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第30話 苦労は苦労と思う時に苦労

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「そりゃ、普通のところで大っぴらに口にされるようなことじゃないよ。あたしの居た花街だから知れたことだ。たださすがに十人衆になってからは、城の中を自由に歩き回ることもできたし、耳にしているかと思ってた」
「そんな」
「特に彼奴らだ。イセとハリマ。彼奴らはもともと女官だったからな。あたしが聞いたら『城外には漏らさない様に』だけだったね」
「嘘よ」
「何と言っても、あのお嬢さんだったカガリが白梅君についたってのは、あの子は紅梅様が、ということが許せなかったのさ。
 一緒に行ったのは…… ああ、名前が最近は上手く出てこないねえ。あれはカガリのことが好きだったからそれだけのことさ。
 あの子があんたを嫌いだったのも、紅梅姫のことをそう見ていた上で、そんな女をよく崇拝しているな、遊ばれているのも知らないで、という気持ちだったんだと思うよ。
 大店の娘ってのは、そういうこともそれなりに見てきているし、そもそもあの子はそういうのが嫌で武芸に打ち込んだんだから。だからそういうの、の代表の様な国軍の指揮者がそんな不純なことを、っていきり立ったんだよ」

 つらつらと口にするカイの言葉は淀みない。

「それで新しい嫁さん、あんたの調べた書類の中に、誰とも関係が無かった、とあったらしいが、まあそれ自体は大して宛てにはならないね。公式なもんには書かないだろう? いや、公式な愛妾とかについては書くだろうさ。代々の城主の中でも、花街から請け出した公式の愛妾なら書いてあったろ?」
「あ、はい。数代前の城主が全部で三十人がところの愛妾を持ったが子はできなかったとか、花街から請け出された女性が実質的な妻であったという記述は確かにありました」
「そう。だからそれはいいんだよ。だけど書けないことはある。白梅君も紅梅姫も、互い以外に関係していたのは近くに仕える者ばかりでね、そう、ハリマがこぼしていたな。
 自分達が志願したのは御守りするためだけど、その一方で紅梅姫のお手がつかないようにしたいがためだ、と。あの二人は自分に近しい者しか受け付けなかった。一緒に生まれたきょうだいと、同じ性を持つものだね。まあよくあることさ。あたしからしたらね」

 がくん、とイチヤの肩が落ちた。

「あんたは紅梅姫のお気に入りにされるかと思ったんだけどね。だから知ってるかと思ってたんだ。けど知らなかったってことに、正直今更! だけど、あたしは驚いてるよ」
「本当なのか? 育ての母殿」
「そのお声はどなたです? ずいぶんと重々しいですが」
「こ奴等同様の、歳を食わない一人だ。お主はまたずいぶんと肝の座った者だな」
「そりゃ、花街に生まれ、武の十人衆、帝国の追っ手を逃れたと思ったら、友に絶望し、男もいないのに母になっちまい旅の宿の女将なんていう何かと危険なことをずっと続けていたんですよ。そうそう驚くことなんざありませんわ」
「カヤよ、お主いい母親を持ったの」
「ええ、母さんは俺の誇りです。ずっと一緒に暮らしたいと思ってたんですよ。だからこそ、皇后には本当に感謝しております」
「だそうだ。生みの母親、何か言うことは無いか?」

 ダリヤはさらりと、それでも容赦なくイチヤに言葉を投げた。

「証拠は?」
「証拠?」
「紅梅姫様達がそうだったという」
「証拠も何も。皆知っていて、あの距離に居た奴の中で、あんただけが知らなかったか、知らされなかったか、知りたくなかったか、その三つしかなかったね。
 だからあたし等は次の国主が本当にできるのか不安でもあった。
 あの二人は国主としては失格だった。いや、あの二人なりに国主としてできることが、帝国にそんな形で譲渡して守ってもらうことだった、とあたしは思うがね」
「―――当時の帝国の軍勢からしたら、最後に狙っていた国が桜だった訳です。おそらくはもうずっと前に無血開城した上で帝国民を恨まない方策を練っていたのでしょう。記録上ではそうなっていました」
「では私がしてきたことは全て無駄だったと?」
「客観的に見れば無駄です」

 さすがにそのアリカの言葉にはダリヤもカイも、皇帝までも息を呑み、顔が引きつる思いだった。

「ですが貴女様の主観的にはどうでしょう? 全く無駄でしたか?」
「ガキが!」

 立ち上がると、窓の方へ向かう。大きく開けるとそのまま彼女は長棒を使って飛び上がった。

「逃げたか」

 続いて外に出たダリヤは屋根を見上げる。

「怒らせた様ですが、構わなかったでしょうか」
「ああいい。まあこれでしばらくはこっちに寄りつかないだろうさ。まあ改めて、初めましてだ、新しい嫁よ」

 カイはアリカに手を伸ばす。取っておやり、とダリヤはアリカに勧める。

「あんたにゃ感謝するよ。兎にも角にも、この息子がやっとあと二十年かそこらで本当の意味で自由になれることにしてくれたんだから。あたしの死ぬ前にその算段がついて良かった」
「お母上、お目以外に何処かお悪いのですか?」
「息が苦しいことが多い。いやもう、充分歳だ。いつ死んでもおかしくはないんだよ」

 そしてぎゅ、とアリカの手を取る。

「なるほど、あんたもなかなかに苦労してきたんだな」
「苦労は苦労と思う時に苦労です。私はそう思ったことはありません」
「うん。そういうアタマをしていることが、この先、上手くやっていけるといいね」
「大丈夫です。私にはサボンが居ます」
「サボン? ああ、さっき茶を持ってきた娘かね」
「私に足りないものは、彼女がよく知っています」
「ではそろそろ男の孫を抱かせてもらってもいいかね?」
「喜んで」
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