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第一章 とりあえず浮気相手のところへ行ってみた

⑥夫の死とかけつけた義兄

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「それはもう、私どうしていいか分からなかったわ」

 彼女はそう言った。

「だってそうよ。朝普通に出かけていった夫が、現場からとんでもない姿で戸板に乗せられて戻ってきたんですもの」
「事故だったんですよね」
「ええ。鉱山の監督側だったんだけど、奥の方で奇妙な音と臭いがするから、と夫や同じ役割の社員が呼ばれていったの。その辺り、私はあまりよく分からないのだけど、奥の方で爆発が起きて、そのせいで夫はじめ、幾人か埋もれてしまったんですって」

 粉塵事故だろうか? それとも。
 まあその辺りは後で図書館で新聞記事を漁ってみよう。
 いや、お義兄様はその辺りをしっかり説明されていたかもしれない。

「奥の方には鉱山でも腕利きが居たってことで、もう大変。私だけでなく、社宅のご近所でも泣いたり叫んだり。うちの様に駄目だったのも、そうでなかったのもどっちももう大騒ぎ。お医者も居たことは居たんだけど、足りなくてね」

 ふっと彼女は遠い目になる。

「ともかくもうああいう知らせは聞きたくないと思ったわ。そう、お父様お母様の亡くなったのもあんな風に聞かされて……」

 ちょっとごめんなさい、と彼女は横を向いて、ハンカチを目に当てた。
 確かにその意味で実に彼女は家族に縁が無いのだろう。
 しばらく静かに泣いていた彼女だったが、数分で何とか調子を整えた様だった。

「……ごめんなさいね。つい夫の死のことを思い出すと、両親のまで一気に思い出してしまって」

 お構いなく、と私は返した。
「……で、その知らせを夫の実家に送ったら、そっちは遠いから、とりあえず近い側の、従兄であるあの方の方に知らせが行ったの」

 ああ、と私はその辺りのことを思い出す。
 コーヒーの淹れ方が、という話をしていたのがその辺りだ。
 その辺りの時点のこのひとと同じ様に、朝の夫の支度は自分でやっていたお姉様なのだけど、どうも何かとお義兄様にぶつくさ言われていたのだという。
 まあ、確かにお姉様は頭はいいのだが、器用な方ではない。
 家の中にしても、ちらと見た限り、お姉様のところとこの家では雰囲気がまるで違う。
 家内の統一された趣味だのに関しては明らかにお姉様よりこのひとの方が上等だと思う。
 何というのだろう。
 お姉様は学校時代決して家事関係に関して悪い成績を取っていたという訳ではないのだ。
 特に、家計管理の辺りなど、しきりに先生から誉められたという。
 だが実際に家庭を持ってみたところ、どうもその通りにはいかないことを時々私にもぼやいていた。

「お義兄様の要求が高いんじゃないの?」

と言ったこともある。
 お姉様は「さあどうかしらね」と苦笑していたが。
 ……まあ、確かに実家に比べてもお姉様の家内の方が全体的に雑然としてはいたのだ。
 実用的ではあるけれど、今一つ統一感の無い家具とか。
 活けた花にしても、部屋の大きさに対してちょっとてんこ盛りじゃないか、とか。
 今居るこの部屋には、棚に一輪挿しがさりげなくあったり、お茶の道具とテーブルに掛ける布の色が合っていたり、とちょっとしたところに統一感があるのだ。
 仮住まいの様な場所でも、だ。
 だとしたら、かつての家もそうだったのだろう。
 社宅という、おそらく同じ様な家が並ぶところでも、自分なりの色をしっかり出していた様な。
 そこへ。

「お義兄様が出向いた訳ですね」
「ええ、取りも直さずっていうか。そう、トリールからも早く、と急かされた様だったわ」
「お姉様が」
「それでもうあっという間に来てくださって。私がおろおろしている間に、両親の名代ってことで、会社の皆様へのご挨拶としかして下さって。本当にありがたかったわ……」

 あ。
 その口調の中に、このひとがお義兄様をこの時点から既に頼りにしていた、ということがほの見えてしまった。 
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