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しおりを挟む(side皇帝陛下とジュンシー)
ソウハとしてレイランと一晩過ごしてきた皇帝は、その数日後、執務室でジュンシーに言った。
「ジュンシー、“勅令”を下す。よく聞け。」
「……っは?! 突然何をおっしゃて……。っは! 承知いたしました。」
あまりにも突然のことに、ジュンシーは驚いたが、皇帝陛下の珍しく真面目な表情を見て、すぐに態度を改めた。
「私の代をもって、“後宮制度を廃止する”。以上だ。現在後宮にいる妃達にはそれ相応の対応をとり、お帰り頂け。ひと月後には後宮として使用していた建物はすべて計画していた国民の大規模診療所に作り替える。」
ジュンシーは一瞬ぽかん、とした。
しかし、皇帝の決定は絶対だ。
「承知いたしました。直ちに!」
ジュンシーは皇帝に聞きたいことが山ほどあったが、ひと月というとんでもない短期間でやらねばならないことが山ほどできてしまったため、それどころではないと、後宮制度の廃止に向けて動き出した。
(side皇帝陛下とジュンシー)fin..
○○●●
「レイラン! 久しぶりだなぁ! 結局なぜか俺だけがお前に会えなかったんだがっ!」
「お久しぶりです、フェイロン様っ! お花とお菓子、有難うございました。」
生理も終わり、体調もバッチリとなったその日、シアさんはリハビリがてら、と言ってフェイロンを呼んでくれた。
フェイロンのいうとおり、彼が一番久しぶりかもしれない。後宮での密会も流れちゃったし、私の熱に生理に、で、シアさんはフェイロンを遠ざけていたのかもしれない。
「色々大変だったな、悪かった、なにもチカラになってやれなくて。」
フェイロンは私の頭を撫でながら、珍しく優しい言葉をかけてくれる。よく考えたら、フェイロンもウンランも、どこまで知っているのだろうか? 私が後宮にいたことは、密会相手として選ばれし者たちである以上、ジュンシーから聞いているだろうが……。
「全然っ! 色々勉強になったし、いい経験になりました。でも、もう二度と後宮には入らないって決めた。」
「ああ、安心しろ、後宮には入りたくても二度と入れなくなるから。」
ん? なんだ、その意味深な発言は。まぁ、どうせ聞いても教えてもらいえないだろうし、いいや。
もともと、遊女の私には最も縁の無い場所だったし、どうでもいいや。
そして私は話の流れで、彫師について、フェイロンにもハオランに聞いたことと同じ質問をした。
しかし、やはりフェイロンでも身体に絵を描いている人なんて知らない、という答えが返ってきてしまう。
しかたない、今度ソウハに会ったら紹介してもらうしかないか。
ソウハは、あの夜以来、全く音沙汰がない。シアさんに聞いても、次の予約は入っていないと言っていた。
彼は、私では満足できなかったのだろうか……私の貧相な身体に幻滅したのだろうか……。それとも、本当にただ眠りたかっただけなのに、私が襲ってしまって、嫌われてしまったのだろうか……。
暇さえあれば、そんな事ばかり考えてしまっているねちっこい自分に、なんだか嫌気がさす。
やめやめっ、今はフェイロンに集中!
悩むなんて私らしくないっフェイロンと朝まで気持ちいいセックスして、忘れちゃいましょう!
「フェイロン様、今日は食事とお酒は?」
いつもなら、用意されている食事やお酒が見当たらず、不思議に思い聞いてみた。
「食事も酒もいい、今日はレイランにする。」
なんだそれ、食事にする? お風呂にする? それともわ・た・しに対する回答みたいだな。
でもそうか、私以外としていなかったのだとすれば、相当溜まっていることだろう。今夜は眠れないな、いや、今夜も、か。
「はいはい、本日はどのようなプレイをご希望ですか? あ、野球拳しない? じゃんけんして、負けた方が一枚ずつ服抜いでいくの!」
そういえば、いつかやろう、やろう、と思っていながら、できていなかったことを思い出した。フェイロンは、洋装だから、圧倒的に私が有利だけど。
「レイラン……それも面白そうだけど、今日はそんな余裕ない、今すぐお前を抱きたい。ダメか?」
フェイロンの熱のこもった眼差しに、私はふと、自分の身体に違和感を覚えた。
いつもなら、こんなことを言われたら、身体が疼いて、喜んでフェイロンの服に手をかけていただろうに、なぜか身体が動かない。
それどころか、私は咄嗟に次の言葉を口にしていた。
「焦りなさんなフェイロン殿、夜は長いんだから! っね、お酒くらいは飲まない? 私も、久しぶりに飲みたいなぁ~って! リンちゃん呼ぼうか。」
自分の異変に気付かれないように、なるべく自然に聞こえるように、見えるように、笑顔を絶やさずにお酒を進め、フェイロンとの行為を避けてしまった。
どうしたというのだろうか。熱を出して、生理を終えて、いつもなら欲求不満大爆発で、自分から襲い掛かっていてもおかしくないというのに。
「レイラン、いいから、こっち来い。」
フェイロンに抱き寄せられ、顎を引かれキスをされる。
その時、私の脳裏には、ソウハの顔が浮かび、フェイロンの顔を見ることが出来なかった。
思わず目も口をぎゅっと閉じ、フェイロンの舌を受け入れることが出来ない。
「っ! ……!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
私は三度の飯より、セックスが好きだ。そうだ、私はセックス大好き女なんだから。
……あり得ない。こんな事は、あっちゃいけない。
「ん? どうしたレイラン、今日は大人しいな。……ああ、そういうプレイか? お前も好きだな!」
幸い、まだフェイロンは何も気付いていない。今なら、そういうプレイということに乗っかって、軌道修正できる。
でも、本当に出来るだろうか? 私は、フェイロンとこれ以上触れ合えるだろうか?
「っそ、そう! 初心な恥ずかしがり屋さんプレイ……。」
無言でいるわけにもいかず、とりあえず適当に答える。
「……。」
しかし……。フェイロンは私の服を脱がす手を止めた。
「レイラン、お前、俺が怖いか?」
「え?! 全然っ?! まったく!」
怖くなんかない。本当に怖くない。変わらず、イケメンですよ貴方は。
そんなことよりも、最低だ私。一番言いたくなかったであろうセリフを、フェイロンに言わせてしまうとは……。
「なら……どうしたんだ? 変だぞ……プレイなんて嘘だろ。」
「……っ。」
じっと私の目を見つめたまま、そらそうとしないフェイロンを、これ以上欺くことは私には無理だった。
でもどうしたらいい? 自分でも受け入れられないこの状況を、なんて説明したらいい?
最低、最低、最低な自分……。何がプロだ。どうしよう、どうしたらいいだろうか。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「っ……フェイロン様……違うんです。私も……どうしたらいいかわからなくて……っ……ごめんなさいっごめんなさい、役立たずで……ごめんなさい……!」
自分の愚かさに、涙が止まらなかった。
遊女として一番最低でやってはいけないことを、よりにもよって、フェイロンに対してしてしまうなんて。
フェイロンは突然泣き出した私の肩にそっと触れた後、無言で部屋を出て行ってしまった。
その日から、私は遊女として客を取ることが出来なくなった。
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