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12 「取って食われてたまるか」

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 がさがさ、と帰り道のスーパーで買ってきた袋を開き、水を入れた鍋をコンロにかけ、流しの下から、カップを取り出した。
 食器も、今のところ家で使っていたものを少し分けてもらっている。
 マグカップなんてずっと使ってたものだ。
 アハネから聞いた話では、百均とかにも最近はいい感じの皿やコップが出てるらしい。
 座卓の一つもあった方がいいな。
 インスタントコーヒーを入れたカップに湯を注ぎながら、僕は思う。
 畳のそのままに置くのはやっぱりよくない。
 トレイはあるけれど、それだけでごはんを食べるのは何か味気ない。
 課題をするのに、必要な時もあるだろうし。
 そんなことを思いながら、僕はコーヒーを入れたトレイを畳の上に置き、学校の売店で買った雑誌を取り出した。
 さすがにああいうところの売店には、アート系の雑誌が当たり前の様に並んでた。
 地元のそのへんの本屋では見つからずに、わざわざ私鉄で幾つか駅を越えて大きな本屋が無いと買えないような。
 こういう雑誌を手にしてるというだけで、自分がそういう世界に足を踏み入れた様な気になってしまうというのは、僕も単純かもしれない。
 そうこうしているうちに、カセットのことをまたすっかり忘れていたことに気付いた。
 フレッシュと砂糖を入れたコーヒーをすすりながら、僕はCDラジカセにテープを放り込む。
 実家に居た時にはあまり呑まなかったコーヒーだけど、こっちに来てから、水道水が呑めた味じゃないから、湯沸かしついでに入れてしまう。
 水を売ってるのが当然な理由がよく判る。
 ボタンを押すと、しばらくしてノイズが聞こえてきた。
 何処かの部屋で、真ん中にラジカセを置いて録ると、こんな音がしたっけ。
 カチカチカチカチ、とステイックを鳴らす音が聞こえ、じゃん、と音が始まった。

   *

「よお」

 僕は口をへの字に曲げた。
 翌日、学校から帰ろうとしたら、また玄関にあの金髪男が居た。
 目を細め、何かを確かめる様に僕を見てから、彼は手を振った。

「……また居たの」

 それでも引き返す訳にはいかないから、僕は仏頂面で金髪男に返す。
 精一杯、言葉には気持ちに力を入れる。
 いつもの様にテンポが遅れないように、気を付ける。
 アハネやノゾエさんと居る時の様ではまずい。
 向こうのテンポに引きずられては、何か起きた時に逃げ場が無いような気がした。
 ――つまりは緊張、なんだろうか。
 逃げ場、というと何か妙なんだけど、昨日の今日なのだからしょうがない。
 だいたい初対面の男に抱きつく男が一体どこに居るって言うんだ!

「そりゃあまた、でも何でも。昨日のテープ、聞いてくれた?」
「聞いた。けど、ちゃんとヴォーカル居るんじゃない。何で僕をいちいち誘うんだよ」

 なるべく彼と視線を合わせないように、僕はカルトンの入ったバッグを肩に掛けて玄関を出た。
 彼はそのまま横に並んでついてくる。

「へー、これ学校の教材?」

 帆布のバッグをつついて、彼は訊ねる。
 別に持ってくる必要は無かったのだけど、何となく、持ち出してしまった。
 昨日の今日だ。
 彼が来る可能性があったから、つい、防護壁にもなりそうなそれを。
 買い物とかするには荷物になるというのに。

「そうだよ。あんまり僕は優等生じゃないから、家まで持っていってやらなくちゃならないの」
「ふうん。じゃあ向いてないんだ」
「……何っ」

 僕は思わず彼の方を向いていた。
 細められた目が、楽しげに笑っている。
 しまった。
 引っかかった。

「やっとこっちを向いた」
「あんたが怒らせるようなことを言うからだ」

 そしてまた僕は、ぷいと彼から目をそらした。

「何もあとりめぐみ、俺、あんたを取って食おうってんじゃないんだぜ?」
「取って食われてたまるか」
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