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29 月はずっと綺麗だよ R15
しおりを挟む「レイラン! 待て!」
「レイラン!」
フェイロンとウンランの二人の制止の声も聞かずに、走って逃げ出した私を、会場にいた人々は何事かと見ていたが、二人には悪いが、きっと、私が二人に怯えて逃げ出したとでも勝手に解釈するだろう。
私は従業員用の露天風呂に逃げ込み、ウィッグを外しメイクを落とし、誰もいないことを確認して、ざぶんと勢いよく湯船に浸かった。
まだ心臓がバクバクしている。
大丈夫、明日は食堂もお休みだし、部屋に閉じこもっていれば私がここで生活していることはバレないはず。
でも、ウンランの話とは一体何なのだろうか。夜の相手でしか接点のない私達に、話すことなどあるだろうか。
そういえば、今日は国の軍部の高官の宴会だとミンミンは言っていたが、一体あの二人は何者なんだろう。席は一番上座だった。つまり軍部で最も偉い人か、それに準ずる人だということだろう。
でもそうか、だから後宮を管理するジュンシーとも知り合いだったのか。
ここに来て、自分のお客だった人たちの事を知ることになるとは思わなかったが、今となっては過去のこと。
私がもう一度遊女として男と寝れる日が来るかどうかは正直わからないが、今はまだ、目を閉じると思い出すのはソウハの笑顔だけだ……。
花街を離れて、ソウハとの接点が無くなるのは正直一番心残りだったけど、あのまま遊女として過ごして、ソウハ以外のお客を断るわけにもいない。
私は、こうするしかなかったのだ。と、自分に言い聞かせる。
その夜、なんとなく不安でなかなか眠れず、ポッポと熱っぽい身体を冷まそうと、窓を開け夜風にあたった。
今夜は、満月とは言わないがそれに近く、とても明るい夜だ。
宴会はまだ続いているのか、楽器の音や手拍子、人々の笑い声が聞こえる。
こんな夜は、本当に自分が独りなんだと思い知らされる。
「ねぇ店長、“月がきれいになったね……”」
二階の窓の外に見える少しかけている月が、まるで自分の気持ちのようで、ついつい浸ってしまう。
真ん丸に完成しそうなのに何かが足りない……少しかけている。
『……お……。』
一人二役で店長のセリフを言おうとした時だった。
「月はずっと綺麗だよ。……レイラン。」
「……っ。」
「……ソウハ様……。」
窓の下にソウハが一人、立っていた。
ソウハは、以前となんら変わらない笑みで、チョイチョイッと手招きをしている。
どうしてここに? 偶然? ……のわけはないし、もしかしたら彼も宴会に呼ばれていたのだろうか……。
私が窓から動かないからか、ソウハが言った。
「レイラン、おいで、眠れないなら、少し外を歩かないか。」
……今行きます!
「レイラン、なかなか顔を見に行けずすまなかったね。遊女を辞めたと聞いて驚いたよ。」
「……。」
ソウハは私が彼のもとにつくなり、手を差し出した。
私はその手を握るが、彼を見てから一向に鳴り止まないうるさ過ぎる自分の心臓の鼓動がバレないかと、ヒヤヒヤだった。
夜の街を歩きながら、近くを流れる河川敷まで行くと、ベンチがあったので、腰を下ろした。
「もう会えないかと思いました。」
少しいじけたような言い方をしてしまった。どうしてソウハの前だと、取り繕う事が出来ないのだろう。
「……どうして? 私がひと晩寝たら去るような、ひどい男だと思っていたのだろうか。」
いやいや、だって……もうひと月以上音沙汰なしだったら、普通そう思うよね? 違う? ひと月くらいなら、早とちりなのか?
「レイラン……抱きしめてもいいかな?」
「……。」
私はその言葉に、自分からソウハに抱きついた。
ギュッとチカラいっぱいに……。
「……寂しかったんだね。ごめん。」
「……。」
……ああ、やっぱり彼のこの落ち着いた声が好きだ。
ほんわかとゆったりと話すテンポも好き……私を包み込むこの匂いも好きだ。
「っよいしょ。」
ソウハは私を自分の太ももの上に向かい合うように乗せ、腰に手を回し、支えてくれている。
「……またこの体勢ですか? 好きですね。ふふ。」
「……好きだよ。君の可愛い顔がよく見えるからね。」
彼のセリフに、自分の事を好きと言われたわけでもないのに、ドキッとしてしまう。
「安心して。今日は嬉し恥ずかしいハプニングは起きないはずだ。」
「ちゃんと服着てますもんね。ふふっ。」
お茶目な所も本当に可愛いくて癒される。
「……(小声)ここが外でなかったら、わからなかったかもしれないな。」
こそっと私の耳元でそんな事を囁くソウハ。
ソウハと寝た夜以来、全く誰にも反応しなかった私の身体がほんの少し、疼きだした。
ああ……このままこの人から離れたくない。
私はギュッとソウハにしがみつく。
「レイラン? ……そんなにくっつかれると、色々と我慢がきかなくなる……ほら、顔を見せてくれないか?」
「……。」
駄目だ見せられない。今、私はドスケベな顔をしているに違いない。拒否する意味を込めて、さらにギュッとしがみつく。
「……レイランはこんな公共の場で、私を狼にしたいのかなぁ。困ったな。」
「今日はまだ満月じゃないですよ。」
私はしがみついて顔を彼の肩に埋めたまま答える。
「……ちゃんと聞こえているじゃないか。」
「……。」
もう、この人、何なんだろう。こんなにも人畜無害です、みたいな感じなのに、背中にはあんなにかっこいい物を背負ってて……。
私のど真ん中を射ってくる……私の忍耐力を試しているとしか思えない。
「レイラン、そろそろ顔を見せてくれないか。君に口吻をしたい。」
「……。」
それを聞いた私は、シュッと瞬時に顔をあげ、期待の眼差しでじっとソウハを見つめる。
「……。」
「っははは! 本当に可愛いな。口吻がしたかったのか。」
むむ……。
私が少しふくれていると、彼は首をかしげチュッと唇を重ねて、すぐに離れてしまった。
え、それだけ? もうおしまい?
キスしちゃった! っみたいな可愛い顔してますけど……ちょっとあなた……。
「……。」
「私の愛しい猫は、今のでは物足りなかったようだ。」
ソウハはそう呟き、再び唇を重ねた。
「……っ! ……ん……んんっ……。」
あ、食べられる。
少し強引に舌を割り入れこじ開けられた口内で、ソウハの舌が私の舌の絡めとっていった。
「む……んふ……っ、はぁ……はぁ……っ……」
気持ちいい……。
久しぶりすぎて、もうキスだけでイッちゃいそう。
ソウハは私の身体を抱く腕にグッとチカラを込め、キスを続け、深く深く私を官能のソウハ沼に落としていく。
「っ……この辺でやめておかないとかな。」
「……ぁ。」
幸せだった気分が、一気に現実に引き戻された。
「レイラン、必ずまた来るよ。それまでいい子に“待て”ができるかな。」
「……猫は待てが出来ないかも。」
「大丈夫、私の愛猫はなかなかお利口なんだ。」
彼の優しい笑みを、私はその目に焼き付ける。
「ソウハ様……待ってます。絶対また会いに来てください。」
「もちろん、絶対に会いに来ないと、私がどうにかなりそうだ。約束する。」
「……ん、約束ですよ。」
私達は、チュッと約束のキスをして、しばらく抱きしめ合った。
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