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14.それではつじつまが合わない。
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それは、いつだった!?
それは、誰とだった!?
判らない。記憶にない。俺にはそんな記憶はない。
(でもそれはおかしいだってお前はそんな風に感じているそれが快感だということを知っているどうやって求めたらいいか知っている)
(お前は知っている)
(お前は知っている)
(お前は知っているはずだ)
―――誰だった?
墜ちていく。
………………
*
―――彼は伯爵との会話を思い返していた。あの美しい二連星から帰ってきた時のことだった。
庭には、遅れて咲いてきた薔薇が美しくその姿を現していた。
伯爵はその時、花でも愛でながらお茶でもどうかね、とGを誘った。
伯爵邸のお茶は実に美味しかったことを覚えていたので、彼は一も二もなくその申し出を受け取った。
そういう時間は、彼らが出会ってからよくあることだった。
最初の出会いは確かにあまり印象が良くなかったが、それでも慣れと、仲間意識と、そして伯爵自身の穏やかさがGにも馴染んでいったと言える。
「今でも不思議なんですけど、どうして盟主は僕を選んだんです?だってそりゃ素質がどうっていうのは聞きましたけど、だからと言って」
「だからと言って?」
伯爵は穏やかに問い返した。
「僕は人間だ。あなた方のように特別なものじゃない」
確かにそうだ。最高幹部会が人間以外のものの巣窟であることは、既にGも理解していた。
この伯爵にしても、どんなものであるかまではまだその時点では聞いてはいなかったが、少なくとも人間ではないことは盟主から聞いていた。
連絡員のキムは最後のレプリカントだし、中佐はその昔身体を無くして現在は脳以外全て戦闘タイプのサイボーグだという。
盟主自身にしても、ただの人間ではないのは判る。キムや中佐の話を聞くと、Mは彼らが拾われた当時とまるで変わっていないのだという。
彼らのようにメカニクルの身体を持っているのならともかく、Mは純粋な生身らしい。
そして時々囁かれる「やんごとない」という形容詞。彼につけられるそれは、一族もしくはその上の存在をうかがわせる。……「悪意と悲劇」の存在理由を考えるとそれはひどく不思議ではあるのだが。
つまりは、特別な立場にある人間の選んだ、人間以外のもので構成される最大の腹心。それが「MM」の最高幹部会のはずなのだ。
なのに自分は。
「僕はただの人間です。一体どうして僕がここに居るんでしょう? 僕にはそんな、盟主に、Mにそう呼ばれるだけのものがあるんでしょうか?」
「あるからこそ、彼は君を呼んだのだよ」
伯爵はあくまで穏やかに話す。
「必要でない者を、我らが盟主が呼ぶ訳がない。何らかの理由があって、君を招き入れたのは事実だ。私は彼と付き合いが長い。もう何世紀と、行動を共にしている」
Gはその言葉に顔を上げた。何世紀?
「彼が理由もなく、気まぐれでそんなことを決めることはない。気にするな、とは言わないが、気に病む必要はないことなんだ。最も、それは人に言われてどうこうすることではないんだろうね……」
Gはうなづいた。
「こうやって言っている私にしても、情けないかな、まだ思い切れないことが多々あるものだ」
「何世紀も?」
「そう、何世紀も」
Gはその時、覚悟を決めてその問いを発した。
「伯爵は、一体何なんです?」
「私かい?」
彼は立ち上がると、咲きかかった薔薇の一本を折った。そしてにっこりと笑うと、その花をGの目の前に突き出した。
あ、と彼は思わず声を上げていた。
つぼみから、ようやくその美しい姿をいっぱいに開こうとしていた矢先の薔薇が、みるみるうちに、しぼみ、茶色に変わり、それが茎に、葉にと回り……
やがて、からからに乾いた身体を、軽い音ともに崩れさせていった……
「伯爵あなたは……」
「そう」
彼は軽くうなづいた。
「私は吸血鬼だ」
*
それでは自分は何だというのだろう。
墜ちた記憶が、彼にはある。
だけど何故墜ちなくてはならない?
ただの人間の俺が。墜ちるのは、違うだろう?
彼は自問自答する。
確かに俺はあの一族の出だ。だが既にその一族とは言っても、既に祖先の栄光は歴史の彼方だ。ただそれでも一族の一族たる誇りとか家柄とか何とやらのおかげて俺はずっとあの家でそう育てられてきた。育てられてきたはずだ。支配者階層が支配者階層たる教育という奴を。帝立大学が一族やその周辺の傍族に対して無試験で入学させるのはそのせいだ。あそこは確かに最高学府であるが、それ以上に、支配者階層の安定のために存在するのだ。ただ芸術専攻は違う。音楽専攻は違う。あれは別物だ。支配者階層は支配のための学問とそしてそれを見なしていない。そしてその天分は支配者階層であろうがなかろうが同じだ。だがそれ故に一族は俺が音楽専攻に行くのは許さなかった。そのはずだ。そういう記憶のはずだ、俺は。
そういう記憶のはずなのに、彼は。
それではつじつまが合わない。
彼には何処からか墜ちた記憶があった。
墜ちて、その時に見た空の青さを。
浮遊感を、目眩を、恐怖を、快感を。全て覚えている。
だがその記憶は、彼が記憶としてきたものとはつじつまが合わない。
そう言えば、キムが変な顔をした時がある。
ふと彼は思いだした。
それは、誰とだった!?
判らない。記憶にない。俺にはそんな記憶はない。
(でもそれはおかしいだってお前はそんな風に感じているそれが快感だということを知っているどうやって求めたらいいか知っている)
(お前は知っている)
(お前は知っている)
(お前は知っているはずだ)
―――誰だった?
墜ちていく。
………………
*
―――彼は伯爵との会話を思い返していた。あの美しい二連星から帰ってきた時のことだった。
庭には、遅れて咲いてきた薔薇が美しくその姿を現していた。
伯爵はその時、花でも愛でながらお茶でもどうかね、とGを誘った。
伯爵邸のお茶は実に美味しかったことを覚えていたので、彼は一も二もなくその申し出を受け取った。
そういう時間は、彼らが出会ってからよくあることだった。
最初の出会いは確かにあまり印象が良くなかったが、それでも慣れと、仲間意識と、そして伯爵自身の穏やかさがGにも馴染んでいったと言える。
「今でも不思議なんですけど、どうして盟主は僕を選んだんです?だってそりゃ素質がどうっていうのは聞きましたけど、だからと言って」
「だからと言って?」
伯爵は穏やかに問い返した。
「僕は人間だ。あなた方のように特別なものじゃない」
確かにそうだ。最高幹部会が人間以外のものの巣窟であることは、既にGも理解していた。
この伯爵にしても、どんなものであるかまではまだその時点では聞いてはいなかったが、少なくとも人間ではないことは盟主から聞いていた。
連絡員のキムは最後のレプリカントだし、中佐はその昔身体を無くして現在は脳以外全て戦闘タイプのサイボーグだという。
盟主自身にしても、ただの人間ではないのは判る。キムや中佐の話を聞くと、Mは彼らが拾われた当時とまるで変わっていないのだという。
彼らのようにメカニクルの身体を持っているのならともかく、Mは純粋な生身らしい。
そして時々囁かれる「やんごとない」という形容詞。彼につけられるそれは、一族もしくはその上の存在をうかがわせる。……「悪意と悲劇」の存在理由を考えるとそれはひどく不思議ではあるのだが。
つまりは、特別な立場にある人間の選んだ、人間以外のもので構成される最大の腹心。それが「MM」の最高幹部会のはずなのだ。
なのに自分は。
「僕はただの人間です。一体どうして僕がここに居るんでしょう? 僕にはそんな、盟主に、Mにそう呼ばれるだけのものがあるんでしょうか?」
「あるからこそ、彼は君を呼んだのだよ」
伯爵はあくまで穏やかに話す。
「必要でない者を、我らが盟主が呼ぶ訳がない。何らかの理由があって、君を招き入れたのは事実だ。私は彼と付き合いが長い。もう何世紀と、行動を共にしている」
Gはその言葉に顔を上げた。何世紀?
「彼が理由もなく、気まぐれでそんなことを決めることはない。気にするな、とは言わないが、気に病む必要はないことなんだ。最も、それは人に言われてどうこうすることではないんだろうね……」
Gはうなづいた。
「こうやって言っている私にしても、情けないかな、まだ思い切れないことが多々あるものだ」
「何世紀も?」
「そう、何世紀も」
Gはその時、覚悟を決めてその問いを発した。
「伯爵は、一体何なんです?」
「私かい?」
彼は立ち上がると、咲きかかった薔薇の一本を折った。そしてにっこりと笑うと、その花をGの目の前に突き出した。
あ、と彼は思わず声を上げていた。
つぼみから、ようやくその美しい姿をいっぱいに開こうとしていた矢先の薔薇が、みるみるうちに、しぼみ、茶色に変わり、それが茎に、葉にと回り……
やがて、からからに乾いた身体を、軽い音ともに崩れさせていった……
「伯爵あなたは……」
「そう」
彼は軽くうなづいた。
「私は吸血鬼だ」
*
それでは自分は何だというのだろう。
墜ちた記憶が、彼にはある。
だけど何故墜ちなくてはならない?
ただの人間の俺が。墜ちるのは、違うだろう?
彼は自問自答する。
確かに俺はあの一族の出だ。だが既にその一族とは言っても、既に祖先の栄光は歴史の彼方だ。ただそれでも一族の一族たる誇りとか家柄とか何とやらのおかげて俺はずっとあの家でそう育てられてきた。育てられてきたはずだ。支配者階層が支配者階層たる教育という奴を。帝立大学が一族やその周辺の傍族に対して無試験で入学させるのはそのせいだ。あそこは確かに最高学府であるが、それ以上に、支配者階層の安定のために存在するのだ。ただ芸術専攻は違う。音楽専攻は違う。あれは別物だ。支配者階層は支配のための学問とそしてそれを見なしていない。そしてその天分は支配者階層であろうがなかろうが同じだ。だがそれ故に一族は俺が音楽専攻に行くのは許さなかった。そのはずだ。そういう記憶のはずだ、俺は。
そういう記憶のはずなのに、彼は。
それではつじつまが合わない。
彼には何処からか墜ちた記憶があった。
墜ちて、その時に見た空の青さを。
浮遊感を、目眩を、恐怖を、快感を。全て覚えている。
だがその記憶は、彼が記憶としてきたものとはつじつまが合わない。
そう言えば、キムが変な顔をした時がある。
ふと彼は思いだした。
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