ありがとう、さよなら。僕は彼の声ではいられなかった。

江戸川ばた散歩

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11 地元を出てきた理由

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 家に居た方が楽だ、ということは判ってる。
 食事も洗濯も黙ってやってくれる母親。
 風呂だってここよりは大きい。
 古いけど、持ち家で、隣の家とは音楽を鳴らしても構わないだけの距離はある。
 地元の自動車産業の工場で働いている兄貴は、やっぱり車が大好きで、僕が何処か行きたいと言えば、嫌な顔することもなく、送ってくれたりした。
 日曜日にはよく出かけてく。
 つきあってる人もいるらしい。
 きっと結婚も早いだろう。
 親父とお袋も、すごく、という訳じゃないけど、それなりに仲が良い。
 休みになると、何処かにドライブに出かけることがある。
 僕らが住んでたあたりは住宅地だったけど、ちょっと足を伸ばせば、ちょっとした観光ができる山もあの県にはあった。
 無茶苦茶裕福ではない。
 けどひどく穏やかで、明るい生活。
 地元では当たり前な、そんな生活。
 僕の成績は決して良い方ではなかった。
 だから兄貴同様、高卒就職と親は考えていたらしい。
 それも一応考えはしたのだけど。
 だけど。
 何か、違うと思ってしまった。
 何が、とはっきり言葉に出して言えるわけじゃない。
 でも「違う」ということだけは判った。
 だから親に問いつめられた時、すごく困った。
 理由らしい理由がない。
 説明できるほど「何か」は固まってない。
 だけど、ここに居るのは、それは、それだけは違う、と思った。
 母親は困った顔をした。
 兄貴も困った顔をした。
 不思議と平然としていたのは、普段おっとりとして無口な親父だった。
 彼はこう言った。

「どんな理由か俺にはよくわからんし、お前もよく判らないんだろうが、お前がそこまで言うのを初めて聞くから、―――まあそう時間はやれんが、やってみろ」

 僕はどちらかというと、親父似だと言われていたので、その言葉は嬉しかった。
 違う、と思うなら、その理由だけでも見つけないことには親父に顔向けができない、と思った。
 そうやってようやく始まった一人暮らしだった。

 殺風景な部屋。
 狭いのは狭いんだけど、一人だと、何かがらんとしている。
 人の居る家につきものの、始終ざわついている、あの音が無い。
 夜になれば、遠くの電車の音や、車の排気音、隣のうちのテレビの音がぼんやりと聞こえてくるくらい。
 それは僕に関係のないものばかり。
 不思議と安心する。
 でも、これだけは新しく買った、CDラジカセ。
 音楽が好き。
 音が無いと寂しい。
 それは昔から。
 実家のコンポを独り占めできる、と苦笑した兄貴は、入学祝いに小さなそれをプレゼントしてくれた。
 どうせこんな小さな部屋では、大きな音は出せない。
 このくらいがちょうどいいんだ。
 大きな音で聞きたい時のために、ヘッドフォンもちゃんとついている。
 上着を脱いでハンガーに掛けると、その拍子に、ポケットからさっきもらったカセットテープが畳の上に転がった。
 やっぱり何かデザイン的にはいまいちだと思う。
 少なくとも僕はこんなデザインのカセットをもらっても嬉しくはない。
 でも一応聞かなくちゃまずいだろうな、と思った。
 だったらコーヒーでも呑みながら、気楽に聞こう、と。
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