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56.吉屋信子の戦前長編小説について(12)昭和5年から支那事変までの作品(10)~蝶

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 さて前回ちと作品探しのことをぶちぶち書いた「蝶」です。
 まあ実際これは探した価値がありまして、自分の中では吉屋信子作品の中で一番「本音と建前のズレが無い」作品です。
 んでもって、彼女の初期、そんで代表作にされてる少女小説「花物語」の系譜上にあるんじゃねえか、と感じている作品でもあります。

 掲載された「新女苑」は実業之日本社が高等女学校卒業くらいの女性向けに発刊した雑誌。
 かなり後出しですな。
 だから対象も少女と女性の中間くらい。結婚前のお嬢さんたちの文芸中心雑誌。
で、その創刊号から一年連載された作品でした。
 昭和12年だったので、それこそちょうど支那事変とぶつかったあたり。連載中に主婦之友社の派遣記者として大陸の現地レポをしております。

 人物構成はシンプル。もうただ恋愛と結婚とその狭間でくらくらする話。

 ともかくヒロイン鮎子さんの視点と感情で描かれます。
 んで、花物語よろしく、これは女性同士の愛情のおはなしです。
 しかも彼女の「大人向け」作品の中で、​唯一女性同士の愛情が「夫」に勝ってしまうという。​

 「花物語」の中では結構女性同士の心中ってのあるんですよ。花物語だけでなく、初期短編では時々出てきます。実際当時は同性心中ってのは事件として新聞にも載ってましたしな。
 あと吉屋信子自身も同性愛者だったし。
 で。
 いつも何か「あ、うさんくせえ」と思えるヒロインの綺麗ごとがこの話には無いんですね。
 ええ、まじいつも読めば読むほど、「うっわーうさんくせえ」って感触がありましてね…… 「正直になれよお前……」みたいな。
 その本音がこの小説には出まくっていてですね。

 んであらすじ―――は、前に出したので、そっちを参照していただけるほうが。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893812477/episodes/1177354054893866494
 ブログのほうが読みにくいです。
 ちなみに真珠と書いて「まだま」夫人です。初回だけは「しんじゅ」でしたが、それだと菊池寛になってしまうw

 鮎子さんは真珠夫人へ思いと危険と、それを含めた魅力から結婚という形で逃げるんですな。
 そーすると、何かと蝶がついてくる。
 これは実際見えているのかどうかもわからない。考えすぎの幻覚かもしれない。
 でもさすがに夫の赴任先、上海だけでなく、日本に戻ってからはとうとう夫人の姿まで見えるようになってしまうほどに追い詰められてしまうヒロイン。

 夫には同性を愛している自分を理解されない。当初は男が相手ではないと安心するくらい。
 それはそうで、それは彼の属してきた世界には存在していないからでして。だから鮎子さんが「自分を止めてほしい」とばかりにすがっても見捨てていくと。
 だけどそれが鮎子さんの心の中の何かを切ってしまったんですな。夫人のもとに出向いてしまうと。
 ただ夫人は阿片商人を殺してしまい、二人は追い詰められる。

 で、心中なんですが。
 あらすじには書いてませんが、モルヒネの大量注射で死んでるんですね。
 だからその打った腕にひらひら~と蝶が止まるんですよ。花に導かれるように。
 それを見て夫が「はっ」。悔いてももう遅い、「僕は負けた!」となると。

 正直これが埋もれたのはひじょーっに惜しかった。
 河出あたりで再録本として出してくれればいいのにな、と思いますよ。まじ。そういう系統だもの。
 どっかでもう出していたら、単なる杞憂に過ぎないんだけど。

 ちなみにこの話を最後に、この類の話は一切戦前戦中は書かなくなりましたね。
 そもそも同性愛の話がご法度でしょう。
 それに幻想小説とか探偵小説自体が戦中には書けなくなったんですな。乱歩もこの時期はあかんかった。
 SFならよかったんですけどね。「空想科学小説」なら。

 吉屋信子の幻想小説は、戦後に「ちょっと不思議な話」という感じの短編がだんだん鋭いものになっていきます。
 ワシとしては戦後に急にそういうの書き出したわけではなくて、既にこの辺りにあったんだと思いますがね。
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