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7 学食のコロッケとハンバーグ定食
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ちなみに「ごはんの一食・お茶の一杯」は学校の食堂だった。
時間は夕方。
「何か、人、多いですね」
昼でもないのに。
「ああ、ウチの学校は、課題で夜中まで残ってく奴が多いからねー」
空いている席がちょうど二つあるところへ、彼女はバッグを投げた。
「ちょっとそこで待っててよ。A定食B定食どっちがいい? ああ、どっちも美味しいからどっちも取ってこよう!!」
彼女は一人でそう言い放ち、食事を取る列へと突進して行った。
何ってパワフルなひとなんだ。
待ちながら、ぼうっと辺りを見渡す。
実際ここで食事をしている人たちは皆、作業服みたいな姿だった。
エプロンとか、つなぎとか。
「はいお待ち」
どん、と僕の前にトレイが置かれる。
「ん? こっちのほうがいい? ハンバーグのB」
「あ、コロッケは好きです」
コロッケがそうするとAなのか。
付け合わせはサラダ。
千切りキャベツではない。
みそ汁がついてごはんがついて。
僕は近くにあった業務用のソースに手をのばした。
「で、あらためて。君名前と専攻は?」
「あ、亜鳥恵です。グラフィックデザインに入ったんですけど」
「あとり・めぐみ」
彼女は僕の名前を噛んで含めるように繰り返す。
「やっぱり可愛いじゃない」
「だからあ」
「わかったわかった、言われるの、嫌いなんだね。どっちで呼ばれたい? アトリ君? めぐみ君?」
「クラスの奴は、名字で呼びますけど」
「じゃあアトリ君。そーいえば、『ハイジ』にそんな名前の山羊がいなかったっけ」
僕は黙ってコロッケを一口食べた。
「あ、結構美味しい」
「でしょ。ちょっとでかいスーパーで売ってるちょっと高めのコロッケくらいには美味しいよね」
「先輩は?」
「え?」
「名前。ノゾエ先輩、でいいの?」
「あれ、あたし言ったっけ」
「さっき自分で言ったけど」
「ならいい。ノゾエ。ノゾエさんがいいな。先輩じゃないから」
「え?」
「あたし、学年は一年だよ」
「えええええ?」
「去年一年で、今年も一年。そう驚くほどのことはないと思うけど……」
そう言われれば、そうだ。
「インテリアデザイン専攻に居るんだ。ただ時々趣味が暴走しちゃってね。単位が足りなくて留年しちゃったの」
ははは、と彼女は笑う。
「趣味って?」
「ん? 旅行」
「っていうと何、あの、海外とか」
「ちがーう。そんなあたし、金持ちじゃないよ。あー…… そうだな、民芸品巡りとでも申しましょうか」
「民芸品」
「うん。元々インテリアデザイン、ってわりと簡単に考えていたんだけど、いやあ、家具とか、食器とか、台所とか、色々、調べてみると面白くて。ついついあちこちの古民具の展示館とか出かけるのが趣味になってしまって。で、旅行資金のためにバイトとかしていたら課題の提出が遅れたとか、本末転倒もいいよねー」
そしてまた、あはははは、と彼女は笑った。
その間もちゃんと箸はごはんとハンバーグと口の間を行き来していた。
「で、アトリ君はグラフィックで何したいの?」
「僕?」
痛いところをつかれた、と思った。
「今のところは、何も」
「ふーん。そっか」
しかしその後に返ってきたのは、想像より優しい答えだった。
「ま、ゆっくり探せばいいよ。ここは居心地いいから」
そうですね、と僕は答えた。
ここの食事はけっこういけるし。
そして「お茶」も、そのまま食堂でコーヒーをおごってもらってしまった。
コーヒーを呑みながら、科は違っても、彼女の話を聞くのは楽しかった。
アハネ同様、このひとも、話が好きなんだろう。
「アトリくん、まだいたのー?」
聞き覚えのある声がした。
だけど顔の記憶はない。
クラスの子だとは思う。
数が多い女子だ。
男子のようにはすぐには覚えられない。
うん、と僕は適当にあいづちを打つ。
するとそこに居たもう一人も、にやりと笑いながら言う。
「何か、さっきから、アトリ君を捜してるひとが、玄関に居る、って言ってたよ」
「僕を?」
「あんまりセンスよくない人みたい」
くすくす、と彼女達は意地の悪い笑いをこぼしながら立ち去って行った。
「捜してるって」
「捜される覚え、あるの?」
僕は黙って首を横に振った。
だいたい入学したばかりで、知ってるも知らないもないと思う。
「でもあたしだって、君を捜してたけど?」
「ノゾエさんはああいうことがあったから」
それもそうだよね、と彼女はうなづく。
僕にはさっぱり心当たりがなかった。
「僕そろそろ帰ります」
「あ、じゃあそこまで送るね」
「帰るんじゃないですか?」
「あたしはまだ課題がね!」
彼女は苦笑する。
なるほど、そういう生活なんだよな。
廊下を歩きながらも、彼女は延々喋り通し、僕は聞いていた。
そして彼女と出会った掲示板前に来た時…… あれ、と僕は目を大きく広げた。
長い金髪。
まさか。
そしてその男は振り向いた。
時間は夕方。
「何か、人、多いですね」
昼でもないのに。
「ああ、ウチの学校は、課題で夜中まで残ってく奴が多いからねー」
空いている席がちょうど二つあるところへ、彼女はバッグを投げた。
「ちょっとそこで待っててよ。A定食B定食どっちがいい? ああ、どっちも美味しいからどっちも取ってこよう!!」
彼女は一人でそう言い放ち、食事を取る列へと突進して行った。
何ってパワフルなひとなんだ。
待ちながら、ぼうっと辺りを見渡す。
実際ここで食事をしている人たちは皆、作業服みたいな姿だった。
エプロンとか、つなぎとか。
「はいお待ち」
どん、と僕の前にトレイが置かれる。
「ん? こっちのほうがいい? ハンバーグのB」
「あ、コロッケは好きです」
コロッケがそうするとAなのか。
付け合わせはサラダ。
千切りキャベツではない。
みそ汁がついてごはんがついて。
僕は近くにあった業務用のソースに手をのばした。
「で、あらためて。君名前と専攻は?」
「あ、亜鳥恵です。グラフィックデザインに入ったんですけど」
「あとり・めぐみ」
彼女は僕の名前を噛んで含めるように繰り返す。
「やっぱり可愛いじゃない」
「だからあ」
「わかったわかった、言われるの、嫌いなんだね。どっちで呼ばれたい? アトリ君? めぐみ君?」
「クラスの奴は、名字で呼びますけど」
「じゃあアトリ君。そーいえば、『ハイジ』にそんな名前の山羊がいなかったっけ」
僕は黙ってコロッケを一口食べた。
「あ、結構美味しい」
「でしょ。ちょっとでかいスーパーで売ってるちょっと高めのコロッケくらいには美味しいよね」
「先輩は?」
「え?」
「名前。ノゾエ先輩、でいいの?」
「あれ、あたし言ったっけ」
「さっき自分で言ったけど」
「ならいい。ノゾエ。ノゾエさんがいいな。先輩じゃないから」
「え?」
「あたし、学年は一年だよ」
「えええええ?」
「去年一年で、今年も一年。そう驚くほどのことはないと思うけど……」
そう言われれば、そうだ。
「インテリアデザイン専攻に居るんだ。ただ時々趣味が暴走しちゃってね。単位が足りなくて留年しちゃったの」
ははは、と彼女は笑う。
「趣味って?」
「ん? 旅行」
「っていうと何、あの、海外とか」
「ちがーう。そんなあたし、金持ちじゃないよ。あー…… そうだな、民芸品巡りとでも申しましょうか」
「民芸品」
「うん。元々インテリアデザイン、ってわりと簡単に考えていたんだけど、いやあ、家具とか、食器とか、台所とか、色々、調べてみると面白くて。ついついあちこちの古民具の展示館とか出かけるのが趣味になってしまって。で、旅行資金のためにバイトとかしていたら課題の提出が遅れたとか、本末転倒もいいよねー」
そしてまた、あはははは、と彼女は笑った。
その間もちゃんと箸はごはんとハンバーグと口の間を行き来していた。
「で、アトリ君はグラフィックで何したいの?」
「僕?」
痛いところをつかれた、と思った。
「今のところは、何も」
「ふーん。そっか」
しかしその後に返ってきたのは、想像より優しい答えだった。
「ま、ゆっくり探せばいいよ。ここは居心地いいから」
そうですね、と僕は答えた。
ここの食事はけっこういけるし。
そして「お茶」も、そのまま食堂でコーヒーをおごってもらってしまった。
コーヒーを呑みながら、科は違っても、彼女の話を聞くのは楽しかった。
アハネ同様、このひとも、話が好きなんだろう。
「アトリくん、まだいたのー?」
聞き覚えのある声がした。
だけど顔の記憶はない。
クラスの子だとは思う。
数が多い女子だ。
男子のようにはすぐには覚えられない。
うん、と僕は適当にあいづちを打つ。
するとそこに居たもう一人も、にやりと笑いながら言う。
「何か、さっきから、アトリ君を捜してるひとが、玄関に居る、って言ってたよ」
「僕を?」
「あんまりセンスよくない人みたい」
くすくす、と彼女達は意地の悪い笑いをこぼしながら立ち去って行った。
「捜してるって」
「捜される覚え、あるの?」
僕は黙って首を横に振った。
だいたい入学したばかりで、知ってるも知らないもないと思う。
「でもあたしだって、君を捜してたけど?」
「ノゾエさんはああいうことがあったから」
それもそうだよね、と彼女はうなづく。
僕にはさっぱり心当たりがなかった。
「僕そろそろ帰ります」
「あ、じゃあそこまで送るね」
「帰るんじゃないですか?」
「あたしはまだ課題がね!」
彼女は苦笑する。
なるほど、そういう生活なんだよな。
廊下を歩きながらも、彼女は延々喋り通し、僕は聞いていた。
そして彼女と出会った掲示板前に来た時…… あれ、と僕は目を大きく広げた。
長い金髪。
まさか。
そしてその男は振り向いた。
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