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14 タメリクス侯爵夫人サムウェラ(4)

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「損?」

 ルージュは訊ねる。

「いつだってそうじゃない。
 結婚前。
 そう、貴族の女学校に通っていた頃も、貴女も私もさして違う環境で育った訳でなし、学業もお互い一、二を争うし、校内の評判も同じくらいだったわ。
 だからこそ私は貴女と友達で居て面白かったわ。
 貴女と全てにおいて抜きつ抜かれつやっていくのは。
 けどどうよ。その後は。
 私はすぐに結婚させられたわ。
 確かに家格も金もあるけど、祖父とそう変わらない侯爵に嫁がされ。
 貴女は専門科に進学して女学者。
 一人娘だということでお父上が身体の具合で引退した後、自身で継いで侯爵夫人となったと思ったら、舞い込んだ縁談が私の恋人だったなんて何の冗談?」
「それじゃサムウェラ、ずっとこのひとのことを愛していたというの?」
「愛とか恋とかはもう褪めたわ」
「なのにどうして」
に、ティムスがなったからよ。
 この男にはもう用はなかったわ。
 でも使えたわ。
 この男は弱いから、ちょっと押せば、簡単に貴女のことを裏切った。
 私がとっくに情も何も無いことも知らず!」

 あはははは、とサムウェラは今までにルージュが聞いたことの無い笑い声を上げた。

「羨ましかったわ。
 自由に貴女が当主としての侯爵夫人をしていたことが。
 だから、私も実質的な女当主になろうとしたのよ」
「それで侯爵を……」
「時間はかかったけど」

 ちら、と奥の長椅子の方を見る。

「私には子供も居ない。
 跡取りは居る。
 後妻だから、先の夫人の子供がね。
 いえむしろ当初子供を作るな、と周囲から釘を刺されたわ。
 まあ私もごめんだったけど。
 それでも皆子供が可愛いとか色々楽しそうに話すから、子供という生き物はどれだけ可愛いのかと思って連れて来させたわ。
 そう確かに楽しかったわ。
 すぐに私のことを怖がる様になったしね」
「サムウェラ、ウェル、子供達を売り飛ばした訳ではないの、ではどうしたというの、もしや」
「お茶のお代わりをもらえるかしら。
 喋りすぎて喉が乾いたわ」
「ウェル!」

 メイドが慌てて茶の入ったポットを持ってくる。
 それに続いて院長も。

「あんたは器用ですな」

 院長はサムウェラに対しそう言った。

「どれだけの実験をすれば、ああぎりぎり正気を保たせたまま、あんたの言いなりに薬を調節できる様になるんだ」
「その昔、まだ若い頃、学校で習いましたのよ。
 しっかりした結果を出すには、たゆまぬ努力が必要だと」
「校長先生のお言葉をそんな風に……」

 ルージュは足を踏み出す。
 彼女の剣幕に構わず、サムウェラはお茶のお代わりを悠々とカップに注ぎだす。
 そして胸元から小さな瓶を出す。

「……貴女、まだお茶に香りをつけるのが好きなの」
「あら、覚えていてくれたの」
「何で黄色の薔薇なのか、貴女は判ってくれないの」
「判ったからと言ってどうなるの」

 そう言って、小瓶の蓋を取る。
 薔薇の香りがふわりと広がる。
 数滴、茶に入れる。
 香りが更に広がり――

「待ってウェル!」

 ルージュは手を伸ばした。
 その手の前で、サムウェラの喉がごくりと動いた。

 ――カップが落ちた。
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