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14 何処かで聞いたことのある様な歌い方

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「なあ、僕こないだ、どんな風に歌ってた?」

 授業の終わり、PCの電源を落としながらアハネに聞いてみた。

「こないだ?」
「ほら、新歓コンパの時」
「―――ああ」

 慣れないPCに、慎重な目を彼は向けている。
 アハネはどうもこの授業に関しては、あまり積極的ではない。
 彼が積極的なのは写真基礎だった。
 理論と実地が両方入って来る。
 僕なんかからしたら、理論の方はテキスト開いただけで頭がパニックを起こしそうだ。
 彼はそれに関しても熱心だし、実際理解はできるらしい。

「……っと、ごめん。何の話だっけ」
「だから、こないだの……」

 言いかけて、僕はやめた。
 彼は不思議そうな顔をして、首を傾げる。

「ううん、いい」
「何だよ。変なの」

 そう言って、彼はふと気付いた様に僕の方を見た。

「そう言えばアトリ、最近お前、妙な奴につきまとわれてるって?」
「あ? まあ、うん」

 妙な奴…… 妙な奴ね。
 確かにそうだ。
 ケンショーは妙な奴だと思う。
 あれから毎日の様に、僕の帰り際を狙って奴はやってくる。
 そしてそのたびにヴォーカルをやらないか、と誘ってくる。
 正直言って、僕は困っていた。

「あんまり妙な奴が妙すぎたら、寮に泊まってくか?」
「へ?」
「そいつが、家まで押し掛けてくるとか、そういうことない?」
「いや、それは」

 そう言えば、そういうことはないな。
 学校帰りを狙って、僕がいつも寄ってくスーパーやコンビニ、本屋、時にはCDショップ、そんなところをずっとついてきながらも、部屋近くなると、じゃあな、と言って手を振る。
 しつこいと言えばしつこい。
 だから困っていると言えば、困ってる。なのに。

「それは無いけど……」
「ふうん。だったらまあいいけど。一体何で」
「僕に、バンドのヴォーカルやらないかって」
「バンド。それはそれは」

 へえ、と言ったが、アハネは不思議と驚いてない。

「で、断ったの?」
「断ってるよ。最初から。忙しいし、できないって」
「ふうん。それでも毎日毎日、そいつ、来るんだ」

 僕はうなづいた。

「熱心だなあ」
「物好きって言うんだよ。こないだの、新歓コンパの時に、金髪の店員が居たよね?」
「ああ、そう言えばいたよな。何か、お前の手いきなり掴んだ奴…… あ、そいつ?」
「うん」
「じゃ、お前が歌ってるの、聞いてたんだ。ああそう言えば、何かいい声だ、って引きとめてたよなあ。それで?」
「声が気に入ったからって。バンドのヴォーカルに逃げられたばかりで、って言ってた」
「ふうん……」

 そろそろ行こうぜ、と彼はその時はそれ以上言わず、僕をうながした。



 アハネは頭ごなしに断ってしまえ、と言わなかった。
 そのことがしばらくの間、僕の中で引っかかっていた。
 実際、自分自身に関しても引っかかっていたのは確かで。
 ケンショーに毎日毎日誘われては、言い訳の様に忙しいを繰り返し、断っている。
 だけど、それは決定的な断りの文句になっていない。
 だって、そうやって毎日毎日、まだバイトも決まっていないのに、家に帰って何をする、と言えば。
 ……何もしていない。
 課題にしたところで、実のところ、本当に作業しようと思ったら、ノゾエさんの様に学校に居残ってやった方がいいのだ。
 CGとかだったら、問答無用でそうするしかないだろう。
 そして作業にはまってしまったら、そんな風に、彼が待ってる時間に家に戻るなんてことができない。
 そういう状況に自分を持っていってしまえばいいのだ。
 本当に断りたければ。
 でもそれをしてない。
 何かが自分の中で引っかかっている。
 まるで、奴が毎日毎日僕に会いに来るのを待ってるようじゃないか。

 ケンショーにもらったテープはずっとCDラジカセの中に入ったままだった。
 気に入りのCDも入ってるが、時々思い出したように、それを掛けてしまう。
 別に、何ってことない曲なのだ。
 聞きにくくはない、わりとあっさりした。
 そのあたりにごろごろしている、ギターの音が結構に強いバンド、って感じがする。
 実際、ありふれてると思う。
 ただ、そのギターの音が妙に耳に残るのだ。
 耳に残るから、ついつい何度も聞いてしまう。
 僕は結構音楽を丸ごと頭の中に残すほうだ。
 だからギターに耳を傾けているだけのはずが、いつの間にか歌まで頭に入ってきて、それが延々眠る前の一瞬に回り出す。
 女の子の声だった。
 だけど、何かどこかでこんな歌い方、聞いたことがある。
 誰だったろう?
 そう思いながら、そのまま眠りに入ってしまうことが多かった。
 高音のひっくり返す様な歌い方が、泣いてるようで。
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