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第46話 調べあげされたナギ

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「あまり私の部下を甘く見ないで」
「でも証拠はないですね」
「ええそうね。証拠はないわ」

 さすがに心臓がやや躍り出すのをナギは感じた。

「だけど貴女がカラ・ハンに居たことがあるなんてことは調べれば判る。そこの現在の族長カドゥン・マーイェとも浅からぬ仲であるというのも判る。あいにく私は、ホロベシほど若くはないから心配性なのよ。イラ・ナギ、貴女のことは調べされてもらったわ」

 そしてカラシュは手近にあった紙を幾枚か手に取る。何やら書き付けられている。

「イラ・ナギマエナ・ミナミ…… これは半分偽名ね。本名はただのイラ・ナギ。父姓の無い子。今から三十六年前に、イラ・ケシュ・クーダンの私生児として生まれた。その十四年後に母親が死亡。その頃住んでいた娼館で貴女は最初の客を取らされる。そしてあいにくその客が特別だった」
「……」
「二十二年前。そうね、あの頃と言えば。あの子は第三夫人エガタ・ファンサの死が余りにも大きかったらしいわね」

 今上のことを「あの子」と呼ぶ。

「この帝都を空座にして数年間、あちこちを忍びでふらつき回っていた。もちろん皇帝を殺すことはできないから、必ず戻ってくると判っていれば私達は何か言うことはできない。何かと周りには隠密の警護は居たし、何はともあれあの子は唯一不可侵の皇帝陛下だから」

 ナギは押し黙る。

「似ていると言えば似てなくもないけれど」
「……そのエガタ・ファンサ様にですか」
「淡い色の髪と目。さすがに金色などではなかったけれど。それに、亡くなった時既に三十は越えていた筈だけど、いつまでも少女のようなひとだったわ。綺麗で可愛らしかった。綺麗は一緒だけど?」

 可愛いは違う、というあたりをカラシュはあえてぼかす。

「ファンサから最初に生まれたルーサは女の子であったけれど、ファンサにだけには皇帝陛下も固執したわね。ずいぶん好きだったのでしょう。さてその彼女が再び身ごもった時、さすがに皆反対したわ。もうどうせ彼女は女子しか生めぬのは判っているし、しかも他の夫人達のこともある。二人目の女子など『誰の子とも知れぬ』と言われかねない、とか。皇帝陛下も、まだ生まれぬ、女の子と判っている子供よりは、ファンサ自身の方がよほど大切だったし」
「そうなのですか?」
「あら結構不敬ね」

 くす、とカラシュは笑う。

「まあ実際のところは判らないけれど。とにかくそれでもエガタ・ファンサはその時、子供は生むと言い張ったのよ。でもそう強いひとではなかったし、もともと皇帝の子供を生む、というのは、子供が女子であっても身体にはかなり負担がかかるわ」
「……」
「私や貴女は特別、というより異常なのよ」
「異常、ですか」
「そう。異常。そんな大したものじゃあないわ。……さて、その異常ではないファンサから、子供は無事に生まれたけれど、彼女はそれと引き替えのように亡くなってしまった」
「それがマオファ・ナジャ様ですか」
「そうよ」

 ナギもその名は聞いていた。黒夫人の名を聞くのと同じ感覚である。
 男装の麗人、というものはいつの時代においても、少女の憧れの的となるものだ。だいたいナギにだってややそう思われる傾向はある。それに皇帝皇后の姿はぼかされても、何人も居る皇女がたは、「女子学生通信」などでもよくその姿を見ることができる。

「そのファンサが亡くなったことがずいぶんと大きかったみたいね」
「つまり割り出しは、私をさかのぼるよりも、皇帝陛下の行状をたどった結果ということですか」

 感傷抜きでナギはずばりと言う。

「両方ね。向こうとこっちが上手く合った、ということ。でも貴女の足どりはときどきぷっつり消えてしまう。やや私の手の者達も苦労したようね」
「……それで判りましたか?」
「あなたができてしまった子供を堕ろしてしまったあたりから時々判らなくなっているわね。でも結構いろいろな事件に巻き込まれたようね」
「おかげさまで」
「でも金と銀の狭間の髪、金色の目の美少女をあちこちの娼館で探ったら、結構出てくるものね。あまりさすがにいないわ。それに名前はずっと変えていない。それにカラ・ハンではあの方々に会ったでしょう」
「……どなたでしたっけ」

 もちろんナギも気付いている。自分に自分の正体を突きつけた二人。
 初代と三代の皇后。もう幾つになるのか、想像もできないのに、その姿はやはりこの目の前の皇太后同様、若いままの。

「知らないふりなんかしても駄目よ。あの方々は気まぐれだから、たまにしかこちらへもお寄り下さらない。だけどつい何年か前にいらして、告げられたわ。カラ・ハンで見つけた、と。その時貴女の特徴を聞いた。……まあこんな髪になっているとは思わなかったけれどね」
「似合うでしょう」

 ぬけぬけとナギは言う。だがカラシュはくすくすと笑って動じない。

「ええ全く。で、そこで貴女がカドゥン・マーイェと浅からぬ仲になっていることは判っているのよ」
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