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第15話 『綺麗な人形』の用事

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「だがそうすると、君、十四かそこらでそこに居たってことに…」
「そういうもんでしょう? だいたいそういうところでは、女になれば働かされますし、そうでなくとも商品にされる子供は多い。そういう趣味の馬鹿共が多いってことですけど」
「とにかくそれで、君はずっとその令嬢とあとは一緒に学校に居たってことだよね?確か第一中等は何処の学都でも全寮制と聞いたが」
「ええ。だから彼女と同室ですよ」
「それで仲はいいのかい?」
「いいですよ」

 ナギはさらりと言う。

「すごいね」
「どうしてですか?」
「だって君は『綺麗な人形』だ」
「シラさんも綺麗なものは好きなんですよ」
「そういうものかね」
「そういうものです。で私は結構そこでも優等生をやってまして、楽しく過ごしていたんですが、この通り、時々男爵に呼び出されてお供仰せつかることがあったんです」
「お供」
「だからその際には、本来の『綺麗な人形』の用事も入ってる訳です。嫌ですねえ」
「嫌かい?」

 「何が」を故意に省略した。

「人によりますよ。例えばあなただったら別に構わないですけど」

 ぶ、と彼はコーヒーを吹き出しそうになる。

「冗談はよしてくれ」
「別に。冗談じゃありませんよ。タイプの問題を言ってるんです。やろうと思えば誰とだってできますよ。そういう商売していたんですから。だけどできるからってやっぱり何か生理的に受け付けないものってあるじゃないですか。男爵は基本的には嫌いでしたし、あなたは別にそういう嫌いな部分は無い。それだけのことです」
「だけど好き嫌いって問題はそれだけじゃないだろう?」
「ああ、本当に好きなひとは居ますからいいんです」
「ちょっと待って、だったら余計に」
「別に相手が何であっても、されればされてしまうんですよ。男のように使いものどうとかという問題ではないんです。だから―――」
「お茶呑み終わった?」
「え? ええ」
「その話続けるなら、俺、この席立ちたいんだけど、いい?」

   *

 そして場所は再びホテルに移る。彼はナギを自分の部屋に招いていた。

「いいのですか?」
「もしも君が帝国の何かに狙われているというなら、自室にいない方がいいと思うんだが」
「それもそうですね」

 実際彼の部屋は、人が一人増えようと何も問題ない広さではあった。ナギは入った瞬間、ずいぶんと余裕のある部屋ですね、と評した。
 彼女はあたりの装飾品や調度には何の興味もないらしい。指摘したのは広さと設備のことだった。

「あ、ベッドも二つあるんですね」
「だいたいはこういう部屋は金持ち夫婦が泊まるんだ」
「あんまりそういうのが好きには見えませんが?」

 くすくす、と彼女は笑う。彼は苦々しい表情になる。

「とにかく! 君しばらくこの部屋自由に使ってもいいから…」
「あ、すごい酒ですね」

 飾り棚の上にずらりと並べられた高級そうな酒に彼女は視線を移していた。

「ナギ! 君ねえ!」
「あ、すみません。だけど多少減ってますねえ。呑みました?」
「…まーね」
「美味しかったですか?」
「まあそれなりに。さすがにいい酒が揃っていて…おい、何して…」

 ナギはそのうちの一本を開けると、近くに備え付けられていたグラスに半分くらい注いだ。そして香りを確かめるようにふっとグラスを揺らすと、にっと笑い、口に含んだ。

「ああ、かなり強い」
「…」

 シルベスタは自分の額をぴしゃりと打った。

「どうしましたか?」
「緊張感がない!」
「そんなものあってどうします?」
「君…」
「何が来るかさっぱり判らないんですよ。だからじっとしているってのはあまり性に合わないんです」
「だからっていきなりそう強い酒を呑むかあ?」
「ああ、私底無しなんですよ」
「はい?」
「あ、これは体質ですから、お構いなく。一度無茶苦茶に酔いつぶれてみたいと思っているんですがねえ」

 そう言って彼女はグラスに四分の一程度残っていた酒を飲み干した。

「ああ、結構きますねえ」
「俺昨日、それ呑んだせいで今朝食欲なかったんだけど…」
「でしょうね」
「君… 本当に平気なのか?」
「あいにくと全くもって。もとからこんな身体という訳ではないですが」

 そして、あなたもどうですか、と彼女は別のグラスを引っ張り出す。彼はいい、と手を振る。それがいいですよ、と彼女は苦笑する。

「それよりナギ、狙われる相手の予想はできないのかい?」
「さて」

 ナギは呑み終わったグラスをこれまた広い洗面所に置く。そして戻ると、ベッドの一つに飛び乗った。

「限定できないんだ。男爵関係で言うと」
「それは何故?」
「男爵は、男爵というだけあって、一代でそれだけの功績を築き上げた人間だ。帝国の階級は…」
「知ってる。貴族にも世襲と一代があって、何らかの功績のある人物は、一代に限り男爵を授けられると…」
「男爵はまだ四十になっていなかった。あなたと十は離れていなかった。それで、先代までは大した規模ではなかったホロベシ社団を現在の大きさにまで広げたのだから、もちろんその間には利益を得る者だけではなく、泣いたものだって居ただろうさ」
「それはそうだ」

 好き嫌いはともかく、自分だってデカダの一端を担わされているから、ある程度の危険は承知している。

「だが、ここまでやってきて、しかも持ち主が死んだ人形をわざわざこんなもので狙うような奴に心当たりはないんだ」

 彼女は再びハンカチでくるんだ小柄を出す。そして付け足す。

「男爵には」
「じゃあナギ、君自身には?」
「私? そうだな。無くはないが」
「無くはない?」
「だから私は綺麗だから、私を欲しいと思った奴も居ただろう? 男爵だけでなく。で、可愛さ余って憎さ…」
「ナギ!」

 鋭い声が彼女に飛ぶ。

「君が示唆したんだぞ? これはただ者ではない、と」
「…」

 彼はベッドの一つに座る彼女の前に膝をつき、彼女の両脇に手を置く。ずいぶんな至近距離だとは彼も思うが、そのくらい近付かないと、彼女はすぐに話をそらし、すり抜けてしまうような気がしていた。
 放っておけばいい。もちろん彼の中でそう言う声もあるのだ。だがそれ以上に、好奇心は勝った。

「ええ」
「じゃあどういうただ者じゃないんだ? 心当たりが全くないなんて言わせない」
「言うと長くなるんですよ。それに言っても信じてもらえない」
「え?」
「…」

 ナギは彼の両ひじを同時に押した。がくん、と力が抜ける。バランスが崩れる。
 何だ、と彼は思った。何をするつもりだ。
 ナギはその両腕をいきなり自分の方へと引きつけた。シルベスタはそのまま彼女を押し倒す恰好になる。
 そしてナギは自分の身体を倒し、そのまま掴んだ彼ごと反転させた。
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