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2.茶番だ。

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 五人が帰った後の部屋で、修行中のピアニスト、サンド・リヨンこと、反帝国組織「MM」の幹部工作員Gは、それまでの穏やかで優雅な物腰はどこへやら、長い前髪をかき上げながら、苦々しく口の中でつぶやいた。

「ずいぶんと疲れているようだね、G」

 この館の持ち主であり、やはり「MM」の最高幹部の一人である「伯爵」は先程クラブの青年達にそうしたように、穏やかに笑いかけた。

「疲れもしますよ」

 Gはピアノの椅子に逆向きに座ると、伯爵の手から紅茶を受け取り、一口すすった。彼はやっと人心地ついたような気がした。

「この香り」
「フレーバーティだよ。これは林檎だ」
「林檎ですか」

 途端にGの表情は苦々しくなる。お茶がまずい訳では決してないが、林檎は、先日の路上戦を思い出させる。

「まあ確かにな。君がそういうのを好きではないことは私も良く知ってはいるのだが」
「だったら使わなきゃいいでしょう?」

 上目づかいに彼は反論を試みる。伯爵は自分のカップを持ったまま、悠然とGの正面の椅子に腰を下ろした。

「君ね、これは仕事だよ」

 にやり、とそれまでとは違う悪意に満ちた笑いが彼の表情を覆う。

「だいたい君以外、我々のこの面子の中で、こういった場に似合う者が居ると思うかね?」
「……」

 確かにそれを言われれば仕方がないだろう。他の最高幹部の姿を思いだし、Gはため息をつく。
 キムはともかく、中佐があのサンルームで団欒している図など考えたくもない。
 好むと好まざると、彼は実にそういう舞台に似合っている。それだけは不本意ながらGは承知していた。

「まあいいですけど」

 彼は残りのお茶を一気に飲み干し、空になったカップをピアノの上にとん、と置く。

「それで伯爵、今回の指令は、結局何なんですか?」
「おや、キムから聞いていないのかい?」
「聞きましたけどね」

 Gは眉間にしわを寄せる。

「『惑星カーチバーグに近いうちに起こるだろう騒乱をくい止めること』。まあその程度には僕も聞いていますよ。だけどそれだけじゃあ、どうしても合点がいかないじゃないですか。―――で、今回はあなたが一緒だということなんで、そちらに直接聞いた方が早いと思いまして」
「なるほどね。なかなかキムも説明を省いたな」

 伯爵はうなづき、足を組み替えた。

「ではG、とりあえず君に聞こうか。君の目から見て、今日の彼らをどう思ったかね?」
「彼らですか?」

 Gはサンルームに集った五人を思い浮かべる。整えられた服装、整えられた……ある種の階層の持つアクセント、そして物腰。

「良家の子弟ですか? おそらくはこの辺りのパブリックスクールかギムナジウムを出て大学へと留学している……」
「そう見えるだろう。だが必ずしもそうではない」
「とすると?」
「あの半分は、良家の子弟の振りをした、同業者だよ」
「……ああ」

 Gはうなづく。そう言えば行動がややわざとらしかったな、と彼は思った。穏やかさも、陽気さも、実に明るく正しいその態度も。

「今回このカーチバーグに騒乱を起こそうとしているのは、この辺りのローカル組織『飛ぶ**』だ」
「『飛ぶ**?』」

 Gはやや眉を寄せて復唱する。伏せ発音が耳障りだった。

「そう。ただ、その組織はこじんまりとしているくせに意外と口が固くて、それでいて妙に動き回るんだ。おかげでなかなか我々でも姿が掴めない。何せその組織名すら伏せ名だ」
「すると僕の仕事というのは」
「そう、彼ら五人の中の同業者を見つけだし、騒乱を未然に防ぐこと。ここは未だそういう時期じゃない。手段はもちろん構わない」

 なるほど、と彼は思い、うなづいた。

「何せ連中が考えている騒乱の手段も、規模もさっぱり掴めない。そんなことは基本的に我々にはあってはいけないんだが」
「なるほど、手強いですね」

 Gは「MM」の下部構成員の数とその広がり方を考える。
 クモの巣の様に張り巡らされた情報網は、そうしようと思えば、この惑星カーチバーグの上からでも、現在首都星の中央議事堂でどんな逢い引きが行われているかを知ることも可能なのだ。

「まあ完全に無能ではないことを感謝しよう、うちの下部構成員からは、人数だけは伝えられているんだ。二人。あの五人の中の二人が『飛ぶ**』の構成員だ。そして残りは本当の御曹司なのだよ」
「つまり、単純に五人全部の頭を吹っ飛ばしてしまうという訳にはいかない、と」
「そうだ」

 伯爵は立ち上がり、窓の側へと向かう。そこは庭の色づきかけた木々が一番美しく見える場所だった。

「単純に計画を阻止するだけだったら、それこそ彼らをまとめて事故にでも見せかけて消してしまえば済むことだ。そんな方法は幾らでも転がっている。問題は、現在『本当の』カーチバーグの財界の御曹司に関する情報と、『飛ぶ**』に関する情報がひどく混乱していることなんだ」
「誰かが侵入してますね。確かに最近華中有線なんかも、情報サーヴィスの回線がそういう状態になっています。何処においても情報保全システムにほころびが生じてるんですかね」
「ああ。おかげで今回は、そうそう情報を吸い上げて安楽椅子で事件を解決、という風にはいかなくなってしまったよ」

 伯爵は苦笑した。

「それで僕を?」
「君はフットワークが軽いしね、ちょうど彼らくらいに見えるだろう?」
「―――? 見えるも何も。僕はその位ですよ」
「ああ、そうだったな」

 曖昧に伯爵は笑った。奇妙には思ったが、Gはそれを口には出さなかった。聞いた所で簡単に答を言う人ではあるまい。

「鷹が出るんだよ」
「鷹?」

 脈絡の無い言葉に、Gは思わず問い返していた。

「何なんですそりゃ」
「言葉の通りだよ、G。一応私の方も、別ルートで情報の森の探索も続けているんだけどね、ある程度まで進んでいくと、必ずと言っていい程、鷹が出るんだ。突然とね」
「ああ」

 つまりは条件限定性のブロック効果の具象名か、とGは納得した。

「そのブロック効果の通称が『鷹』なんですね」
「そう。しかもご丁寧にもちゃんと鳥の形をして画面を消していく」
「周到ですね」

 全くだ、と伯爵は穏やかに笑った。

「だがそのおかげで、逆に情報が散乱せずに済んでいるとも言えるな。発火性粒子をまいて、戦場の状況を白兵戦に限定するのと同じことだ」

 なるほど、とGはうなづいた。戦場の状況を自分の手の届く範囲に限定するのは、確実な勝利のためには大切なことだろう。
 だがそこでGの中には、一つ疑問が生じる。

「すると、もう一つ勢力があるということなんでしょうか」
「とすると?」
「少なくとも僕達ではない。だが『飛ぶ**』の戦略としたら、これもまたおかしくはないですか?」
「ふむ」
「どう見ても、このブロック効果では、『飛ぶ**』自体に必要な情報をもブロックしてしまう筈です。確かに全く無いなら無いで彼らも都合がいいのかもしれませんが……」
「なるほど、第三の勢力か」

 伯爵はそう言いながら、Gにもう一杯紅茶をすすめた。

「その線も一応考えてみよう。ところでG、ずいぶん疲れていないかい?」
「え?」

 彼は弾かれたように顔を上げた。

「ひどく生気のテンションが落ちてる。ちゃんと食事はしているかい?」
「していますよ。ちゃんと出されたものは食べているでしょう?」
「ならいいが……」
「何か、そう見えますか?」
「いや、見える訳じゃあないが、私には、判るものでな」

 Gは苦笑した。
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