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第四章 義兄を再訪問して感情を洗いざらい喋ってもらう
⑤トリールはどう義兄に怒ってみせたのか
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「で、お義兄様、カイエ様が産科に入院している…… それがお姉様によってだということが判ったとき、どうしました?」
私は話を元に戻した。
義兄はふてくされた様な顔で続ける。
「ああ、あの時は家に戻って上着も取らずすぐに問い詰めたよ。妊娠したことを知っていたのか、と。そうしたらトリールは平然と――いや、静かに笑ったな。僕にさらっと言ったよ。『先生はやっぱり口が軽かったわ』。やっぱり。やっぱり、って言ったんだ」
「想定内の出来事ってことか。さすがだなあ」
うんうん、と先輩は頬杖をつきつつ頷く。
「そうだよ。トリールにとってはエザクが僕に口をすべらせること自体折り込み済みだったんだ。僕に詰め寄られたら彼奴は断れはしない。それに気付いていたのか、と思ったら僕はかっとなって更に怒鳴ってしまった。『何で隠していたんだ』って」
「お姉様だったら、まあこう言うんじゃないですか?『だって貴方がこうやって我を失って私に詰め寄るでしょう?』」
「我を失って、は無かったけど、その通りだよ。カイエさんから聞いていた、別れて会わないことにしていた、だから身を退いて隠れていたと。その理由も然り。だから彼女の気持ちを尊重して隠していた訳なのに何で怒るのか、と」
それはそうだ。
分かりきっている危うい未来なら回避するというのも一つの手だ。
お姉様はカイエ様の身体を気遣ったのだろう。
どう思っていたのか――はまあ今は置いておく。
「そもそもお姉様はお二人の関係を知った時、お義兄様にどう言ったんです? そこでも冷静でした?」
そう、まずは順番から言えば知ったということが先のはずなのだ。
「……じっと僕を見て、何でそんなことをしたのか、と問い詰めだした。彼女にはいい縁談があった、なのに何でそれをわざわざ壊す様なことをするのか、とも。そしてこうも言った。彼女も彼女で、友人の自分の夫に対して何でそんなことができたのか、と。僕はその言葉が出たからついこう言ってしまった。僕がいけないんだ、と」
「うわ」
「悪手だなあ。ああでもそれは本心だし――いや、本心だからこそ咄嗟に出たんだな。そしてそれに奥さんは気付いてしまったと。見事に墓穴だ!」
「貴方本当に僕を苛立たせますね」
「まあ、おそらく俺はそのための要員だろうからなあ」
なあ、と先輩は私の方を向いた。
「お義兄様、私は貴方からできるだけ沢山の、貴方の視点から見たことや、感じたことを知りたいのですから、それはもう仕方ないと思ってください。残念ながら、お姉様のお墨付きですから」
そうなのだ。
お姉様は私を使ってとことん夫へ精神的な屈辱を与えていると言ってもいい。
身内な他人に自分の恥と彼視点の事実を白状しなくてはならないというのは、当人達同士でそれをするよりよっぽど辱めになる。
「悪手は悪手なんだけど、まあ奥さんもそれを誘導したんだろうな」
「ですね」
「……そしてトリールはこう言ったんだ。『やっぱりそこで貴方は彼女をかばうんですね』って。そうなると僕はもうどうしていいのか分からなくなって、とうとう『じゃあどうしたらいいっていうんだ!』って怒鳴ってしまった。だがそうすると『自分のことを棚に上げて私に怒るんですか?』ああ全く、堂々巡りだ」
そりゃあそうだ。
明らかに非があるのは義兄の方なのに、何故彼が被害者のはずのお姉様に怒鳴る権利があると思っているのだろうか。
「それからしばらく僕達は冷戦状態になって、無言で必要なことをして最低限の会話だけ、というのが三日くらい続いた。その重い空気に耐えられなかったのは僕の方だ。いい加減にしてくれ、と。気がついたら、カイエさんが新しく作ったクッションは何処かに行っていた。と、思ったら隣の家の飼い猫の居場所になっていたよ。ちょうどよさげだったからあげた、んだそうだ」
「なるほどお義兄様は隣の家の猫程度だ、と言いたい…… じゃなくて、カイエ様がお義兄様のために作ったものは家に置きたくなかったんですね。当然でしょうけど」
「使い心地は良かったのに」
「だからでしょう? 当然じゃないですか」
私は呆れた。
私は話を元に戻した。
義兄はふてくされた様な顔で続ける。
「ああ、あの時は家に戻って上着も取らずすぐに問い詰めたよ。妊娠したことを知っていたのか、と。そうしたらトリールは平然と――いや、静かに笑ったな。僕にさらっと言ったよ。『先生はやっぱり口が軽かったわ』。やっぱり。やっぱり、って言ったんだ」
「想定内の出来事ってことか。さすがだなあ」
うんうん、と先輩は頬杖をつきつつ頷く。
「そうだよ。トリールにとってはエザクが僕に口をすべらせること自体折り込み済みだったんだ。僕に詰め寄られたら彼奴は断れはしない。それに気付いていたのか、と思ったら僕はかっとなって更に怒鳴ってしまった。『何で隠していたんだ』って」
「お姉様だったら、まあこう言うんじゃないですか?『だって貴方がこうやって我を失って私に詰め寄るでしょう?』」
「我を失って、は無かったけど、その通りだよ。カイエさんから聞いていた、別れて会わないことにしていた、だから身を退いて隠れていたと。その理由も然り。だから彼女の気持ちを尊重して隠していた訳なのに何で怒るのか、と」
それはそうだ。
分かりきっている危うい未来なら回避するというのも一つの手だ。
お姉様はカイエ様の身体を気遣ったのだろう。
どう思っていたのか――はまあ今は置いておく。
「そもそもお姉様はお二人の関係を知った時、お義兄様にどう言ったんです? そこでも冷静でした?」
そう、まずは順番から言えば知ったということが先のはずなのだ。
「……じっと僕を見て、何でそんなことをしたのか、と問い詰めだした。彼女にはいい縁談があった、なのに何でそれをわざわざ壊す様なことをするのか、とも。そしてこうも言った。彼女も彼女で、友人の自分の夫に対して何でそんなことができたのか、と。僕はその言葉が出たからついこう言ってしまった。僕がいけないんだ、と」
「うわ」
「悪手だなあ。ああでもそれは本心だし――いや、本心だからこそ咄嗟に出たんだな。そしてそれに奥さんは気付いてしまったと。見事に墓穴だ!」
「貴方本当に僕を苛立たせますね」
「まあ、おそらく俺はそのための要員だろうからなあ」
なあ、と先輩は私の方を向いた。
「お義兄様、私は貴方からできるだけ沢山の、貴方の視点から見たことや、感じたことを知りたいのですから、それはもう仕方ないと思ってください。残念ながら、お姉様のお墨付きですから」
そうなのだ。
お姉様は私を使ってとことん夫へ精神的な屈辱を与えていると言ってもいい。
身内な他人に自分の恥と彼視点の事実を白状しなくてはならないというのは、当人達同士でそれをするよりよっぽど辱めになる。
「悪手は悪手なんだけど、まあ奥さんもそれを誘導したんだろうな」
「ですね」
「……そしてトリールはこう言ったんだ。『やっぱりそこで貴方は彼女をかばうんですね』って。そうなると僕はもうどうしていいのか分からなくなって、とうとう『じゃあどうしたらいいっていうんだ!』って怒鳴ってしまった。だがそうすると『自分のことを棚に上げて私に怒るんですか?』ああ全く、堂々巡りだ」
そりゃあそうだ。
明らかに非があるのは義兄の方なのに、何故彼が被害者のはずのお姉様に怒鳴る権利があると思っているのだろうか。
「それからしばらく僕達は冷戦状態になって、無言で必要なことをして最低限の会話だけ、というのが三日くらい続いた。その重い空気に耐えられなかったのは僕の方だ。いい加減にしてくれ、と。気がついたら、カイエさんが新しく作ったクッションは何処かに行っていた。と、思ったら隣の家の飼い猫の居場所になっていたよ。ちょうどよさげだったからあげた、んだそうだ」
「なるほどお義兄様は隣の家の猫程度だ、と言いたい…… じゃなくて、カイエ様がお義兄様のために作ったものは家に置きたくなかったんですね。当然でしょうけど」
「使い心地は良かったのに」
「だからでしょう? 当然じゃないですか」
私は呆れた。
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