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第28話 彼女にとって納得の行く答え
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フヨウにとって、太后はともかく逆らうなんて考えたことの無い人物だった。
若い彼女にとっては、次期の現場の長として目通りはした偉い存在、という認識はある。だがそれだけで、実際に彼女がどういうことを考えているか、など思いもしなかった。いや、その必要がなかった。
ところが「今の」皇后はその太后を真顔で暴こうとしている。忠誠の様なものを誓いはしたのだが……
なかなかに、彼女の胸の中の混乱は治まりようがなかった。
そやそれ以前に、自分とさほど変わらない歳のこの皇后の落ち着きは何なんだ? その考えの方が今はうずうずとしていた。
「紅梅姫は当時、里の最も偉い人に直接命令を下していたと思われます。若くて、最も強くなりそうな身体が強く頭が切れる女を、と。ただし若すぎてはならない、くらいなことも付け加えたのではないでしょうか」
「それはどうかな。私は自分が頭が良いと思ったことはない」
「主観と客観とは違いますし、求められる頭の良さというのも貴女様と当時の長の判断も違ったことでしょう。ともかく貴女様は当時長から一番有能な若い女と認められた訳です」
「判った。では何故それを紅梅姫様がお求めになったというんだ?」
イチヤは問う。だがその表情が更にぶれていることにダリヤは気付いていた。この答えは紅梅姫を心から崇拝していた彼女にとって、聞きたくないものであるのは間違い無いのだから。
「取引の材料として」
「取引」
「先帝陛下は降伏した後、桜の国は直轄領となさって、できるだけ壊さない様にする条件として、国主達と貴女様が欲しかったということでしょう。それだけのことです」
「だがそのために紅梅姫様達を殺すことはなかったではないか」
「え」
虚を突かれた様な顔でアリカはイチヤを見た。
「自害でしょう?」
「はあ?」
声が高まった。
「いえ、一応の経過はダリヤ様から聞いたのですが、そこの辺りは私の推測です。貴女様はそもそもどうしてお二人が殺された、と思ってらっしゃるのですか?」
「見せつけられたからだ。彼奴に。『お前の心底敬愛する紅梅姫はもうこうやって死んだんだ』と」
「その時のご様子はご記憶で?」
「寝台の上に二人折り重なる様にして。血が一杯ににじんでいたのを今でもありありと思い出せるよ」
「姫の背中はどうだったのですか?」
「背中?」
「折り重なっていたという状態がよく判らないですが、もし姫が上で白梅君が下になった状態で居たならば、それはどちらかというと、相対死《あいたいじに》の形ではないですか?」
まあそうとばかりは言えませんが、とアリカは付け足す。
「見せつける様に『自分が殺した』とするなら、もっと有効な手段は無いですか? 二人の首を並べるとか」
「よくもそんなこと考えつくな……」
忌々しそうにイチヤはつぶやく。
「先帝は武帝と称された。そのあちこちでなさった平定の中には、様々な記録が残されているのですが、反抗の凄まじかった場所の場合、あえてさらし首にすることもよくあったとあります。正直、それをしても構わない状況ではあったし、貴女様を完全に怒らせるには充分でしょう? 実際その折り重なった状態で、先帝陛下がそう言っただけで逆上なさってる」
「黙れ」
「ただ私にも一つ疑問はあるのです」
「疑問?」
それにはダリヤが問いかけた。
「いえ、正直、桜が藩候領になる道はなかったのか、と思ったのです。無理ではない、と私は思ったのですが」
「民衆が反対すると思ったのではないか?」
「いえ、長い歴史のある場所ですし、国主二人とも慕われていたからこそ、国が二分した訳で。藩候となることで守られるなら、それで構わないと、私などは考えてしまうのですが」
「桜の民は気位が高いのだ」
イチヤは言う。
「本当に?」
「違うというのか」
「本当にそうなら、内側から乗っ取ってやろう、という発想にはならないと思うのですが、太后陛下」
言われた側の口が歪む。
「私は桜という国が完全に消滅した、という形が欲しかったのだと思ってます。少なくとも先の国主のお二方は。それ故の、貴女様という皇太子が生まれる可能性が高い女を差し出したのだと。一方で先帝陛下は、自分の後のことや、血筋のことは大した問題ではないと思ってらした。そもそもがこの帝国自体…… 受け継がれる共通した『知識』の中で、その誇りは大したものでは無いのですから」
「嫌なことを言う奴だな」
「そのつもりは無いのですが」
「それで? 相対死ではまずいのか? お二方が一緒にというのは」
「これは完全に下衆の勘ぐりですが。お二方は離れたくなかったのでは?」
「は」
「何かどうもそこに突き当たるのです。ダリヤ様にお聞きしてから、桜の国のその時代のことで入手できている資料を漁ったのですが、このお二方は近すぎる、と私は思いました」
「近い、とは」
「ありていに言えば、愛し合っている、でしょうか」
「双子のきょうだい故、そのくらいはあるだろう」
「そうではなく、男女として」
ばん、と音が響いた。瞬間、テーブルを叩いて立ち上がったイチヤは斜め前のアリカの頬を思い切り張った。ダリヤは即、イチヤの両手を取って捻る。
「アリカ!」
「大丈夫です」
「すぐにお手当て……」
「いやフヨウ、それは我々は平気だ。お前もよくその辺りは慣れておけ。ただ…… 思い切りやったな、イチヤ。痛いだろう、アリカ」
「私は大丈夫です。私は――― 痛みと辛さがつながっていないですから」
「は! 何って羨ましい体質だ!」
「ではそうなりたいですか?」
アリカは真顔で問うた。
「私は時々、痛みがどう辛いものか、知りたいと思いますけど」
「……その身体に相応しい人でなし具合だな」
「はい。それがどういたしましたか?」
ぶる、とイチヤは震えた。座る、とダリヤに小さくつぶやいた。
「お前の言うことは想像だ」
「はい、そう言いました」
「もしそうだったとしたら、それは国民に対する酷い裏切りということではないか」
「そうですね。内乱自体で死者がそれなりに出てます。何も起こさずただお二方が藩候領にするということにしてしまえば良かっただけのことです」
「その理由がそれ、というのか?」
「白梅君も紅梅姫も、結婚なさらない、誰とも関係が無いということ、話があっても断り続けているという記録は残っておりました。当時の城内日誌です。縁談あれども時期尚早と断られる。そればかりです。それがまだ十代ならともかく、二十代半ばの国主の男女にしては奇妙だと思いました。それなら正式の結婚ができない誰かを好いていたのか、とも考えられますが、それでも何処かにその形跡があれば、ご落胤の類いの話が併合後にもあってもおかしくないし、実際帝国も探しているのです。ですが性的関係を持った人間そのものが見つからなかった、という報告が出ているのです」
若い彼女にとっては、次期の現場の長として目通りはした偉い存在、という認識はある。だがそれだけで、実際に彼女がどういうことを考えているか、など思いもしなかった。いや、その必要がなかった。
ところが「今の」皇后はその太后を真顔で暴こうとしている。忠誠の様なものを誓いはしたのだが……
なかなかに、彼女の胸の中の混乱は治まりようがなかった。
そやそれ以前に、自分とさほど変わらない歳のこの皇后の落ち着きは何なんだ? その考えの方が今はうずうずとしていた。
「紅梅姫は当時、里の最も偉い人に直接命令を下していたと思われます。若くて、最も強くなりそうな身体が強く頭が切れる女を、と。ただし若すぎてはならない、くらいなことも付け加えたのではないでしょうか」
「それはどうかな。私は自分が頭が良いと思ったことはない」
「主観と客観とは違いますし、求められる頭の良さというのも貴女様と当時の長の判断も違ったことでしょう。ともかく貴女様は当時長から一番有能な若い女と認められた訳です」
「判った。では何故それを紅梅姫様がお求めになったというんだ?」
イチヤは問う。だがその表情が更にぶれていることにダリヤは気付いていた。この答えは紅梅姫を心から崇拝していた彼女にとって、聞きたくないものであるのは間違い無いのだから。
「取引の材料として」
「取引」
「先帝陛下は降伏した後、桜の国は直轄領となさって、できるだけ壊さない様にする条件として、国主達と貴女様が欲しかったということでしょう。それだけのことです」
「だがそのために紅梅姫様達を殺すことはなかったではないか」
「え」
虚を突かれた様な顔でアリカはイチヤを見た。
「自害でしょう?」
「はあ?」
声が高まった。
「いえ、一応の経過はダリヤ様から聞いたのですが、そこの辺りは私の推測です。貴女様はそもそもどうしてお二人が殺された、と思ってらっしゃるのですか?」
「見せつけられたからだ。彼奴に。『お前の心底敬愛する紅梅姫はもうこうやって死んだんだ』と」
「その時のご様子はご記憶で?」
「寝台の上に二人折り重なる様にして。血が一杯ににじんでいたのを今でもありありと思い出せるよ」
「姫の背中はどうだったのですか?」
「背中?」
「折り重なっていたという状態がよく判らないですが、もし姫が上で白梅君が下になった状態で居たならば、それはどちらかというと、相対死《あいたいじに》の形ではないですか?」
まあそうとばかりは言えませんが、とアリカは付け足す。
「見せつける様に『自分が殺した』とするなら、もっと有効な手段は無いですか? 二人の首を並べるとか」
「よくもそんなこと考えつくな……」
忌々しそうにイチヤはつぶやく。
「先帝は武帝と称された。そのあちこちでなさった平定の中には、様々な記録が残されているのですが、反抗の凄まじかった場所の場合、あえてさらし首にすることもよくあったとあります。正直、それをしても構わない状況ではあったし、貴女様を完全に怒らせるには充分でしょう? 実際その折り重なった状態で、先帝陛下がそう言っただけで逆上なさってる」
「黙れ」
「ただ私にも一つ疑問はあるのです」
「疑問?」
それにはダリヤが問いかけた。
「いえ、正直、桜が藩候領になる道はなかったのか、と思ったのです。無理ではない、と私は思ったのですが」
「民衆が反対すると思ったのではないか?」
「いえ、長い歴史のある場所ですし、国主二人とも慕われていたからこそ、国が二分した訳で。藩候となることで守られるなら、それで構わないと、私などは考えてしまうのですが」
「桜の民は気位が高いのだ」
イチヤは言う。
「本当に?」
「違うというのか」
「本当にそうなら、内側から乗っ取ってやろう、という発想にはならないと思うのですが、太后陛下」
言われた側の口が歪む。
「私は桜という国が完全に消滅した、という形が欲しかったのだと思ってます。少なくとも先の国主のお二方は。それ故の、貴女様という皇太子が生まれる可能性が高い女を差し出したのだと。一方で先帝陛下は、自分の後のことや、血筋のことは大した問題ではないと思ってらした。そもそもがこの帝国自体…… 受け継がれる共通した『知識』の中で、その誇りは大したものでは無いのですから」
「嫌なことを言う奴だな」
「そのつもりは無いのですが」
「それで? 相対死ではまずいのか? お二方が一緒にというのは」
「これは完全に下衆の勘ぐりですが。お二方は離れたくなかったのでは?」
「は」
「何かどうもそこに突き当たるのです。ダリヤ様にお聞きしてから、桜の国のその時代のことで入手できている資料を漁ったのですが、このお二方は近すぎる、と私は思いました」
「近い、とは」
「ありていに言えば、愛し合っている、でしょうか」
「双子のきょうだい故、そのくらいはあるだろう」
「そうではなく、男女として」
ばん、と音が響いた。瞬間、テーブルを叩いて立ち上がったイチヤは斜め前のアリカの頬を思い切り張った。ダリヤは即、イチヤの両手を取って捻る。
「アリカ!」
「大丈夫です」
「すぐにお手当て……」
「いやフヨウ、それは我々は平気だ。お前もよくその辺りは慣れておけ。ただ…… 思い切りやったな、イチヤ。痛いだろう、アリカ」
「私は大丈夫です。私は――― 痛みと辛さがつながっていないですから」
「は! 何って羨ましい体質だ!」
「ではそうなりたいですか?」
アリカは真顔で問うた。
「私は時々、痛みがどう辛いものか、知りたいと思いますけど」
「……その身体に相応しい人でなし具合だな」
「はい。それがどういたしましたか?」
ぶる、とイチヤは震えた。座る、とダリヤに小さくつぶやいた。
「お前の言うことは想像だ」
「はい、そう言いました」
「もしそうだったとしたら、それは国民に対する酷い裏切りということではないか」
「そうですね。内乱自体で死者がそれなりに出てます。何も起こさずただお二方が藩候領にするということにしてしまえば良かっただけのことです」
「その理由がそれ、というのか?」
「白梅君も紅梅姫も、結婚なさらない、誰とも関係が無いということ、話があっても断り続けているという記録は残っておりました。当時の城内日誌です。縁談あれども時期尚早と断られる。そればかりです。それがまだ十代ならともかく、二十代半ばの国主の男女にしては奇妙だと思いました。それなら正式の結婚ができない誰かを好いていたのか、とも考えられますが、それでも何処かにその形跡があれば、ご落胤の類いの話が併合後にもあってもおかしくないし、実際帝国も探しているのです。ですが性的関係を持った人間そのものが見つからなかった、という報告が出ているのです」
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