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第1話 八月十三日が仲忠・涼の婿取りの日

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「いやはや、凄いものだったよ」

 相撲の節会に始まり、新尚侍任命に至るまでの出来事を妻に語る時、正頼はどうしてもこの言葉を差し挟まずには居られない。

「それ程、新しい尚侍は素晴らしい方なのですか?」

 大宮は夫に問いかける。

「無論、実際に姿を見た訳では無いが…… あの琴の音、それに宮中の女房達が聞いたという帝への受け答えといい、尚侍として相応しい人物であることには間違いないな。そう、あの琴の音は、そなたにも是非聴かせたかった」
「兼雅どのの奥方であることが勿体ないですか?」

 ふふ、と大宮は笑う。

「どうであろうな…… まあこちらとしては、わが仁寿殿の立場を脅かす様な女性が帝の側に居るのは嬉しいものではないから」
「そうですね。ところで節会も終わったことですし、来月の婚儀のことをそろそろ」



 相撲の節会が終われば、すぐに八月である。
 秋とは言え、未だ暑い日々は続く。
 暑さに耐えかねて、皆内裏にも出仕せず、家に籠もっている有様である。
 そんな中、左大将家の婿取りが俄に注目を浴びる。
 節会の前から、既に宣旨が出されている。

 仲忠には、帝の女一宮を。
 涼には、正頼の十の君、今宮を。

 この二人に関しては、正頼も気合いが入っていた。
 姫君達の調度や装束を始め、上下の仕人まで、容姿の美しい者を選び、格別に念を入れて揃えさせていた。



 正頼はそれに加え、その下の未婚の姫君達をあて宮に懸想していた人々にこの際与えてしまおうと画策していた。
 一応、正頼夫婦はこの様に考えていた。

 大殿の君腹の十一の君を兵部卿宮に。
 おなじく十二の君を平中納言に。
 大宮腹の十三の君、袖宮を兼雅に。
 おなじく十四の君、けす宮を実忠に。

 そう思って、正頼はそれぞれの人々に打診し始めたのだが。

「何だと、皆断ってきたと?」

 何ってことだ、と正頼は驚く。

「一体どうして」
「はあ、それが」

 使いの者は説明する。
 懸想人達は皆あて宮に深く心を捧げていた。それはそれはもう、とても深く。
 なのに、入内して間もない今、ここで婿入りの返事をしたならば、あて宮に対して申しわけない。
 そう考えている、とのことである。

「特に実忠さまのご様子ときたら……」

 使者はため息をついて報告する。
 成る程、と正頼も思う。

「困ったことだ。誰もかれも、私の下の娘では満足しないというのか。まあ仕方がない。あてこそ以外の姫では嫌だ、というものを無理に勧めてもなあ…… と言っても、一人の姫を皆にあげる訳にはいかないし」
「そうですわ。気の進まない人と結婚したらそれこそ娘達が可哀想ですわ」

 大宮はきっぱりと言う。

「そうだな。だがしかし、どれだけ気が進もうと進まなくとも、仲忠と涼の二人だけはは別だ」

 正頼の言葉に思わず力が入る。

「あの二人だけは、本人達がたとえどう言おうと、強いてでも結婚させなくては。帝がわざわざ吉日を選んで、女一宮と今こそを娶る様に、と厳命をなさっているのだぞ」

 八月十三日が二人の婿取りの日と決められていた。



 さて決まってしまうと、気もそぞろになるのが、当の本人達である。
 毎日の様に、美しい調度が自分の部屋に運ばれ、衣装が用意される。
 自分に果たして似合うのか? と今宮はそれを見ながら首を傾げる。
 気が付くと、見知らぬ美しい女房が増えている。自分の側にたむろしていたお喋り好きの者達が微妙に減っている。
 あの者達はどうしたの、と乳人子に問いかける。正頼の命で、婿君に似つかわしくない女房は遠ざけられたとのことである。

「私ももう少し言葉をゆったりさせる様に、と母に言われましたわ」

 乳人子はそう頬に手を当て、ため息をつく。

「確かに涼さまが御婿さまとしていらっしゃるのは、私共、とってもとっても嬉しいのですが、そのために仲良しの女房達が消えたり、姫さまより顔だけは小綺麗な女房達が揃えられたりしても、何か、嫌ですよねえ」

 伊達に今宮と長く付き合っている訳ではなく、この乳人子も辛辣である。

「だいたい小綺麗な女房が涼さまをたぶらかしでもしたら、姫さま、どうなさるんですか」
「お前それ、何か私にすごく失礼じゃない?」
「そりゃ、姫さまは、御顔は藤壺のあて宮さまと同じでとっても綺麗ですわ」
「じゃあいいじゃないの。だいたい顔なんてそうそう見るもんじゃないでしょ」
「結婚すればしげしげと見られますよ。見てもいいのが御夫君なんですから」
「……」
「で、今宮さま、御化粧とか嫌いじゃないですか。特に御白粉」

 う、と思わず今宮は退く。

「まあお顔はそれでもいいんです。それより殿方の興味はやっぱり何と言っても御髪の方ですから」
「そ、そうよ」
「でも御髪だって、確かに色の方は仕方ないとは言え、ちゃんと御手入れすれば、波打つにしたところで、美しいものになるでしょう? それを普段、面倒とか何とかおっしゃるから、絡まって絡まって、いつも私どもは解きほぐすのが厄介で……」

 そうなのだ。彼女とあて宮の最も大きな違いはそこにある。
 顔の相似は大した問題ではない。だが髪の違いは大きいのだ。

「ですから、今日からでも」
「そういうことは、もっと小さい頃に言って欲しかったわ」
「はあ? 私も母も散々言いましたが?」

 そう言われてしまったら仕方が無い。
 今宮は不本意ながら、その日から髪の手入れにいそしむ羽目となった。



 一方、女一宮は既に肝が据わっていた。
 元々帝の女一宮、最愛の娘であるという自負。
 そして何と言っても、その最愛の仁寿殿女御譲りの美貌。と言うか可愛さ。
 特にその髪の美しさは、よくあて宮と比べたと言う。
 彼女には不安は無い。仲忠の心以外は。
 もっとも、それに関しても既に彼女は「どう仕様も無い」と割り切っていた。
 自分は仲忠がずっと好きだった。
 だからその仲忠を夫に迎えることができるのは、運がいいのだ。
 そう思うことにした。
 それ故に、今になってぐずぐず言っている同じ歳の叔母の態度がどうにも煮え切らなかった。
 元々は性格は逆だったはずだ。彼女の方がいつも自分を引っ張っていったはずだ。「女房」などと嘘をついて、涼と文通もしていたはずだ。
 なのに今はどうだ。

「それはやっぱり本当に涼さまのことがお好きになったからではないですか?」

 彼女の乳人子がそう答える。

「そういうもの?」
「宮さまは、仲忠さまはお好きとおっしゃっても、お文を交わしたことはございませんでしょう?」
「文を交わすってのはそんなに違うの?」
「違うと思います」

 そう言って乳人子はうっすらと顔を赤くした。成る程、彼女にもそういう相手は居るのか、と一宮は納得する。

「特にその、今宮さまは自分が大殿さまの姫君ということをお知らせせずに御文をお交わしになったのでしょう? 女房相手だと思うと、殿方は結構思ったことをずけずけとおっしゃいますわ」
「そのずけずけ加減が好きになったのかしら」
「どうなのでしょう。でも私、正直今宮さまは、もうとっくに御正体を見抜かれていると思いますわ」

 思わず「えっ」と一宮は乳人子の方へと身体を乗り出した。

「だってそうですわ。私達と姫さま達の書きぶりは全く違いますもの。御書きぶりにせよ、御手跡にせよ」
「そ、そう?」
「ええ」

 乳人子は朗らかに笑う。

「特にあの今宮さまでしょう? おそらく、涼さまはどんな内容であれ、非常に面白く読まれたのではないでしょうか」

 うーん、と一宮は考え込む。

「それじゃあどうなのかしら。涼さまとしては、今度の婚儀のことは」
「そうですね。殿方はだいたいこうおっしゃいますわね。外面としては、『思いもよらずにこういうことになってしまいました』。当の本人には『ずっとお慕いしていました』」
「なぁにそれ」
「どうしても何か殿方というのは、一人の女性に縛られている御自分の姿は、あまり信じたくない様なのですわ。全く」
「何、お前の――― もそうなの?」
「宮さま」

 ぴしり、と乳人子は押さえる。

「でも、仲忠さまはそういうことは無さそうな気が致します」
「え、え?」

 いきなり仲忠の話題が振られて、一宮は焦る。

「これは宮さまと一緒に仲忠さまのお姿を拝見していた私の感想ですが―――」

 何、と一宮は身体を固くする。

「あの方は、あれ程皆から好かれているのに、何となくそれを信じていない様に思われるのです」
「あ、お前もそう思った?」
「はい。もっとも、宮さまがあの方のことをお好きということを知っているから、私にもそう見えたのかもしれませんが……」

 そうなのだ。
 確かに一宮が仲忠を好きになったのは、彼の容姿や声、とっさの受け答えや、周囲の友人達と遊ぶ様、それらを御簾越しに見たり、女房達から情報を聞いたりした結果だが―――
 何よりも、その仕草の中に時々ある、ひどく虚ろな笑み。
 それが彼女の胸を突いた。

「あの方は、楽しそうにはしてらっしゃいますが、本当に楽しんでらっしゃるのか、…… 正直私は判らなくなります」

 確かに、と一宮は思った。

   *

 その仲忠と涼であるが。
 周囲は準備準備で騒がしい。
 特に仲忠側では、新尚侍となった母が、張り切って支度を進めている。
 確かに当初の二日は忍んで通うのだが、それでも決して恥ずかしい格好はさせられない。何と言っても彼が結婚するのは女一宮なのだ。
 三日目の披露の日は、おそらくは参内することが求められるだろう。宣旨による結婚なのだから。その際の準備はもう言うまでも無い。
 そしてその折には、と尚侍には一つ考えていることがあり――― そちらも平行して進めていた。
 涼の側でも、祖父・種松とその妻が、とうとうご結婚だ、と浮かれ騒ぎながら準備を進めていた。
 当人達は、そんな騒がしいお互いの家を行き来して、騒がしい周囲の支度をよそに、二人で話し込んだり箏や和琴をかき鳴らしたり、のんびりと構えていた。

  *

 さて、八月十五日が結婚の三日目にあたっていた。
 三条殿に二日続けて通った婿達は、この日、唐突に内裏から呼び出された。
 予想はしていたので、披露の席に居た仲忠も涼も、その場に居た上達部や皇子達を率いて参上する。

「やあ、素晴らしい婿ではないか。こちらへ」

 帝はそう言って二人を近くに招き寄せると、話や管弦の遊びを始めさせた。
 だが相変わらす楽器に手も付けようとしない二人に、帝は苦笑する。
 その様にして時間が過ぎて行く中で、二人の使者がやってきた。
 一人は誰あろう、右大将だった。尚侍からだ、ということだった。

「そう言えば今日は十五日であったな」

 節会の時の約束通り、帝は尚侍が参内するのを半ば諦めつつも待っていた。その祝いの席でもある。ぜひ彼女に琴を弾いてもらいたかった。
 自分と尚侍は今更結ばれることは叶わない。琴の家の血を自らつなぐことが出来ない。
 だが代わりに、帝は二人それぞれの息子と娘に託そうと考えていたのだ。
 兼雅はそんな彼女の使いとして、帝の元に琴を奉った。

「これは尚侍も仲忠も、小さな頃から練習してきた琴で『細緒風《ほそおふ》』というそうです」

 兼雅は別に彼女に参内を止めた訳では無い。尚侍自身がそれをしなかったのだ。
 そして自分の代わりに、と昔から慣れ親しんだ琴を渡した。

「きっと仲忠は今日くらいは弾いてくれるでしょう」

 そう笑顔を残して。
 もう一人の使いは、種松だった。
 種松は直接ではなく、左衛門督を介して琴を帝に奉った。

「これは涼の中将の師、弥行《いやゆき》がかつて唐から持ち帰った『十三風』という琴だそうです」

 そんな凄いものが、と帝は驚く。
 一方涼も驚いたが、彼の方は「あ、忘れていた」という程度だった。
 「十三風」は仲忠の持つ「なん風」や「はし風」とよく似た琴だった。
 吹上からわざわざ持ってきたのか、と涼は祖父母の気持ちを嬉しく思う。
 と同時に少し面倒だな、とも思う。この先の帝の仰せが予想されるからだ。
 二つの素晴らしい琴をそれぞれの宰相中将に渡すと、さあ楽を始める様に、と命じた。
 こうなると帝の力の込め様はいつもと違っていた。

「おお、御自ら……」

 帝自身が楽に合わせ、唱歌を始めていた。
 そしてなかなか琴に触れようともしない二人に「遅いではないか。始めよ」と催促する。
 二人は顔を見合わせる。
 どうする? とばかりに仲忠は困った様な表情で涼を見る。
 この際仕方が無いだろう、と涼は苦笑する。
 他の浮かれ騒ぎの時ならともかく、この夜の宴は、この二人の婿達のために催されているのだ。
 それが当人の本意であろうがなかろうが、主催は帝。その中で祝われた彼らが弾かない訳にはいかなかった。
 もっともこの日、二人は決して悪い気分ではなかった。
 と言うのも、彼らにとって、二晩通った相手は、どちらもそれなりに好みだったのだ。
 華奢な身体を持つ少女達は、どちらにせよ、自分達に好意を抱いていた。純粋な、格別の好意に感じられた。
 この先がどうなるか判らないが、下手に熱の入った恋が絡むより、長い付き合いをしていくには良い相手だろう、と二人とも思った。
 だからこの時の二人は珍しく、さほど愚図ることも無く、琴に手を触れた。
 かつて神泉苑で仲忠が弾いた「なん風」は、あまりに響く音で、人を惑わせたが、「細緒風」の音はそうでもない。高く荘重に、静かに澄んだ音を放ち、人々の心をしんみりとさせた。
 仲忠はそれにほっとしている様だった。普段に比べてのびのびと弾いている様だ、と涼には思われた。
 「十三風」もそれに合わせる。初めて弾く琴ではないので、彼もその性質は良く知っている。大きく響くことは知っているが、ここではそれを少し控えた。
 やがてその場に居る皆が、二人の演奏に涙を流し始めた。
 帝もそれに満足して、仲忠に向かって盃を渡し、こう詠んだ。

「―――大切に育てた松/女一宮の林に降り立った鶴/仲忠よ、今夜から、林の様に、群鳥の様に、繁栄して幾久しく仲良くしておくれ」

 それに仲忠も返す。

「―――松陰に並んでいる多くの田鶴もそれぞれ久しく栄えたいと思うことでしょう」

 一方、正頼もまた盃を取って、婿となった涼に渡すとこう詠んだ。

「―――数の中にも入らない住の江の姫松/今宮を空高く舞う田鶴/涼はどう見るでしょう/お気に召したでしょうか」

 すると涼も盃を受け取り、返歌する。

「―――姫松には数え切れない程の田鶴が、各々の長い齢を献げることでしょう。その一羽に過ぎない私が、どうして有数の美しい姫を喜ばないことがありましょう」

 そしてその後、しばらく彼らを祝う歌が詠まれ、再び管弦の遊びが行われた。

 一段落ついたところで、帝が切り出した。

「さてそろそろ、里でも二人の北の方達が待ちわびているだろう。私からは、そなた達を長く留めてしまった罪滅ぼしに『悦』をしなくてはな」

 位官昇級があるのか。
 予想されていたことであっても、皆その場の人々はざわつく。
 この婚儀に関係した者達の位が揃って上げられることとなった。
 それに乗じて、その上の位の者も引き上げられる。
 左大臣は太政大臣、右大臣は左大臣に。
 そこでようやく空く右大臣には、左大将正頼が就く。
 そしてそれまで中納言だった左衛門督が大納言に。
 仲忠と涼が中納言になる。
 そして左大将家の者達、忠純が権中納言、師純が左大弁、祐純が宰相に。
 また彼らの友人である行正が、二人の宰相中将が中納言となってしまったため、その空いた役に昇進したのだった。  



 さてこの昇進した九人のうち、七人までが一緒に新右大臣正頼の三条殿へと向かうことになる。
 その途中で仲忠が実家へと報告したい、と言ったので、一行は二条大路から右大将邸へ立ち寄ることにした。

「どうしたのだ、仲忠、一体。改まって」

 兼雅はこの日が三日夜であり、また帝からのお召しもあったことを知っていた。
 だがまだこの時点では、昇進のことまでは知らなかった。

「実は、思いもかけず昇進致しまして」
「おお!」
「中納言の位をいただきました。できれば是非、今夜はこの喜びを父上母上のもとで味わいたいのですが、皆が車を止めて待っていて下さるので……」

 そうかそうか、と兼雅は息子の両肩をぽんぽんと叩く。
 では、と急いで出てしまった息子を見送ると、兼雅は慌てて北の方の尚侍に伝える。

「そなたに引き続き、今度は仲忠が昇進だ。中納言になったということだ」
「まあ何ってことでしょう……
 ―――かつては零落の底に身を沈めたと思っていましたが、しっかりと生えた岩の上の松/仲忠の種/自分となれたのでございますね」

 兼雅はそれに返す。

「―――成長して、小高くなった松/仲忠を見ると、そなたが身を捨てたのもいい結果を生むことになったと嬉しくなります―――
 今までそなたにずっと悪かった、気の毒だった…… と心の中で辛く思っていたことが、ようやく晴れた気分だ」

 それを聞くと、尚侍はにっこりと夫に笑い掛ける。

「あなたとそうなってしまったことを恨んだことはありませんわ」
「しかし」
「私は今、充分幸せなのです」
「帝がそなたには御執心なさっておられる」
「帝は確かに畏れ多い方です。でも他の誰との間にも、ええ、たとえ帝であられたとしても、仲忠の様な子は生まれて来なかったでしょうし、あなたでなかったら、あの時私達を見つけだしはしなかったでしょう」
「そう言ってくれると、私は嬉しい。それを思うと、昔あれ程沢山の女性と睦み合ったことが馬鹿らしく思える」

 尚侍はそれを聞くと、一体どれ程の女性に夫は靡いてしまったのか、と思う。
 だがその女達に尚侍は嫉妬の感情は無い。
 元々その様な感情が薄いためもあるが、引き取られてからずっと、夫が誰のもとへも出向いていないことを知っているからだ。
 だからこそ、その女性達の処遇が最近は気になりだした。
 こんなに自分だけが幸せであっていいのだろうか、とやや不安にもかられるのだ。
 自分はいい。兼雅の最愛の妻というだけでなく、仲忠の母として、そしてついには帝御自らから尚侍という職を、位を賜った。
 何も無かった自分だが、今はこの様に、世間に対しても確固たる位置を築いている。
 だが……
 いや、今は考えまい、と彼女は思い返す。
 いつか。もっと色々なことが治まってから、その女性達の処遇をも、この陽気で何処か子供の様な夫に何とかさせたい、と。



 一方仲忠は、彼を待つ者達と共に、七人揃って正頼邸へと向かった。
 まずは北の大殿に住む大宮のもとに向かい、並んで昇進の報告をして拝舞する。

「ご報告恐れ入ります」

 大宮はそう受けて、彼らの出世を喜んだ。

「今日の悦はこちらにだけ申し上げます」

 そう言って、仲忠と涼以外の者はそれぞれの住処へと引き上げた。
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