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夫であった侯爵は語る

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 この家に出入りする様になったのは、母方の伯父が上手く動けない時期があったからだった。
 馬車の事故だった。
 背中を強く打ったとのことで、なかなかベッドから起き上がれない日々が続いていた。
 そんな訳で、この時期、母の実家の子爵家は困っていたのだ。
 先の子爵であった祖父が亡くなり、相次いで祖母も。
 そして伯父には他に男兄弟が居なかったことも大きい。
 そこで妹の息子である私が手伝いに来たという次第だった。
 私はこの時既にある程度、父の領地や商売の一部について任されてもいた。
 ある程度の経営の実績があった。
 そこで父は私を向かわせたのだった。

「いや、あいつが倒れたなら俺が見てやりたいのだがな」

 もともと伯父とは青年時代から仲が良かったという父は、できれば自身で何とかしてやりたかったらしい。
 だがうちは領地も広く、また商売もある程度以上手を広げ成功していたことから、父にはその余裕が無かった。

「本当に、貴方のような跡取りを持って幸せね」

 伯母は作業の間に間に私を話し相手にしたがった。
 夫が病床にある状態だ。
 話し相手を外の友達に求めることに、多少の遠慮があったのだろう。
 身内である私なら良いだろう、とこれでもかとばかりに「地面に掘った穴」宜しく、あれこれと喋り倒した。
 私は自分自身からの話題は特になかったので、彼女の話をひたすら聞いていた。
 聞くのは得意だ。
 どうでもいいところは聞き流し、重要なところではきちんと相づちや意見も言う。
 だが基本的に否定はしない。

「女の会話というものはそういうものなんだよ」

 父は常々そう言っていた。母のいる前だったが。
 そんな母は母でこう言っていた。

「女性のお喋りは話すこと自体が目的なのですからね」

と。
 そして私はその時、伯母でそれを実感できていたところだった。
 そんな会話の合間に、彼女の存在があった。
 若い、ほっそりとした地味な女性が従姉妹達と共に庭に出てきた時だった。
 私の視線が彼女に向かったことを、伯母が見逃すはずはなかった。
 その興味津々の視線に、私は問わざるを得なかった。 

「あの女性は家庭教師なのですか」 
「そう。――家をご存じ?」

 私は否定した。
 少なくとも実業の話の中では耳にしない名だったのだ。

「何と言うかねえ、可哀想な娘なんだよ。あれでも子爵令嬢なんだよ。だから教養は充分。だが何と言ってもお金が無い。住み込みで職を探して、うちが三軒目だということだよ」
「子爵家が没落とは、なかなか凄いですね」
「そう、そこなんだよ」

 伯母の目がらんらんと輝いた。新たな話題に食いついた、とばかりに。
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