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49 ああそうだよあんたはそういう奴だ。

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「……あ、変なこと聞いた? ごめん」

 彼は慌ててそうあやまる。違うんだ、あんたが謝ることじゃない。
 僕がずっと忘れていたことを、あんたは思い出させてくれたんだ。

「……ううん、違うんだ。ちょっとど忘れ」

 そう言って僕は笑顔を作る。
 そういう時に笑顔を作ることにももう慣れてしまったんだ。

「……で、あんたは、……SSのヴォーカル君、どんな音をやってるの?」
「あ、じゃ今度見に来てよ、ライヴ」
「うんいいよ。いつ?」

 彼は今度の水曜日、と答えた。
 水曜日だったら、その日はバンドの練習日。
 だからバイトも昼間早く終わる。
 練習をちょっと何とか言って休もうか、という気にまで僕はなっていた。
 そのくらい、何かこの目の前の年下のガキの言うことにはつられるものがあった。
 何がどう、というのじゃない。何か、引き込まれるのだ。

「チケットは……」
「そーんな、ソールドアウトなんってしないって」

 あはは、と彼は笑った。
 じゃあナナさんにでも聞いてみよう。
 ふと、通路の向こう側で、見慣れた金髪がきょろきょろとしているのが見えた。
 このガキからはちょうど見えない位置だ。
 用を終えたケンショーが、僕を捜してうろつき回ってるのだろう。

「うん、じゃあ連れとそろそろ合流しなくちゃ、SSのヴォーカル君、またね」
「今度は名前で呼んでね、カナイだよ…… あんたは?」

 カナイ君、か。
 僕は肩をすくめると、彼の問いには答えなかった。



「何やってるんだよ、探したぞ」

 ケンショーは僕を見つけるなり、引き寄せて抱き込んでわざとらしい程に僕の頭を撫で回した。

「うん、ちょっとピアノの音がしたから」
「へえ。ちょっと怪談じみてるなあ」
「そういうのじゃないって」

 そう言いながら彼から僕は自分を引き剥がす。
 この勢いだ。
 僕は思う。
 この勢いが、僕をその気にさせてしまうんだ。
 最初の時から。
 あの熱意に、ギターに、僕はあの時負けてしまったんだ。
 そりゃあ、決して嫌ではなかった。
 だけど積極的に「歌いたい」という気持ちがあったのかどうかは、……判らない。
 でも今は。今は、僕は好きで歌っている。
 歌ってるじゃないか。
 そうだよ、今は、ちゃんと好きで、奴のギターに合わせることが好きで…… 歌ってるじゃないか。
 それじゃいけないのか?

「で、ライヴ日程は決定したの?」
「まーな。できるだけ本数こなしたいし、できれば今度は、地方にも行きたいよな。たまには」
「げ。そんな余裕僕等にあるのっ?」
「だからとりあえずは東京での動員を増やしてだなあ」

 ケンショーはそれから家へ帰る道中延々、これからどうする、という考えを僕に喋り続けた。
 ただライヴをするだけでいいのか。もっと何処かに宣伝をうたなくてはならないのか。カセットではなくCDを今度こそ出そう。

「そうあんたは言うけど予算がねー」
「いや、そーでもないぞ」
「えええええええ?」
「そう驚くなよ…… ウチのバンドって結構真面目で有名なんだぞ」
「そ、そーなの?」

 久しぶりに驚いてしまった。

「だいたいなあ、バイトが続かないバンドマンなんて山ほど居るんだ。そんな中で俺達はそれでも一応、バイトは続いてる」
「そういえばそうだね」
「お前はどーか知らないけど、俺は貯金という奴もしている」
「ええええええっ!!!」

 ケンショーと貯金。
 ……そんな似合わない単語があるとは思わなかった。

「……だからどーしてそんなにお前、驚く訳?」
「だってあんたと貯金って結びつかない」
「……あのなあ…… うちのバンド、いつも何処で打ち上げしてる?」
「あ」

 打ち上げそのものが少ない僕らのバンドは、気がつくと、僕等の部屋に押し掛けては翌朝、白いプラスチックのトレイと菓子の空き袋と空き缶を大量に発生させる、という「打ち上げ」をしている。
 時々美咲さんが料理を差し入れてくれることもある。
 冬には鍋もした。

「お前は他のバンドの打ち上げとか行かないから知らないと思うけどさ」

 そうでなくても、普段の練習の後に、せいぜい行くとしても、定食屋くらいなものだ。
 例の赤だしの美味い。

「で、俺はお前と同居してから、ガス代とか電気代とか折半だからずいぶん減ったし」
「……あんた妙なとこで細かいよなー」
「悪いか?」
「別に悪いなんて言ってないじゃない。意外だ、って言っただけだよ」
「俺はただ、必要なものは必ず欲しいだけだよ」

 ケンショーは迷うことなく言った。
 ああそうだよあんたはそういう奴だ。
 そうでなかったら、僕は今頃ここには居ない。

「そのために、何をするかなんだ。だらだらしてたって前には進めねーし」
「前に」

 そう。
 奴の目はいつもそうだ。
 前ばかり向いてる。
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