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38 兄の来襲③

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 そしてその夜は、兄貴とくみこさんに久しぶりにまともな食事をおごってもらった。
 中華の、定食以外なんてどれだけぶりだろう!
 僕は恵まれている方だと思う。
 だから、ちゃんと前を向かなくてはならない。

「それにしても、めぐみ君、何か顔変わったんじゃない?」

 食事をしながら、くみこさんはそう言った。
 上京する前から彼女は兄貴を訪ねて時々やってきていたので、僕と顔合わせくらいはしている。

「変わりました?」

 ころころしたイカと青い野菜を取りながら、僕は彼女に訊ねた。

「うん。何か前より顔、整ったって感じ」

 うーん、と僕は苦笑するしかない。
 それはたぶん、化粧一つしていなかった女の子がある日いきなり化粧しだして顔が変わったように見えるのと同じだ。
 眉をちょっと整えたり、もともと濃くないひげが伸びないように気をつかったり、そういうことが重なっているからだと思う。

「やだなー。下手するとあたしより綺麗じゃない?」
「冗談よしてくださいよ! くみこさんだって、前よりずっと綺麗になりましたよ?」
「そりゃまあ、俺がかわいがってるしなー」

 あっさりと兄貴は言った。
 やだやだやめてよ、とくみこさんは隣に座っている兄貴の背中をばん、とはたく。
 仲がいいなあ相変わらず。

「あ、それともめぐみ君、彼女できたあ?」

 ぐっ、と僕はそこで言葉に詰まった。

   *

 彼女ではないんです、くみこさん。
 そうその場では言わなかった。
 だって、僕が押し掛けて来てしまったのは、彼女ではなく、彼、のところだ。
 兄貴達は気づいただろうか? 
 いやそんなことはないだろう。
 あの人たちの頭の中には、同性の恋人なんていう単語はそうそう出て来ないはずだ。

「追い出されたって」
「留年決定したから、部屋代が振り込まれないの。あんたのせいだよ? ケンショー」

 僕は何気なく言った。
 だが事実だ。

「で、学校には休学届けだしてきた」

 え、と奴の声が喉の奥でつぶれた。
 僕はそんな奴の表情をわりあい冷静に見ている。
 だってそうだろ。僕だってかなりな決心が必要だったんだ。
 それもこれも、あんたに会ったせいなんだケンショー。
 責任取ってくれ、というもんだ。

「しばらくはバンドとバイトに専念するからね」
「……お前さあ……」

 ふう、と奴は頭を一度振る。
 髪が大きく揺れて、表情は判らなかった。

「何?」
「本当に、それでいいのか?」
「いいんだろ」

 良くなかったら、こんなとこ来ない。
 絶対に明日にうちに、この部屋掃除しまくってやる。
 こいつが何と言おうと。
 奴は表情が見えないまま、ふわりと僕の背中に腕を回した。
 僕はその腕に手を当てる。ああ暖かいな。

 どうして、こういう温度に僕は弱いのだろう?
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