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45.吉屋信子の戦前長編小説について(2)情報局第一部による昭和16年の輿論指導参考資料​『最近に於ける婦人執筆者に関する調査』​について

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​​​ 続き。
 今日のタイトルにもある資料なんだけど。 

 まず調査目的。
 これが「国家総力戦下」において「国民の半数なる婦人」の「指導の任にある」と見なされる婦人の「再吟味」にあったんだな。
 だけど「名実ともに適任者」は「極めて少なく」と​結果は悲観的。​

 ちなみにその​「八大婦人雑誌」↓​ですな。「婦人公論」は当時はがちこちの、中央公論婦人版、でしたな。「新女苑」(実業之友社・少女之友を卒業した年齢層対象)はどっちかというと文芸誌に近い。で、対象が若い女性。
 でも何と言っても売り上げの二巨頭が「友」(主婦之友社)と「倶楽部」(講談社)。

https://plaza.rakuten.co.jp/edogawab/diary/201806010004/

 んで、吉屋信子に関しては、

​>「主婦之友は吉屋信子を守り神とし、小説に、報告に、座談に活躍せしめ、その数は該誌全篇数の一/三強を占めてゐる」​​

 とあるんだよな。当時彼女は主婦之友社と専属契約を結んでいた事から、まあ当然。
 他雑誌だと、この時期だと『新女苑』での座談会司会を一度してだけ。
 それ以外は全部『主婦之友』の小説・報告・司会とか。。
 で、この資料の執筆者の個人評では、窪川稲子・林芙美子と並び小説家としては「所謂、最前線にある人々」として挙げられ、以下の様に記されているのだった。



> 吉屋信子は性格からも、作品からも、窪川稲子、林芙美子、就中、林芙美子とは正反対の人である。性格の線は太く、その智性が辛じて彼女の中性化を防ぎ止めてゐると思はれる。恐しく勇敢であり、恐しく精力家である反面、奇妙にも細心である​。従って影響力は、其の婦人層に持つてゐる人気を考慮するだけでも、充分認められても良いが、其の人気なるものが、所謂、根拠のないスターヴアリューから出たものであり、実質的には空虚であると感ぜられるのは残念であるが、彼女自身が今後努力して、批評の圏内に立ち戻り、本来の面目を示すならば、たとひ、其の個人的性格から一部の人々に不快感を与へる事はあつても、大乗的見地に立てば此の人位、活動の余地がある人はない。​
(資料四十頁)



 つまり、
・恐ろしく勇敢・精力家である反面奇妙に細心。
・影響力はあくまで人気だけ。
・だけど批評の圏内に~なら、使える。

ちなみに比較した二人。
・窪川稲子……過去の経歴はともかく作品と評論で高く評価している。←プロレタリア……
・林芙美子……あくまで「詩人」。「彼女が何か素晴らしい指導原理をもつてゐると見ることは錯誤も甚しい。出来るなら、そのまゝ、そつとして置いて良い作品を作つて欲しい人である」とし、指導力を期待しないことを明言している。まーつまり、「このひとはただの純文学のひとだからほっといてやって……」って感じか。

 ちなみに雑誌社からの吉屋信子に関する回答。



>(F社)=F社ではこの人を尊敬してゐる。えらい人だと思つてゐる。(……)性格としては反面男性的で、義心に富み、大きな包容力を持つが、又、反面、女性的な細い心づかひを身辺の人に配り、利己的でない事は偉大だと思ふ。(……)作品に現はれた男性対女性と言つた対立観念については常に此の人の悩む処である。例へば「夫の貞操」の題名の示す如き対立観はなるべく避け度いと告白してゐる。今の時代にあつては斯やうな対立観は旧体制で、男性も女性も協力して行くべきだと言ふ事も告白してゐた。此の点、世の所謂指導者の如く、かたくなゝ、時代錯誤者と趣を異にしてゐる。時代を見、それに応ずる人だと思ふ。飽く迄も国家中心者である。陸海軍の方に愛されるのも尤もであると思ふ。

(A社)=私の方では使ひませんのでよく知りませんが、此の人の積極的な性格を利用すれば良いと思ふ。
(B社)=F社では想像もつかない程の原稿料を出して此の人を他の所に顔を出さないやうにしてゐるからB社には書いて呉れない。見当ちがひの人で、私の方ではよく知らない。
(C社)=此の人の良い所を強調すれば良い人だと思ふ。
(E社)=B社側の意向と大同小異ではあるが、此の人は一種の人気者で、所謂吉屋フアンと言つた層をもつやうである。此の人の指導性云々も花形役者がフアンに対する場合が考へられるだけで、F誌層が問題になるにすぎず、少しものを考へる人なら、相手にせぬ筈である。原稿料の高い事も、人気俳優の出演料と同じである。E社の如き小さい社は如何なる理由ありとも書いて呉れさうもない。
(H社)=E社とほゞ同意見。(四十一~二頁)



 内容からF社が主婦之友社であることは明らかだけど、「一種の人気者」と断じる他社との落差が激しいのが特徴的。
 また、市川房枝の評において、「吉屋氏のやうに文句抜きに働く人ではない」と比較対象として吉屋の名を出しているのが注目される。

 んで、資料のほうに、分析を元にした「適材適所」がまとめられている。ここでは対象者をABCの三ランクで分けてた。



> A群……「其の部門に概して理解を有し、公平で中道を歩くと見作される人」
 B・C群……功績、智識、経験、指導性があっても「時代の精神を受け入れる寛容をもた」ず、「徒に怨嗟の声を放つ如き観のある」者



 この​B・CとAとの差により、「領域の優劣」だけでなく「非協力的」「女性運動に対する固執」といった態度が重要視されていることが判る。そしてこれらの「適材適所」の中で、​吉屋信子がA評価を受けているのは、「女性の結婚と恋愛問題」だけなんだよな……​

 「女性一般の文化教養問題」「働く女性の一般問題」「家庭婦人の問題」いずれもBランク、「婦人時局指導の一般問題」「母と子の問題」「農村婦人の問題」においては対象範囲外となっていり、吉屋は当局から多大な期待は寄せられていなかったことが判る。若い女性の「結婚と恋愛」においてのみ利用価値があったと思われる。
 なお当局は「小説家」に関しては以下の判断を下している。



> 其の読者層を考へる時、評論家群に次いで重視さるべきである。読者の大半は斯うした作家の作品のみを耽読し、其の態度は無批判を極めるものであれば、其の作品が文学的に如何に優れやうとも、其の内に含まれる無形の荊に毒害を蒙る事は明らかで、其の再検討は指導原理把握の上にも必要である。
(三十七頁)



 すなわち、重要なのは「小説家」より「評論家」。
 「文学的内容」より「時局に応じた内容」だったことが資料には載っていたんだよな。あくまで16年7月には!

 そんじゃ、「当局から決して重視されていなかった作品」の傾向は?
 という疑問。

・「女性の結婚と恋愛問題」→家庭小説には必需品
・「女性一般の文化教養問題」「働く女性の一般問題」「家庭婦人の問題」「母と子の問題」
→含まれてまれているけどB判定や評価外。
→ということは、そもそも彼女の作品の元々持つ何かが、当局の目指すものと噛み合っていないのでは?

ということで、次回は軍国主義バイアスがかかる手前、『主婦之友』に主に書きだした渡欧渡米帰国後の昭和五年から日中戦争直前までの作品から、吉屋作品の特徴を拾い上げてみまーす。
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