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58.吉屋信子の戦前長編小説について(14)昭和5年から支那事変までの作品(12)~追憶の薔薇

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 今回の作品は「講談倶楽部」掲載。

 ぴんと来る方もいるかもしれませんが、「講談社」の雑誌です。というか、この雑誌を出して「大日本雄辯會ゆうべんかい」が「大日本雄辯會講談社」になったという。で、今では後者が残ったと。
 大衆雑誌であり、「倶楽部」雑誌はここからだな。姉妹誌の面白倶楽部、少年倶楽部、少女倶楽部、婦人倶楽部、キング…… といった「面白くてためになる」雑誌の一つ。

 んで「追憶の薔薇」ですが。
 いやもうタイトル聞いた瞬間に「百万本の薔薇」がアタマの中で鳴り響きますよ。
 まあそれが想起されるのも仕方ねえな、という海外邦人ばなし。というか、大陸横断列車で巴里《パリ》まで、というあたり何というか!

 掲載は10ヶ月ですのでもの凄く長い話でもなく、講談倶楽部という雑誌に合わせてか、軽い感じはありますな。あと自分の体験含めたエキゾチック描写。

https://plaza.rakuten.co.jp/edogawab/diary/201806160007/

 ヒロインは桂子さんと曙生あけおさん。この二人の対比がきっぱりはっきりしております。
 が、まあ鮮やかな印象を残すのはやっぱり曙生さんのほうかな。
 もともとは恒雄の恋人だったけど、一念奮起して巴里で洋裁修行というあたりが実に「この時代的ろまんちっく」ですな。

 まあこの話、恒雄が死ななければ何だかんだありつつも、弱気な銀也が実家振りほどいて曙生さんくっついて~という展開になったかもしれないけど、……なあ。
 そこで「実家の事情」とか「桂子さんにかつて好意を抱いていた」とか「母親が桂子さんを気に入る」というどんどん愛情だけじゃどうにもならないよ~という事態になるし。
 そもそもくっついたのだって、今一つ燃えるものは無いんですね。やっぱり「遠く故郷を離れて~効果」だけかもしれないし。

 まあこの後後藤と一緒にイタリアに行ったとしても、何か相手は売れない画家、彼女のヒモになりそうな予感はあるのですが……

 というか、吉屋信子の作品で「けなげな」女性ってのは大概だめんずメイカーになる気がするんですが。
 「暴風雨の薔薇」は駄目な男を更に駄目にしたし、「男の償い」もそうなるのに耐えられなくて出ていったり自殺してしまったりする訳(いやそれも何ですが)。

 とはいえ、他作品よりは軽く楽しかったかな。人間関係もシンプルだし。
 いや初期のものとか、ともかく家と家の関係とかで、名前出さなくてもいい人が沢山出てきた感があってだな……
 このくらいシンプルな人間同士の話で、きらきらした華やかな部分とか散らしておいた方がこのひとの話の筋は引き立つんだよね……
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