上 下
44 / 50

43 13人目の「私」が語る⑤

しおりを挟む
 ブリジットは悔しそうに女のことをしばし罵った。
 そしてその後。

「夫も夫ですわ。戦地には女が居ない。その中で敬愛している、お慕いしていた、と言ってきた女が居たなら応じてしまうだろう? といけしゃあしゃあと言ってのけたんですのよ!」
「だったらそれは、悪いのは御夫君でしょう?」

 シャーロットは看護婦となった女達が責められるのが辛いのだろう。
 やや声が上ずっていた。

「ええ、一番悪いのは夫ですわ。でもその夫を狙ってやってきていたというならば、必ずしも夫だけが悪いとは言い切れないのでは? だから私も、少しだけ行きましたの。ただし前線への慰問という形で。そしてそこで小さめの軍服で彼女を呼び出して拳銃で頭を撃ち抜きましたわ! 銃の使い方は夫から聞いていましたもの。敵が多いから、君も覚えておいてくれって言われて。おかげで私の敵の頭を確実に一撃で殺すことができましたのよ。そして服を取り替え、私は看護婦の服になって遺体をどうしますか、と兵に頼んで。またそれで着替えて戻っただけのこと。夫は私がやったことにすぐに気付いたわ。だってそのくらいのこと気付かなくて、どうやって大佐まで上ったのか、ですわ! 彼はそう、私のすることを放っておいたんです。そして、私を排除したんですわ。そう、こう言ったんですわ。お前のしたことは判っている。だったら、お前することは一つしかないだろう? と。……だから」
「……可哀想に」

 パメラが泣いていた。

「そう、私そんなことで自殺しなくてはならなったのですよ! 可哀想でしょう!?」
「そうじゃありません。可哀想なのは貴女に殺された令嬢ですわ。それ以外何があると言うのですか」
「あの女が!」
「だって本当に悪いのは夫だと貴女も言ってらしたじゃないですか」

 そこで私が口を挟んだ。

「そう。そして令嬢は妊娠しているのが判った時に、そのまま身をひいて隠れ住もうと思っていた様です。貴女にも、貴女の夫にも知られないところに。ですが貴女は情報を吟味し損ねた。貴女の敗因はそこでした」
「ああ!」

 うずくまる彼女の側頭部から血が噴き出した。
 そのまま床にべったりとしがみつき、おいおいと泣き出す。

「何のために! 何のために私は……!」
「ねえブリジット様、貴女はきっと間違えたのですわ」

 パメラは優しくうながす。

「私も間違えたのです。私を最も愛していたのは誰だったのか」
「パメラ様」
「手紙の話。あれは私自身の話です。夫は早くに亡くなって以来、私は彼のラブレターを書き写して自分自身に送っていました。でも、私自身が動けなくなってからずっと送ってくれたのは執事でした。だから、私は少し容体が良くなった時に、遺産をハイエナの様な親戚ではなく、私を本当に最後まで尽くしてくれた使用人達と、社会に還元することにしたのです」
「……お偉いことで」
「貴女は強い方だから、そう動けたのですよ。私は弱かった。だから、そんなことしかできなかったのです。私が貴女の様な健康な身体と気丈な精神を持っていたなら、どうしたのだか…… ねえ、もうそのことを心残りにするのは止しませんか?」

 ふん、とブリジットは鼻を鳴らした。

「そうね。どうせずっとここに居続けても、爆撃が来るだけなのでしょう? 空から爆弾が降ってくるという」

 ええ、と私はうなづいた。

「がれきの山に埋もれるのは嫌ですわ。そうね。ご一緒してくださる?」
「ええ。宜しかったら」

 そして二人の姿がやはり闇の中に消えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

大丈夫おじさん

ホラー
『大丈夫おじさん』、という噂を知っているだろうか。 大丈夫おじさんは、夕方から夜の間だけ、困っている子どもの前に現れる。 大丈夫おじさんに困っていることを相談すると、にっこり笑って「大丈夫だよ」と言ってくれる。 すると悩んでいたことは全部きれいに片付いて、本当に大丈夫になる… 子どもに大人気で、けれどすぐに忘れ去られてしまった『大丈夫おじさん』。 でも、わたしは知っている。 『大丈夫おじさん』は、本当にいるんだってことを。

荷物が届く

翔子
ホラー
この街では、通販などの荷物は自分で受け取る。宅配機能はない。 その際、徒歩で受け取る人を車に誘い込み誘拐しようとする人がいる。 道筋にはご注意を。

機織姫

ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

処理中です...