上 下
15 / 51

15 思い立ったが吉日

しおりを挟む
 
 
「じゃーん、ジョルジュみたいにしてみたよ。」
 
「すごいです、その付け毛ならば、絶対にレイラン様だとは誰にもわかりません!」
 
 私は先日街へ出たときに購入したウィッグと新しい眼鏡をかけ、洋装に着替えた。念のため、リンちゃんにも付け毛と眼鏡を装着する。









 
 
「よし、行こうか。」
 
「はい。」
 
 ……と、意気込んだはいいものの……どっち? あっち? こっち? え?
 
「リンちゃん、つかぬ事を伺いますが、出口はどっちかな?」
 
「……。」
 
 リンちゃんは、私を見つめて、“え、知らずにこんな変装までして出てきたんですか? ”っという表情を見せたあと、にっこり笑って、頼もしい言葉をくれた。
 
「私たちはあっちから来ましたので、来た道を戻るのはいかかでしょう!」
 
 さすがは私の相棒。頼りになる。
 
 リンちゃんに言われたとおり、来た道を戻っているつもりで忍者のごとく歩き続け、いくつかの簡易門をくぐり、開けた場所へと出ることが出来た。
 しかし、また恐らくは後宮、もしくは隣接する敷地の中のように思える……なぜなら、地面の作りが同じだからだ。
 
「あ! 誰か来ました!」
 
 リンちゃんが小さく叫んだので、私達は慌てて近くにあった池の側の大きな木の陰に隠れる。
 
 数メートルほど先に、ふとっちょの男性が二人歩いていた。
 
 私達は息を殺し、二人が通り過ぎるのを待つつもりだったのだが、大きな誤算が生じる。
 なんと、腹を空かせた池の鯉たちが、私たちを見て口をあけて寄ってきてしまったのだ……おまけに、よほど空腹なのか、水が跳ねるほどに、大群で押し寄せている。
 
 ……ギャー! 気持ち悪いっ! 餌くらい与えておいてよね!
 
「おい、なんだ? 鯉が暴れてるぞ。」
「本当だ、お前見て来いよ。」 
 
 やはり、気付かれてしまった! まずいっ! ゲームオーバーか!?
 
「リンちゃん、走れる?」
「はい、走ります!」
 
「せーの、で行くよ……。」
 
 と、心臓をバクバクさせながら、私はリンちゃんの手を握りしめ、木の陰からスターティングポーズをとる。
 
 しかし……。
 
「おーい! ちょっとこっち手伝ってくれぇ!」
 
 私達に、救世主が現れた。声だけの。
 
 手伝いを求めて叫んでくれた人のおかげで、鯉の異変に気付いた二人は、そちらへ駆けていった。
 
「……っぷはぁ! あぁぁ~……もうだめかと思った……ね、リンちゃん……バレなくてよかったね。」
 
 無意識に息を止めていた私は、一気に呼吸を再開する。
 
「……すごい脚の震えが止まりませんっ。ですがレイラン様、見つかったら私たちはどうなるのでしょう?」
 
「え? ただ連れ戻されるだけでしょ。大丈夫、きっと、罪に問われたりはないよ。もしそうなっても、リンちゃんの事は絶対に私が守るから、安心して。」
 
 どうやって守ればいいかわからないけど、最悪、なんかすごい人っぽいお客さんにお願いしてみようか。ハオランの親とか、絶対すごい権力者っぽいし。
 
「……それにしても、ここの鯉達もかわいそうだね……こんな狭い池にこんなに沢山詰め込まれて……あげく、飢えてるなんて……。」
 
 この池はまるで、後宮……そのものではないだろうか、と私は思った。たった一人の皇帝に対して、九人も妃が毎日何もせずにいがみ合ってるとか、まったく生産性ないよね。
 
「皇帝さんもさ、こんな不気味な池には入りたくないだろうよ……ねぇ、リンちゃ……っ?!」
 
「(んん!!)」
 
 隣で一緒にしゃがんで池の鯉を見ていたリンちゃんの方を見ると、リンちゃんは男に口を押えられて、声を出せない状況にいた。
 
 
「そうだよね、私もそう思うよ。」
 
「っ?!」
 
「……ところで、お嬢さん方はどなたかな? どこから来たのかな?」
 
 ……お兄さんこそ、どなたかな? ここはどこかな?
 
 
 にこにこと笑顔のお兄さんを前に、私達は、絶体絶命のピンチを迎えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えぇっと……こ、ここはどこでしょうか? 私達は先ほどキョンシー……っじゃなくて、ジュンシー様に連れられて後宮に来たばかりなのですが、道に迷ってしまって……えへへへ……。」
 
「……ジュンシーと?」
 
 正直にジュンシーの名前を出すと、お兄さんは少し反応を示した。
 どうやらこのお兄さん、ジュンシーの事を知っているようだ。よかった。いや、良くないけど、良かった。
 
「そうか、後宮に……では、お嬢さんが噂の“ゲテモノ専用遊女”かな?」
 
 え!? 私、そんなに有名人なの!? でもそっか、この笑顔のお兄さんもイケメンだからか……。
 妓館に来てくれれば、おもてなしするから、ここは見逃してくれないだろうか。うまくいけば本当外に出られるかもしれないし、交渉してみる価値はあるかもしれない。
 
 ……ん? でも待てよ……この声……この髪……。
 
 ……はっ!!!!
 
「あ! あのっ! 以前、街で酔っ払いに襲われてる女性を助けませんでしたか?」
 
「酔っ払いに襲われてる女性? ……ああ、そんなこともあったかもしれないね。その時にピアスをもらったんだった。そうだ、思い出したよ、ありがとう。」
 
 え、何がありがとうなんだ? キャラが掴めない人だな。
 
「私、その時に助けていただいた女ですっ、その節はありがとうございました。」
 
「え、そうだったのか、驚いたな……でも見た目が全然違うね。」
 
「今は、カツラをかぶってますので! 本当は、黒髪です。」
 
 ウィッグを取ると、ボサボサになるので、とりあえず今は外すことはしないでおく。
 
「……あのピアス……は付けていないんだね?」
 
 お兄さんは、おもむろに私の耳に手を伸ばし、耳たぶに触れた。
 
「っ! (ビクンッ)」
 
 お兄さんの指が触れただけだと言うのに、電気が走ったように身体が反応してしまう。
 
「あ、ごめんね、静電気が……痛かったでしょ。」
 
 ……なんだ、静電気か。
 
 
「ところで、お嬢さん達はどこへ行こうとして、迷子になったのかな? 遠くなければ案内するよ。」
 
「本当ですか?! 外です! この敷地の外! 私達、街に戻るんです!」
 
 一緒にどうですか? そのまま、一晩いかがですか? と誘いたい気分である。
 
 
「……外……? 来たばかりではなかったかな?」
 
「はい、来たばかりなんですけど、話が違うんで帰ろうと思って!」
 
 思い出したら、またイライラしてきた。 
 
「ジュンシーはなんと?」
 
「やだなっ、ジュンシー様に話して帰らせてくれるわけないじゃないですかっ! あの人が悪の根源なのに。」
 
「っふふ、悪の根源とはまた……ジュンシーが聞いたら悲しむよ。」
 






 駄目だ、この人のやんわりした雰囲気好き。癒される……笑顔も素敵……。
 
 
 
「このままお嬢さん達を街に送ったら、ジュンシーに叱られそうだから、ひとまずは後宮に戻ろうか。送るよ。確か、十番妃の所に滞在するんだったかな?」
 
 がーん……この人もジュンシーの回し者だったか……ガックシ……。
 
 でも……この人がいるなら、もう少し、ここにいてもいいかな、と思ってしまう自分がいた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

異世界転移した心細さで買ったワンコインの奴隷が信じられない程好みドストライクって、恵まれすぎじゃないですか?

sorato
恋愛
休日出勤に向かう途中であった筈の高橋 菫は、気付けば草原のど真ん中に放置されていた。 わけも分からないまま、偶々出会った奴隷商人から一人の男を購入する。 ※タイトル通りのお話。ご都合主義で細かいことはあまり考えていません。 あっさり日本人顔が最も美しいとされる美醜逆転っぽい世界観です。 ストーリー上、人を安値で売り買いする場面等がありますのでご不快に感じる方は読まないことをお勧めします。 小説家になろうさんでも投稿しています。ゆっくり更新です。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

【完結】王宮の飯炊き女ですが、強面の皇帝が私をオカズにしてるって本当ですか?

おのまとぺ
恋愛
オリヴィアはエーデルフィア帝国の王宮で料理人として勤務している。ある日、皇帝ネロが食堂に忘れていた指輪を部屋まで届けた際、オリヴィアは自分の名前を呼びながら自身を慰めるネロの姿を目にしてしまう。 オリヴィアに目撃されたことに気付いたネロは、彼のプライベートな時間を手伝ってほしいと申し出てきて… ◇飯炊き女が皇帝の夜をサポートする話 ◇皇帝はちょっと(かなり)特殊な性癖を持ちます ◇IQを落として読むこと推奨 ◇表紙はAI出力。他サイトにも掲載しています

絶対、離婚してみせます!! 皇子に利用される日々は終わりなんですからね

迷い人
恋愛
命を助けてもらう事と引き換えに、皇家に嫁ぐ事を約束されたラシーヌ公爵令嬢ラケシスは、10歳を迎えた年に5歳年上の第五皇子サリオンに嫁いだ。 愛されていると疑う事無く8年が過ぎた頃、夫の本心を知ることとなったが、ラケシスから離縁を申し出る事が出来ないのが現実。 悩むラケシスを横目に、サリオンは愛妾を向かえる準備をしていた。 「ダグラス兄様、助けて、助けて助けて助けて」 兄妹のように育った幼馴染であり、命の恩人である第四皇子にラケシスは助けを求めれば、ようやく愛しい子が自分の手の中に戻ってくるのだと、ダグラスは動き出す。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...