直後、世界樹は怯え逃げるように、直前まで生繁させていた葉や実を落とし、枯れ枝となり沈黙してしまった。
その様子はまさに冬眠の如く……。
「え? ……つまり、チビ世界樹は眠りについたの? こんな時期に? どうするのレイっ! エイミー様が戻ってこれなかったら!」
僕に言われても……全てはレジェンドがやらかしたのだから、僕とサムではなすすべもなかった。
レジェンドはその後、本体の所へ行くしかない、と言い、ドラゴンに乗りどこかへ行ってしまったのである。
もちろん、レジェンドの護衛など全くもって不要なので、僕とサムは置いて行かれたのだ。
その時だった。
「ちょっとマティアス! こんな所で油売ってないで早く戻ってきなさいよ! あ、レイ、丁度いい所に! ねぇ、代わって……お願い……代わってちょうだい……あの女のおもり! 女の扱い得意よね! も~、私、無理! 限界!」
疲れとイライラで疲労困憊の様子のリタが、僕達のいた食堂に現れた。
「あれっ!? リタさんがこちらにいるなら、今エイミー様はお一人では?」
すぐさま慌てる殿下だったが、もちろんそれは杞憂だった。
「んなわけないじゃない、ビルに任せてきたわよ! ……大体、アレはエイミー様じゃないわ……悪魔よ悪魔……いいえ、妖怪よ……妖怪わがままオバケよ」
……妖怪なのかおばけなのか……。
「レイ、あんたのオーツミルクなんて序の口だったのよ……あの後、大変だったんだから!」
リタによれば、妖怪わがままオバケさんは、リタの得意な魔法の分野を知るなり、アレを作れコレを作れと言い出し、リタが簡単なモノだけ調合し渡せば、不満や文句ばかりなのだそう。
「なぁにが、“シャネルノ5番みたいな香りを作って”、よ! なんだよソレ、1番すら知らねぇっての!」
どうやら手始めに、香水を作らされたようだ。
「おまけに、あの妖怪がエイミー様のクローゼット見た直後の第一声、なんだったと思う?! “……うっわ……ダッサイ……”よ? “もっと胸元と背中の開いたものないの? 息苦しいわ”っよ?」
エイミー様の平服や外出着のほとんどが、レジェンドの指示により露出の抑えたものになっている。
エイミー様ご自身も、露出が少ない方がお好みのようだったので、お二人がぶつかる事はなかったのだ。
「妖怪わがままオバケさんの気に入る服を用意したら、レジェンドがお怒りになるのが目に見える……」
「ホントそうよ! 嫌よ私、レジェンドに叱られるの! またドラゴンの散歩させられちゃうじゃない!」
「……あぁ……散歩……」
アレは地獄を見た……まだ幼い殿下には、あのような過酷体験はさせられない。
「……?」
その後も、半日ずっと妖怪わがままオバケさんと行動を共にしていたリタの口からは、彼女のグチが止まらない。
「リタさん、それなら余計にビルさんも困っていらっしゃるかもしれません、僕行きますね! リタさんはゆっくり食事をなさってから来てください!」
お優しい殿下はまだ30分かそこらしか休憩をしていないというのに、ビルとエイミー様のもとへ戻ってしまった。
「……優しい子ね、マティアスは……お姉さんウルウルしちゃうっ」
「……鬼の目にもなんとやら……ですかね」
ギロッ!
おっと、睨まれました。
○○●●
(自称ユノンのエイミー視点)
……蓮野と寝たら、本当に戻ってしまったわ。
『そんなに前のユノンに戻って欲しいなら、願いを込めて私を抱いてみたら?』
過去のユノンばかりを想い続けて、今の私を全く見てくれないあの男をからかうつもりで、仕掛けた行動だったのに……まさか本当にこんな事が起こるなんて……世界樹の仕業なのかしら。
私はユノンとしての人生を楽しんでいた。
私がユノンと入れ替わり、引退を取り止めて所属していた事務所に戻ったばかりの頃、その男は現れた。
蓮野と名乗り、ユノンの引退取り止めを心から嬉しそうに喜ぶその男は、ユノンの記憶の中の元マネージャーとは全くの別人だった。
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親の会社を継いだというが、ずいぶんと垢抜けており、その堂々とした立ちふるまいからも、どちらが業界人だかわからないほどだ。
しかし……。
蓮野は私に会ってものの数分で、疑問を抱きだしていた。
それは、彼の表情から丸わかりだったので、さすがの私も少し焦った事を覚えている。
『……貴女は、本当に私の知るユノンさんですか? 別人のように感じます』
ユノンの記憶を受け継ぎ、完璧に彼女になりきっていたつもりだったが、蓮野にはバレてしまった。
私は開き直り、自分の知り得る事全てを蓮野で話し、様子を伺ったのだが……。
完全に私の早とちりだった。
どうやら彼はユノンが精神を病んでいるか何かで、二重人格なのではないか、と疑っていたようなのだ。
そんな蓮野に、私が突然ユノンの演技を辞めて本来の自分の態度で異世界だの入れ替わりだのと話したものだから、初めは本当に病院に連れて行かれそうになった。
しかし結果的には、なんとか蓮野を説得する事に成功。
そして、蓮野の提案で完璧だと思っていた私のユノンの演技は無理があると言われて、本来の私のままで仕事をしたらどうか、と言う事になり、イメージチェンジとして再デビューする事となったのである。
ユノンの再デビューは、蓮野の会社がスポンサーとして全面的に支援してくれたおかげで、なんとか成功し、そのまま仕事に追われる日々を送ることとなった。
『どうして私にそこまでしてくれるの? ユノンじゃないってわかってるのに……』
ある時私が蓮野に聞いてみた事がある。
もしかしたら蓮野は私の事が好きなのじゃないか、と思って。
『僕はユノンさんがデビューされた頃からずっと……いいえ、初めて素人のユノンさんのストリートスナップを見た時から、ユノンさんを愛しています』
それを聞いて、私は“やっぱり”と胸が高鳴り、心が躍った。
でも蓮野は続けて……
『今の貴女はユノンさんではありません、偽物です、ですが、身体はユノンさんのモノである以上、いつ何時再び入れ替わり、御本人が戻られるやもしれません……それまで、僕はユノンさんの身体とその居場所を守りたい、貴女を支援する理由はそれだけです』
それを聞いた瞬間、私の胸はチクリと痛んだ。
蓮野は私を偽物としてしか見ていない……そう思ったら、なんだかとてもイライラした。
それ以来私は、ユノンの身体を人質のようにして、蓮野に対して好き放題の言動でわがまま放題だった。
蓮野も私の言いなりで……。
そんな関係が5年も続いたあの夜……。
私は蓮野と共に、スポンサーであるハスノ製薬のパーティーにゲストとして参加した。
そのまま私は、蓮野をホテルの自分の部屋へ誘ってみたのだが……何を警戒したのか、蓮野は部屋ではなくホテルのバーでなら、と言って二人でバーで飲むことにしたのだ。
『ねぇ、蓮野、あんたまだ本物のユノンを諦めてないの? あんたの親も早く結婚してほしいって言ってたじゃない』
『諦めませんよ、異世界に転移したとかならさすがにあれですが、中身が違うだけでユノンさんの身体はここにあるんですから……もしかしたら、自分の身体に戻ろうと、方法を探していらっしゃるかもしれません』
私は世界樹を通してユノンと時々会話をしている事を、蓮野に話していない。
彼女が私の元婚約者と結婚している事も、お互いに戻る気はなく、お互いがユノン、エイミーとして生きると決めた事も話していなかった。
話してしまえば、蓮野が私から離れていってしまう気がしたから……。
『っふ~ん……そんなにユノンを想ってるなら、今まで試してなかった事を試してみない?』
『……試してなかった事とは?』
『“ユノンに戻ってきて欲しい! ” って願いながら、ユノンのこの身体を抱くの、深く繋がる事で、なにか奇跡が起きるかもしれないじゃない、世界樹って気まぐれだから』
『……ユノンさんの身体で勝手な事をするな、と約束しましたよね? 僕だって例外ではありません』
昔からこんな感じだ。
蓮野はスポンサーを続ける条件として、私に仕事以外の一切の異性との交際はおろか、交流を禁止したのである。
おかげで私は処女のままよ。
『でも、もしそれで本当に戻ってこれたら? こっちの世界での5年間の事情を知るのは蓮野だけ……頼れるのは蓮野だけ……そんな状況なら、ユノンだってすぐに蓮野を好きになると思うけど……あ、目覚めたら裸でベッドの上なんだろうし、なんならもう恋人同士って事にしてもいいんじゃない?』
『いい加減にしてください!』
『……意気地なしね……ユノンユノンって言ってるわりに、ただ待ってるだけで何もしようとしてないじゃない……あ、仕事も順調だし、本当は私のままでいいって思ってるんでしょ? なぁんだ、そっかそっか』
少し、意地悪く挑発してみただけのつもりだった。
しかし、この発言が蓮野の何かを刺激したのか、彼は突然解決を済ませ、そのまま無言で私の手を引き、ホテルの彼の部屋のベッドに投げ込まれたのだ。
『ユノンさん……いいえ、エイミーさん、貴女こそ僕に抱いて貰いたいんですよね? いいでしょう、貴女とはそのままお別れになると嬉しいですが、僕が貴女をユノンさんとして、たっぷり愛して差し上げます』
『っ……』
蓮野はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外した。
普段見せない蓮野の雄オスしいその様子に胸が高鳴る。
蓮野はそれはそれは愛しそうに優しく丁寧にユノンの身体を抱いた。
そして、何度も何度も“戻ってきてください”と口にしながら願うようにきつく抱きしめはしたが、決して口づけはしなかった。
……。
思い出すだけで、虚しくなる。
蓮野はユノンを抱いていた。
私じゃなく……中身のない空っぽのユノンを見ていた。
「……ねぇ、貴方……マティアスと言ったかしら? エイミーが植え替えた世界樹の所に案内して」
「え……ですが、レジェンドからは屋敷から出ないように、と……」
「エドゥアルドには後で私から話しておくから、早く案内なさい」
獣人のような耳したマティアスという護衛は、渋々私を庭の端にある小さな世界樹に案内した。
「へぇ、あんな枝がよくここまで成長したものね、知ってる? 世界樹の枝を折ったのは、私なのよ?」
「……聞いております……そのせいで、世界樹の怒りが収まらず、大変でした……」
マティアスはうつむきボソッと言った。
「ええ、エイミーから聞いたわ、世界樹が実をつけず魔獣が溢れかえったとか」
「……はい」
「でもこうしてみんな無事じゃない、結果オーライでしょ」
「……」
何か言いたげな表情をしているようだが、たかが護衛が主に発言するはずはない。
「それにしても……なにか変ね、今の時期に葉も実もつけてないなんて……枯れてるの?」
「枯れていませんでした……今朝までは……」
「どういう意味?」
「レジェンドの問いかけを無視する世界樹に……レジェンドが“燃やすぞ”と脅されたそうで、直後、葉も実も落とし冬眠状態になったと聞きました」
呆れたあの男……世界樹を脅すなんてどうかしてるんじゃないの?
まぁ、枝を折る私もどうかしてるけど。
「…まぁ、それなら、この樹はまだ生きてるのね…貴方、少しの間離れていてくれる? 私の姿が見える位置でいいから」
「……はい」
私は世界樹に触れ、ユノンの身体にいるであろうエイミーに話しかける。
が、応答がない。
え、まさか本当にこのまま何事もなかったかのように私はエイミーとして生きていかなくてはならないの?
もう、あちらの世界には……ユノンには戻れないわけ?
少し焦りを感じながらも、再度世界樹に魔力を流し、ユノンの身体に話しかけた。
『……ユノン?!』
つながった。
「エイミー! よかった、やっぱりユノンの身体にいたのね」
『そういう貴女はエイミーの身体に?!』
「ええ、そうよ……エイミー、目覚めて蓮野がいて驚いたでしょ」
『驚いたどころじゃないわよ! どうなってるの?! 早く戻りましょうよ! ユノンのチカラでチェンジできないの?!』
蓮野と何を話したのかはわからないが、エイミーは今にもこちらに戻りたいような口ぶりだ。
「そう焦らないで……まずは、少し話しをしましょう……」
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