50 / 56
50 たぶん、これがケンショーの本性。
しおりを挟む
「メジャーデビウ?」
「まあそれもあり、だな」
「だけど、メジャーに行ったら、したい音楽ができなくなるってことはない?」
「それは基本的にはない、と俺は思う」
「何で?」
よく聞く話だった。
メジャーに行くと、それまで目指してきた音楽性が「売れる」方面にねじ曲げられてしまう、ってこと。
その中でつぶれたバンドもたくさんあると聞く。
そういうのは、ケンショーは怖くないんだろうか。
「だってさ、それでも俺がやる音なんだぜ?」
僕は目を細めた。
「例えばちょっと聞き易くできるように、バッキングを少し軽めにする、とかそういうことをしても、一番大本は、絶対に俺は変えない。だけど、それでも俺の音は、いけるはずなんだ」
「何その自信?」
今度は目を丸くする。
「めぐみお前は、自信はないの?」
「……ある訳ないじゃない。そこまでは……」
「そぉ? 俺はあるぜ?」
「単純……」
「単純結構。俺は、それで立ち止まること方が怖いよ」
嫌みではない。
この男はそんなことも考えてはいないだろう。
つん、とケンショーは自分自身の頭をつついた。
「俺はさ、音がさ、放っておくと、この頭から、指から、どんどんあふれ出してくるんだよ。頭の中で、わんわんと鳴ってる。昔からそうだった。だから、どうしても、その音を引っぱり出さない訳にはいかなかった」
初めて聞いた。そんなこと。
「……それを取り出して、形にしない限り、俺の頭はいかれる、って思ったね。そのくらい、それは俺の中で、ぐちゃぐちゃになりながら、ひたすらわめき続けてた。俺がギターを弾けるようになって、それを音のつながりに変えることができるようになるまで、俺の頭はずーっと、混乱したままだったから」
確かにそれは。
「だからどうしようもなくて、他のこともつまらなくて、どうしたものかって、中坊の頃とか思っててさ」
「そんな頃から?」
「そんな頃、ってだいたい楽器なんて始めるのはそのくらいのことが多いだろ?」
まあ確かに。
僕の中学の時にも、そんなクラスメートはクラスに一人は居た。
「でもそんなこと、親とか家族が判る訳ねーだろ?」
ケンショーは吐き捨てるように言う。
「だいたい、美咲だって、理解はしてくれるけど、俺の中の、それがどういう状態か、なんて、どうしても理解できねーって言うし。聞いたことの無い曲が、勝手に頭の中で組み立てられて、わんわんと鳴って形にして外に出してくれってうるさい、って言ってるんだ、って言っても、どうしてもそのことが判らないんだ、って言うんだ。親なんかもう、やっとのことでそれを説明した俺を、頭がどーかしたんじゃないか、って思うばかりでさ」
確かに、そう思われてもおかしくはないかもしれない。
その状態は、僕にもよく判らない。
「だけど、それは確かに俺の中にあるんだ。それはどうしようもないことで、俺がどうこう言ったところで、止むものじゃないんだ」
いつの間にか、僕等の足は止まっていた。
「俺はただもう、その音をちゃんと形にしたい。耳に入れたい。人前に出したい。それだけなんだ。だから、その途中で多少の衣装が変わろうが、俺の中に最初にある何か、は絶対壊れることはないんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうもの。少なくとも、俺にとっては。だから俺はお前のいうような、そういう心配はしたことないよ。時間はともかく、俺は、必ず、それができる」
「……だけどそれを聞く、皆が皆受け止めてくれるとは限らないじゃない」
「それはその音にまだ力がないからだと思う」
まだ、と奴は言う。
「今はない。でも明日はあるかもしれん。明後日かもしれん。でも、確実に、ある。だから、それはそれで、別の問題だ。腕とか、技術とか、そういう問題だ。それは、どうにでもなる。本当に、したいと思ったら、それは、掴めるはずだ」
本当に、したい。
ざっ、と僕は全身の皮膚が粟立つのを感じた。
こんなケンショーを見るのは初めてだった。
たぶん、これが本性なんだ。
僕はその時初めて感じた。
ただのギター弾き、「楽器屋」ではない、と言ったオズさんの言葉の意味がようやく判った。
だからこいつは、目的があったら、他のものが見えないんだ。
だから?
ふと僕は、あの時会った女性のことを思いだしていた。
ケンショーはそういう奴だ、と言った、のよりさんのことを。
「まあそれもあり、だな」
「だけど、メジャーに行ったら、したい音楽ができなくなるってことはない?」
「それは基本的にはない、と俺は思う」
「何で?」
よく聞く話だった。
メジャーに行くと、それまで目指してきた音楽性が「売れる」方面にねじ曲げられてしまう、ってこと。
その中でつぶれたバンドもたくさんあると聞く。
そういうのは、ケンショーは怖くないんだろうか。
「だってさ、それでも俺がやる音なんだぜ?」
僕は目を細めた。
「例えばちょっと聞き易くできるように、バッキングを少し軽めにする、とかそういうことをしても、一番大本は、絶対に俺は変えない。だけど、それでも俺の音は、いけるはずなんだ」
「何その自信?」
今度は目を丸くする。
「めぐみお前は、自信はないの?」
「……ある訳ないじゃない。そこまでは……」
「そぉ? 俺はあるぜ?」
「単純……」
「単純結構。俺は、それで立ち止まること方が怖いよ」
嫌みではない。
この男はそんなことも考えてはいないだろう。
つん、とケンショーは自分自身の頭をつついた。
「俺はさ、音がさ、放っておくと、この頭から、指から、どんどんあふれ出してくるんだよ。頭の中で、わんわんと鳴ってる。昔からそうだった。だから、どうしても、その音を引っぱり出さない訳にはいかなかった」
初めて聞いた。そんなこと。
「……それを取り出して、形にしない限り、俺の頭はいかれる、って思ったね。そのくらい、それは俺の中で、ぐちゃぐちゃになりながら、ひたすらわめき続けてた。俺がギターを弾けるようになって、それを音のつながりに変えることができるようになるまで、俺の頭はずーっと、混乱したままだったから」
確かにそれは。
「だからどうしようもなくて、他のこともつまらなくて、どうしたものかって、中坊の頃とか思っててさ」
「そんな頃から?」
「そんな頃、ってだいたい楽器なんて始めるのはそのくらいのことが多いだろ?」
まあ確かに。
僕の中学の時にも、そんなクラスメートはクラスに一人は居た。
「でもそんなこと、親とか家族が判る訳ねーだろ?」
ケンショーは吐き捨てるように言う。
「だいたい、美咲だって、理解はしてくれるけど、俺の中の、それがどういう状態か、なんて、どうしても理解できねーって言うし。聞いたことの無い曲が、勝手に頭の中で組み立てられて、わんわんと鳴って形にして外に出してくれってうるさい、って言ってるんだ、って言っても、どうしてもそのことが判らないんだ、って言うんだ。親なんかもう、やっとのことでそれを説明した俺を、頭がどーかしたんじゃないか、って思うばかりでさ」
確かに、そう思われてもおかしくはないかもしれない。
その状態は、僕にもよく判らない。
「だけど、それは確かに俺の中にあるんだ。それはどうしようもないことで、俺がどうこう言ったところで、止むものじゃないんだ」
いつの間にか、僕等の足は止まっていた。
「俺はただもう、その音をちゃんと形にしたい。耳に入れたい。人前に出したい。それだけなんだ。だから、その途中で多少の衣装が変わろうが、俺の中に最初にある何か、は絶対壊れることはないんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうもの。少なくとも、俺にとっては。だから俺はお前のいうような、そういう心配はしたことないよ。時間はともかく、俺は、必ず、それができる」
「……だけどそれを聞く、皆が皆受け止めてくれるとは限らないじゃない」
「それはその音にまだ力がないからだと思う」
まだ、と奴は言う。
「今はない。でも明日はあるかもしれん。明後日かもしれん。でも、確実に、ある。だから、それはそれで、別の問題だ。腕とか、技術とか、そういう問題だ。それは、どうにでもなる。本当に、したいと思ったら、それは、掴めるはずだ」
本当に、したい。
ざっ、と僕は全身の皮膚が粟立つのを感じた。
こんなケンショーを見るのは初めてだった。
たぶん、これが本性なんだ。
僕はその時初めて感じた。
ただのギター弾き、「楽器屋」ではない、と言ったオズさんの言葉の意味がようやく判った。
だからこいつは、目的があったら、他のものが見えないんだ。
だから?
ふと僕は、あの時会った女性のことを思いだしていた。
ケンショーはそういう奴だ、と言った、のよりさんのことを。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる